主人公はなぜ走りたいのか?
12月も終わりに差し掛かる。
芝のジュニア級であれば、ホープフルステークス、朝日杯FS、阪神JFで最後の総仕上げ、ジュニア級最強を決める時期だ。
そしてダートのジュニアレースにとっても。
今日は川崎レース場で全日本ジュニア優駿が開催される日だ。
森内トレーナーは全日本ジュニア優駿の出走表をもう一度見直す。
もちろん、そこにインシルカスラムの名前が入っているが。
「無事に上がってきたようだな、サルート」
フルセイルサルートの名前もあった。
出走表には名前だけでなく、人気順やこれまでのレースの記録や専門の評論家による予想なども載っている。
フルセイルサルートは前々走メイクデビュー、1着。そして前走はプラタナス賞、1着。
6つのPre-OP戦のうち、1つを獲得してインシルカスラムと同じく2戦2勝でこのG1にやってきた。
専門評論家による予想は。
「インシルカスラムとフルセイルサルートの2強。2人の実力はほぼ五分、どっちに転ぶかはレース中のわずかな差で決まるだろう」
が大体の見解だ。
「だろうな。間近で見てる俺だってそう思う」
森内トレーナーとしては「いいや、俺のインシーが勝つに決まってる!」と言いたいところではあったが、その結論は"サルートをナメている"と言える。
油断は禁物。そう言い聞かせると、森内トレーナーは出走表をカバンに入れ、川崎レース場へと向かった。
ダートを走るウマ娘は最短で、全日本ジュニア優駿がG1レースになる。
ウマ娘の世界ではG1レースのみが専用の勝負服で出られるのは知っての通り、それはダートでも同じだ。
インシルカスラムは、赤土色のグローブをしっかりと手にはめる。
インシルカスラムの勝負服は灰色のアンダーシャツに真っ赤なショートブラウス。
下半身は茶色のショートパンツだが、灰色のバッスルがつけられており、疾走時はそれがたなびいて鮮やかに見せてくれるだろう。
ウマ娘にとってなにより大事な靴は、土踏まずと呼ばれる有名なダートシューズブランドの最新モデル。これもまた真っ赤なバスケットシューズのような靴だ。
総合評価として一般的な勝負服に比べると動きやすそうな服装か。
そして何より特徴的なのは……
「サポーターか?」
両膝にはかかる負荷を軽減させ、保護具にもなる白いサポーターが着けられていた。
サポーターがついた勝負服は珍しい。
「これ着けてるとちょっと楽なんだ!それに……」
インシルカスラムは自分のサポーターに目を落とす。
「アタシもさ。小さいころ病院のベッドによくいて、そこにあったテレビでレースを見て応援してた」
「でもそれって、すごく遠い話だなってその頃は思ったんだ」
病弱な子、難病を持つ子がスター選手の活躍に勇気をもらい、闘病に挑む。ドキュメンタリーなどではよくある話だ。
だが、勇気はもらえても。"それ"にはなかなかなれない。
普通の生活を送ることでさえ困難な子がそれを克服し、さらにかつて憧れたスター選手と同じようになる、なんてどれだけ気の遠くなる努力をしなければならないのだろうか。
「--でも、今日そこにたどり着く、と」
「うん。身体が弱くて、膝にサポーターがいるようなウマ娘だって、辛くて苦しいダートG1で勝てる。今日のレースでそう見せつけてやる!」
インシルカスラムは自分の膝を軽くたたいて立ち上がる。
このブラス・トレーサーでは芝をほぼクローズアップすることがないので忘れがちだが。
ダートとは過酷だ。砂埃を被りながら、力のいる砂場を必死に蹴り上げて走らなければならない。
かつてベッドの上でスター選手に憧れたウマ娘が、その過酷な舞台に自らスター選手として立つ。
病弱な者や闘病中の者は、特にそんなウマ娘は。
今日の全日本ジュニア優駿で走るインシルカスラムを応援し、自らも目指すきっかけとするはずだ。
自分も、あのようになりたいんだ、と。
「--いい決意だ。これからどれだけの人に勇気を与えるんだろうな」