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パドックで歩いているときから、ゲートインしてあとは開くまで秒読みの段階に入っても。
インシルカスラムとガルディアコダンはお互いを睨みつけて火花を散らしていた。
「(コダン……アイツ、シニア級だからってアタシのことまだ下に見てんな……?今に見てろ!絶対先にゴールしてやる!!)」
「(今まで全勝だったみてーだが、それをオレが今日終わらせてやる!インシーには絶対負けるかよ!!)」
お互いゲートに入ってからも2秒間ほど睨みを利かせた後……。
急に2人は同時にスッと目線を前に戻し。
ガチャン、と1秒もたたないうちにゲートが開いた。
「スタートです!さあ誰がスタートを取るか……」
有力逃げウマ娘が複数いる今回の南部杯、実況・解説には最初から予想がつかない。
実況は序盤のペース決定の瞬間を逃すまいと先頭を注視する。
すると、それは5秒とたたないうちに決まった。
「先頭ぐんぐん伸びていくのはガルディアコダン!これは……大逃げだ!」
通常の逃げを打つインシルカスラムをガルディアコダンはさらに引き千切るように離していく。
その差の開きっぷりは1バ身、2バ身、と数えていては間に合わない。
なぜならもう6バ身に到達しているのだから。
「何……!?」
実況の言葉と目の前の状況が信じられない、といった様子で森内トレーナーは驚愕の表情で打出トレーナーを見る。
そして、打出トレーナーも、微かな笑みで森内トレーナーを見返した。
どうやら、想定"内"の行動らしい。
「大逃げはロマンがあるが実用性に欠ける……!俺はこの前そう言っただろう!」
森内トレーナーは1か月前の言葉を繰り返す。
打出トレーナーはなんでもかんでも勝利を二の次にしたロマン戦法を取るような愚かなトレーナーではないはず。
「例えるなら、大逃げは決闘において剣を投げつけるような行為。僕はこの前、そう言いましたね」
打出トレーナーもまた、1か月前の言葉を繰り返す。
大逃げは決闘において1手目に剣を投げつけるような行為。
その1手目を外せば終わる。
だから、大逃げには実用性がない。
そういう話ではなかったのか。
と、言おうとした森内トレーナーの眉間に、打出トレーナーは人差し指を当てて封じた。
「"コダンは剣を投げた1手でインシーを仕留めました"。分かりませんか?」
打出トレーナーはもう一度よく見るように、と眉間に当てた人差し指をレース場に向けた。
森内トレーナーと打出トレーナーがそう話し合っていた間に、インシルカスラムとガルディアコダンの差は。
……"9バ身"に到達していた。
そして、だんだんと引き千切られる辛さと悔しさを1番実感しているのは、他でもないインシルカスラムだ。
「(なんだよアレ……!アタシだって全力なのに、どんどん遠くなる……!)」
インシルカスラムも、ガルディアコダンが大逃げを選択した時点で、追いつけるわけがないのは分かっていた。
だが、実際に経験してみると。その差は思っていた以上に大きいもの。
逃げから見ても大逃げとは、地平線に消えていくのかと思うくらい、遥かに遠く感じる。
「(オレにタンカ切っといて所詮その程度かよ!情けないぜインシー!)」
インシルカスラムは、遥か遠くにいるガルディアコダンからそうコケにされた気がした。
「(今年の南部杯はオレがいただきだ!)」
実際にガルディアコダンは、同じことを心の中で思っていた。
「--コダンの奴、ナメやがって!!」
ここまでコケにされて黙っていられるものか。
インシルカスラムはケンカを売られてもついていくな、という森内トレーナーの言葉を完全に忘れてしまい。
ブチギレながら、2位にいた位置から飛び出した。
9バ身離れた差をどんどん縮めようとするが……
「ダメだインシー!乗せられるな!」
序盤から焦って差を縮めようとして、必要以上にスタミナを浪費する行為。
その行為は専門用語で別名がある。
"掛かり"だ。
大逃げに対する逃げの駆け引きとしては悪手中の悪手を、インシルカスラムは取ってしまった。
大逃げはロマンだけじゃねえってこと、思い知らせてやるぜ!