Fate/Fantasia edge   作:わがし狂太郎

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30話

 

 「会員証ハ、オ持チデ?」

 

 キャバレー『エデン』の入り口でアルフォンスとセイバーはそう声をかけられた。ゴブリンにしては背が高く筋肉質のその男ゴブリンは両目に警戒と書かれているかのような顔つきでアルフォンスとセイバーを互い互いに見た。

 エデンの場所はすぐにわかった。桂珍喬、星晶と別れた後、大通りを歩いて行くと突き当たりのところで豪華な、しかしあまりにも豪華すぎて異様な雰囲気の建物が遠くに見えた。段々になった砂丘の上にあり、周りの建物群より小高いため、より目立つのだった。エデンは遠目にも眩しいくらいに綺羅びやかな外観をしていた。金を基調とした外壁に、青銅色をした屋根がある。小窓は勿論外観には、盛りに盛られた彫刻が施され、いわく付きの宗教施設にすら見える。中央部分は丸く突き出していて、両翼の部分は緩やかな孤を描いて左右に伸びている建造物だ。生々しい赤色をした巨大看板が右翼の辺りから突き出していた。恐らく、夜には一層けばけばしく光ることだろう。

 

 「会員証ハ?オ客様?」

 「ああ、そうだね。それがないとね。えっと?なんだっけ?会員証?か、会員証かあ。どこへやったかな?こっちかな……」

 

 持っていないのは自明にも関わらず、あたかも、どこかにあるはず、というような動きをアルフォンスはした。時間稼ぎの挙動であったが、時を稼いだところで打開策が浮かぶわけではなかった。

 

 「持ッテイナイ、ヨウデスネ」

 「あ、わわ、いや」

 「いやあ、持ってねえけどよ。ちょっとだけ中を見させてくれてもいいじゃねえか。な?な?」

 

 とセイバーはゴブリンの肩に手をかけ、強引に押し入ろうとした。だが、手は払い除けられ不機嫌になったゴブリンに

 

 「持ッテイナケレバ、中ニハ入レマセン。オ引キ取リクダサイ」

 

 と厳しめの口調で言われてしまった。

 ゴブリンは太い腕を伸ばして、アルフォンスとセイバーを押しやった。存外に力強く、セイバーは少し驚いた様子だった。

 ゴブリンが背にしている樫の扉が少し開いた。どうやら、誰かが帰るところらしい。両扉の片側が開き切ると中から着飾ったエルフやらドワーフやら、月群族やらが数人出てきた。立ち塞がったゴブリンが半身になったので、中の様子が少し見えた。高価そうな壺や机が並べられた中に何人かの人がいる。その内の一人、見知った顔と目が合った。

 

 「あ」

 

 と思わずアルフォンスは声を上げたが、彼とは特に会いたいとは思っていなかった。だが、相手の思惑は異なるのかアルフォンスの姿を認めたその人物は、冷ややかな笑みを浮かべてこちらまで歩いてきた。ゴブリンが閉めようとした扉を抑え、半身を外へと出して言う。

 

 「これはこれはビコトの代表。確か名前はアーノルドだったか?」

 

 戸口に立つその人物はジェダだった。肚に響くような重低音の声である。

 

 「あ、アルフォンスです」

 「ああ、そうだ、そうだったな。そんな名前だった」

 

 とジェダは笑みを浮かべたままで言った。

 

 「本当にあんたが経営してるとはねえ」

 

 とセイバーは皮肉めいた笑顔を作って言う。

 

 「賢い者はなにをやったって様になる。俺が経営してたってなんの問題もねえだろう。それより、お前。折角だ入っていけ。少しくらい話してやろう」

 「えっ?いや、それは、遠慮しておこうかなあ、なんて」

 

 と指をさされてふためくアルフォンスを見ながらゴブリンは言う。

 

 「コイツラハ、会員証持ッテマセンヨ?」

 「ああ?俺が良いって言ってるんだ。意味はわかるだろ?ったく、愚かな口立てをするな。……おい、アルフォンスだったか?さっさと入れ」

 

 バツの悪そうに俯いているゴブリンを横目にアルフォンスとセイバーは中へと入った。アルフォンスは気が乗らなかったものの、沈鬱な表情のゴブリンを見た後では断る勇気は失われていた。

 入った直後の空間はエントランスらしく、豪奢な芸術品が並べられているものの、クロークらしきカウンターがある他はただ何も無い空間が広がっているばかり。入ってきた扉の反対側には、黒を基調に螺鈿細工によって華美に輝く両扉があり、そこが会場の入り口らしかった。先を行くジェダは硨磲によって作られた、大弓のような大きさの取手を引っ張り扉を開けた。中からは弦楽器や打楽器からなる心地よい旋律が流れ出し、思わずアルフォンスは早歩きとなり、躊躇うことなく中へと入った。

 会場内は、入り口のあたりが一番上で、演し物をしている舞台は一番下方にあった。そこに至るまでに半円状の段があり、六つほどの階層を形成している。各階層にはコの字のボックス席が不規則に点在していて、それぞれに据え付けられたテーブルにはシェードのかかったランプが置かれていた。中は夜半のように暗い。舞台の灯りは煌々としているものの、あくまでそれは舞台装置であり、舞台に注目させられるだけの明るさしか無かった。会場の照明は、天井の中央付近に無数のランプが吊るされていて一塊の光源となっていたが、現在、その光は弱々しく一帯を照らすには不十分すぎた。ただ、各々のテーブルのランプが光ることによって、夜海に無数の漁火が浮いているような幻想的な空間を作り出していた。

 ジェダは頭で“ついてこい”と指図する。アルフォンスとセイバーは薄暗い中、彼のゴブリンらしからぬすっと伸びた背中を追いかけた。通り過ぎるボックス席の中には何人もの客がいるようだった。小さな談笑や料理を楽しむその客の身なりは、ほのかな光に映し出されるだけでも上等なものとわかる。田舎風のサロペットに伸ばし放題にしている赤毛のアルフォンスでは浮いてしまうかのように思われたが、皆一様に舞台に注目しているので、悪目立ちすることはなかった。

 ジェダは入り口の階層、つまり一番上の階層の端、最も暗く舞台も見えづらいボックス席に入るとアルフォンスとセイバーを顎で招いた。恐る恐るアルフォンスは近づき、ボックス席へと入る。

 

 「おっと」

 

 と後からきたセイバーはある人物の姿を認めると思わず声を上げた。

 

 「あら」

 

 と先にボックス席にいたキャスターが、セイバーを見るなり言った。

 

 「お久しぶりね」

 

 キャスターは白磁器のように白く滑らかな肌の腕を伸ばしてグラスを取ると口元につけて飲み始めた。この間、ずっとセイバーを見続けていた。

 

 「なにが飲みたい?なんでも注文しろ。アルコールでもなんでもな。得をしたけりゃ水を頼め。この界隈で一番高いのは水だ。下手すりゃそこらの宝石よりも高い。だが、この店じゃあタダだ。好きなだけ飲め」

 

 ジェダはそう言うなり、片手を上げる。素早く一人の女ゴブリンが現れた。ウェイターらしいそのゴブリンは官能的な格好をしていたため、思わずアルフォンスは目を逸らした。結局、アルフォンスは恥じらって何も考えられず、ジェダに言われるがままに水を頼んだ。

 軽い食事を済ませた頃、舞台上では、リスの月群族とドワーフが漫才をしていた。漫才はそろそろ佳境に差し掛かっていた。互いにボケ始めて大爆笑をかっさらっている。セイバーは声を出して笑っているが、キャスターは笑みを浮かべてはいるもののそれは漫才とは関係なく最初からであった。一方のアルフォンスはジェダがぴくりとも笑わないため漫才関係なく笑えなかった。

 

 「そいつに何を吹き込まれたか知らねえが」

 

 とジェダはアルフォンスが抱えて持つ麦わら帽子を指差しながら言った。どうやらシルビアのことを言っているらしい。

 

 「早いとこ手を引くんだな。この争いはお前が思ってるような生半可なものじゃあねえ。覚悟も負い目もねえような奴が生き延びれるほど甘くねえんだよ」

 「なんで覚悟もなんにもないってわかるんです?ぼくにだってなにかあるのかも知れないのに」

 「そういうもんは顔つきを見ればわかるもんなんだよ。お前の顔には締まりが無い。どうしようもなく怠惰に生きてきた証左だろうが」

 

 周囲の笑い声の中で、ジェダは静かにグラスの中身を飲み干すと言葉を続けた。

 

 「まあいい。俺は強制はしねえ。降りねえなら降りねえで、きっちり落とし前つけてやるよ」

 

 と、ジェダが言い終わると同時にセイバーは剣の柄に手をかけた。今までの笑い顔は引っ込み、瞬時に臨戦の顔つきとなっている。

 

 「おい、サーヴァント」

 

 とジェダは抑揚がない、だが、低く刺さるような声で言う。

 

 「使い魔風情が無粋な真似すんじゃねえ。ここはみんなの憩いの場だ。いきなりやり合う馬鹿いるかよ」

 「今のは宣戦布告じゃねえのかよ?ええ?」

 「馬鹿言うな。ただのお食事会だろうが。座れ。楽しいお話の続きをしようじゃねえか」

 

 セイバーは浮かしていた腰をゆっくりと席へと戻す。ジェダは顔色一つ変えずにセイバーを見ていた。

 沈黙。

 アルフォンスには無限とも思える短い沈黙が訪れた後、ジェダはまたもアルフォンスに尋ねた。

 

 「お前はどうやって死にたい?」

 「え?え?」

 「なに怯えてやがる。別にお前を殺したいってわけじゃねえ。俺はただ、どうやって自らを全うし、どんな結末を迎えたいのか知りたいだけだ」

 「いやいやいや。それなら、それならですよ?どう生きたいかって聞いたほうが、良いかと思うけどなあ」

 「どう生きるかなんて価値はねえだろ。結末が定まらなきゃ何事も評価に値すらしねえ。最後まで読まねえ本に論評はつけられねえだろ。だから、俺は聞いている。どう生きたいかじゃなくて、どう死にたいのかをな」

 「は、はあ。へえ」

 

 そういうものかね、とアルフォンスは思いながら答えようとした。気乗りはしないが答えなければならない、という空気が支配的であった。

 

 「ぼくは普通がいいよ。普通。ベットの上でいつものように眠ったらそのままってやつ。あ、出来れば自分の家のベッドがいいかな?あれは祖父から代々使っていて、とてもいいものなんだ。……ね?普通でしょう?」

 

 ジェダはなにもせずじっとアルフォンスの言葉を聞いていた。彼が言い終わると同時に手を組み合わせ、それまでになく真剣な表情で尋ねる。

 

 「お前、なぜこの争いに参加した?主宰になって何を叶える気だ?」

 「え?えっと、なんで参加してるかって言うと、えーと誘われたから。シルビアに。まあ、誘われたというより、もっと無理矢理な感じで、誘拐みたいな感じかな。だから主宰?とかいうのになって叶えたい夢もあんまり」

 

 ジェダは笑みも嘲りも怒りも悲愴もない表情でアルフォンスを見つめたままだ。たまらずアルフォンスは言葉を継ぐ。

 

 「そうだ!カボチャを使った新しいレシピとか知れたらいいかなあ、なんて。ははは」

 

 ジェダは変わらずアルフォンスを見つめ続けている。しかし、もうアルフォンスには継ぐ言葉はなかった。作り笑いだけを浮かべて、なんとか相手方の機嫌を損なわないように努めるばかり。作り笑いはジェダの顔の上を滑って流れていくように効果はなく、彼は何をも言わない。

 しかし、とアルフォンスは思う。見れば見るほど端正な顔つきだ。艶のある薄水色の肌は他の部族にはない神秘さがあるし、目鼻立ちはエルフのそれより整っている。粉瘤もなければ歯抜けでもなく、とてもゴブリンとは思えない。

 そんな端麗なジェダの顔に見惚れていると、舞台から歌声が聞こえてきた。そのあまりの美しい歌声にアルフォンスは身を乗り出して舞台を見やった。スポットライトに照らされて、舞台の上だけが隔絶されたかのように浮かび上がっている。深紅の緞帳は横へ引かれ光沢のある木製の舞台の上、銀色に輝くマイクと一人の少女の姿がそこにあった。はっとアルフォンスは目を見開く。うっとりと語りかけるように、ピアノの音律に身を揺蕩うようにして歌う彼女の姿をアルフォンスは見たことがあった。

 あの時、すれ違った盲目の少女だ。

 服装は会場に合わせて派手めになってはいるものの、ちょこんと頭に生えている猫耳と大きく閉じられた瞼から彼女に違いないと確信がある。オオルリよりも美しく、川のせせらぎよりも清らかなその歌声は会場全体を包みこんでいた。

 

 「おい、お前」

 

 と夢中になっていたアルフォンスの耳を低音が刺す。慌ててアルフォンスが振り返ると、ジェダとキャスターが立ち上がるところだった。

 

 「話は終いだ。特段得るものはなかったが、お前にとっては有意義だったろう。愚鈍な野郎が生き残れるとは思わねえが、止める義理はねえ。せいぜい楽しむこったな。この街も、この争いもな」

 

 ジェダはそう言うと、ボックス席を出ていった。キャスターが後に続き、幾人かのゴブリンがそのまた後をついて行った。最後尾のゴブリンの姿が完全に闇に消えた時、丁度少女の歌も終わった。会場は万雷の拍手に包まれて、アルフォンスも両手が爆ぜるくらいの拍手をしたのだった。

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