紅衣の麒麟   作:にわか

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今回も原作キャラ出ます。キャラ崩壊注意です。
今日は2話投稿します


第六章

 

 

 

才州国の首都――揖寧。

 

これまで清次が見てきた、荒れた町や無人の村とはまるで違う光景が、目の前に広がっていた。

 

建物は整い、道には掃き清められた痕跡がある。露店の掛け声や子どもたちの笑い声が、夕風に乗って通りを賑わせていた。

 

清次は通りの端で立ち止まり、驚きを隠せないまま、きょろきょろと周囲を見回していた。

 

(……本当に、ここも才国なのか)

 

その姿を、近くの軒先で胡坐をかいていた男が、面白そうに眺めていた。

 

「――坊主、迷子か?」

 

清次が振り返ると、そこには薄く笑みを浮かべた男がいた。

年のころは三十前後、整った顔立ちにどこか気の抜けた表情。上等な衣を着崩し、手には見慣れぬ果実を弄んでいる。どこか旅人めいた風貌だが、無頼というには清潔感がある。

 

「そんなに目を見開いて町を眺めてたら、物珍しいのはお前の方になるぞ」

 

「……いえ、すみません。ただ、あまりに他と違ったので」

 

清次が丁寧に言うと、男は「ほう」と面白そうに眉を上げ、果実に齧りついた。

 

「他ってことは……別の町を見て回ったのか。まあ、そうだな。ここはまだ“町”の体裁を保っておる方だ。仮にも首都だからな」

 

男は果実を咀嚼しながら、言葉を継いだ。

 

「坊主、旅の途上か? 珍しい髪色だな。しかも一人とは……なかなかの物好きだ」

 

「……はい。色々と見てまわっているところです」

 

「ふむ。変わったやつだ。いや、悪くない。旅は若いうちの方がいい。世の無情を知るにもな」

 

そう言って男は立ち上がると、やや芝居がかった仕草で片手を差し出した。

 

「俺は風漢(ふうかん)。放浪人みたいなもんだ。暇なら、少し話をしないか?」

 

清次は一瞬戸惑ったが、どこか憎めない気配に自然と頷いていた。

 

男――風漢は、通りに面した腰掛けに座り直すと、どこか懐かしむような声音で語り出した。

 

「ここはまだ仮朝が政を保っている。法が通じ、役人も荒れておらん。だから、人の暮らしがある」

 

「……そうですね。他の町では、皆が下を向き、役人は理不尽な罰を振るっていました」

 

「王なき国とは、えてしてそういうものだ」

 

清次は、わずかに目を伏せた。

 

「……前王は、どのような方だったのでしょうか」

 

「――良い王だったんだろう」

 

風漢は果実の芯を投げ捨て、遠くに目をやった。

 

「前前王の末期は酷かった。民を虐げ、政を私した。その末に、そのとき立ち上がったのが、前の王だ。民のために声を上げ、誰よりも真っ直ぐだった」

 

「民もアイツを王に望んだ。アイツなら国を変えてくれると。実際、登極の折には、才国に期待が満ちていた」

 

風漢の声がわずかに落ちる。

 

「だが、政とは、情や正しさだけでは成り立たぬものだ。“民の視点”で良いと思う政策ばかりでは、国は立ち行かん――そのことを、前王は知らなかった」

 

「民を思って行った政も、巡り巡って民を苦しめた。やがて麒麟は失道し、奏国に療養として送られ死んだ……王も間をおかず、自ら命を絶たったと聞く。――臣下も何人か、後を追ったそうだ」

 

清次は、吹き抜ける風に髪を揺らしながら、ただ黙ってその言葉を噛み締めていた。

 

胸の奥で、小さな波がゆっくりと広がっていくのを感じながら。

 

風漢が言葉を切り、果実の最後のひとかけを口に運んだときだった。

 

 

「……ったく、おまえってやつは、勝手に一人でどっか行くなよな――」

 

けだるげな声が、通りの向こうから響いてきた。清次がそちらに顔を向けると、背の低い少年が足早にこちらへ向かってくるのが見えた。

 

頭には布を巻き、髪色を隠してはいるが、その声と雰囲気、立ち振る舞いに、清次はどこか見覚えを覚えた。

 

少年は風漢の姿を見つけてまっすぐに近づいてきたが、その隣にいた清次に目を留めた瞬間、足を止めて目を丸くした。

 

「……あれ? 清次?」

 

驚いたようにまじまじと顔を見つめ、確かめるようにもう一度声をかける。

 

「やっぱり、清次だよな?」

 

清次は、一瞬言葉を失った。懐かしい名を、不意に呼ばれた気がして、鼓動が跳ねる。

 

「……六太……?」

 

ようやく絞り出すように名を呼ぶと、少年はにっと笑って頷いた。

 

「なんだ、やっぱりそうか。びっくりしたぜ。」

 

六太は肩をすくめ、いたずらっぽく笑ってみせた。

 

「まさかこんなところで会うなんてな!」

 

「どうして……ここに……」

 

問いかける清次をよそに、風漢は芯をぽんと指先で弾きながら、くすりと笑った。

 

「……積もる話もあるだろう。俺は先に宿へ戻ってる」

 

それだけ言い残し、男は何も振り返らず、通りの先へと歩き去っていった。

 

その背中を見送る清次の胸に、ひとつの確信が芽生えていた。

 

(……あの人も、気づいていたんだ)

 

金の髪を包む布の奥で、六太は柔らかく笑んだ。

 

「ここじゃ立ち話もなんだし、少し茶でもしよう。すぐそこに茶屋があるんだ。いいだろ?」

 

清次は、黙って頷いた。

 

二人は肩を並べ、にぎやかな通りを抜けていった。

 

まるで久しぶりの再会を歓迎するかのように、茶屋の暖簾が夕風にふわりと揺れていた。

 

 

***

 

 

茶屋の中は穏やかな昼の光に包まれていた。

外の喧騒が少し遠くなったようで、湯の沸く音と、卓上の茶の香りが静かに漂っている。

 

六太は湯呑を手に、いたずらっぽく笑った。

 

「……しかし、お前にこんなとこで会うなんて、ほんとびっくりしたぞ」

 

清次は思わず吹き出しそうになりながらも、苦笑いで返した。

 

「そっちこそ。なんでこんなとこにいるの」

 

「はは、俺のセリフだっつーの」

 

清次はふと、さっき出会った男の姿を思い浮かべる。

 

「……さっきの人って、六太の……?」

 

「ああ、アイツがそうだ。雁州国・国王――尚隆さ」

 

六太はあっけらかんとした口調で言いながら、茶をひとすすりした。

 

「ちょっと才の様子を見に、一緒に来ててな。まあ、いつもの気まぐれだけどさ。目を離すとすぐふらっとどっか行くから、こっちは苦労してんだよ」

 

「そうなんだ……」

 

清次は思わず小さく笑い、どこか納得したように頷いた。

 

六太は肩をすくめて、茶をひとくち啜った。

 

「蓬山を出たって聞いた時も驚いたけどさ――まさか、本当にこうして外で会えるとはな」

 

「……うん、それは……自分でも、なんか変な感じするよ」

 

六太は湯呑を置き、肘を卓についたまま、じっと清次の顔を見つめた。

 

「でさ……どうして出たんだ? 蓬山を」

 

清次はしばらく茶の表面を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「……王を、探そうと思ったんだ。才の」

 

六太の目がわずかに見開かれる。

 

「おまえが、か?」

 

「うん。……最初はね、いやだったんだ。ずっと。王を選ぶってことが」

 

「そりゃ、そうだよな。……蓬莱で、あんな目に遭ってたら」

 

六太の声には、柔らかい同情が滲んでいた。清次は、ゆっくりとうなずいた。

 

「蓬莱では、上に立つ人たちは、自分のためにしか動かなかった。人を助けるふりして、人を押しつぶす。……そういうのばっかりだった」

 

「……」

 

「それを見て、王なんて、いない方がいいって思った。誰か一人に決めるなんて、それが民を傷つけるって、ずっとそう思ってた」

 

六太は言葉を挟まず、ただ黙って聞いている。

 

「でも……元司察大夫の鍾隠殿に話を聞いて、穆玄に才の様子を見てもらって……それで思ったんだ。才国には、もう限界が来てる。誰かが動かないと、どんどん壊れていくだけなんだって」

 

「……それで、旅に出たのか」

 

「うん」

 

清次は、六太の目をまっすぐに見た。

 

「俺にできるかなんて、正直今でも不安はある。でも、やっぱり……王がいないままじゃ、国は壊れるばっかりで。だから、ちゃんと見ようって思ったんだ。王を選ぶってことを、自分の目で確かめて、自分の意志でやろうって」

 

六太はその言葉に、しばし何も言わなかった。

 

やがて、ふっと目を細め、口の端に優しい笑みを浮かべた。

 

「……変わったな、お前」

 

「そう、かな?」

 

「前に会ったときは、もっと……怯えてた。自分が何者かってことにも、王って存在にも」

 

「……」

 

「でも、今は違う。ちゃんと、自分で考えて、決めてる。……すげぇなって思ったよ、清次」

 

清次は、照れくさそうに視線をそらした。

 

「……まだ、全然決めきれてるわけじゃないんだ。」

 

少しの沈黙の後清次は、口を開いた。

 

「国を見てきたよ。今の才国を…」

 

「そっか……。才を回ってみて、どうだった?」

 

問いかけに、清次視線を湯呑に落とした。

 

「……ひどかったよ。ほとんどの町や村は荒れてて、人は疑心暗鬼で、妖魔も多くて……」

 

言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

 

「でも、その中に、一ヶ所だけ……ちゃんと人が暮らしてる町があった。小さいけど、秩序が保たれてて、民が笑ってた。……それが、余計に苦しくて」

 

六太が目を細める。

 

「苦しかった?」

 

「うん。……そこの州侯が、すごくまっすぐな人でね。民に慕われてて、自分の責務をきちんと果たしてた。誰かがやらなきゃいけないって、それだけで立ってる感じの人だった」

 

少し息をついて、清次は六太を見る。

 

「王気は感じなかった。……でも、俺は、その人が王だったらどれだけ救われるだろうって、そう思ったんだ」

 

六太は黙って頷く。清次は続ける。

 

「……それと同時に、自分が選ぶ“王”って人が、本当にこの国にふさわしい人なのか、不安になった」

 

「……」

 

「俺が選んだ王が、もし……その州侯よりも劣る人だったら。民を苦しめるような人だったら。……それでも、俺は仕えなきゃいけない。麒麟だから」

 

吐き出された言葉に、六太の表情が静かに揺れた。

 

「そっか……」

 

六太は腕を組んで少し考えるような仕草をした後、ふっと笑った。

 

「清次、大丈夫だ。王ってのは“天”が選ぶ。それは変わらない。でも、“信じる”のは、自分なんだ。俺たちはそれを背負ってる。王を信じて、支えることを。……でもそれは、簡単なことじゃない。俺だって、今でも不安になるときはあるよ」

 

「六太でも……?」

 

「ああ。尚隆はとんでもなく自由な奴だし、腹が立つことだってあるし。でも――」

 

六太は真っすぐに清次を見た。

 

「信じるって決めたのは俺だ。誰に命じられたわけでもない。だから、何かあったときも、自分でちゃんと考える。……それが麒麟の“信”ってやつだと、俺は思ってる」

 

「“信”……」

 

「選ぶことも、信じることも、自分で決めるんだ。だから、迷っていい。不安になってもいい。……でも、迷ったまま止まっちゃ駄目だ。お前が選んだ王を、ちゃんと見てやれ。疑って見るんじゃなくて、理解しようとして見るんだ」

 

清次は、ゆっくりと頷いた。

 

「……うん、わかった。……ありがとう、六太」

 

「ははは、なんだよ、改まって」

 

六太は少し照れたように笑ってから、湯呑を手に取った。

 

「お前がどんな王を選んだのか、俺も気になるけどな。でも、それは――お前にしかわかんねえことだから」

 

そして、柔らかく、しかし力強く言葉を継いだ。

 

「お前なら、大丈夫さ。……俺はそう思ってる」

 

清次はその言葉に、静かに目を伏せながら、小さく頷いた。

 

茶屋の中に、静かな余韻が流れていた。

 

湯呑の中の茶もすっかり冷め、窓の外には昼の陽が傾き始めている。

 

六太は椅子をゆっくりと引き、立ち上がった。

 

「そろそろ行くよ。尚隆をほっとくと、またどこで何してるか分かんねぇからな」

 

「……うん」

 

清次も立ち上がり、名残惜しそうに卓を見下ろした。

 

六太は背伸びを一つしてから、ふと振り返る。

 

「清次」

 

「ん?」

 

「お前、困ったら……延に来いよ。いいか? 本当にどうしようもなくなったら、遠慮すんなよ」

 

清次は目を瞬かせ、それからふっと笑った。

 

「……ありがとう。でも、できれば迷惑かけたくないな」

 

「バーカ、迷惑なんて思うかよ。友達だろ?」

 

六太はそう言って、照れくさそうに笑った。

清次も笑みを返す。

 

「……気をつけて。才の旅は、まだまだ危ないから」

 

「お前こそな。妖魔に食われたりすんなよ」

 

そう言って六太は、ひらりと手を振って茶屋を出ていった。

 

清次はその背を見送りながら、胸の奥にわずかな風が通り抜けるのを感じていた。

 

(……あの人たちって、なんだかいいな)

 

誰よりも自由で掴みどころのない風漢と、軽口を叩きながらもちゃんと寄り添う六太。その在りようは、王と麒麟というより――もっと近しく、もっとしなやかな、けれど確かな信頼で結ばれているように見えた。

 

(ああやって、王と歩めたら……)

 

思わずそんなことを考えて、清次は苦笑した。

 

茶の香りがまだほのかに残る茶屋の空気を吸い込んでから、清次はまた歩き出した。

 

次なる地へ。

次なる「誰か」へ。

 

才国という大地に、ほんの小さな風が吹いていた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

空を切る風が、耳元で柔らかく唸っていた。

 

穆玄の漆黒の背に身を預け、采麒――清次は、高空から広がる地上を見下ろしていた。

山々は霞み、川のきらめきが陽を弾いている。風は冷たいはずなのに、穆玄の背は不思議と温かかった。

 

「……俺、変わったのかな」

 

ぽつりと呟いた言葉が、風に溶けていく。

 

「昔はさ、王を選ぶなんて考えたくもなかった。怖くて。できるわけないって思ってたし……蓬莱のことが、ずっと引っかかってた」

 

穆玄は何も言わない。ただ、変わらず空を翔ける。

 

「でも今は、ほんの少しだけど、選ぼうって思えるようになった。……見ようって思う。王を、自分の目で」

 

清次は言いながら、自分でもその変化に驚いていた。

 

「それでもやっぱり、不安だよ。俺が選んだ人が、もし……民を傷つけるような人だったらって。俺が、間違ってたらって」

 

答えはない。だが、その沈黙が返って心に沁みた。

 

「……きっと、俺はこれからも迷うと思う。たぶん、そのたびに怖くなる。――でも、もう目をそらさないって、そう決めたんだ」

 

少しだけ風向きが変わり、穆玄の背がわずかに揺れる。

 

「穆玄。……君がいてくれて、よかったよ」

 

そのとき、穆玄が低く静かに呟いた。

 

「俺はお前が死ぬまでは一緒にいる。……ただ、それだけだ」

 

清次は、声を出さずに笑った。

 

(……それだけで、十分だ)

 

彼の背に体を預けながら、清次はまっすぐに前を見据える。

 

雲は遠く、空は青く、地上にはまだ続く旅路があった。

けれど心は、確かに、少しずつ前へ進みはじめている。

 

 

***

 

 

風を切る音が、耳元で軽やかに鳴っている。

穆玄の背はぶれることなく、滑るように空を駆けていた。地上に広がる野山はまだ荒れているが、空は晴れ渡り、どこまでも青かった。

 

清次はその背で、遠く地平の先を見つめていた。次に向かう町――まだ見ぬ土地、まだ見ぬ人。気持ちは静かに定まっていた。

 

ふと、前方の空に動く影が見えた。

 

(……あれは――)

 

雲間から姿を現したのは、鮮やかな斑の毛並みを持つ騶虞。悠々と風を切って進むその背には、一人の男が騎乗していた。

 

男はこちらに気づいた様子で、やや速度を緩めると、朗らかな声をかけてくる。

 

「やあ、また会ったね」

 

その穏やかな声音に、清次は目を見張った。

 

さらりとした黒髪を一つに軽く結び、穏やかな笑みを浮かべるその男――

 

(……利広さん……!)

 

旅のはじまり、まだ不安しかなかったあの時に、声をかけてくれた青年の姿が、そこにあった。

 

穆玄も静かに速度を落とし、騶虞と並ぶように飛行する。

 

「……こんにちは、利広さん」

 

清次が声をかけると、利広は目を細めて微笑んだ。

 

「こんな空の上で再会するなんて、君もなかなか粋だね」

 

清次は一拍置いてから、穆玄の背で姿勢を正した。

 

「……利広さん。まさか、空でお会いするとは思いませんでした」

 

「まさか、と思うことが、旅の妙ってやつさ」

 

利広の笑みは変わらない。けれどその目は、清次の様子を丁寧に見つめていた。

 

「元気そうで何よりだ。……ずいぶん、顔つきが変わったね」

 

その言葉に、清次は照れたように目を伏せた。

 

「はい……才の国を回って、色んなことを見てきました。怖いことも、悲しいことも、たくさんあって……でも、今は――自分にできることを、ちゃんとやろうって思ってます」

 

穆玄の背で風を受けながら、清次はまっすぐに利広を見た。揺るぎない覚悟というにはまだ少し幼さが残るけれど、その目に迷いはなかった。

 

利広は目を細め、穏やかに頷いた。

 

「そうか。……王を選ぶことを決めたんだね」

 

その言葉に、清次は軽く目を見張ったが、すぐに苦笑するように目を細めた。

 

「やっぱり、気づいてたんですね」

 

「おや、驚かないんだね?」

 

利広が面白そうに言うと、清次は穆玄の背を軽く撫でながら、肩をすくめた。

 

「……妖魔に乗ってるのに、何の反応もされなかったですから」

 

「確かにそうだ」

 

そう言って利広は笑った。その声は、やわらかな風のように耳をくすぐる。

 

しばらく並んで風を切ったのち、利広がふと思い出したように問いかけた。

 

「それで、これからどこへ行くつもりなんだい?」

 

「……南の丘陵を越えた先にあるという、“紫洲(ししゅう)”という町です。まだ人が暮らしていて、市も立っていると聞いて」

 

清次がそう答えると、利広は満足げに頷いた。

 

「なるほど。奇遇だね、私もそちらへ向かっているところだった」

 

「そうなんですね」

 

「ああ。一緒に乗っていかないか?どうせ彼の背では、町まで行くのは無理だろう? 騶虞なら、多少目立つけど町まで入れてもらえるしね」

 

「えっ、いえ、でも……それは……」

 

清次が慌てて遠慮の言葉を探す前に、利広は笑いながら手を差し伸べた。

 

「気にしないで。どうせ同じ方向だ。わざわざ降りて歩く必要もない。君が嫌でなければ、という話だけどね」

 

清次は迷ったように視線を落としたが、やがて穆玄がふわりと身を翻し、主の心に応えるように速度を緩める。

 

利広の騶虞が少し体勢を整えるのを見て、清次は軽やかに騶虞へと飛び移った。穆玄は風の名残のようにかすかに舞い、清次の影へと静かに溶け込んでいった。

 

「ありがとうございます……お言葉に甘えます」

 

「それじゃあ、行こうか」

 

利広が手綱を軽く引くと、騶虞は再び風を蹴って前方へと飛翔していく。

 

空は高く澄み、風が二人の頬を優しく撫でていった。

 

まだ見ぬ町――紫洲を目指して、彼らはひとつの流れに乗るように、澄んだ空を滑るように進んでいった。

 

風は高く、穏やかだった。

騶虞の背は広く安定しており、清次はその背でゆるやかな風に身を預けていた。後ろには、変わらぬ笑みをたたえた利広の姿。

 

しばらく無言のまま飛翔していたが、清次はふと口を開いた。

 

「……才国を見て回っている時に、前王のことも聞いたんです」

 

利広がちらりと視線を向ける。促すような、その気配に続けて言葉を紡いだ。

 

「みんなに望まれて王になった方だったと……そう聞きました。前の王が酷かった分、きっと希望を託されたんだと思います。でも、政がうまくいかなくて、麒麟が失道して……」

 

空を渡る風に紛れないように、清次の声は静かに整えられていた。

 

「ある旅人が言っていました。民のことを思っていても、“民の視点”で良いと思う政策ばかりでは、国は立ち行かないんだって。……だから、麒麟が失道したのだろうと」

 

利広は真顔で聞いていた。否定も肯定もせず、ただその言葉を、受け止めるように。

 

「……それに、采麟は失道したあと、奏国に送られたと聞きました」

 

清次は風の向こうを見つめながら、少しだけ声を落とす。

 

「……利広さんは、采麟について何か……ご存じですか?」

 

一拍の沈黙が風に溶けたあと、利広はそっと目を細めた。

 

利広はしばらく風の音に耳を傾けていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「そうだね。……私も詳しく知っているわけではないんだけど、君は知っていた方がいいだろう」

 

その横顔は穏やかだったが、どこか遠くを見つめるようでもあった。

 

「妹が、かつての采麟と面識があってね。そして、才で長く官吏を務めていた人物から、昔のことを聞いたことがあるらしい」

 

風が緩やかに吹き抜ける。

 

「……その話を、少しだけ君に伝えよう」

 

そして、利広の語りに重なるように――

 

時間の流れは、静かに過去へと遡っていった。

 






作者は延主従が推しです。二人の関係に夢を見てます。
この作品では純粋な信頼関係で結ばれた二人を書いているつもりですが、生産元が腐っているのでもし滲んでいたらすみません。

あと関係ありませんが作者の十二国記で一番好きなキャラは珠晶です。

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