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ゲートが開き、スムーズにウマ娘たちが飛び出した。
出遅れのないきれいなスタート。
シニア級の猛者たちともなれば出遅れを期待する方が愚かだ。
そして、そんなきれいなスタートのなかでも、もっとも素早くスタートがとれたのがインシルカスラム。
コンマ数秒のアドバンテージを活かしてレースの主導権を掴む。
「予想通りハナをとったのはインシルカスラム、ペースメーカーとしてレースを引っ張ります」
「テンカバスターは3番手」
先頭のインシルカスラムから1バ身ほど離れて、2番手以降の集団が続く。
テンカバスターはその集団の前の位置につけた。
どうやら、テンカバスターは通常の先行策をとるようだ。
インシルカスラムの脚も身体の調子も良好だ。
なのに。
「取れない……!」
問題なく先頭を取ったにもかかわらず、インシルカスラムは苦い顔をして走っていた。
インシルカスラムは最も得意な戦法のように3~4バ身のリードを取りたかった。
しかし、実際に開いているリードは1バ身ほど。
取られている後方集団側も数秒あれば奪い返せる間隔であり、セーフティリードというには少々厳しい。
かといってここで慌ててインシルカスラムがスピードを上げ、3~4バ身の間隔を無理矢理取ればスタミナ切れで最後に自滅しかねない。
「取らせない……!」
テンカバスターを含む後方集団はあえてそれくらいの間隔を作らせ、インシルカスラムにプレッシャーをかけている。
東京大賞典の時よりもそのプレッシャーが重く感じるのは、リハビリ明けのG1だからか、テンカバスターたちがより成長したのか。
おそらくどっちもだろう。
実況は先頭を取ったインシルカスラムのことをペースメーカーと言った。
しかしこの帝王賞でのペースメーカーとは、レースを自由自在に操り、残り15人を振り回すことのできる存在ではない。
インシルカスラムは"ペースを選ぶ権利があるだけ"に過ぎず。
むしろ後ろからの揺さぶりに振り回される側にあり、その中でも最も適切なペースを見抜けるか、という難問を突き付けられている。
「……って思いながら、テンカはレースを走ってねえよ」
小原トレーナーはここまでは予想通り、という風に頷く。
その様子に森内トレーナーは、去年の2月に初めてテンカバスターと出会った時のことを思い出す。
「--テンカは感覚派」
「そうだ、正直に言うが、インシーと違って、テンカは賢いウマ娘じゃねえ」
ウマ娘を褒めに褒めるいつもの様子からは珍しく、自分の担当ウマ娘を厳しく評価する小原トレーナー。
「だから、実戦で経験を積ませた。何回も、何十回もだ」
「それで、無意識に最適解を導き出せる、というわけか……」
森内トレーナーはインシルカスラムから目を離さず、念を送る。
「油断するなよインシー、君にも導き出せるはずだ……!」
1位にいるのに何も安心できない。
今回の相手はそれほどハイレベル。