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レースは中盤を過ぎ、残り600mまでゴールが迫る。
戦況は大きく入れ替わらず、インシルカスラムが1位。
1と1/2バ身ほど離れてテンカバスターは3番手の位置にいる。
自分が一番前であるにもかかわらず、インシルカスラムは全く安心できなかった。
いつでもお前を追い抜けるんだぞ、という後ろからのプレッシャーがあまりにも大きい。
まるで槍を持ったテンカバスターに追いかけられ、背中を貫かれないために逃げているかのようだ。
「……それくらいなんだ!アタシがやられるもんか!」
自分のほうが速い、貫けるわけがない。
そう言い聞かせ、顔を上げてインシルカスラムはラストスパートの姿勢に入る。
前にウマ娘は誰1人いない、白い地面に真っ暗な夜の景色。
まもなく通り過ぎろうとしている4のハロン棒。
インシルカスラムの大好きな、最も見たかった景色だ。
近づいてくる観客席スタンドからは歓声が聞こえてくる。
息が苦しい。
でも、この景色を見続けたいから。
誰かが割り込んでくるとかいう、最悪の景色にしたくないから。
インシルカスラムは力強く、脚で砂に噛みつき。
だんだんと速度を上げていく。
「インシルカスラムここでスパートに入ったか、残り400mは間近、このまま逃げ切れるか!」
インシルカスラムのラストスパートを見ていたのは、トレーナーたちや観客席にいるファンたちだけではなかった。
かつて、インシルカスラムが入院していた病院では、今日だけテレビカードが無料になっていた。
そして、多くの入院患者、看護師、医者が待合室や病室でテレビをつけ、帝王賞にチャンネルを合わせている。
その中にはもちろん、インシルカスラムを診察した担当医もいた。
インシルカスラムがレースの道に入った理由は、"病弱なウマ娘でも戦えると証明するため"。
骨折によって競技者人生として死を迎える1歩手前まで突き落とされ、5カ月もの間苦しみ抜いた。
キャリアはメチャクチャになり、トレーナーは解雇寸前になり、PTSDによって心まで傷を負った。
そんなインシルカスラムが全てを乗り越えて、G1で再び返り咲くことは。
必死に闘病生活を送る者にとって、それを支える人たちにとって、何より大きな希望になる。
「頑張れインシー!」
「そのままだ!そのまま逃げ切って!」
病院にいる者たちは大きく拳を振り上げたり手を叩いたりできない者も多く、祈るように応援する。
そして、担当医もまた応援するためにテレビに向かって声をかけようとしたところ。
下から白衣を引っ張られた。
担当医が引っ張られた方向を向くと、数日後に大手術を迎える小学生くらいのウマ娘が、担当医の白衣にしがみついてテレビを見ている。
ウマ娘は手術と聞いて怖い、怖いとずっと泣きじゃくって嫌がっていたことを担当医は覚えていた。
「ねえ先生。私もインシーみたいに元気に走れるかな……?」
ウマ娘はテレビの中で走るインシルカスラムを指さした。
「私も、インシーみたいにかっこよくなれるかな……!?」
「……ええ、今、インシーが証明しようとしています」
担当医はしゃがんでウマ娘の頭をなでると、祈るように目を閉じる。
「お願いですインシー……みんなに、勇気を与えてください!」
インシーの走りはみんなに勇気を与える。
人によっては時のダービーウマ娘よりも。
まあ、その"時のダービーウマ娘"も、結局はね。
モンニ...