どんな状態の奴だろうと勝負は勝負。まずは勝ってからだ。
ーーー121ーーー
5着の位置にいたフルセイルサルートは、第3コーナーに入る直前で、インシルカスラムがわずかにひるんだのを見逃さなかった。
「(インシー!?いえ、あれは……)」
フルセイルサルートもまた一瞬故障を疑ったが、振り切って走り続けるのを見たあたり、故障ではなく雨が目に入ったのだろうと察する。
片目くらい気にせず走ってやる、と意気込んでいるとはいえ、遠近感が狂った状態で走ることは少ないながらもパフォーマンスに影響する。
「(運がなかったわね。けど私にとっては2度あるかどうかわからないチャンス!)」
フロック(まぐれ)でも構わない。
1度だけでもインシルカスラムに勝ちたいという想いでフルセイルサルートは走っていく。
そう考えているうちに最終コーナーがやってきた。
残り550m。
フルセイルサルートはここで走りながら1度だけ首を左右に振る。
コーナーでインコースを突き、距離ロスを最小限にして走るのがサルートの得意戦法だったが……。
今回は抜けられるほど内側が空いていない。
「--こっちね!」
最良を待つより、今取れる選択肢を。
迷わず、フルセイルサルートは左から4番手を追い抜いた。
「フルセイルサルート外を回って上がってきた!インシルカスラム先頭で最終直線、残り400mもない!」
左によってスパートをかけたことで視界にインシルカスラムがはっきりと映る。
「1800mは私のステージよ!」
残り350m。
インシルカスラムとの差は、残り1バ身。
十分射程圏内だ。
「あなたが好きに暴れ回るなんて許さないわ!!」
狙える!!
残り300m。
「!?」
そこでフルセイルサルートは違和感を感じた。
インシルカスラムから殺気を感じない。
「勝負だサルート!」「視界に入ってくんじゃねえ!」「そこをどけ!」「引っ込んでろ!」「アンタに勝てたことを自慢にしてやる!」
いつだって、インシルカスラムは2番手にさせるものかと噛みついてきた。
だが、今日はそれらがない。
まるで、後ろが見えておらず、前しか見えていない……。
いや、"前も見えていない"。
見えているのは、インシルカスラムの感覚と経験が作り出した大井レース場の幻想だ。
今、右目が使えないインシルカスラムに唯一残った左目から。
大雨でも消えそうにないほど大きく、力強い赤い炎のオーラが出ているようだ。
「領域(ゾーン)……!」
フルセイルサルートはガルディアコダンから、インシルカスラムが領域を出せるとは聞いていた。
領域に入ったインシルカスラムは自分だけの世界に入り込んで、遥か高みだけを目指すことも。
そして、フルセイルサルート自身はまだその域に至っていない。
領域を発動されたら、発動できないウマ娘に勝ち目はない……。
なんて、誰が決めた?
「--領域が何だって言うの!?」
領域など諦める理由にならない。
発動されたって、自分が前に行ければそれでいい。
集中しているのはフルセイルサルートだって同じだ。
命を懸けてでも勝ちたいのはフルセイルサルートだって同じだ。
残り100m。
インシルカスラムとの差は、残り1/4バ身。
追い抜ける!
「レディスクラシックは私のモノなの!!」
「インシーにだけはっ!!絶ッ対に渡さないんだからァーーーッ!!!」
領域は勝ち確の必殺技なんかじゃない!
なければないで、足掻いて見せろ!