ブラス・トレーサーで出た答えはかなりシンプルです。
楽なトレーニングのまま力をつける都合のいいやり方はない。
ある程度技術的、論理的に効率のいいトレーニング方法はあるが、やはり基本はトレーニングの量を通常以上にしなければ成長は望めないだろう。
「まず、トレーニングの負荷を上げ直すしかないか」
「じゃあそうしようよ!」
森内トレーナーが細かいことを考える前にインシルカスラムは即答した。
だが、森内トレーナーは頷こうとして。
インシルカスラムが熱中症で倒れかけたことが脳裏によぎり、戸惑う。
「--アタシの気なんか使わなくていいよ!あの時も無理なんて言ってないだろ?」
「しかし……」
「いいから!アタシを信じて!サルートだって頑張ってるのに、アタシだけ楽なトレーニングするわけにいかないだろ!」
インシルカスラムに押されて森内トレーナーの心が揺らぐ。
熱中症で倒れかけた本人から、気にするな、もっと強くとの要望だ。
それに……ウマ娘の体調管理はトレーナーにとって何よりも大事だが。
さらにもう一つ上。
森内トレーナーは勝利や体調管理よりも大事にするべきと思っていることがある。
"ウマ娘の、したいように。"
ウマ娘に不満を抱かせたり、嫌々物事を進めさせるトレーナーが良いトレーナーなわけがない。
「(俺は何年も、何人もやってきた。同じ失態はしないと誓った。)」
「(一線を超えないよう管理しつつ、ウマ娘のやりたいことに合わせる。俺ならできるはずだ。)」
「……そうだな。やろう。インシーがやる気なのに、俺が怖気づいていられるか」
森内トレーナーは決意を固めて力強く頷いた。
「頼むよトレーナー!アタシは、サルートに絶対勝つから!」
インシルカスラムのメイクデビューから数日後。
屋内トレーニング室で、フルセイルサルートはシーテッドレッグカールのメニューをこなしていた。
脚こそ忙しいが、上半身は暇なため、フルセイルサルートはこの前、全力の握手でインシルカスラムに握られたところをさする。
痕こそ消えているが、あの感触は今でもはっきりと思い出せた。
「インシーったら、ありえない力で握ってきたわね……」
あんな150cmもないチビっ子のどこにあんな力が……。
表面上、インシルカスラムに強がってはいたが、フルセイルサルートは内心、驚きと少しの畏怖を抱えていた。
「そうはいっても、嬉しそうじゃないですか、サルート」
藤正トレーナーは、フルセイルサルートがインシルカスラムと出会ってから心なしか毎日が楽しそうになっていそうなことを感じ取っていた。
「手を噛まれただけよ。ちっとも嬉しくなんか」
といいつつ、フルセイルサルートの表情はまんざらでもなさそうだ。
競い合うライバル関係の相手ができたことはウマ娘冥利に尽きる。
「インシーは99%、逃げを打ってきます。残り1%の例外があるとしたらそれは大逃げだ」
「ええ。間違いなく全日本ジュニア優駿でも、あのセーフティリードを取ろうとしてくるでしょう」
フルセイルサルートはよっぽど信頼した相手でない限り、自分の弱さを見せることはない。
ましてやインシルカスラムに不安を零すなど死んでもありえない。
しかし、心の中ではやはり埋めがたい実力差を感じていた。
メイクデビューを思い出しながら、目の前の信頼できるトレーナーにもわかるよう、悔しそうにフルセイルサルートは唇を噛む。
「悔しいけど、今の私じゃ、純粋な実力勝負に持ち込まれると勝ち目が薄いわ」
藤正トレーナーもフルセイルサルートとインシルカスラムが無策で正面からぶつかれば分が悪く、本番まで実力差が埋められないことは気づいていた。
だからこそ、小細工でも何でも使って、自分の担当ウマ娘を勝たせるのがトレーナーの仕事だ。
「実力に差があっても諦める必要はありません。対策はいくつか考えてあります。レッグカールを続けながら聞いて。耳は空いてるでしょう」
フルセイルサルートと藤正トレーナーのタッグはかませ犬じゃありません。
本気で勝ちに来ます。
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