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「……ケガしたのは別にいい。それより」
インシルカスラムは、この結果を受け入れるようにゆっくりと話を始める。
ウマ娘はプロ野球選手やサッカー選手のように十何年とできるスポーツではない。
5カ月の離脱はあまりに大きい痛手のはずだが、それよりも大事なことがある、というふうに話を続けていく。
「悔しいのは……途中までアタシが……1着だったんだよ……」
インシルカスラムは、両手で顔を押さえて、悔しそうに泣き出す。
2000m中、1500mまでは、インシルカスラムはずっと1着の位置をキープしていた。
安定した走りで、2着のガルディアコダンを引き寄せていなかった。
あのまま無事にレースが進めばインシルカスラムが1着になる未来が最も確実なはずだった。
なのにどうして。
どうして、そこにたどり着かせてもらえなかったのか……。
東京大賞典に出るという選択をした時点で、ケガは避けられなかったのかもしれない。
それでもよかった。
ただあと500mでよかった!あと30秒あればよかった!
それだけ耐えられたなら、インシルカスラムは、東京大賞典を獲得できたのに!!
運命は、それを許してはくれなかった!!!
「アタシが1着になるはず、だったんだよ……っ!!!」
インシルカスラムは、手の隙間からボロボロと涙を流して泣き叫んだ。
激痛に襲われても、全治5カ月と言われても、涙1つ見せなかったインシルカスラム。
彼女にとってそんなことよりも泣きたかったのは、"優勝できるはずのレースで優勝できなかったこと"だったのだ。
結果的にインシルカスラムの東京大賞典は"競争中止"という順位が付く。
途中までは走っていたため戦績にはカウントされ、そして勝利としては扱われない。
競争中止、という順位は、事実上"失格"と同じ扱いだ。
インシルカスラム本人には全く非がないのにもかかわらず。
「……そうだな。俺は、インシーが1着だと思ってる。多分、コダンだって」
森内トレーナーはそうフォローするのが精いっぱいだった。
今日の朝、森内トレーナーとインシルカスラムは、東京大賞典をパパッと楽に獲得できると思っていた。
それなのにレース中に骨折し、激痛に襲われ、結果は台無しになり、今後のレース人生すらメチャクチャになってしまった。
今、病院で絶望の底の底に叩き落されているなんて。
今日起きたころには、想像もしていなかった。
2人が絶望のあまり、言葉を失っていたその時。
医者がインシルカスラムの両肩を掴んだ。
「インシーさん。立場上、言うのを控えようと思っていましたが……」
医者の言葉は一転して力強くなっていた。そして。
"インシーさん"と呼んだその医者は、森内トレーナーの真似で呼んだわけではなく。
まるで、ずっと前からそう呼んでいたかのようなニックネームの呼び方だった。
ウイニングポストには「疲労」というパラメータがあり、◎、〇、△、×の順で悪化していきます。
この時、たかぽんは「×だと流石に出走させたくないが、ギリギリ△だ!なんとかなるだろう!これを走り終えたらゆっくり休ませてあげよう!」と思い、出走させました。
私が愚かでした。