ウマ娘 ブラス・トレーサー   作:takapon960

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彼女はメンタルが強いわけじゃありません。
"強いように取り繕える"だけです。


第114話

ーーー102ーーー

 

「左足に痛みが走った?」

 

翌日、担当医は再びカルテやレントゲン写真を見直す。

 

「やっぱ、治ってなかったの?」

 

「いえ、そんなはずは……」

 

担当医はもう1度見直したが、やはり脚そのものは治っている。

 

「インシーさん、左脚失礼します」

 

担当医はインシルカスラムの左脚をとると、グッと強くマッサージした。

 

……インシルカスラムが痛がる様子はない。

 

「痛いですか?」

 

「ううん。強く押されてるの分かるけど、昨日と比べたら全然……」

 

もしも骨折がまだ治っていないなら、この時点で痛みが来るはず。

 

「やはり骨に異常は見当たりませんね。となると……」

 

しかし、この原因不明の痛みに、担当医は心当たりがあった。

 

 

「おそらくPTSD(心的外傷後ストレス障害)によるものではないでしょうか」

 

「PTSD?」

 

ウマ娘の世界では聞き慣れない単語にインシルカスラムは首をかしげる。

 

「本来は戦場を経験した軍人や凄惨な事件に巻き込まれた方などに見られるメンタル的な症状です」

 

「簡単に言えば……東京大賞典での故障による恐怖がフラッシュバックし、"存在しない痛み"を生み出している、とでも言いましょうか」

 

つまりは悲惨な光景を目の当たりにしたり、生死を彷徨うような重傷を負うことで心に深い傷を負う症状。

 

インシルカスラムはそれと同じだというのだ。

 

「そんなわけないだろ!アタシがそんなのにビビッてるとでも……」

 

存在しない架空の痛みなどに負けてたまるか、とインシルカスラムは声にドスを利かせるが……。

 

「……!!」

 

薄れつつあった東京大賞典の記憶と痛みが再びよみがえってくる。

 

この痛みを例えるなら、言葉にできないほどあまりに残酷な例えを出さなければいけないほどの。

 

走りたい、諦めたくない。まだやれるから。

 

口では何とでも強がれる。

 

しかし、心の奥の奥、本能的な部分は、その痛みに恐れを抱かずにはいられなくなった。

 

走らないで、歩かないで、立たないで。

 

"もう、あんな痛い思いはしたくない……!!"

 

「いっ……!」

 

座っている状態なのに、インシルカスラムは左の足首を抑えてうずくまった。

 

リハビリに感じた時と同じ痛みだ。

 

痛みはすぐに引いた。泣き叫ぶほどの激痛でもない。

 

しかし、本能がもう走らないで、と痛みで警告している。

 

「やはり……メンタル的な問題ですからこちらの方は完治がいつになるか私も予想がつきません」

 

「下手すると一生引きずる可能性もあります……」

 

担当医は諦めるように首を横に振った。

 

2歩ごとにいちいち痛がっていてはレースなんて夢のまた夢だ。

 

メンタル的な問題が解決しなければ、復帰は難しい。

 

 

「なんで……なんでだよ……」

 

やっと見えてきた希望に騙されたインシルカスラムは頭を抱えだす。

 

重役に怒鳴り散らしてまで、レースを続けると表明し、森内トレーナーを残留させた。

 

この3か月、何もできない辛さを必死で耐えた。

 

それでも歩くことすら叶わない。

 

あと、どれだけ耐えたらいい?

 

どうしたら、元通りになる?

 

「なんで走れないんだよ!!いい加減走らせてくれよ!!!」

 

インシルカスラムはとうとう泣き出し、顔を覆った。

 

「インシーさん……!」

 

担当医はインシルカスラムの肩をつかみ、どうにか落ち着かせようとする。

 

この周囲に当たり散らす症状も、PTSDを患った者によく見られる……

 

いや、耐えても耐えても、全然報われないのだ。

 

PTSDであろうがなかろうが何かに当たり散らしたい衝動を責めることはできない。

 

 

森内トレーナーの問題が片付いても、まだすべてが終わったわけじゃなかった。

 

インシルカスラムの地獄は、まだまだ続く。

 




こんなに騒いでおいて?治ったのに?
一生走れないかもだ?

バカげてる…
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