もちろん今年のBCクラシックも。
ーーー59ーーー
ゲートが開くとインシルカスラムはコンマ数秒の単位で飛び出す。
逃げウマ娘たるもの、出遅れは致命傷。
それこそ、今回のような実力あるウマ娘との勝負ならなおさら。
一番最初のアドバンテージはインシルカスラムが獲る。
「序盤ハナを進むのはインシルカスラム。3バ身離した――」
「Next, Highest Fellow came 3rd place......Unveil's currently in 11th.(続いてハイエストフェロー3番手……アンベールは11位の位置にいます。)」
アンベール、ハイエストフェロー共に基本に忠実な戦法を取りに来た。
そして、インシルカスラムも。
「これだけ離してあとはあっちの出方次第でやり方を変える、これだ!」
インシルカスラムにとって最も理想的な戦法は、3~4バ身のセーフティリードを取り続けること。
これまでのG1では思い通りにいかないこともあったが、今回アンベールとハイエストフェローはそのペースを崩そうとはしてこない。
インシルカスラムのやり方を知らないのか、それとも、理想の走り方をされてもなお勝算があると思っているのか。
レースは澱みなく後半戦に突入する。
順位は変わらず、インシルカスラム1位、ハイエストフェロー3位、アンベールは11位だ。
「1000m通過タイムは62.9秒。ややスローペースです。嵐の前の静けさか」
お互いが敵の動向を探りつつのペースながらも、まだ誰も動き出そうとはしていない。
実況の目から見れば、このレースは今まで何一つイベントの起きない平々凡々な進みのようにさえ見える。
しかし、実際に走るインシルカスラムはそうは感じていない。
「プレッシャーは感じるのに何もしてこない……怖いな、なんか」
2人ともインシーに視線を合わせている。
狙われているのは分かる。
でも、アンベールもハイエストフェローも、まだ何も仕掛けてこない。
まるで、背中に拳銃を突きつけられて、脅されているのに、何も要求してこないかのよう。
「--ここでアンベールまだ順位を上げる、現在6番手!」
「6!?ウソだ、さっきまで11……!」
その数字にインシルカスラムはぎょっとした。
いつの間にアンベールは5つも順位を上げたのか。
しかし、いる。思ったより近くに。
「……In my sights!(捉えた!)」
アンベールは差しウマ娘だ。
残り800mの時点から、気配を殺しながらロングスパートを仕掛けていつの間にか勝負できる位置まで来ている。
このロングスパートが最後まで保てるのだとしたら。
3バ身くらい離しておけばいいか、という安直な作戦は容易く破綻する。
かといって……。
「焦るなよアタシ!慌ててペースを上げたらそれこそアンベールの思う壺だろ!」
インシルカスラムは自分に言い聞かせて前に意識を向け、集中力を極限まで高める。
"領域"の発動の仕方は、原則として精神を限界以上まで研ぎ澄ますことだ。
自分だけの世界に入り込むことで2人のプレッシャーを無視し、100%の力を出せたなら多少は優位に立てるはず。
音が消え、人が消え、景色が変わっていく。
これでインシルカスラムは、自分らしい走りができる。
近づいてみれば、インシルカスラムは、瞳から赤い炎のようなオーラが出ているだろう。
しかし、オーラを出しているのは、インシルカスラムだけではない。
3バ身のリードを取らされていながら、今まさに、それを詰めようとしているウマ娘もまた、精神を研ぎ澄ましていた。
ハイエストフェロー。
彼女は、視界から消えゆくインシルカスラムに向かって吐き捨てる。
「--"The victory is mine"!!("調子に乗んな"!!)」
ハイエストフェローもまた、最高のパフォーマンスでインシルカスラムに襲い掛かろうとしていた。
インシーは本国で時代を作るウマ娘だと思われていない。
だから、使えないはずの領域に入ったことで驚かれた。
でも、こいつらアメリカ勢は本国で時代を作るウマ娘だと思われている。
だから、領域の1つや2つ、当たり前のように使えるんだ。