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「入るわよインシー」
病室の向こう側からフルセイルサルートの声が聞こえると、扉がガラガラと開けられる。
お見舞いに来てくれたようだ。
インシルカスラムは待ってましたとばかりに顔を上げる。
森内トレーナーが持ってきてくれた暇つぶしグッズも順調に消化しつつあったし、そろそろ友人との関わりに飢えていたころだ。
「サルートー!話し相手に付き合ってよー!!」
「イヤよ、5分で帰るわ。私、川崎記念が近いの」
あっさりと断ったフルセイルサルートは新しい暇つぶしグッズをインシルカスラムに投げ渡すと。
なぜかインシルカスラムのほうではなく、病室の窓の外を見る。
「……三女神っていうのがいるのだとしたら、そいつら、とんだクズね」
空を見上げてフルセイルサルートはつぶやいた。
レースの神様、この世界では三女神。
もしも、インシルカスラムのレースを見ていて、レースの直前で故障するような運命に仕向けたのだとしたら。
あるいは、全知全能な三女神様ならそんな運命になると分かっていただろうに、それを変えられなかったのなら。
そんな奴ら、くたばればいいのに。
もともと信心深さとは程遠かったフルセイルサルートだが、今なら三女神像にツバだって吐ける気がした。
「恨んだって意味ないだろ、ごめんなさいって返ってくるわけないんだから」
「それもそうね。なんて立ち直りの早いこと」
ようやくフルセイルサルートは体の向きをインシルカスラムに向けた。
「レースには戻るのよね?次、どこに出るつもりなの?」
「まだ決めてないけど、走れそうなのは、帝王賞だって」
「帝王賞ね……私、川崎記念の後はかしわ記念に行くから、帝王賞は回避するの。次にインシーと直接対決するのはかなり先になりそうね」
「だけど、私ともう1度勝負したいのでしょう?受けて立つわ」
フルセイルサルートはそこまで言うと、インシルカスラムの手を握手するように握り。
初めて会った時のように、手をつぶすように力を籠める。
インシルカスラムは、初めて会った時のように、笑顔を見せて握り返してくるが。
その力は、明らかに弱く、全力を出し切れていなかった。
「(インシー……やっぱり、落ち込んではいるのね)」
インシルカスラムのことだ、人前では強がりたいに決まってる。
しかし、東京大賞典のあの日から悲劇続きで今後をメチャクチャにされてケロッとしてるほうがどうかしてる。
立ち直りの早いこと、と思っていたフルセイルサルートは心の中でそれを反省した。
立ち直りの早いように見せているだけで、実際はまだまだ苦しいのだ。
「これからも辛いこと、たくさんあるでしょう。でも、その全部を乗り越えて、あなたは戻ってきてくれるって信じてる」
「だって、それが私の憧れたインシーだもの」
「へっ?」
いつものフルセイルサルートからは考えられないほど優しい言葉にインシルカスラムは思わず素っ頓狂な声をだす。
フルセイルサルートのことだ、どうせ「こんなケガくらいでへこたれてんじゃないわよ!さっさと治して戻ってきなさい!」くらい喧嘩腰で言われるのかと思っていたら。
「2度も言わないわよ。帰るわ、お大事に」
すぐに高飛車で上から目線な口調に戻したフルセイルサルートはひらひらと手を振って病室を後にした。
インシルカスラムが壁掛け時計に目をやると、5分で帰る、と言っていたフルセイルサルートはなんだかんだ10分近くはいてくれていた。
「戻るよ、サルート。もう1度だけでも、アタシと全力で勝負してくれよな!」
だって、それがインシーでしょう?
森内トレーナーはインシーが病弱なウマ娘であることを知っていながら、無理な連闘させた結果、骨折させてしまいました。 あなたの意見は?
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トレーナー失格だ!クビにしろ!
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ペナルティを受けるべきだ!
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事情があったなら仕方がないのでは?
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トレーナーは何も悪くない!