こんなはずじゃなかった!!
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周囲から見れば、レースは残り1/4というところだっただろうか。
そこで。
今まで1位を走り続けていったインシルカスラムが突然、急減速してバ群に飲みこまれてしまったように見える。
それが、失策やスタミナ切れではないことは。
それが……"最悪の事態"であることは。
トレーナーだけでなく、この場にいる全員が気付いた。
「こっ、これは……故障です!」
「インシルカスラム、故障発生!これは大変なことになりました!!」
「インシー!!!」
周囲がざわつきだす前にまず真っ先に動いたのは、森内トレーナーだった。
禁止されているにも関わらず、森内トレーナーはフェンスを乗り越えてレース場に乗り込もうとする。
そして、すかさず残りの3人に羽交い絞めで止められた。
「離せお前ら!!インシーを助けないと!!」
「ダメだ森内さん!今行ったらダメだ!」
「馬鹿野郎!お前が行ったらレースごとダメになるだろうが!」
藤正トレーナーと小原トレーナーは自分自身も気が動転していながらもどうにか森内トレーナーを制止する。
レース中のレース場に競技者以外が乗り込むことは、レース妨害として最も厳罰に処されるルール違反だ。
それだけではなく、現在も走っている残り10人全員が失格になる。
……それはウマ娘に何か異変があっても例外ではない。
「--もしもし、はい、救急です!大井レース場で脚を負傷したウマ娘が……!」
後ろで打出トレーナーはガタガタと震えながら119番通報をしていた。
その様子に状況を理解した観客席からもどよめきが広がっていった。
「インシー!!クソッ!!」
そして、走るウマ娘の中で、最も早く異変に気付いたのはガルディアコダンだった。
そのまま走れば激突する。
ガルディアコダンは迷わず勝負が不利になることを承知で急激に左に寄って回避する。
「そんな、インシー!?」
「インシー!!嫌ァ!!」
それを見た後続のテンカバスターとフルセイルサルートもインシルカスラムを避けた。
動揺と混乱を隠せない2人だったが。
一度走り出したレースは中止されない。
急減速やUターンして後続の進路を妨害したり、レースを放棄することもまた、最も厳罰に処されるルール違反。
観客、トレーナー、ウマ娘……誰か1人でもレース中にインシルカスラムを助けに行こうとすれば、その時点で東京大賞典を走る全員が失格になってしまう。
……それはウマ娘に何か異変があっても例外ではない。
残された10人は、インシルカスラムを見捨てるしかない。
レースを続けるしかないのだ。
「レースの展開にも影響が出そうです!先頭はガルディアコダンに変わり、残り――」
実況は、インシルカスラムが最初からいなかったように実況を続ける。
もちろん、実況とて本当はインシルカスラムの心配をしたいが、レースが続いている以上、他のウマ娘のために実況は続けなければならない。
1位の位置にいたインシルカスラムはものの2,3秒で一気に全員に追い抜かれる。
最下位の位置になり、バ群はどんどん遠くなっていく。
インシルカスラムはフラフラとしながらゆっくり減速した後。
膝をついて、ダートに倒れ込む。
インシルカスラムの左の足首は……ありえない方向に向いていた。
現実に当てはめて考えてみましょう。
「レース中の競馬場に人間が乱入したらどうなるでしょうか?」
「レース中の競走馬を急に停止させたりUターンさせようとしたらどうなるでしょうか?」
レースでの怪我は「痛い、やらかした」だけでは済みません。