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「反対票は23票で否決された」
重役の男は持っていた1枚の書類をぐしゃぐしゃに丸めた。
「……つまり、俺はこれからもインシーのトレーナーを続けられると?」
「ああ。この議題は初めからなかったことになる。秋川理事長、あなたも今回の件は不問としよう」
重役の男はぐしゃぐしゃにした書類をゴミ箱に投げ捨てた。
森内トレーナーと秋川理事長の表情が明るくなる。
「--感涙ッ!!やったな、森内トレーナー!!」
「ああ……!!インシーもきっと喜ぶ!」
秋川理事長と森内トレーナーは抱き合って喜びを表現する。
だが、重役の男はその抱擁には混ざらず、あくまで厳しい態度で接した。
「勘違いするな、森内トレーナー。続けられるとは言えど、インシーを故障させた事実は変わらん」
「はい、2度は起こさぬよう肝に銘じます」
重役は空いた手を腰に当ててため息をついた。
「全く、無駄な仕事をしてしまったものだ。自分からこの議題を上げておきながら、最終的に反対票を投じるなんてな……」
森内トレーナーは先ほどの投票結果をもう1度思い出す。
賛成22票、反対23票での否決。
つまり、目の前の重役の男がもし賛成票を入れていたなら賛成23票、反対22票になり、今頃森内トレーナーはクビを言い渡されていたということになる。
「--森内トレーナー。私が最終的に下した決断は、間違いではなかっただろうか」
ふと、重役の男は少し弱く言葉を漏らす。
それは自分の決定に自信がないようにも聞こえたが。
自分の決定が間違いかどうかはこれからの森内トレーナーにかかっている、とも捉えられる。
「はい。来年の今頃に、同じ言葉を言わせてやります」
打って変わって、森内トレーナーの返事は強かった。
早速森内トレーナーは病室のインシーに結果を伝えに行く。
「--ということだ。改めて、今後もよろしく頼む、インシー」
それを聞いたインシルカスラムは鼻を鳴らし、腕を組んでベッドにふんぞり返った。
喜ぶ、という感情とは違う。
「ようやく終わったのかよ。改めても何もないだろ」
「アタシは最初っから最後までアンタがトレーナーって言ってるのに周りが勝手にギャーギャーと騒ぐもんだから……」
どうやら、インシルカスラムにとって、森内トレーナーが自分のトレーナーを続けてくれるのは喜ばしいことではなく、当然のことだと思っているようだ。
「そうだったな。お互い今のままでいたいという気持ちは最後まで変わらなかった」
森内トレーナーは軽くうなずき、記憶からこの話題を消した。
インシルカスラムだって、罷免の話はもう二度とごめんだろう。
トレーナーを続けられることが決まった以上、森内トレーナーがやることは決まっている。
「インシー。まずはケガを治さなければ何も始まらない。まずはリハビリに専念してくれ」
「分かった、トレーナー!次は帝王賞って約束しちゃった。それでいい?」
「医者の見立てでは間に合うだろう。あの医者がヤブ医者だとも思えん。次の目標はそれで行こう!」
インシルカスラムと森内トレーナーは固い握手を交わして次の目標に合意した。
もし、森内トレーナーがURAを去り、代わりのトレーナーが就いていればどうなっていただろうか。
例えインシルカスラムが知っている3人のトレーナーになったとしても、この時点で食い違う意見を譲らず大喧嘩に発展していただろう。
やはり、インシルカスラムには森内トレーナーしかいない。
そうじゃないだろうか?
東京大賞典から、2人は地獄ばかり見てきた。
だが、ようやく、そこから抜け出す糸口をつかんだ。
インシルカスラムの物語は、まだまだ続く。
ということで7章「誰が悪いの?」は終了です。
インシーにはまだシニア級があります。
森内トレーナーはインシーが病弱なウマ娘であることを知っていながら、無理な連闘させた結果、骨折させてしまいました。 あなたの意見は?
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トレーナー失格だ!クビにしろ!
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ペナルティを受けるべきだ!
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事情があったなら仕方がないのでは?
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トレーナーは何も悪くない!