正気か?
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ウマ娘のレースは雨天でも決行される。
そして、原則として傘はもちろんのこと、レインコートも着用して走ることが認められていない。
薄手のアンダーシャツとショートブラウスにショートパンツという勝負服で登録してしまったインシルカスラムは、雨だろうが雪だろうが、その勝負服以外を着ることは許されず。
ずぶ濡れになりながら走らなければならない。
「3枠6番は、1番人気のフルセイルサルート!JBCレディスクラシックの2連覇に期待がかかります!」
フルセイルサルートは雨の中、パドックを歩きながらパイレーツハットをいじって位置を直す。
グジュ、という水を吸った繊維の感触が手に伝わってきた。
ウマ娘の勝負服は水は弾かない。
走りのパフォーマンスにこそ問題ないが、その感触はびちょびちょに濡れた服を着続けるのと同じで、肌に気持ち悪く張り付いている。
しかし、そんなものを嫌がるようなウマ娘はダートに自分から望んで飛び込んだりはしない。
フルセイルサルートは嫌がるそぶりすら見せず、堂々と濡れながらパドックを歩いていく。
「--2番人気となったのは6枠11番、インシルカスラム!」
ぬかるんだダートを歩きながら、こちらもまたずぶ濡れになりながらインシルカスラムがパドックを歩いてくる。
帝王賞を制したとはいえ、JBCレディスクラシックでの走りの経験の差はやはり前年度覇者のフルセイルサルートに分がある。
その差で人気は紙一重で2番人気に落ち込んだが、インシルカスラムにとっては悔しさこそあれど落ち込むことはない。
自分がチャレンジャー側になって王座奪還を狙うだけだ。
「(ただいまサルート!前みたいに、アタシのケンカ買えよ!)」
インシルカスラムは、遠くにいるフルセイルサルートにそう心の中で語りかけた。
全員のパドック紹介が終わり、後はゲートイン指示を待つだけ。
「こんな雨なのによく戻ってきたわね、インシー」
フルセイルサルートはインシルカスラムの前に立ちふさがるように立って話しかけた。
フルセイルサルートの声そのものを聞くのは久しぶりじゃない。
しかし、インシルカスラムにとってその声は、なんだか懐かしいものに感じた。
「風邪でも引きに来たのかしら?」
1着は私のものだから、あなたは得られるのは敗北と風邪くらいのものよ!
と言いたげに、レースだと相変わらず上から目線の偉そうな態度だ。
しかし、インシルカスラムにとって「よろしくお願いします、いいレースにしましょう」と丁寧に言われるよりは、そっちの偉そうな態度のほうが闘争心が湧きたつ。
インシルカスラムはニヤッと歯を見せて笑って返す。
「……くしゅん!」
と、返事する前にインシルカスラムはくしゃみをして少しだけ体を震わせた。
やっぱり寒い上に雨の中ずぶ濡れでいるのは、病弱なインシルカスラムにとってつらいのは変わりないらしい。
「……ちょっと、本当に風邪引いたんじゃないでしょうね?」
さっきまでの偉そうな態度はどこへやら、急にインシルカスラムを本気で心配しだすフルセイルサルート。
インシルカスラムは顔の雨とおそらく鼻水も雑に手でぬぐうと、改めてニヤリと返した。
「余計なお世話!アタシが復活したって分からせてやる!」
「ならかかってきなさい!経験値ならこの私が上なのよ!」
なんだかんだプロレス挑発しまくってる2人ですが、本気でやばそうなら心配してあげる間柄です。