シニアの夏合宿はちょっと割愛して、運命の後半戦からスタートです。
第128話
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時間は夏合宿を過ぎ、後半戦に入る。
1年の後半戦となる9月~12月で出走可能なダートG1レースはクラシック級とシニア級で全く同じだ。
つまり、出走可能なG1は全部で4つ。
マイルチャンピオンシップ南部杯、JBCクラシック系、チャンピオンズカップ、東京大賞典。
JBCクラシック系は2000mのクラシック、1800mのレディスクラシック、1200mのスプリントからどれか1つを選択可能なシステムだ。
もちろん、4つ全部出るのは流石に負担が大きすぎる。
このうち、現実的に出走可能なラインはどれか2つくらい……
いや、去年、何があったか忘れたわけではあるまい。
インシルカスラムが出たい出たい、と欲張って2つ3つと出走した結果、全治5カ月ものケガを負ってしまったのだ。
インシルカスラムの身体のことを考えれば、どれか1つに絞るべきだろう。
「1つ!?」
トレーナー室で森内トレーナーからそう説明されたインシルカスラムは反射でバンッ!と机を叩いた。
「だから、ここだけは外せない東京大賞典のみを入れる……」
と森内トレーナーは自信を無くすように声を小さくしていくと、最後にため息をついた。
「……べきじゃないよな。インシーなら絶対に納得しないと思ってた」
「分かってんじゃん」
目の前のインシルカスラムは、耳を後ろに倒そうとしてまたすぐ元通りになった。
もうインシルカスラムとの付き合いもだいぶ長い。
じゃあこの3か月アタシにG1出るなってのかよ!?
と言われるだろう、というところまで森内トレーナーには予想できた。
「一応希望は聞こう」
「南部杯連覇したいし、JBCも挑戦したいし、チャンピオンズカップはリベンジしたいし。東京大賞典は言わなくてもわかるだろ」
「全部じゃないか。できるだけ希望は聞いてやりたいが流石に4つ全部にゴーサインは出せんな」
「うん。言ったそばからなんだけどアタシも正直4つは無理だと思う」
流石のインシルカスラムでも3つで文字通り死ぬほど痛い目にあっただけに、4つ全部となると首を横に振らざるを得なかった。
しかし、どうしても譲れないレースは外せない。
「でもこれ。読んで」
インシルカスラムは2通の封筒を森内トレーナーに投げ渡した。
宛先にはそれぞれFrom:UnveilとFrom:Highest Fellow。
病室で受け取った、アメリカからのライバルたちの手紙だった。
「アンベールとハイエストフェローからか?ふむ……」
森内トレーナーは封筒を開け、全編英語の中身をすらすらと読み進めていく。
「なるほど、12月に来日、ということは2人ともチャンピオンズカップに挑戦しに来るつもりだな」
「なのにアタシがやめます、なんて言えないだろ。チャンピオンズカップは絶対出たい!」
「もちろん、東京大賞典も一緒に出るん」
だな、という前に頷かれた。
さて、このインシルカスラムの希望に森内トレーナーは心の中で頭を抱える。
クラシック級でもそうだったように、インシルカスラムはチャンピオンズカップと東京大賞典、意地でも両方出ようとするだろう。
だが、同じことを繰り返してもう一度故障しようものなら、今度こそ森内トレーナーはトレーナーとしての死を免れない。
「だが、俺はトレーナーじゃない」
ここにきて森内トレーナーは自身の職業を全否定すると。
チャンピオンズカップと東京大賞典、両方に大きな丸をつけた。
「俺は"インシーの"トレーナーだからな。ここでブレーキを踏めば、無理を言って続けてもらった意味がない」
「分かってんじゃん!」
森内トレーナーは最終的に、インシルカスラムの要求を全面的に呑んだ。
ここで躊躇うのが、一般的なトレーナーだ。
だが、森内トレーナーは今や誰よりもインシルカスラムのことを知るトレーナーだ。
インシルカスラムのトレーナーは、インシルカスラムと共に地獄の果てまで付き合わなければならない運命を背負っている。
「それと、もう1つおねだりがあるんだけどさ!」
「えっ?」
問題です。
インシーはなにをおねだりしたでしょう?