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医者はインシルカスラムの左足の様子を撮ったレントゲン写真を見せる。
やはり、左足首がはっきりと折れているのが確認でき、今回の手術で接合した様子がわかる。
「私も骨折で入院するウマ娘を数多く見てきましたが、これは、かなり症状の重い骨折でした。レース中での骨折ですよね?」
森内トレーナーとインシルカスラムは同時に頷く。
「トレーナーさんならご存じでしょうが……ウマ娘には走行時に転倒するような際、本能的に脳のリミッターを外し、踏みとどまって速度を緩めることができます」
東京大賞典でインシルカスラムはフラフラとよろけながら速度を緩めて倒れこんでいたのはこのせいだ。
瞬間速度70km/hを超える状態でいきなり転倒すれば、高速道路を走るバイクが突然横転して地面に投げ出されるようなもの。
いくらウマ娘といえど大怪我は免れない。
そのため、火事場の馬鹿力の原理で、ウマ娘はたとえ足が骨折しようと減速し、道を逸れて安全な状態になるまでは走り続けることができる。
当たり前だが、その間、ウマ娘は折れた脚を潰しながらでも無理やり走り続けることになる。
もちろん、安全な状態になって倒れこんだ時の脚は。
それはもう酷いことになっているし、アドレナリンが切れた後の足の痛みはそれはそれは想像を絶するものだろう。
インシルカスラムのようにレース中に故障するウマ娘は歴史上で見れば時々、のレベルで存在するが。
その中の多くのウマ娘が長期間の入院や引退を余儀なくされる理由だ。
そして。ごく稀にだが……火事場の馬鹿力の原理で安全な状態になる前にいきなり転倒してしまうウマ娘もいる。
もちろん、そんな事態になったウマ娘は引退どころか命に関わるような重傷を負う。
「復帰はできる、とトレーナーさんには申し上げましたが、正直、一線をギリギリ超えなかった、というところです」
「復帰できる状態にまで持ってこれたのは不幸中の幸い、と言ってもいいかもしれません」
インシルカスラムは、選手生命を絶たれて引退を余儀なくされる一歩手前の段階まで来ており。
命に関わる重傷を負っていたとしても、なんら不思議ではなかったのだ。
その状態を想像した森内トレーナーの顔がみるみる青ざめていく。
「ご安心ください。レースへの復帰はできるでしょう」
医者は少し慌てた様子で今度は診断書を確認する。
とりあえず、インシルカスラムの命に別状はなかったとしても。
復帰できるとなった以上、森内トレーナーにはまだ懸念があった。
「先生、治療には……どれほど?」
シニア級のダート路線には、2月前半に川崎記念。後半にフェブラリーステークスがある。
去年、テンカバスターと出会った頃の説明をもう一度引用すると。
"ダート最強を名乗るからには、どちらか1つを勝たねば信憑性がない"。
つまり、最低でもフェブラリーステークスにはどうにか復帰し、間に合わせたい。
医者はダート路線のローテーションも把握しているようで。
森内トレーナーの意図を汲み取ったのだろう。
そのうえで、力なく首を横に振った。
「退院には少なくとも3か月。リハビリを含め、以前と同じように走れるようになるには追加で2カ月はかかるでしょう」
フェブラリーステークスを走れないダートウマ娘に、何の価値がある…?