負けた2人はどう思ってる?
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とは言うが。
「あれ……アタシ……勝っ、た……?」
当のインシルカスラムにとっては、思ってた以上に実感がなかった。
なんというか、まだ試合途中なのにトロフィーを押し付けられたような。
どうやら、ゴールしてからも領域に入っていると、そんな感覚に陥るらしい。
「えっとさ。アタシ……Am I won the Champions Cup?(アタシ、チャンピオンズカップに勝ったんだよね?)」
思わずインシルカスラムは悔しがる2人に聞いてしまった。
次の瞬間、ハイエストフェローからげんこつが飛んできた。
「いっだぁ!?」
多少は手加減してくれたのかもしれないが、パワフルなハイエストフェローのことだ、手加減してくれてもちゃんと痛い。
「You silly! Look at the audience properly!(バカかお前!観客席をよく見てみろ!)」
負けたならいざ知らず、勝ったのに放心しているインシルカスラムに対してハイエストフェローは怒りながら、中京レース場の観客席やトレーナーの関係者席を指さす。
インシルカスラムが頭をさすりながら指さされた方向に振り向くと。
そこには、インシルカスラムの勝利を喜んでくれる多くの観客がいた。
「最高だインシー!アンタが最強だー!」
「この瞬間に立ち会えて本当に良かった……!」
「What a great race!(なんてすばらしいレースなんだ!)」
「Incy! You're the fastest all over the world!(インシー!世界で一番速いのはお前だー!)」
その他、嬉しさのあまり言葉にならない叫びをあげる者や、号泣している者まで。
何万人というファンが、そして世界を越えてまで。
インシルカスラムを祝福してくれていた。
インシルカスラムにとってG1勝利なんてこれで6回目なのに。
今までのどのレースよりも、勝利を喜んでもらえている気がした。
あまりの歓声にインシルカスラムが圧倒されていると。
今度はよろけないほどには優しめに背中を叩かれた。
「勝ったのはインシーです。立っているだけ、つまらないです」
ほら、棒立ちしてないでアピールしろ。喜べ。
アンベールはそうやってインシルカスラムの背中を押した。
インシルカスラムは観客席の左端を右手でビッと指さした。
そして、中京レース場のダートコースを駆け抜けながら、観客席をなぞっていく。
やがて、右端までその人差し指がなぞり終わると。
その右手を拳に変えて、高らかに突き上げた。
「そうだーーー!!!」
「アタシが、世界一だーーーッ!!!」
絶叫のようなその喜びは、関係者席の森内トレーナーにも届いていた。
森内トレーナーは、目を閉じて、もうすぐ3年前にもなる、インシルカスラムとの出会いを回想していた。
インシルカスラムは、デビュー前から期待されていたウマ娘なんかじゃなかった。
むしろ人気もなければ、栄誉もたいしたものじゃない日本のダートレースに自分から飛び込んでいった変わり者。
強い言い方をすれば、自ら落ちこぼれになりに行ったようなものだと、当時は思われたことだろう。
それが今日。
アメリカトップクラス、ひいては世界トップクラスと言っても過言ではないダートウマ娘を打ち破ったのだ。
「"奇跡"なんかじゃ全く足りないな。どう表現すればいいかな」
そんなことを思いつつ、かなりの長い間、森内トレーナーは余韻に浸っていた。
「We've been total defeated. Should be proud that beat us. (完敗だぜ。私たちを倒したこと、誇れよ) 」
「And also achieved another goal we came here for.(それに、ここに来たもう1つの目標も果たせたしね)」
「Right! Don't worry us with injuries and illnesses anymore, Incy!(ああ!もう怪我とか病気で私たちを心配させんなよ、インシー!)」
これにて第10章「Bring it Again!」終了です。
次章、最終章。