Fate/Fantasia edge   作:わがし狂太郎

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6話

 「貴方は人間よ!」

 

 鵯の声か、と惑うほどに喧しい声。

 

 「貴方は人間よ!」

 

 否、これはどうやら人の女の声であるらしいと理解。

 

 「貴方は人間よ!」

 

 三度目の正直、これはドワーフの声である。

 

 キンキンとした女の声が、石造りの一室で響き渡る。大理石を基調としたその一室は、並べられた調度品や家具などから察するに品格の良い家柄とわかる。特に窓から差し込む陽光は、ドワーフ族の家屋にしては珍しく、それ相応の身分であることが窺えた。

 峻嶮な山の麓、寂しい山肌を晒しているこの山の土手腹に穴を開けたような場所に、この壮麗な石造りの館は建てられていた。それぞれの石材に対する緻密で厳かな装飾を見れば、いかにドワーフが石工に向いているのか、また、この館の主がどれほどの地位のものなのかがすぐに判断できた。

 その荘厳な館の一角、特に日当たりの良い大理石の部屋が先程から騒がしかった。女の声が三度と鳴り響き、辺りに木霊するほどであった。

 声を発していた女は緑色の艷やかな髪を左右の側頭部で結び、下へ垂らしていた。目は髪と同じく緑色で、顔つきは端麗、かつ全体的に丸く愛嬌があるが、イタズラ好きそうな雰囲気を放っていた。つまりは底意地の悪さが透けて見える、そんなドワーフ族の女性であった。

 

 「ああ、ありがとうございます。マスター」

 

 恭しく一礼をしたのは甲冑を着た男。赤いマントが目を引くが、それ以上に右目の眼帯が印象的な男である。

 

 「礼には及ばないわ」

 

 と言いつつ女は髪をふぁさりと払う。

 

 「あたくしのサーヴァントなんですもの。面倒をみるのは主人である、あたくしの務め」

 「は。マスターにお喚びいただき、私も果報者でございます」

 「そうよ。そうでしょう。とっても果報者なあたくしのサーヴァント」

 

 女は男を立たせ、一人だけ豪奢な椅子に腰掛けていた。組んだ足はこれまた傲慢に見え、上目がちに男へ向けられた視線は信頼と自信に満ち満ちた強烈なものだ。

 コンコン、と扉を叩く音がした。

 

 「失礼します、ハナ様」

 「なに?」

 

 ハナは椅子に腰掛けたまま、優雅に振り返った。

 立っていたのは男女それぞれ1人ずつ。

 男は髭面のドワーフ族の男、ロジャーであった。彼は所在なげにお腹あたりで髭を撫でている。

 

 「お取り込み中のところ、誠に申し訳ございません。ですが、そろそろお時間ですので、旅のお支度を」

 

 そう言ったのは隣に立つ鶯色の髪をした女だった。女は赤いジャケットを羽織り、ロジャーと比べると背が高い。タイトなロングスカートをはき、手には純白の手袋をはめている。耳はピンと長く尖っていて、彼女がエルフ族であることがそれで判別できる。

 

 「あら、もうそんな時間なの。わかったわ。優秀な貴女が言うのなら、そろそろはじめようかしら」

 「有難きお言葉。ですが、わたしはあくまでお時間を伝えに来ただけですよ。奥の部屋で給仕が待ってますので、そちらでお支度なさいませ」

 

 と物腰柔らかに伝えると、ふふん、とご機嫌に鼻を鳴らしてハナは立ち上がる。ドワーフ族であるため背丈が低く一見すると少女のようであるが、彼女は立派に成人している。それを気にしてか、あえてなのか、小さな胸を仰け反るくらいに張ってハナは退室した。

 残されたサーヴァントは実直に立ちとどまっている。

 

 「ああ、貴方。フィリッポスさん、でしたか?貴方も準備があるならどうぞこちらへ……」

 「お気遣いありがとうございます、リーファ殿。ですが、この身は既に影法師ですから、身一つでどこへとも参ります故、旅支度は不要です。あと細かいようで申し訳ないのですが、私はフィリッポス二世(・・)なのです。覚えにくいでしょうから、簡単に『ランサー』とでもお呼びください」

 「では、ランサーさん。貴方はゆっくりお休み……」

 「ちょっと!ランサー!貴方もこっちに来て荷造り手伝いなさいよ!」

 「は!かしこまりました。マスター、今参ります」

 キビキビとした動きで二人に軽く会釈をすると、ランサーも退室した。

 「ランサー……彼は一体……」

 

 そう怪訝そうにリーファが独りごつと、ロジャーはごわごわとした太い眉を片方だけ吊り上げて尋ねた。

 

 「いかがした?彼になにか?」

 「サーヴァント、でしたか?不思議な存在ですよね。『ホコリ溜まりの時代記(ファーアウェイクロニクル)』に記された架空の英雄たちが、実体を持ち、こうして我々とも会話をしている。にわかには信じ難いです。それに、先程のやり取りも、かの時代記に記された逸話によるところなのでしょう?彼の実直さは好ましいですが、理解が及ばない」

 「ですが、実力は折り紙付きですよ。私も昨日は稽古などつけてもらったが、全く歯が立たなかった」

 「えっ?ロジャー様はドワーフ族でも、五指に入ると言われるほどの強者。それほどの強者が、全く歯が立たないのですか?」

 「ええ、全く。敏捷力といい、戦術眼といい。膂力は、多少互角と言えないこともないですが、恐らく手加減でもしていたと思います。見た目はただの人間族だが、我々とは作りからして違うのでしょう」

 「そう、ですか。それはすごい」

 

 こほん、と咳払いをするとロジャーは不器用ながらも愛らしい笑顔を作って言った。

 

 「リーファ殿には感謝しております。ハナ様はかの“ジャンガラ公”の末裔とはいえ、こういってはなんだが人望がない。せっかく巡礼者として選ばれたというのに、供するドワーフは家の者を含めても、私一人。そんな中、異民族のリーファ殿のご助力を得られるとは、この上なき僥倖。きっとハナ様もそう思っておられる」

 「買いかぶりですよ。ロジャー様。わたしはただハナ様の『正しき血脈による統治』という願いに共感し、お仕えしているだけにすぎません。そんな大それた感謝などされるものではないのです」

 「願い。そうでしたな。この巡礼を第一に遂行した者には、なんでも願いの叶う万能たる地位が与えられるとか、なんとか」

 「はい。主宰(・・)と呼ばれるものです。過去それによって世界を統一した支配者も生まれたと聞きます、それも幾度となく」

 「ほほう。リーファ殿は歴史にもお詳しい。これは万人力といったもの。宝石谷への道のりも一安心ですなあ!」

 

 

 一行が出立したのは午前中、雲が多く出てしまい鉛色の空模様となった頃であった。ハナの父母や家来の者総勢三〇名程に見送られた一行は、森林地帯の見える平野の街道に車を走らせていた。

 ドワーフ族は馬には乗らない。

 貴族たるハナはそもそも動物に騎乗するということはしない。四つの大きな車輪のついた車に乗り、操縦はロジャーに任せている。

 では、この車を引いているのはなにか。

 馬より些か体高は低くく、ずんぐりむっくりとしたサイであった。

 つまりこれは、馬車ではなく、犀車(・・)なのである。

 

 「思ったよりも乗り心地の良いものですね。馬ではなくてコビトサイに車を引かせるというのは」

 「でしょう?安定さが違うのよ、リーファ、わかってるじゃない。馬なんて逞しさがないもの。あたくしが統治者になったあかつきには、馬は廃止、みんなにサイに乗ってもらうようにするから」

 

 自慢気にハナが鼻を鳴らす。リーファは微笑みを返し、穏やかな道行きにみえたが、突然、彼女ははっとして言う。

 

 「ハナ様!一〇時の方向、悪しき気配を感じます。厄鬼かと」

 「厄鬼ねえ。何匹くらいかしら?」

 「一、二……五匹と思われます!ランサーさん、ご対応を!」

 

 ランサーはリーファに頷くものの、指示を受けるためにハナを見た。あくまでマスターはハナなのだ。彼女の指示を待つのが妥当であり、彼は律儀に言葉を待つ。

 

 「あなたが出る必要はないわ。……ロジャー!」

 

 犀車の窓を叩きロジャーを呼ぶ。呼ばれたロジャーは御者台から振り返り見る。

 

 「なに用ですかな?」

 「しばらく行ったところで厄鬼が出る。あなたがなんとかなさい」

 「承知いたした」

 

 街道脇に小さな猫地蔵がある。その猫地蔵がある方とは反対側、一〇〇メートルほど先にブナを主体とする森林が広がっているのだが、曇り空とはいえ昼間というのに仔細のわからない暗さである。その闇が微かに揺らめいたかと思うと、厄鬼が五匹飛び出してきた。

 灰色よりも更に黒い皮膚を持ち、猫背で赤黒い瞳をこちらに向けている。だらしなく開いた口からは、歯石がびっしりとついた牙が見えて、固形物混じりの涎が垂れていた。

 猿叫に近い叫び声を上げて厄鬼たちは走り寄ってきた。

 ロジャーは手綱を離し、右手には身丈の頭一つ分超える長さの屈刀を、左手には胴体がすっぽりと覆われるような大盾を手にし、厄鬼たちに向き合った。

 まず、一匹の厄鬼が飛びかかる。ロジャーは盾でこれを弾き飛ばすと、更に襲いかかってきた別の一匹に屈刀を食らわせた。もんどり打ったその厄鬼を飛び越えて更に二匹、厄鬼が飛びかかるが、これも盾で弾き飛ばし、倒れている厄鬼の首を撥ねた。

 残り四匹の厄鬼たちは、恨み言のような攻撃的な叫び声上げる。

 

 「そう喚かれてもわからん。引く気もないのならこちらからもやらせてもらう」

 

 どっしりとした足取りでロジャーは厄鬼達に近づくと、真っ先に飛びかかってきた一匹を両断。次いで、左から飛びかかってきた一匹を盾で押し倒すと、正面にいる一匹を肩から切りつけ左半身を切り落とした。叫び声を上げて絶命するその厄鬼を盾で払い除けると、更に後ろにいた一匹を刺し貫く。

 絶叫。

 絶命は必至の大声である。

 だが、ロジャーの屈刀はその厄鬼からなかなか抜けなくなってしまった。

 

 「ぬう」

 

 ロジャーがまごついていると、先程まで倒れていた最後の一匹が後ろから襲いかかってきた。ロジャーは屈刀に気を取られて気がつかない。厄鬼の鉤爪のついた腕が振り下ろされる、その刹那、一本の槍が厄鬼を貫いた。青みがかった赤色の鮮血が飛び、厄鬼は倒れた。

 

 「おお、これはかたじけない。ランサー殿」

 

 ロジャーは振り返り、一礼する。

 

 「いえ、ロジャー様のお命があってなによりです。それにしても素晴らしい盾捌き。やはり華麗なる盾というのは……」

 「ちょっと!ロジャー!」

 

 離れた犀車からハナが叫ぶ。

 

 「なにやってるのよ!あのくらい、貴方だけでなんとかなさい!ランサーの手をわざわざ借りるなんて、怠けてる証拠だわ!」

 「いやあ、面目次第もない」

 

 苦笑いを浮かべながら、ロジャーは御者台に戻ると再び手綱を握りしめた、その時。

 

 「早く車を出してください!」

 

 リーファが叫んだ。

 

 「どうしたのよ?」

 「先程のは斥候だったようです!今あの森から感じられるのは数百を超える厄鬼とゴブリンの気配!今すぐこの場を離れるべきです!」

 

 そう言い終わるや否や、森の闇が慌ただしくざわめき、厄鬼達が姿を現した。その数は少なく見積もっても五〇〇匹を超えており、更には水色や浅葱色の肌をしたゴブリンが百人近くそこに加わり、千に近い軍団を構成していた。

 その中のリーダー格らしき頭一つ背の高いゴブリンが、地の底から呪うような低い声で独りごつ。

 

 「ドワーフ二人ニ人間、ソレニエルフノ女カ。今宵ノ食事ニハ少シ足リンガ、仕方ナイ。食エルモンハ食ッテオクカ」

 

 舌なめずりをしたその舌は、粉瘤だらけであり、紫色の肌もまた粉瘤に溢れている。長い銀髪が生えてはいるがそれは耳の上付近のみであり、脂ぎった頭皮がむき出しになっていた。右手には棍棒が握られており、腕には荒々しくもがっしりとした凹凸が見て取れる。その身体は間違いなく戦士のものであった。

 

 「ロジャー様!はやくお車を!」

 「待ちなさい!」

 

 慌てふためくリーファを一喝するようにハナが叫ぶ。

 

 「確かに、この数は尋常ではないわ。だからこそ、ここであたくしたちが逃げ出すわけにはいかないのよ。ここでこいつらを見逃せば、近隣のドワーフや人間族の村に被害が及ぶでしょう?それは未来の領主たるあたくしにとって、この上ない屈辱だわ」

 「で、ですがハナ様。我々でもあの数は」

 「わかっています。ここはロジャーでは荷が重いわよね」

 

 と言ってハナはランサーを見る。

 

 「ランサー。どう?いけるかしら?」

 「は。問題ないかと。つきましてはいくらか魔力をお借りしますが、よろしいですか?」

 「ええ、構わないわ。圧倒してきなさい」

 「は。おまかせを」

 

 ランサーは真紅のマントを翻し、たった一人でゴブリンの軍団へと向かうのであった。

 

 

 背が高い紫色のゴブリンは呆れたようなため息をついて言った。

 

 「貴様一人カ?人間族タッタ一人デナントスル?」

 

 ランサーは堂々とした立ち姿で

 

 「貴方たちを一人残らず鏖殺してみせましょう」

 

 と淀みなく答えた。

 どっ、と笑い声が起る。

 ゴブリンたちのそれは背筋が凍るような、底冷えのする寒々しいものだった。

 

 「道化トシテハ一丁前ダ。イイダロウ。オマエカラ食卓ニ上ゲテヤル。炙リ、焼キ、揚ゲ、蒸シ、何ガ良イ?光栄ニ思エ。選バセテヤロウ」

 「道化のつもりはありませんし、食べられる気などさらさら」

 

 と言いながらランサーは脚を大きく開き、身体を勢い良く捻って槍を投げた。

 

 「ありませんよ!」

 

 槍は声と共に勢い良く飛んでいき、紫色のゴブリンの頭を撃ち抜く、かに思えたが、すんでのところで、ゴブリンは槍を掴んだ。

 

 「!!!」

 「コレヲ道化ト呼バズニ何トヨブ?」

 

 更にケタケタと笑い声。

 奪われた槍は無惨にも折られ、地に落ちる。

 

 「遊ビニ付キ合ッテヤリタイガ、野郎ドモガモウ我慢ノ限界ダトヨ。ジャア死ネ。人間族ノ道化」

 

 そうリーダー格のゴブリンが言うと、凄まじいまでの雄叫びが響き渡り、一斉に軍団が襲いかかってきた。厄鬼達やゴブリン達の足音で地鳴りがするほどの迫力がある。

 

 「このような、肌がひりつく戦場は久しぶりだ。アテナイとテーバイを相手取った以来かな。パルメニオンがいれば彼も昂っただろうに」

 

 ランサーは状況に反して、笑みを浮かべるとそう言った。

 ──では、遠慮なく宝具を解放しましょう。魔力を頂戴いたします、我がマスターよ。

 すう、と小さく息を吸うとランサーは新たに槍を精製しながら、その穂先を天に掲げ、胸元に構えた。

 突如としてランサーを核として風が巻き起こると、真紅のマントがはためき、真っ赤な髪の毛も小刻みに揺れ始めた。

 そして、鈍色の空に雷鳴が小さく轟いた。

 

 「遥かな遠雷は我が号砲、我が王令。聞かば、集え!」

 

 ゴブリン達に相対するようにして、半円状に数多くの長槍が顕われる。

 その数およそ九千。

 ずらりと並んだその全てが、ランサーの手の物のように天に穂先を向けている。

 

 「ナ、ナンダ!?」

 

 あまりの突然の出来事にゴブリン達は慌てふためく。脅威を察した彼らの幾人かは、背を向けて逃げようとする。

 しかし、もう手遅れである。

 ここは宝具の射程内。

 みるみるうちに全ての槍が長さを増し、最早その長さは六メートルにほど近い。

 

 「我が旅路の続きに合力せよ!今再び王威を示せ!」

 

 『突き崩す驚天の長槍(サリッサペゼタイロイ)』!!

 

 掛け声と共にランサーは力強く槍を前に突き出した。

 同時に九千もの槍が一斉に突き出される。

 ゴブリンの喉や胴を貫き、厄鬼達の頭や四肢を突き砕く。

 ランサーの槍はリーダー格のゴブリンの胴を突き、向こう側の景色が見えるほどの大穴を開けた。

 

 「ダァ、ガバァ!キ、貴様!サ、サーヴァントダッタノカ……!」

 「それしきも見抜けぬ愚か者か。死は必定よな」

 「グ、ムゴォ。コ、コレ程ノ軍団ヲ預カッタト言ウノニ……無念」

 「大勢を率いるとは、規律良く、気風良く振る舞うもの。道化たる貴様には出来ぬものであったな」

 

 そう言ってランサーはマントを翻す。

 顕れた無数の長槍は露となって消えた。

 残されたのは千近い骸。

 息のある者は一人としていない。

 ランサーは振り返らず犀車へと戻るのであった。

 

 

 出発から三日目。一行がオイライキ砂漠の近くにさしかかった頃であった。

 

 「ちょっと停めて」

 

 ハナが言った。

 そこは木々が鬱蒼と生い茂り、一見すると背後の山と渾然一体となって深緑の一塊を構成しているように見える、一点を除けば。本来は注意深い者、もしくはそれ(・・)があることを知っている者にしかわからない程度に隠れている筈のそれは、今は一角が暴露されていた。

 人工的な洞穴。

 そこは小さなドワーフの集落の入口であった。

 ハナは真っ先に入口に近づくと、鋭く真剣な眼差しで周囲を見回した。

 

 「ここは」

 後からやってきて後ろに立つロジャーが言う。

 

 「オルヒガラ村ですか」

 「ええ。そうよ」

 

 ハナは立ち上がりながら言った。

 

 「ジャンガラ公国領オルヒガラ村。砂漠の出入りを監視する秘密の村、だったらしいわ、大昔はね。今はもうただの小さな集落だけど、あたくしの見知った村、領地ともいえるところよ。荒らされたような様子ではないけれど、何者かが訪れたようね。領主として中を検めましょう。さ、行くわよ」

 

 ランサーを先頭に、ハナとリーファが中へと入る。ロジャーは犀車で待機を命ぜられたのだった。

 

 「おや、これはハナ様」

 

 洞穴内の集落、その入口付近に差し掛かると、初老のドワーフが声をかけてきた。初老といってもこの村では比較的若い方のドワーフで、エルフであるリーファや人間族らしいランサーを見てもあからさまな拒否感を示すことはなかった。

 

 「どうなされました?いくらお父様の領地内とはいえ、こんな何もないところまで」

 「別の用事の途中で立ち寄っただけよ。この村が目的なわけじゃないわ」

 「ははあ。まあ、なんであれお立ち寄り頂けてなによりですじゃ。もう何年もお父様のご尊顔も拝見できてないですしな」

 「それはお父様の怠慢。用事が済んだらちゃんと領地検分するように言っておくわ。ところで、最近誰かきた?あそこの家の屋根とか真新しくなってるけど」

 「ああ。あれですか。そうですな。最近魔法使いがやってきまして……」

 「魔法使い!?あの烟りの魔法使いシルビア?」

 「シルビア?よくわかりませんが、女性ではなく、男性で……」

 「じゃあ、バフムートかしら?朱い魔法使いと呼ばれてる。男の魔法使いと聞くわ」

 「ううむ。赤くはなかったと思いますじゃ」

 「あらそう。じゃああんまり有名ではない魔法使いなのね。ま、そいつがなんであれ悪意があったわけじゃなさそうだから良しにするわ。それはそれとして、入口のカモフラージュが剥がれてるから、あたくしたちが帰ったらちゃんと治しておくように」

 

 へえ、と言って頭を下げるそのドワーフとの会話もそこそこに、ハナは集落を見て回った。小さな集落のため、見回るのもすぐに終わり、ハナたちは早々に村を去った。

 

 「どうでした?」

 

 犀車に乗り込むハナにロジャーは尋ねる。

 

 「特に代わり映えしなかったわよ。ほら、早く車を出しなさい」

 

 窓際に肘をついてハナは山を眺める。山の上方にうっすらとコンコン滝が見えていた。

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