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「所詮相手はダートだ!芝代表の実力見せてやれー!」
「2軍のドサ回りなんかに負けんじゃねーぞ!」
ギャラリーからはインシルカスラムよりもシースターテイルを応援する声が多い。
やはり、ウマ娘全体の世界から見れば、連勝街道を進むインシルカスラムもダートというだけで価値が下がる。
自らもダート適性のあるシースターテイルからすれば一言物申したい応援ではあったが。
「……集中して。私は、期待されてるんだから」
先行策を取ったシースターテイルは、目の前にいるインシルカスラムに意識を向けて走り続ける。
何かがおかしいことに気づいた。
シースターテイルはかなり第六感が冴えるほうだ。対戦相手がどんな感情か、ある程度推察することができる。
そして、何度も言っているようにシースターテイルは、周囲からの感情を力にして走る。
「じゃあ……インシーさんは?」
シースターテイルが察するに、インシルカスラムの走る理由というのは、それが全てじゃなかった。
もちろん、インシルカスラムは自分のファンや自分を見てくれる観客のことを大事にしている。
だが、ダートとは過酷だ。
感動的なこのレースでに心を奪われて、とかただならぬ理由がありこのレースだけは勝ちたい、なんてウマ娘は現役のダートウマ娘ですらあまりいない。
例えば芝なら「3冠ウマ娘になりたい」とか、「憧れのあのウマ娘のように、日本ダービーを私も勝ちたい」とか、目標となるレースを入学前からはっきりと決めているウマ娘が多いだろう。
しかし、「憧れてたあのウマ娘のように、私もジャパンダートダービーを勝ちたい!」なんて動機で入学してくるウマ娘がいったい何人いるだろうか?
ダートは誰かの憧れにはなりにくく、ゆえにその実力を認めてもらうにはなりふり構っていられない。
だからダートウマ娘の目標レースは「とりあえずなんでもいいから出て獲りたい」とか「出れそうレースを片っ端から全部」とかになる。
インシルカスラムも例外じゃない。
じゃあ、憧れとなりにくいインシルカスラムはどんな気分で走っているのだろうか。
「(所詮は2軍のドサ回りだって!?……言ってろ!アタシがシスタより前だろーが!)」
そう、インシルカスラムは期待してくれ、などとギャラリーに頼んでいない。
この模擬レースにインシルカスラムを味方してくれる人はいない。
だが、それでも1人だけ味方がいる。
自分自身だ。それで十分だ。
聡明なシースターテイルはそれに気づく。
他人の感情ばかり気にして自分を見失うほど、シースターテイルは情けなくない。
自分が走る何よりの理由は……
「--私だって勝ちたいんです!」
「私"が"勝ちたいんです!!」
地面をを踏み砕きそうなほどのすさまじい豪脚で、シースターテイルは身体を急速に前へ前へ進めていく。
もともとぴったり後ろをくっつくように走っていたほどで、1バ身ほどしかなかったリードはあっという間に消し飛んで順位が逆転した。
「あっ……!ちくしょう……!アタシだって……!」
インシルカスラムは追い抜かれたシースターテイルを睨みつけて同じように脚に力を籠めるが。
逃げじゃ先行は差し返せない。
「ゴール!1着はシースターテイル!」
ゴール役のスタッフが旗を上げて、無慈悲にもインシルカスラムの敗北を宣言した。
シースターテイルは呼吸を整え、ハンカチで額の汗を拭くと、後ろのインシルカスラムに改めてお辞儀をした。
「対戦ありがとうございました。おかげさまで良いレースになりま――」
「こっちはなってなーいっ!」
遮られた。
インシルカスラムはシースターテイルを繰り返し指さしまくり、悔しさを隠すことなくぶつける。
「このまま負けっぱなしなの悔しすぎるー!シスタ!またリベンジさせて!」
1秒ほど驚きで硬直したシースターテイルだったが、やがて、力強く頷いた。
「はい。いつでもお引き受けいたします」
このぶつけられた悔しさという感情もまた、シースターテイルを一段と強くするのだろう。
夏合宿はこれで終わり、これまで会ったウマ娘たちとインシルカスラムはまた別々の道を歩み始める。
9月からは、ダートの世界でも、新章が開幕するだろう。
これで第3章:夏合宿は終了になります。
次回から4章に入っていきます!