「アンタは負けるんだ、いつだってな!」
最終直線で、逃げウマ娘とは思えない加速を発揮し、インシルカスラムは前にいた全員を追い抜いて先頭に躍り出る。
「フルセイルサルート、5番手にあが……いや4、3、2!どんどん順位を上げる!」
しかし、先頭を走るインシルカスラムよりも、実況はフルセイルサルートに目を奪われている。
残り200m強で、2人の差は1/2バ身、この瞬間もそれは縮まっているといったところか。
十分射程圏内だ。
狙える。
「JDDは私が獲る!!絶対に!絶対に!!絶ッ対に!!!」
血走った目で喚き散らしながら、フルセイルサルートはさらにスピードを上げてインシルカスラムの横に並ぶ。
ゴール板しか見えなかったはずのインシルカスラムの視界に、フルセイルサルートが映る。
残り100m。この時点で横並び。
このままではゴールまでにインシルカスラムは抜かれる。
「サルート!!アタシの……視界に……!!入ってくるんじゃねえーッ!!!」
インシルカスラムもまた怒号で睨みつけ、最後の力を振り絞ってわずかに前に出る。
道を切り開く役目をサルートなどには任せられない。
Incy Lead the Way(インシーが道を開く)、なのだから。
……しかし、その効果時間は一瞬。抜け出したのは40~50cm、1/4バ身と言ったところか。タイム差にして0.1秒程にしかならない。
その一瞬で消費したスタミナを考えるとセーフティリードとはとても呼べない。
フルセイルサルートはまた急速に差を縮める。
「走れェーーー!!」
関係者席からの急な大声に森内トレーナーはびっくりして隣を向く。
そこには、序盤以外は険しい顔で静かにレースを見ていた藤正トレーナーが。
フルセイルサルートに喉が張り裂けんばかりの必死の応援を送っていた。
「サルート!!行けーー!!追い抜けェーーーッ!!!」
森内トレーナーの知る藤正トレーナーとは、真面目でいながらもどこかつかみどころのない、飄々とした男だった。
それが、熱血漢の如く、フルセイルサルートに声援を届けている。
その必死の声援は、きっとサルートに届いている。
インシルカスラムは、奥の手すら使い果たして、もう抜かれそうだ。
気持ちで負けてたまるか。森内トレーナーは自分も口を大きく開ける。
「インシー!!負けるな!!逃げ切れ!!」
森内トレーナーも、藤正トレーナーに負けないほどの声量でインシルカスラムを応援しだす。
その必死の声援は、きっとインシーに届いている。
これまで、己と己の敵を静かに分析していた冷静沈着な男2人が。
これ以上ないほど声を張り上げて自分の担当ウマ娘に声援を送っていた。
「最後の対戦カードはこの2人!」
「フルセイルサルートリベンジなるか!?インシルカスラム逃げ切るか!」
「どっちだー!?」
アタシは、1人で走ってるんじゃないんだな。
私は、1人で走ってるんじゃないのね。