紅衣の麒麟 作:にわか
久しぶりにアニメみて再熱しました。小説手元にないので原作設定と何処かズレてるかも知れません。
それは、ある日、何の前触れもなく訪れた。
陽の光が薄く差し込む蓬山の森。
静寂を破ることなく、風のように一つの影が現れる。
白く霞んだ空気の中、紅い光が揺らめいていた。
──それは麒麟だった。
角をいただいた優美な頭、白金の蹄。
深紅の毛並みは陽を吸い込むようにしっとりと光を宿し、赤金糸を織ったような鬣が風にたなびいている。
その紅は血ではなかった。炎にも似て、しかし清らかな、どこか神域の気配を宿していた。
それは、異質だった。
だが、目を逸らせぬほどに、荘厳で美しかった。
「……采麒……?」
最初に声を洩らしたのは、年老いた女仙だった。
手にしていた経巻を落とし、声もなくその姿を見つめる。
ざわめきは、すぐに蓬廬宮の奥から広がった。
「采麒!」「赤い……麒麟……!?」「でも、確かに──」
次々に現れる女仙たちが、驚きと歓喜に息を呑む。
長きにわたり蓬山に仕えてきた仙たちは、その名を忘れたことはなかった。
才国の麒麟──采麒。
かつて蝕に巻き込まれ、蓬莱へ落ちたとされる麒麟。
十数年。蓬山では、女仙たちが諦めることなくその行方を追い続けていた。
雁国や奏国──他国の麒麟たちも蓬莱を訪れ、共に探索に加わった。
黄海の妖魔に問う者までいたが、消息はついに掴めぬまま、年月だけが過ぎた。
十数年の捜索の果て、いずれは忘れ去られてしまうのではないか──
そう思われていた名が、いま目の前に立っていた。
女仙たちは歓喜に沸きながらも、その胸の奥では密かに問いかけていた。
なぜ、今──この時なのか。
失われたはずの麒麟が、突如として、帰還を果たしたのだ。
紅い麒麟は、蓬廬宮の前に静かに降り立ち、無言のまま石畳の広場を進む。
その角がわずかに揺れたかと思うと、空気がふっと震え──
ふわり、とその姿が転変する。
毛並みが霧のように解け、しなやかな肢体が淡く光に包まれる。
次の瞬間、そこに立っていたのは、一人の少年だった。
まだ年若い、十代半ばほどの少年。
細く華奢な肢体に、血のように鮮やかな赤髪が腰までまっすぐに流れている。
深紅の瞳は静かな熱を湛え、まっすぐに前を見つめている。
その姿は、神獣の威厳を残しながらも、どこか儚く、人間味に満ちていた。
まるで神と人との狭間に立つ存在──麒麟そのものだった。
「采麒!」
女仙の一人が我を忘れて駆け出した。
白い衣が風に舞い、他の仙たちも次々と後に続く。
駆け寄った女仙が自らの上掛けを脱ぎ、そっと少年の肩にかけた。
采麒は何も言わない。
にこりと、微笑んだまま、集まってきた女仙たちを見つめていた。
その日──
紅い麒麟が蓬山に帰還したという報せは、瞬く間に蓬山を下り、十二の国々へと伝わっていった。
それは、長く閉ざされていた扉が再び開かれたこと。
そして、才国に、天が再び光を落としたことを意味していた。