ウマ娘 ブラス・トレーサー   作:takapon960

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今回から日常編。
でもギャグやって終わりじゃなく、とっても大事な日常編です。
(最小話数制限に引っかかったため、124と125をくっつけました。)


第136話

ーーー124ーーー

 

JBCレディスクラシックから数日後。

 

クラスの教室で担任の先生が点呼を取る。

 

「--インシルカスラムさん。あれ?インシーさん?」

 

担任の先生がインシルカスラムがいる席に目をやると、そこには誰もいなかった。

 

「インシーちゃんなら今日休みです」

 

「怪我じゃなくて風邪みたい、大丈夫かな?」

 

「あら、きっと大事をとってお休みなのだと思うけど……」

 

インシルカスラムの先生やクラスメイトはインシルカスラムが病弱なことを嫌というほど知っている。

 

ただの風邪といえども、心配せずにはいられなかった。

 

 

「ふぇ……くしゅん!」

 

学校を欠席したインシルカスラムはトレーナー室に入り浸って、本日何回目かわからないくしゃみをした。

 

案の定、あの後インシルカスラムは風邪をひいてしまった。

 

当たり前だ、雨の中ずぶぬれで走り回ってたら病弱じゃなくても風邪くらい引く。

 

重ね着と毛布でモコモコにくるまり、おでこには冷えピタ。

 

机には食べかけのみかん、ぬるくなった生姜湯、風邪薬などが散乱しており、どうにか短期間で治そうと必死なのが伺える。

 

後は携帯ゲーム機、クロスワードパズル、森内トレーナーと対局中の携帯チェスボードなどの暇つぶしグッズ。

 

テレビはダラダラ1日を過ごすのに最適なサブスクリプションサービスの映画がずっと垂れ流しになっていたが、既にインシルカスラムは飽きたのかテレビの方向を向いていない。

 

「寒いか?」

 

「さむいかあついかもわかんない……」

 

「……まあ、あまり動きはするな。暇つぶしには付き合ってやるから」

 

森内トレーナーは日常のトレーナー業務をこなしつつ、次の対戦相手の分析をしながらインシルカスラムの雑談とチェスに付き合うというマルチタスクをすらすらとこなしている。

 

風邪が重症化してしまえばチャンピオンズカップには出られない。

 

とはいえ、「だから安静にして寝てなさい!」と言ったところでインシルカスラムが大人しく治るまで1日中寝ているわけがないのはもはや言うまでもない。

 

 

「ねえトレーナー。今の状態でいうのもなんだけどさ」

 

チェス駒を動かしながらインシルカスラムは独り言のようにつぶやく。

 

「何だ?」

 

「アタシ、今年いっぱいまでにしようかなって思って」

 

「何だって!?」

 

あまりに突然の話に森内トレーナーは思わず前のめり気味に立ち上がり、その反動で椅子をガッタンと後ろに倒してしまった。

 

 

「ちょ、びっくりした」

 

「びっくりしたのはこっちの方だ!」

 

あまりに突然すぎる引退の相談。

 

確かに、熱の出ている今のインシルカスラムなら出まかせで言っているように感じるかもしれない。

 

「引退ってことだよな?もう1年はやると思っていた」

 

森内トレーナーでなくてもそう思うだろう。

 

なぜなら、フェブラリーステークスや川崎記念など、1年の前半となるダートG1が今年台無しになっているから。

 

来年またやるチャンスはあるからそこで出ると考えるのが自然なはずだ。

 

「言われると思ってた。でもさ」

 

インシルカスラムはボーっとする頭で今年の1月に言われたことを思い出していた。

 

"今までのデータから見ればピークアウトも近く来る恐れがあります。それでも、本当に続けますか?"

 

査問委員会の男3人が病室にやってきたあの時。

 

眼鏡をかけたデータタイプな男が言っていたことが、インシルカスラムにはひっかかっていた。

 

あの時は怒鳴り散らしてまとめて追い返してしまったが。

 

流石のインシルカスラムも、能力の衰えについて分かっていたし。

 

噛みついたところでこれだけは本当にどうにもならないことが分かっていた。

 

「アタシ自身が納得できない走りで1着とっても嬉しくないし、それで負けるのはもっと嫌」

 

だから、ここで区切ろう。

 

それまでに、少しでもやれることをやろう。

 

風邪を引いた状態で言った言葉ではあったが、実は9月くらいからずっと考えていたことではあった。

 

それもあって、無理にJBCレディスクラシックを入れてもらったのだ。

 

 

「そうか……」

 

森内トレーナーは深く頷き、インシルカスラムの戦績データを見返した。

 

これまで11戦9勝。

 

内、G1獲得数は5つ。

 

つまり、インシルカスラムはこの時点で5冠ウマ娘ということになる。

 

森内トレーナーですら感覚が麻痺しているが、5冠ウマ娘なんて何十万何百万といるウマ娘の中で数えられるくらいしか到達できない偉業だ。

 

無理をして続けなければならない戦績でもない。

 

それに、インシルカスラムがジュニア級の早いうちからどんどんとレースに出ていた早熟タイプであることは森内トレーナーも把握していた。

 

早くからレースに出ていた分、終わりが来るのも早いのは自然なことだ。

 

「……俺から異論はないさ。インシーが区切りをつけたいならそうすればいい」

 

「ん、ありがと。もしかしたら気は変わるかもだけど」

 

インシルカスラムはまだ森内トレーナーからの正式発表は控えさせたうえで、チェス駒を動かした。

 

「チェックメイト。アタシ寝るね、おやすみ」

 

インシルカスラムはソファに上がって毛布を寝袋代わりに横になった。

 

森内トレーナーがチェス盤をよく見ると。

 

いつの間にか、森内トレーナーのキングの駒はどこに動かしても取られる状態になっていた。

 

「いつの間に……担当に負けるとは情けないな、俺」

 

 




これにて第9章「Bold Lady」は終了です。
ブラス・トレーサーの世界ではシニア級を繰り返し続けても構いません。
ただし、身体がもつならね。
アニメでもあったように、ピークアウトというのはどうあがいても逃れられない宿命です。
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