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フルセイルサルートは7位の位置。前には6番手が視界をふさいでいる。
この"前をふさがれている"状態はそこから抜け出すのが極めて困難であり、大変よろしくない。
「(トレーナーは正攻法が通用しないなら別の手を試しなさいって言ってたわね……)」
このままでは囲まれたまま沈んでいき、ゴールまでにはインシルカスラムに追いつけない。
フルセイルサルートは全日本ジュニア優駿とは異なる別の一手を考えようとしたが。
一点、我慢ならない箇所があった。
「"正攻法が通用しないなら"別の手を試しなさい、ですって!?」
そう、別の手を試す、ということはつまり。
正攻法では無理だということ。
確かに、出会ったばかりのころは純粋な実力勝負では劣ることを認めた。認めざるを得なかった。
しかし、それは今もか?
ジャパンダートダービーでも、インシーには敵わないのか?
「--別の手なんかいらないわ!私は!フルセイルサルートは!誰より強いのよ!!」
フルセイルサルートは頭に浮かんだあらゆる手を捨てて前に集中する。
……やはり、前をふさがれている状態はそこから抜け出すのが極めて困難であり、大変よろしくない。
しかし、それは"終盤に入っても"の場合。
道中ならこの前をふさがれた状態というのは実は一理ある選択肢。
前のウマ娘を風よけにして空気抵抗を減らす"スリップストリーム"だ。
インシルカスラムを含む逃げウマ娘は前なんていないのが想定なので、スリップストリームは使えない。使う選択肢が頭の中にない。
先行ウマ娘の対逃げ戦術としては効果的なやり方だ。
心の中で叫んだ彼女の外から見た行動は、極めて冷静だった。
「……お互い、正攻法を選んだ、ということか」
中盤以降も基本に忠実な戦法を取り続ける2人を見る森内トレーナー。
どちらのウマ娘も最終的に「小細工は不要。正攻法で私は勝てる」いう結論に至ったことが、トレーナー側からも感じ取れた。
「最終コーナー回って残り400m!」
実況がラストスパートのタイミングを告げる。
それを聞いて、いまだ4番手を維持していたインシルカスラムが砂を力強く踏み込んだ。
「もらったー!」
逃げウマ娘にあるまじき加速力で前3人をぶった切り、1位に躍り出ようとする。
「--フルセイルサルート内ラチ通って抜け出す!順位を1つ上げて6番手!」
しかし、実況の視線は先頭を狙うインシルカスラムより、フルセイルサルートに注がれていた。
前をふさがれて、最後までこのままなら万事休すと思われたフルセイルサルートが。
コーナーを曲がり、多くのウマ娘が遠心力で逸れてわずかに空いた内側を通って、バ群から抜け出したのだ。
これで、余力を十分に残したまま、最短距離を突いて一気に前に迫ることができる。
「完璧なイン突きだ!これを狙っていたのか!?」
数多のウマ娘の走りを見てきた森内トレーナーですら驚きを隠せない。
遠心力に自らも流されぬパワー、最適ルートを見極める観察力、一瞬の隙を突いてそこへ飛び込む判断力。
加えて内側が偶然にも開くという運すらも味方につけ、フルセイルサルートはワーストポジションから、一気にベストポジションに位置する。
「(後ろから……サルートの気配が!近い……!まだゴールは先なのに!)」
"ひたすら迫りくる後方に抜かれないよう祈りながら走る"。
インシルカスラムは、逃げウマ娘が抱く恐怖を、過去最大級で味わうことになる。
「私は、二度も負けてやらないわ!」