紅衣の麒麟   作:にわか

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原作キャラ登場します。キャラ崩壊注意です
六太は作者の推しキャラなので結構出てきます。

誤字脱字などがありましたら教えて頂けると嬉しいです。



第二章

 

 

 

秋分を数日後に控えた蓬山は、普段の静けさとは違い、どこか祭りの前のような浮き立つ空気に包まれていた。昇山の準備が進められ、人の往来が増えるなか、蓬廬宮の上空に一人の麒麟が姿を現した。その姿を認めると、女官たちは足を止め、驚きに目を見張った。

 

「延麒……!」

 

小声でそう呟いた一人の女官が、慌てて姿勢を正し、他の者たちにも目配せを送る。周囲の空気がそわそわと揺れ始めたそのとき、年長の女官が素早く膝を折り、柔らかな声で出迎えた。

 

「延麒。ようこそお越しくださいました」

 

「よ。急に来てごめんな。ちょっと立ち寄っただけ」

 

六太は気さくに手を挙げながら周囲を見回し、小さく鼻を鳴らす。

 

「……采麒は、今どこにいる?」

 

「ただいまの時間ですと、東庭かと存じます。綠花という女官がそばに付いておりますので、呼びましょうか?」

 

「いいって、いいって!気配でだいたい分かるし、俺が行くよ。んー…もしその女官の手が空いてたら少しだけ、采麒の様子を聞きたいな」

 

「かしこまりました。すぐにお呼びいたします」

 

女官が小走りに奥へ下がっていくと、六太は肩を軽く回し、小さく息をついた。

 

やがて、布を滑らせるような足音が廊下に近づき、ひとりの女官が姿を見せた。整えられた髪に穏やかな目元、丁寧に揃えた手が、その人物の几帳面な性格を物語っている。

 

「はじめまして。延台輔でいらっしゃいますね」

 

「うん、……あんたが綠花か」

 

六太は肩の力を抜いたように笑みを浮かべた。綠花は静かに一礼し、控えめに頷く。

 

「はい。采麒のお側を務めております」

 

「ごめんな〜仕事中に、采麒のことちょっと気になって来たんだけどさ。どんな感じで過ごしてる?」

 

六太の気さくな調子に、綠花は自然と表情を和らげた。

 

「……采麒は、とても気さくで優しい方です。誰に対しても分け隔てなく、笑顔で接してくださいます。ただ……」

 

少し言い淀み、彼女は目線を落とす。

 

「……どこか、ご自分の心を深くは見せないようにしておられる気がして。誰に対しても壁を作っているような……そんな印象を受けるのです」

 

六太は少し目を細めて黙った。

 

「……そっか」

 

それだけ呟くと、彼は綠花の表情を静かに見つめた。

 

「教えてくれてありがとな。綠花は采麒のこと、すごく大事にしてるんだな」

 

綠花ははにかむように目を伏せる。

 

「お側に仕える者として当然のことです。ただ……もっと、近づけたらと思うのですが……」

 

綠花がそうこぼすと、六太は少し驚いたように目を見開き、それからふっと優しく笑った。

 

「そりゃあ、采麒も嬉しいと思うよ。……あいつ、まだいろんなことに慣れてないだけだと思う。けど、ちゃんと見てくれてる人がいるって、絶対に心の支えになってる」

 

「……そうでしょうか」

 

綠花が戸惑い混じりに問うと、六太は確信めいた声で頷いた。

 

「うん。俺が保証する。麒麟って、そういう優しさをちゃんと覚えてる生き物だからさ」

 

その言葉に、綠花は目を瞬かせ、それから小さく頷いた。

 

「……それじゃ、采麒のところに行ってみるよ」

 

「承知いたしました。では、ご案内いたしますね」

 

綠花が軽く膝を折って先導すると、六太はその後に続いて、采麒のいる東庭へと歩を進めた。

 

赤い麒麟。胎果でありながら、麒麟として黄海から戻ってきたという特異な存在。

蓬山の誰もがまだ手探りで接しているその若き麒麟に、六太は自分自身の何かを重ね始めていた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

蓬山の東庭。風に揺れる竹の葉が、控えめな音を立てていた。

 

その庭に面した廊の縁に、采麒はひとり腰を下ろしていた。膝を抱え、空を見上げる姿は年相応の少年のようにも見えたが、その背には確かに、神獣としての気配が滲んでいる。

 

「よっ、邪魔するぞ」

 

明るく響いた声に、采麒がゆっくりと振り返る。

 

金の髪を風に靡かせた少年の姿。そこに漂う気配は、自分とよく似たもので――采麒は、ふと目を細めた。

 

「……麒麟?」

 

そう問いかけると、相手はにっと笑って頷いた。

 

「ああ。雁国の麒麟、延麒だ。お前が采麒か?」

 

采麒は立ち上がり、まっすぐに六太を見つめながら、静かに答えた。

 

「はい。私が采麒です、延台輔」

 

その返答に、六太は軽く笑った。

 

「そんなかしこまらなくていいよ。同じ麒麟同士なんだから、もっと気楽にいこう」

 

「……そう? じゃあ、砕けた口調で失礼するね」

 

「その方が助かる」

 

六太は気さくに笑いながら、廊の縁に腰を下ろした。

采麒もその隣に並び、風が通り抜ける音だけが、しばし空気を満たした。

 

やがて、六太が口を開く。

 

「実は、ずっと気になってたんだ。蓬山に突然現れたって聞いたときは、びっくりしたよ」

 

采麒は目を伏せ、小さく息を吐くように笑った。

 

「女仙たちも、最初はすごく驚いてた。しばらくざわついてたよ」

 

「そりゃそうだよな。……赤い麒麟って、なかなか見かけないし」

 

「珍しいみたいだね。こっちに来てから、よく言われるよ」

 

六太は言葉を選びながら、やわらかく続けた。

 

「でも、珍しいとかどうとかより、会えてよかったって思ってる。俺は、お前自身に興味があるから」

 

その言葉に、采麒はふっと目を細める。六太の気遣いの滲む言葉は、どこか彼の内にある壁を、そっと撫でるようだった。

 

「……ありがとう」

 

それだけを静かに告げると、采麒は再び空を見上げた。雲の切れ間から、一筋の陽が廊の縁に差し込んでいる。

 

六太は、その横顔を見つめながら言った。

 

「しばらく、蓬山に滞在させてもらうことにした」

 

「そうなんだ。何か用事でもあるの?」

 

「いや、そういうのじゃない。ただ……お前と少し仲良くなりたいと思ってさ」

 

采麒は意外そうに六太を見つめた。けれどその瞳には、ほんの少しだけ、嬉しさがにじんでいた。

 

「……そう。ありがとう。でも、明日も黄海に行く予定なんだ」

 

「そっか。それなら俺もついていくよ。久しぶりに黄海に行くのも悪くないし」

 

「……いいけど。穆玄も一緒だよ?」

 

「穆玄? お前の使令か?」

 

「うん。ちょっと風変わりだけど、頼れる存在だよ」

 

「そうか。俺にも使令がついてるから、大丈夫だ」

 

「……そう。それじゃあ、一緒に行こうか」

 

二人の間に、静かな風が通り抜けた。

 

六太はあいかわらず人当たりのよい笑顔を浮かべていたが、その瞳の奥には、確かに采麒を気遣う光があった。

采麒もまた、その優しさをまっすぐに受け止めようとしていた。

 

けれど、互いの内にまだ踏み込めぬ影があることを、どちらもはっきりと感じていた。

 

それでも――黄海への旅が、ほんの少しずつ、その距離を変えていくことになるのだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

采麒は旅装に身を包み、穆玄の影を背に静かに立っていた。いつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべながら、穆玄とともに広間の外へと歩み出る。

 

そこへ、六太が軽い足取りで姿を現した。その傍らには、白と黒の美しいまだら模様を持ち、澄んだ瑠璃色の瞳をした獣がぴたりと寄り添っている。背中には絹のような白毛が波打ち、陽の光を受けてきらきらと光っていた。太く柔らかな尻尾が、歩くたびにふさふさと揺れている。

 

「よう。もう出発ってところか?」

 

六太が笑みを向けると、采麒もやわらかく微笑みを返した。

 

「うん。おはよう」

 

六太の隣にいる獣に視線を向け、采麒は少しかがんで目線を合わせた。

 

「……その子、君の使令?」

 

「いや、違うよ。雁で飼ってる騶虞。名前はとら。よく一緒に出かけてるんだ」

 

「とら……ふふ、随分可愛らしい名前だね。よろしく、とら」

 

采麒が声をかけると、騶虞は首をかしげたあと、ためらいがちに一歩前へ進み、そっと鼻先を采麒の手に寄せた。

 

穆玄はそれを横目に見ると、無言のまま広間をあとにし、外へと歩き出す。

 

采麒は穆玄の背に軽やかに乗り、六太も騶虞の背へとまたがった。

 

朝の風を切って、二人と二頭は蓬山を翔ける。

 

紅と白の獣を乗せて、彼らは黄海の地平へと向かって飛びだった。

 

 

***

 

 

空は限りなく高く澄み、朝陽が柔らかく射していた。

 

蓬山を出た一行は、雲海の上をまっすぐに翔けていく。穆玄は黒く大きな虎の姿のまま、采麒を背に黙々と空を駆けていた。漆黒の縞模様が筋肉に沿って躍動し、堂々たる体躯が雲を裂くように進む。

その瞳は静かで、深い蒼をたたえていた。

 

少し後方には、六太が騶虞の背に跨り、采麒たちを追うように飛んでいる。騶虞のしなやかな肢体は軽やかに宙を滑り、その白と黒のまだら模様の毛並みは陽を受けて艶やかに光っていた。

 

しばらく風の音だけが空を満たしていたが、六太が騶虞の背から声をかける。

 

「なあ、采麒」

 

振り向いた采麒の頬に、風が髪を流していく。

 

「うん?」

 

「黄海に行くって……使令を探すためか?」

 

「そう。もっと使令を増やしておけって、穆玄が言うんだ」

 

「……そっか。お前の身を案じてるんだな、穆玄は」

 

「うん。ああ見えて、けっこう心配性なんだよ。なのに、穆玄がいると妖魔はみんな逃げてっちゃうんだ」

 

それを聞いて、六太は吹き出すように笑った。

 

「ははっ、そりゃ逃げるだろうな。あの姿で睨まれたら、俺だって逃げ出すかも」

 

六太の声が風に乗って届いたのか、穆玄の耳がぴくりと動いた。

采麒はそれを見て、小さく笑いながら続ける。

 

「でもね、穆玄は本気で言ってるんだよ。黄海は危ないから、使令は多い方がいいって」

 

「まあ、それは正しい。麒麟を守る使令はいくらいたっていい」

 

「うん。……まあ、とにかく今は、穆玄以外の使令も見つけたいと思ってる。まだ一体もいないけどね」

 

「そっか。それなら、俺もちょっと協力するよ」

 

「え?」

 

「せっかくだしさ。黄海で何か出会えるかもしれないだろ? 一人で探すより、二人でいた方が視野も広いし」

 

采麒は少し驚いた顔をしたが、すぐにふっと目を細めた。

 

「……ありがとう」

 

風は背中を押すように吹き、空を翔ける二頭の獣とその背の少年たちを包んでいた。

太陽は高く昇り、雲の切れ間から、黄海の荒れた山影がかすかに顔を覗かせていた。

 

 

***

 

 

黄海の風は乾いていて、草木の匂いに混じって、どこか獣の気配が微かに漂っていた。

 

岩陰に身を潜めていた妖魔に采麒が気づいた瞬間、穆玄の気配を感じてすぐに逃げてしまったのだった。采麒は追わず、ただ肩をすくめるようにして立ち尽くす。

 

「……また逃げられちゃった」

 

穆玄は無言のまま采麒の傍に立ち、遠くを見つめていた。

 

六太は少し離れた場所にある岩に腰掛けながら、手をひらひらと振る。

 

「ま、しょうがないな。ちょっと休憩しようぜ」

 

采麒も軽く息をつきながらその隣に腰を下ろす。岩肌は温かく、陽光が肩にやさしく降り注いでいた。

 

しばし風の音だけが辺りを包み、それから六太がぽつりと口を開いた。

 

「もうすぐ、昇山してくる人間たちが来るんだろ?」

 

「……うん。もう間もなくのはずだよ」

 

「王を選ぶんだな」

 

采麒は小さく頷いたが、その瞳はどこか曇っていた。

 

六太はその様子をじっと見つめると、穏やかな声で言う。

 

「気が進まないのか?」

 

采麒は少し目を見開いたが、すぐに視線を遠くに向けた。

 

「……そうかもしれない」

 

六太は静かに頷いた。

 

「分かるよ。俺も、最初はそうだった。蓬山に来てしばらくは、王なんて選びたくないって思ってた。……俺も胎果なんだ。蓬莱での名前は六太。お前も胎果だから、なんとなく分かるかもしれないけど、俺は京にいた。細川と山名が戦争してて、街は焼けて、人は殺されて……そんなのを見て育ったんだ。だから、国を滅ぼすような王なんて、いらないって思ってた」

 

才麒は驚いたように六太を見た。

 

「延麒……」

 

「まあ、今は考え方も変わったけどな。でも、お前の気持ち、よく分かるよ。誰かを信じて、その人に全部を託すなんて……怖いよな」

 

采麒はふっと目を伏せ、小さく息を吐いた。

 

「……信じるのが、怖いのかもしれない。もう何も失いたくないから」

 

ぽつりとこぼれたその言葉に、六太は静かに目を細めた。

 

采麒は続ける。

 

「俺も……蓬莱で生まれて、孤児だった。戦の中で生きてて、ずっと走って、仲間と一緒に逃げて、……そして野党に襲われて全部失った。気がついたら黄海に落ちてた」

 

延麒は言葉を返さず、ただ静かにその横顔を見つめていた。

 

「それでも、穆玄がいてくれたから……ここまで来られた。今も、こうしていられる。でも、王を選ぶってことが……誰かを全部信じるってことで、それが……まだ、よく分からない」

 

采麒はふっと笑って言った。

 

「…変なこと、言ったね」

 

「いや、いいんだよ」

 

六太は優しい声で返す。

 

「話してくれて、ありがとう。……お前が今、どんな気持ちでいるか、少しだけ分かった気がする」

 

采麒は微笑み、ぽつりと呟く。

 

「……ありがとう、延麒」

 

六太は少し肩の力を抜くと、軽く笑った。

 

「なあ、六太(ろくた)って呼べよ」

 

「え?」

 

「延麒って呼ばれるの、なんかくすぐったい。せっかく名前があるんだし、こっちの方が気楽だろ?」

 

采麒は目を瞬かせ、それから小さく頷いた。

 

「……分かった。じゃあ、六太。俺は……蓬莱では、清次(きよつぐ)って呼ばれてた」

 

「清次か。いい名前だな。……ただ、ちょっとこっちじゃ言いにくいな。音読みにして“せいじ”ってのはどうだ?」

 

采麒は少し首を傾げて考え、それからふっと笑った。

 

「せいじ……いいね。ありがとう。今度からは、六太って呼ぶよ」

 

風がまた吹き抜けた。

 

岩の上、ふたりの麒麟は肩を並べ、穏やかに陽を浴びていた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

そしてその日を境に、采麒ー清次はまるで習慣のように、六太とともに黄海を訪れるようになった。

 

妖魔を探すのだと口では言いながらも、彼らの足取りはどこか軽やかで、目的からは少し外れているようにさえ見えた。岩陰に腰を下ろして語らうこともあれば、風を切って空を翔け、どちらが高く、どちらが速く飛べるかを競い合うこともあった。

 

黄海の空は広く、風は自由で、あの乾いた大地の匂いさえ、いつしか清次にとっては心地よいものとなっていた。穆玄は変わらず清次の傍に控え、六太の騶虞――とらも寄り添うようにその後ろを歩いた。

 

六太の気さくな笑顔、遠慮のない言葉、過去を受け入れたうえで誰かを信じようとする強さ。それは、清次の中に張りつめていた何かを、少しずつ、しかし着実にほぐしていった。

 

一緒に風を浴び、一緒に陽を受けるその時間の中で、清次の笑みにも、次第に自然な色が戻っていく。

 

そして何より、自分の過去や影を語っても、六太は少しも顔を曇らせず、ただ「そうか」と受け止めてくれたこと。それが、清次にとってはなによりも大きな救いだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

その日も、采麒は六太とともに黄海へ向かっていた。

 

穆玄の背に軽やかに乗り、朝の陽を浴びながら門を抜けていくその姿は、どこか浮き立っているようにも見えた。後ろには、騶虞――とらの背に身を預けた六太が、笑いながら采麒に何かを話しかけている。風の中に混じるその声は遠くてはっきりとは聞こえなかったが、采麒が顔をほころばせているのが、廊下からでもよく見えた。

 

その光景を、綠花は静かに見つめていた。

 

縁に立ち、遠ざかる二人の背中を目で追いながら、そっと手を胸元に添える。

 

(……あんなふうに、笑うのね)

 

不意に胸の奥が、ちくりと痛んだ。そんな表情を、これまで自分は見たことがなかった。采麒が笑っている姿はいつも見ている。けれど、それは誰にでも向ける柔らかな仮面のようで――今、六太に向けるような、生き生きとした笑顔とは、どこか違っていた。

 

(なぜ、私には……)

 

ふとよぎった疑問に、綠花はすぐかぶりを振った。

 

(……違う。私は、お傍に仕える者)

 

そう、陽華様に言われたではないか――「麒麟が心を許せるよう、焦らず、誠実に傍にいればいい」と。

 

それが自分の務めだ。たとえ最後まで本心を見せてくれなかったとしても、采麒の安寧のために尽くすことはできる。

 

――それで、いい。

 

そう自分に言い聞かせ、綠花は目を閉じて小さく息をついた。そしてまた、蓬山の務めへと戻っていく。いつも通りの、穏やかな女官の顔を取り戻して。

 

たとえ、胸にひとひらの寂しさを抱えていても。

 

 

***

 

 

秋分により怜坤門が開かれる、その前日――

六太が蓬山を離れる日が来た。

 

采麒ー清次は穆玄とともに、門前の広場に立っていた。

 

六太は騶虞の背にひらりと飛び乗り、軽く手を振る。

 

「しばらく延に戻るよ。また、ふらっと遊びに来るかもな」

 

「うん。そのときは、歓迎するよ」

 

清次は穏やかに笑って頷いた。その目は、以前よりも少し柔らかくなっていた。

 

六太はにっと笑い、騶虞を清次のすぐそばまで寄せると、声を落として言った。

 

「なあ、清次。あの綠花って女官、けっこうお前のこと気にしてるぞ」

 

「え……?」

 

「毎日ずっと、お前のこと見てる。言葉にはしないけど、心を砕いてるのが、わかる。……ちゃんと気づいてやれよな」

 

六太はそう言って、からかうでも、押しつけがましくもなく、ただ静かに笑った。

 

清次は驚いたように瞬きをしたが、すぐに柔らかく笑った。

 

「……うん」

 

「じゃあ。またな、清次」

 

騶虞の背に乗った六太は、風を切って空へと舞い上がっていく。その姿は、軽やかで、どこか頼もしさを残していた。

 

清次はその背中を、ただ静かに見送った。

 

やがて、背後から足音が近づいてくる。

 

振り返ると、綠花が静かに立っていた。いつものように控えめな姿勢で、けれどどこか、わずかに表情が硬い。

 

「采麒……お部屋にお戻りになられますか?」

 

「うん。……ありがと、綠花」

 

清次がふと微笑みを向けると、綠花は一瞬、驚いたように目を瞬かせた。

 

それはいつもの仮面のような笑みではなかった。どこか素直で、ふとした温度を宿した微笑だった。

 

胸の奥が、ふっと熱を持つ。

 

「……いえ。采麒のお力になれることがあれば、いつでも」

 

そう言って、綠花は静かに頭を下げた。

 

清次は彼女の前に立ち、やわらかく首を傾ける。

 

「これからも、よろしくね」

 

「……はい」

 

それだけのやりとりが、言葉以上の温かさを含んでいた。

 

ふたりのあいだに流れる空気が、ほんの少しだけ変わっていた。近づけないと思っていた距離が、わずかに縮まっていた。

 

風が通り抜け、門の外から光が射し込む。

 

秋分が近い。昇山の時が、迫っていた。

 

 

 







主人公の麒麟の姿のイラストと姉に描いて貰ったイラスト追加しました。
あと説明し忘れていたのですが、本作品が作者の処女作です。(今の時代この言葉で通じるかは分かりませんが…)
十二国記に関してもにわかなので拙い作品ではありますが、完結まで行っているのでとりあえずエタる心配はありません。
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