ーーーEX8ーーー
トレセン学園の世界において、クラシックG1とは華やかな世界の、さらに最高峰の舞台だ。
1年で何千、何万人というウマ娘がその場所に憧れる中。
その中から最高峰の舞台に立つことができるのは50人といないだろう。
もちろん、50人もいない中から勝利という栄冠を手にできるのは最大でもたった3人だ。
G1とは、99%のウマ娘が勝負の場に立つことすら許されない厳しい世界。
それほど厳しい世界だからこそ、勝つだけでなく出走するだけでも、そのウマ娘は一流であることが証明される。
……だが、稀にではあるのだが。
一流であっても、出場することを許されなかったウマ娘が存在する。
夕方、夏合宿での本日の練習が終わり、ウマ娘たちは合宿所へと戻っていく。
トレーナーたちはこの時間で合宿所にウマ娘たちがきちんと戻れているかの見回りを行う。
「今日は以上だ!各自しっかり休息をとってくれ!」
「そっちに迷子とかオーバーワークしてる奴はいないか?」
「大丈夫だ!俺たちも合宿所に戻るぞ!」
もちろん、森内トレーナーも同じくまだ戻っていないウマ娘がいないか見回りをしていた。
すると、遠くのビーチに体育座りして海をボーっと眺めるウマ娘を発見した。
「おい、何してる?もう戻るぞ」……と言いたいところではあったが。
なぜ、このウマ娘は物憂げに海だけを見続けているのだろうか?
森内トレーナーにはこのウマ娘に何か事情があるのではないか、と察する。
「隣、構わないか?」
森内トレーナーの声にウマ娘はわずかに振り向いたが。
その表情は全てを諦めたような、絶望の表情であることは容易に読み取れた。
「…………」
そのウマ娘はYESもNOも言わず、視線を海に戻してため息をついた。
よく見れば、彼女の右足には包帯が巻かれており。
彼女の隣には2本の松葉杖が転がっていた。
かなりの重傷だ。合宿所からここまで歩いてくるだけでも一苦労だったはず。
森内トレーナーほど察しが良くなくても誰にだってわかる。
このウマ娘は今年の春に故障し、夏合宿に来てはいるが練習らしい練習は一切できていない。
「君の名前は?」
森内トレーナーが隣に座り、名前を聞くと、ウマ娘はようやく重苦しそうに口を開いた。
「……レイジー、です。ドントビーレイジー」
「レイジー?その名前……」
ドントビーレイジーという名前に森内トレーナーには聞き覚えがあった。
今年のクラシック級で皐月賞のトライアルレースにあたるG2の弥生賞で勝利していたウマ娘だ。
トライアルレースの勝者ということで本番のG1である皐月賞でも優勝候補ではないかと期待を寄せられていた。
しかし、確か今年の皐月賞にドントビーレイジーの名前はなかったはずだ。
G1レースの場合過去の実力や実績が伴わない場合、登録しても却下され、出走できないことがままあるが。
トライアルレースを優勝した場合は優先出走権というものが得られ、これまでの実績に関係なく必ず皐月賞に出走することができる。
……よっぽどのことがなければ。
「そのタイミングで故障。皐月賞・日本ダービーまで失い、下手をすれば菊花賞も出られるかどうかわからない、と」
ドントビーレイジーは項垂れるように頷いた。
「……辛いな」
ローテーションが厳しすぎて、適性距離に合わなくて。あるいは怪我で。
そういったよっぽどのことがあって、実力や資格があるのにクラシックを辞退するウマ娘はドントビーレイジー以外にも稀にだがいる。
そして、辞退したウマ娘は2度とクラシック路線をやり直すことはできない。
例外なく。
今回から3話構成でドントビーレイジーというウマ娘を描いていきます。
ありがとうございました!