スカウトはすぐに終わります。
森内トレーナーはレースの終わったインシルカスラムに駆け寄る。
「お疲れ様!最後まで見てたよ、すごく強かったな!」
インシルカスラムは森内トレーナーに気づくと、自慢げに鼻を高くする。
「へへっ、だろー?全員アタシの相手じゃなかったな!」
「森内と言う。去年までは芝にいたが、今年からダートに来たトレーナーだ。インシルカスラム、君の走りを見て思ったんだが……」
森内トレーナーは自己紹介をしてからインシルカスラムの走りを伝えようとしたが。
「あー、長そうだからいい。アタシのスカウトだろ?」
止められた。逃げウマ娘には時々いるのだが、せっかちな性格らしい。
森内トレーナーは頭をかきながら、要点だけ伝えることにした。
長々と語らなくても、インシルカスラムの走りがすごいことは一目瞭然だろう。
「ああ。引き受けてくれるか?」
「もちろん!だってトレーナー席からアタシのこと、すごいすごい言ってたし!」
「やっぱり聞こえてたか」
あっさりとした承諾に苦笑いする森内トレーナー。
レース中、森内トレーナーはインシルカスラムに注目していたが、その時、インシルカスラムの耳が森内トレーナー方向に向いていることに気づいていた。
やはりレース中、周囲の反応に聞き耳を立てる余裕があったということだろう。つまりは彼女の力はまだまだ計り知れないということだ。
「それじゃあ、本番レースでもっとすごいと言わせてくれ。また練習メニューを用意して会いに来る」
「言わせてやるよ!楽しみにしてるからなー!」
「1秒で交渉終わりましたね」
インシルカスラムとの契約から戻ってきて、後ろから見ていた藤正トレーナーに苦笑いされる。
「今はただの口約束だ。これから本人とお前たちに俺しか担当できる奴はいないって言わせることをする」
森内トレーナーのその言葉に先輩ダートトレーナー2人も興味を持つ。
「それはそれは、コダンと戦える日が楽しみですねえ。きっと喜びますよ」
「まだスタートラインのクセによく言うぜ。上がって来いよ。テンカには敵わねえって思い知らせてやる」
似た距離のレースが多いダートでは走る奴はだいたい顔見知り、ということも多い。
インシルカスラムがダート最強を目指すためにはテンカバスター、ガルディアコダンの2人を必ずどこかで打ち破らないだろう。
「おっと、俺も忘れないでくださいよ。森内さん、アンタの案内だけが役目じゃないんです」
そこに藤正トレーナーも割って入る。
そもそもの発端はダートに縁があった藤正トレーナーだ。
なぜダートに縁ができたか?
答えは簡単。これから藤正トレーナーもダートウマ娘を担当するからだ。
「なるほどな。お前もこれから同じ戦線で勝負ってわけか。誰を担当するんだ?」
「"フルセイルサルート"ってウマ娘です。サルートって呼んでやってください」
「あのオグリキャップと同じ、笠松出身の有力株です。たいしたことないとは言わせませんよ」
現在、オグリキャップはシニア級の戦線でいくつものG1を獲得し、シニア級で第一線を張るウマ娘。
スーパークリーク、イナリワンと共に永世三強と呼ばれだしたのはつい最近の話だ。
今でこそオグリキャップがダートに関わることはめったにないが、かつて笠松でダートを走っていた話も有名だ。
そんな笠松から再び有力株のウマ娘、しかも今度はダートに。
表舞台に出る物語ではないが、だからと言って油断してかかれるものでもない、と森内トレーナーは改めて気を引き締める。
「こちらダート戦線には3冠もありませんし、観客も少ない。軽く見られがちな世界です」※
「僕らが"それでもここにいる理由"は、"それでもダートを選んだ"ダートウマ娘たちを輝かせるため。あなた方も同じ気持ちで来てくださいますか?」
打出トレーナーは森内トレーナーと藤正トレーナー2人にやや不敵な笑みを浮かべる。
トレセン学園の秋川理事長含め重役たちは全てのウマ娘が幸福に、平等に輝ける世界を目指しているが、実際はそういう綺麗事の通りに進みはしない。
数日前の森内トレーナーが感じていたように、どうしてもダートは下に見られがちだ。
例えG1を勝ったとしても新聞のトップを飾ることはないだろう。
「でなければ、サルートとの契約は無視してましたよ。承諾が答えです」
「もちろんだ。ウマ娘を笑顔にさせるために、俺たちトレーナーがいるってことは忘れてない」
だが、そのどうしても下に見られがちな場所で頑張る者たちがいる。
それを実際に体感した2人のトレーナーは、もうお高くとまることもないだろう。
「ふん、もう契約しちまったトレーナー共に何を言わせてんだか」
この7話で序章のスカウト編ことBoldgirl!が終了します。
次回より1章が始まります!