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関係者席でも、ウマ娘と同じ色のファッションをした4人の男が一堂に会していた。
緑のガルディアコダン担当トレーナーこと打出康隆。
白のテンカバスター担当トレーナーこと小原幸生。
青のフルセイルサルート担当トレーナーこと藤正勝也。
そして。赤のインシルカスラム担当トレーナーこと森内洋一。
「この4人が集まるの、2年前の模擬レース以来ですかね?」
森内トレーナーが久しぶりに見た藤正トレーナーは相変わらず飄々とした様子で会話を切り出す。
模擬レースが行われていたのはジュニア級の1月で今はクラシック級の12月。
もう2年の月日が経とうとしていた。
「あの4人が集まるのはおそらく初めてですよ。いやぁ、仲睦まじそうで良いですね」
打出トレーナーは4人がひし形になっている姿を指さす。
声は聞こえてこないが、それぞれの担当ウマ娘がワーワーと騒いでいる姿から何を話しているかは想像に難くない。
雰囲気は明らかに険悪だが、打出トレーナーにとっては友情を深め合っていると捉えているようだ。
「耳を後ろに倒しながらメンチ切り合ってるじゃねえか。どこが仲睦まじいってんだ、ったく。テンカが引いてるだろ」
小原トレーナーはため息をつきながら4人のウマ娘を眺めている。
「この東京大賞典で、クラシック・シニア含めてダート最強が決まるな。俺のインシーが頂いていこう。アメリカに負けた憂さ晴らしだ」
日本のダートなどもう楽勝だ、その言葉にトレーナー席も凍り付く。
「しばらく見ないうちに随分と態度がデカくなったじゃないですか森内さん」
「……ほう?アメリカのウマ娘に勝ちたいから、コダンのことはさっさと蹴散らしてしまおうと?」
「戯言は俺のテンカに勝ってから言いやがれ」
もちろん、森内トレーナーは失言ではなく、挑発のつもりで言っている。
「態度はデカくしてるつもりだし、蹴散らすつもりだし、勝つつもりだ。思い残すことなくMVPをもぎとってやれ、インシー!」
「各ウマ娘ゲートイン完了しました……」
この一瞬の空気の重さは、他のレースとは明らかに違った。
「スタートです!」
ガコン、という音と共にウマ娘が一斉に駆け出す。
出遅れたウマ娘はいないようだ、さすが東京大賞典に出るウマ娘、全員走り方を分かっているだけある。
そして、序盤は先頭争いに入るが。
「インシルカスラムが先頭に立ちました、ガルディアコダンがそれに続きます」
1バ身ほどの差をつけて、インシルカスラムが先頭、2番手にガルディアコダンがついた。
どうやら、今度は大逃げの手は取ってこないらしい。
「おーい、日和ったかコダンー?」
ハナを獲れた嬉しさもあってか天狗になったインシルカスラムは後ろに挑発を飛ばす。
「言ってろ、最後に勝つのはオレだぜ」
しかし、今回はガルディアコダンも安い挑発には乗ってくれなかった。
どうやら、本気で勝ちに来ているらしい。
通常通りの先行策を取ったテンカバスターとフルセイルサルートはそれぞれ3番手、4番手に位置した。
「悪くない」
「一筋縄ではいかなさそうね……」
レースは1000mを過ぎて後半戦に突入する。
「先頭はインシルカスラム、続いてガルディアコダン、テンカバスター、フルセイルサルート――」
順位はスタートから変わっていない。
「順位の入れ替わりがあまりありませんね、積極的に仕掛けに行くウマ娘が少ないようです」
そう解説は言っているが、実際は"仕掛けに行くべきではない"と言ったほうが正しい。
経験を積んだ東京大賞典のウマ娘に奇策・奇襲など通じない。
今仕掛けたところで最後に自滅するだけだ。
だから、4人は自分の最も得意な戦法を選んでいる。
そして、それで思ったより進まなくても、そのまま続けるしかない。
そんなピリついた空気の中で、1人だけ、仕掛けに行く必要のないウマ娘がいる。
先頭のインシルカスラムだ。
誰も仕掛けてこないレース展開の中で、誰も視界に写ることなく、先頭を走り続けられる。
なんと気持ちのいいことか。
「アタシの思い描いた通り!このままゴールまで突き放す!」
「まもなく最終コーナー、先頭はインシルカスラム……」
レースは1500mを通り過ぎ、まもなくラストスパートに入ろうとした。
その時。
視界がいきなり崩れた。
そして。
左足にいきなり激痛が走った。
こんなはずじゃなかった。