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東京大賞典は2000mの内、1200mを通過する。
現在の1位はガルディアコダン。インシルカスラムは3位の位置。
テンカバスターは4位、フルセイルサルートが5位だ。
もうすぐ運命の1500m地点。
第3コーナーが近づくにつれて、あの時の記憶がだんだんと鮮明によみがえってくる。
痛み、無念、悲痛の叫び……
どれだけ自分を奮い立たせて、立ち向かおうとしても。
当時の景色がインシルカスラムの目に入ってくると、嫌でもあの時の景色を思い出す。
「(あの時、克服したと思ったのに……やっぱり……)」
インシルカスラムの心拍数が上がる。
それは、走っているからだけじゃなかっただろう。
「突っ切れェインシー!!」
スタンドから応援が聞こえた。
「アンタなんで3位なんかにいる!?アンタの居場所は先頭だろ!!」
「俺は、俺たちはインシーを信じてる!!」
「ここまで来たんだ!最後に根性ふり絞れーッ!!」
去年よりも、鮮明に自分への応援が聞こえる気がする。
インシルカスラムは一瞬だけ、視線をガルディアコダンから観客席に変えた。
最前列の観客たちの表情が見える。
その顔は恐れや不安が読み取れた。
それでも必死に声を張り上げて、インシルカスラムを応援してくれている。
「(--分かってるよ、アンタたちがどう思ってるかなんて)」
インシルカスラムも、観客たちが心の奥でどう思っているかわからないほど鈍感じゃない。
みんな、心配してくれている。
それでも、ファンだから心配なんて余計なことだと分かってる。
ファンだからインシルカスラムを信じている。
「(アンタたち、いいやつだよな。アタシがしてほしいこと、分かってるんだ)」
現在の位置は、1400m。
「インシー!!!」
その時、最も聞き慣れた人物の叫びがインシルカスラムに届いた。
森内トレーナーは、瞳に涙を浮かべている。
去年のトラウマが蘇ってきたのか、それを克服しようとするインシルカスラムに感動しているのか。
しかし、まだその涙は零れていない。
「勝て!!!」
「最後まで……走り抜け!!!」
涙を流すのは、インシルカスラムが勝ってからだ。
「(森内トレーナー、アンタにはさ。いつも支えてもらってたよな)」
きっと、並みのトレーナーでは、インシルカスラムをここまで連れてくることはできなかった。
インシルカスラム自身にだって分かっていた。
それができたのは、誰よりもウマ娘のことを考え、ウマ娘に合わせてくれた森内トレーナーがいたから。
応えないと。
その想いが、インシルカスラムの最後の一押しになった。
現在の位置は、1500m。
ザシュッ、という音を立てて。
インシルカスラムは、左脚でダートを力いっぱい踏みつけた。
あらゆるバッドエンドをかわして。
あらゆるデッドエンドをかわした。
そこにあったのは、トゥルーエンドだろうか?