慣れない接客に奮闘していた有珠にも少しずつ変化が訪れ、青子と有珠、そしてイーリエの長い一日もついに終わりを迎えます。
果たして、パティスリー・HAMAMIYAは無事にオープン初日を終えることができるのでしょうか。
「このたび、魔女のケーキ屋さんがオープンすることになりました」完結編です。
2人のアルバイトの結末を、どうぞ最後までお楽しみください。
昼間までの人が殺到するような状況ではなくなったはものの、未だ客足が途絶えることはなかった。当初はあまり売れないだろうと予想して在庫を抑えたホールケーキが最初に完売してしまった。
イーリエも隙を見ては手早く少量の材料で作れるシュークリームとプリンを生産するも、みるみるうちに在庫が減っていく。
この頃になると、有珠も接客にはだいぶ慣れてきたようで、笑顔は相変わらずのぎこちなさであったが、お辞儀と挨拶はもう指導する必要はないだろうと思えるレベルに達していた。
一方青子は、自分の作業と並行して今まで有珠の面倒を朝からみており、イーリエが厨房にいる間は視野を広げて仕事を回していたし、芳助をはじめ、ナンパ野郎や盗撮魔の制圧までこなしていた。さすがに疲弊の色が表情に浮き出てきていた。
そんな相棒を助けるべく、有珠は少しでも良いから休んできてちょうだいと青子に休憩を求めたのだ。青子はそれを無下に断ろうとしたが、「一昨日と同じ酷い顔をしているわ」という有珠の忖度ない発言を受け、休むことを決めた。
その後すぐにケーキは数種類を残して完売間近となった。大量に作ったプリンも完売し、シュークリームも残りわずかである。あとひと踏ん張りである。
じきに青子も戻り、最後は3人で接客に立つ。
イーリエが並んでいるお客に、まもなく完売とのアナウンスを告げた。
釣り銭もとっくのとうに尽きており、小銭での会計協力のアナウンスもした。
ーーーーそして。
最後のお客さんは、お母さんと3、4歳の女の子の親子連れだった。
商品ケースには、シュークリームが2つのみ。
お母さんに何事か耳うちをされた女の子は商品ケースの前までテクテクと歩いて来た。
青子は棒立ちする有珠の背中を軽く押しながら、揃って商品ケースの前まで移動した。
青子はしゃがみ込んで女の子と同じ目線になりながら、
「いらっしゃいませ! 何が欲しいのかなー?」
と優しく声をかけると、女の子は恥ずかしながらもそれに応えてくれた。
「うーん、えっとね、シュークリーム」
「あのシュークリームね。いくつ欲しいの?」
女の子は少し考えてから、
「えーっと、ふたつー!」
とピースサインをして指でも教えてくれた。
「ふたつね、分かりました! ちょっと待っててね」
青子は女の子のお母さんに声をかけ、お会計の準備。イーリエは感無量になりながら、最後の商品を箱に詰め始める。
そして、有珠は女の子の頭を見ているだけであった。子供とどう接して良いのか分からないのである。
女の子も何だかそわそわしていた。
それを見かねた青子はしゃがんでしゃがんでと、手でジェスチャーする。
有珠は緊張しながらも、ゆっくりとしゃがんだ。
すぐに女の子と目が合うも、視線を逸らしてしまう。
その時、
「おようふく、かわいいねー」
なんと女の子の方から話しかけてくれたのである。しかも、ひと回り以上も歳が離れている子供が有珠のことを褒めてくれた。きっと人見知りしているにも関わらずだ。子供の方から不器用なお姉さんに歩み寄ってくれたのである。
有珠は女の子の頭をぽんぽんと撫でた。
「あっ」
愛くるしくて思わず手が出てしまった。
だが、女の子は照れくさそうに笑っているのを見て安心した有珠。
「あなたのほうが可愛いわ」
そう言って、有珠は心から微笑んだ。
◇
その後、完売を待っていたお客たちから盛大な拍手を送られ、最後はイーリエがお辞儀をして感謝を述べ、お店は閉められた。
3人は店内の椅子に座り、息を整えていた。ここまで朝から馬車馬のごとく駆け抜けてきたのである。放心状態になるのも無理はなく、けれども完売という達成感のほうが今は大きいようで、各々それを噛み締めていた。
イーリエは厨房からプリンとシュークリームを2つずつ持ってくると、青子と有珠の前に置いた。
「ほんのお礼よ。食べて」
「「いただきます」」
2人はお礼も言わずに食べ始めた。
青子はシュークリームを頬張り、有珠はプリンをスプーンで掬った。
疲労で身体が糖分を欲していたのでこれはありがたかった。
「おいしー! やるじゃん、オーナー」
「うん、うん、これは売れるのも分かるわ」
2人が無我夢中で食べている間に、イーリエは紅茶を淹れて振る舞ってくれた。
美味しそうに食べる姿を、イーリエは嬉しそうに眺めている。
「オーナー、最初は外国人ぶってたけど、いつの間にか口調が普通に戻ってたわよね」
イーリエは気まずそうに頷いた。
「あははっ、そっちのほうがウケが良いと思ったからね。でも、やめたよ。もう必要ないと分かったから」
「なんでそんなことしたの? フランスで修行したから?」
イーリエはサングラスを外した。優しいまっすぐな目をしていたので、印象ががらりと変わる。胡散臭さは消え、むしろ誠実ささえ感じ取れた。
「おじさん、2年前にこのまま歳をとっていくことが急に怖くなっちゃったんだよね。何も成し遂げられない自分にね。だから、ずっと夢だったケーキ屋を営みたいと脱サラして貯金をそこにつぎ込むことに決めたんだよ」
「脱サラしてお店を開くのはよく聞く話よね」
「そうだね。でも、私は考えたんだ。どこかのケーキ屋で修行してお店を構えても成功はしないと。だから、本場のフランスに行ってそこで修行すれば良いと直感で思ったのよ。だけど、それが失敗だった。向こうでの生活は本当に厳しくて、お菓子作りだから言語の壁はあっても、目で見れば作り方は分かるだろうから支障は無いと思ってたんだけど、……大きな間違いだったね。材料が一緒でも生地の状態をよく観察するのが大事だし、その日の湿度や気温も影響したりするんだよ。そんなことすら言語が分からないから、覚えることができなかった。だからたった3ヶ月で、逃げて帰国したんだ」
「あっ! それで広告にフランスの修行が12週間どうのこうのって書いたわけね」
「そう。その後はフランスで見た記憶だけを頼りに独学でケーキを作り続けたんだ。もともと地元がここだから場所は浜宮が良かったんだけど、どんどんおしゃれになっていくからまさか出店の許可が下りるとは思ってなかったんだよね。後から履歴書に書いたフランスでの経験が評価されたと聞いてね。つい、そっち路線で行けるかもって調子に乗ったんだよ。だから、いかにも外国かぶれな口調と宣伝で攻めてみようっていうさ」
イーリエは恥ずかしそうに苦笑いした。
「最初からサングラスなんて外して味だけで勝負すれば良かったのに。ねえ、有珠」
「そうね。この味ならまた食べたいと思えるもの」
「……そうか、ありがとう」
「まあでも、オーナーは失敗って言っていたけど、フランスでの修行はちゃんと成功させているじゃない。浜宮でオープンできて、修行中の経験を頼りにこんなに美味しいデザートを作れるんだから」
「……お嬢ちゃん。あっ、そうだ、ちょっと待ってて」
イーリエはまた厨房に入ると、大きな箱と茶封筒を持って来た。
「材料がほとんど残らなかったから、1つしか作れなかったんだけど、これは家に帰ってから食べて」
大きな箱の中では、ホールのいちごケーキが輝いて鎮座していた。
「やったーありがとう! イーリエさん」
「ありがとうございます」
女子2人は感激し興奮していた。
「私、半分は食べられそう」
「だめよ、草十郎君の分もあるでしょう。私が2/4、青子と草十郎君が1/4ずつよ」
2人が今浮かべているような表情を見たくてケーキを作っていることを、イーリエは思い出した。そして、我に返った彼は、慌てて茶封筒を2人の前に置いた。
「はい、忘れる前に。これが今日の給料ね」
2人はお辞儀をしてから、ありがたく封筒を受け取る。
あれ、なんか……と青子がちらりと封筒の中を覗くと、期待しながら概算した金額よりもさらに多くの枚数のお札が入っていることに気が付いた。
「イーリエさん、いいの? こんなに……」
「どうぞどうぞ。2人のおかげで今日は最高のスタートが切れたんだから。ほんの気持ちだよ。だから気持ち良く受け取ってくれると嬉しいね」
青子と有珠は顔を見合わせ頷いた。
「じゃあ、ありがたく!」
「いただきます」
◇
2人は不思議と名残惜しくなってしまったメイド服を脱ぎ、着替えと身支度を済ませ、お店を出る。
もう夕日はほぼ沈みかけ、空にはオレンジ色と紫色のコントラストが広がっていた。
イーリエも店から出てきてくれた。
「今日は本当にありがとう」
「こちらこそ。案外楽しかったわ。お土産もたくさん貰ったし」
「そうね、お菓子とお給料は大満足よ」
有珠は最後まで有珠だった。
「そうだ、最後にイーリエさんに聞きたいんだけど。本当の名前は何て言うの?」
「ああ、そういえば言ってなかったね。私の名前は入江秀忠というんだ」
「……ぷっ」
だからイーリエにしたんだと、ここでの伏線回収に青子は吹き出し、有珠はよくこんな古風な名前で外国人ぶった演技をしていたわねと肩をすくめた。
「お嬢ちゃんたち、笑いすぎだよー!」
こうして3人は笑顔で解散した。
また必ず食べに来ますと約束をして。
◇
2人は重い足取りの帰路の中、今日の出来事に花を咲かせていた。
「有珠も後半は接客慣れしてたわよね。最後まで慣れずに終わるかなって思ってたから意外だったわ」
「馬鹿にしないで。私も常識があるってことが今日証明できて良かったと感じているわ」
「子供には固まってたクセによく言うー」
青子は有珠にわざと肩をぶつけて笑ってやる。
「仕方ないでしょう。子供への対処がよく分からないのよ」
「へー」
(そんなこと言って、対応良くできてたわよ。最後の笑顔なんて正直びっくりしちゃったわ。あんな笑顔できるのね。今日は良いものが見れたわ)
「なに? ニヤニヤして。気持ち悪い」
「なんでもなーい」
その後も2人は普通の女子高生が話すような会話を楽しみながら、もう1人の同居人が待つ屋敷へと帰るのだった。
◇
――――これは後日談。
青子(とその取り巻きたち?)にコテンパンにされた芳助は、広場のベンチに座り、なぜ宇宙はできたのかについて考え込んでいた。どうして俺はいつもこんな目にあうのかなーと真剣に考え始めたら、行きつくところまで行きついてしまった結果らしい。
今日だって浜宮に来たのは暇を持て余しての気まぐれだった。おしゃれな街なら美人が多いだろうという下心ありありな考えはあったものの、何もひとり好んで遊びに来たかったわけではない。
つい先日のことである。夜遅くに草十郎から電話があり遊びの約束か?と期待したところ、春休みの間、遊べないどころかアルバイトすら顔を出せないことになった、すまないとの連絡が入ったのだ。鳶丸も卒業式やら家の行事で休みの前半は忙しいみたいだ。春休み前に約束をしたのに。寂しいぜ、こん畜生。
それに拍車をかけるように、浜宮でのナンパもてんでうまくいかなかった。春休みに入ってからなんで俺こんな調子悪いん?と落ち込んでいた。あたかも普段はナンパがうまく行っているような思考であるが、決してそんなことは無い。青子以上の超ポジティブ主義。そんな彼でさえも今回は堪えていたようだ。
そんな打ちひしがれている中で、芳助は青子と、そして有珠を見つけたのだ。ようやく運が回ってきたと思ったらこのザマである。
宇宙を感じてしまうのも仕方のないことだった。
「はー、もう帰るかー」
「なんでまだ道草食ってんのよ、あんた」
「うおっ!?」
なんと青子と有珠だった。
「先ほどは大変失礼をいたしました」
芳助はベンチの上で正座し、頭を深々と下げた。
「あら、素直じゃない。逆に気持ち悪いわ」
「なにしたって俺は気色が悪いですよーだ」
「そこまで言ってないでしょ」
今の芳助は何だろう、とても責めづらい。いつもなら必ず口応えしてくるからだろう。
「はあー。もうしょうがないわね。……ほら」
青子はお土産にもらったケーキの箱からプリンとスプーンを取り出し、芳助に差し出した。
「へ? 俺に、ですか?」
「あのケーキ屋で貰ったんだけど、その残り。帰ってそれも食べようと楽しみにしてたんだけど。見てらんないからあげるわ。あんたに100%非があるとはいえ、さっきは暴力も振るっちゃったしね」
「青子、私のシュークリームも木乃美君にあげて。この前、三咲高校を案内してくれたお礼に」
気が付けば、芳助の両手には2つの宝石が握られていた。
「会長から、そして有珠ちゃんからお菓子を貰える日が来るなんて……。みんなに自慢してやるぜ、畜生~。あむっ」
「だから言うなってば!」
泣きながらシュークリームを頬張る芳助に青子は詰め寄った。
「ふっ、ふぁい、言いあへん」
涙が止まらない今の芳助に、果たして言葉が通用しているのだろうか。
「じゃあ、私たち行くわね」
2人は何の未練もなく立ち去ってしまった。
しかし、全然寂しくなどなかった。
「これ、うまー」
だって、ここに宇宙(愛と調和)は在ったのだから。
◇
これより話は少し遡る。
草十郎の集中力はすでに事切れていた。
分からない箇所は都度都度ノートにまとめてみたのだが、量が多過ぎるため、もはやこれは後で見返す復習ノートと化している程だ。
少し頭を休めよう。
今日は休憩にしましょうと提案してくれる人がいないので、自分で自分を休ませてあげるしかないのである。
独りでじっとしてても休憩にならないので、図書室の本棚を見て回ることにした。
有珠から特段禁じられてもいなかったので、適当な学問書を手に取る。
しかし、読んでみても理解ができなかった。書かれている1つ1つの単語は分かるのだが、文章にされると固いというか頭に入ってこない。
これを読めれば勉強なんて苦労しないよな、と思い本を閉じた。
学術書の本棚から離れ、他のジャンルの本棚へ。
どうやらここは青子と有珠が生業としている分野の本棚だった。
2人が生きている世界を知りたいと思いつつも、立ち入るべきではないと考えていたので、今まで会話にも入らなかったし、むしろ関わるな!が2人の望みなので、尚のこと消極的であった。
だが、今この場には草十郎ただひとり。
勉強が苦手な彼にだって知的好奇心は人並みにあったりする。
だから、ほんの気まぐれで本を取ってみる。
それに、最近では2人のことを大事な友人であると草十郎は思い始めているので、知りたいという気持ちは当然のことだと言えた。
ゆっくりと開いてみる。
今度は何故かすんなり文章が頭に入ってくる。そして、不思議と本が手に馴染むのだ。
草十郎は本から目を離すことなく椅子まで移動した。どうやら腰を据えて読むことにしたらしい。
タイトルには「神秘に打ち勝つ術」と書かれていた。