浅海はゆっくりと瞼を開いた。身体を起こそうとすると、痛みを覚えた。左腕に包帯が巻かれていた。誰が処置をしたのだろうか?
確か、指揮官機のグロースターと交戦している時に仲間が自分ごと砲撃したのだ。無論、浅海はそれを了承したのだが…失敗したのだろうか?
ふと、自分が何も着ていないことに気付くと共に周りを見回す。どこかの家のようだ。麓の村だろうか?
「気がついたか…」
男の声が聞こえ、振り向くとそこにはブリタニア人の若い男…同い年くらいの少年がいた。否、それは…
「『洗脳皇子』!!」
立ち上がるが、いきなり起き上がったことに身体が驚いたのか立ちくらみを起こす。それを、『洗脳皇子』が支えた。
「流石にKMFのパイロットだけあって、体力は凄いがあまり動くな。応急処置だって終わったばかりだ。」
「五月蠅い!ブリタニアの皇子のくせに、知った風な口を!」
拳を振るが、逆に空を切ってねじられる。
「ぁく!」
「その元気があれば、命に別状はなさそうだが…」
突然、相手が目をそらした。その隙に腕を振りほどこうと抵抗するが浅海は自分が…ショーツ一枚であることに気づいた。
「きゃああああああああ!!!!」
至近距離の悲鳴に驚いたのか相手もひるみ、その隙を突いて腕を振りほどいて掛けられた布団で身体をまく。
「き、気絶しているのを良いことに!!」
それを言われ、相手も顔を赤くしてそっぽを向く。
「っ………だったら、その腕の包帯は誰が巻いたんだ?この家には私と君しかいないんだぞ。」
「そんな嘘で騙せると思わないで!仲間が来れば、アンタの方が…」
「どうやって?君の乗っていたKMFは崖から落ちて大破した。信号も発することが出来ないし、君が持っていた無線は壊させてもらった。銃は私が持っている。つまり、生殺与奪は私にあるということになる。」
「だったら、今ここでアンタだけでも道連れにしてやる!」
「………君達の国で言う切腹やカミカゼか?」
その目は侮蔑や嘲笑に見えた。否……まるで。
「何よ、その哀れむような眼は?『皇帝陛下のご威光を理解できないイレヴン』とでも言いたいの?」
「皇帝陛下のご威光?………ああ、そんなものはどうでも良い。」
「…………え?」
今、なんて言った?皇帝の威光など、どうでも良い?
浅海は散々聞いてきた。皇帝陛下のご威光を理解できないイレヴンだの、慈愛を忘れた猿共など。日本人を人だと思わない侵略者共の嘲笑を。だが、彼は…
「反ブリタニアは大いに結構だ。それをやる理由は十分だからな、切腹もカミカゼもそれは君の自由だ。だが……この地域の人々は、それを称えているのか?」
「何を言っているのよ。ここの人達は私たちに協力してくれているのよ!それをアンタが操るとか脅迫して私たちを売らせたんでしょうが!」
ライルは縁側に進み、窓の縁にもたれるように座った。
「………言ったところで信じないだろうが、この村の人々はブリタニアより君達の方を恐れていた。君達がいるのがばれれば、自分達も巻き添えで殺されるのではないか?」
ブリタニアより、私達を恐れた?何を言っている?
「この地域は戦争で住む場所を失って、そうした人達が寄り集まって成り立っていた。協力企業や日本政府も政庁に居住区として認めてもらう様に働いていた。それは、君達だって知っているだろう?」
「知ってるわよ…だから!?」
「そんな場所に、君達のような反ブリタニア勢力が拠点を求めてやってきて、水や食料を供出させて『日本を取り戻すために銃や刀の扱い方を教えてやる』、と言って無理矢理子供たちを連れて行こうとしたという証言もある。」
何を言っている?無理矢理協力させている?日本人として当然のことを教えているだけなのに!
「日本人は日本独立のために戦うべきなのよ!それが出来ない日本人は」
「死ぬべき……か?」
「……どこがおかしいの?」
「私の耳には、『恭順しないナンバーズは死ね』というブリタニアの論理と同じに聞こえる。今君が言った『皇帝陛下のご威光を理解できないイレヴン』、この場合は『枢木首相の見事な自決をないがしろにする売国奴共』と言った方が良いのかもしれないが……外側が同じだけで中が同じに見える。」
なに?ブリタニアと自分達が同じ?恭順を強いるブリタニアと、独立のために戦えという私たちが?
「何、を…何を言ってるのよ!」
「……イデオロギー。民族の魂や誇りを尊ぶのは良いが、それで赤ん坊のミルクが手に入るのか?子供の読み書きが向上するのか?」
関係のない話を持ち出されて、浅海は止まった。いや、関係のない話で時間を稼ぐつもりか?なのに、聞き入ってしまう。
「知っての通り、私は名誉ブリタニア人を率いているから彼らの事情には僅かだが通じている。『自分自身の生活のために侵略者の軍門に降ることを選んだ』、『いつ出来るか分からない独立よりもブリタニアに恭順してでも幼い弟妹を育てる』……名誉ブリタニア人になった部下の分かりやすい動機としてはこういうのがあった。」
生活のため?……いつ、出来るか分からない独立よりも今目の前にいる弟妹を育てる?
「え…?……え?」
いつか独立は適うから戦うべき。浅海はそう信じて疑わなかった。だが…
魂と誇りで、赤ん坊のミルクが手に入る?子供が読み書きを出来るようになる?違う、そんなのあり得ない。
「他のエリアより抵抗が激しいこのエリア11ですら七年では無理だった。それは君の方がわかるだろう?」
そうだ、だから自分も……
「先日、和平派の官僚と軍人に会った。彼や彼の部下はブリタニアの支配下でも市民がまともな暮らしを送れるようにと、自ら防波堤になることを選んだ。無論、保身や自分の親族も動機に含まれているだろう………」
「只の裏切りじゃない!日本人の魂と誇りを蔑ろにして!!」
それは、卑劣な売国奴だ。日本人の誇りを…
「だが、その親族に当時の君や私くらいの子供がいて、その子供たちがまともに計算や読み書きすら出来ないまま大人になったら、どうなる?それを少しでも防ぐためにゲットーの教育を立て直して、学校に通わせたいという考えだったら?」
子供の読み書き?計算?そのまま大人になったらどうなる?
「え…それって……」
「読み書きが満足に出来ないのを良いことに、ブリタニアの企業がナンバーズを都合の良いように酷使するだろう。それこそ、『無知蒙昧なナンバーズを導く高貴なブリタニア貴族』を演出するために……総督や宰相はともかく、貴族共ならそれくらいやるだろうよ。」
その言葉と表情に浅海は見入った。怒りと侮蔑だ。そこから、ため息をついた。
「笑えるよな…フランスの聖女もそれを利用されて自分が魔女と認める証文にサインしてしまったんだから。それをブリタニア貴族なら大喜びでやる。独立よりも、敢えて従ってそれを防ごうとするんだ。」
ライルの言い分が、浅海も理解できた。
「…彼らの働きが五年、『日本解放戦線』だと十年かかるとする。…………もし、君に幼い弟妹がいてその子達だけでも学校に通わせることが出来るとしたら、どうする?少なくとも……私が日本政府の官僚の子息として生まれ、要職に就いているのなら……和平派として、百年先の独立より十年後の子供達の衣食住や教育をとる。」
百年後の独立より……十年後の子供達?
そんなこと、考えたこともなかった。日本を独立できれば、他の日本人達も普通に暮らせる。そう信じていた。しかし、ライルの話通りなら浅海達が売国奴や裏切り者と蔑む和平派の官僚や軍人達は、ブリタニアの支配下でも市民達がまともに暮らせるように尽力していることになる?
「……じゃあ、独立するためには…」
どうすればいい?政庁を攻め落とす?それだけで、できるのか?仮にそれが出来たら、今のブリタニア企業で働いている日本人達は、どうなるのだ?
彼の言葉から、少し想像すると浅海でも色々と出てきてしまった。これまで考えたこともなく、見ようともしなかった側面も見えてしまった……
「反ブリタニアを続けるのなら良いが、否が応でもこうした問題には直面する。それだけは知っておいた方が良いよ。」
問題……もし、彼の言うとおり付近の住民達が自分達のことを通報したとすれば、それが?しかも……
浅海の耳に機械音が入ってきた。ヘリに、車の音だ。近くにブリタニア軍が来ている?
「今なら、逃げられるかもしれない。」
「見逃すって言うの?」
「どう解釈しても良いよ。」
浅海はライルの虚しそうな顔に一瞬、目を奪われた。整っている思ったが、まるで寂しい子供のように見えた。
「少しくらい……同じ側の事情を見ても良いだろうが。」
その言葉を聞いて、浅海は少なくともこれだけは理解した。彼は彼なりにブリタニアの弾圧を良く思っていないのだと……名誉の採用も、もしかしたら。
項垂れたライルのそばにそっと歩み寄り、手刀を当てた。
そして、柱に縛り付けて部屋を適当に荒らしておく。
「………これで貸し借り無しだから。」
少なくとも、これでいきなりテロリストに情けをかけたなどという疑いはかけられないだろう。奪われた銃だけ持って、浅海は逃げた。
『黒の騎士団』は情報収集と隠遁を優先した。ナリタでブリタニア軍それもコーネリア相手に勝利を収めたとはいえ、団員にも戦死者が出た。代わりに宣伝が効果を成して志願者も増えており、中にはラルフ・フィオーレのようなブリタニア人もいて、人員の補充も出来たとはいえ……
「やはり、素人が大半か。」
「はい、ナリタでの勝利が大きく貢献して志願者が増えているとはいえ所詮は素人集団。ゼロ一人の手腕に頼るのはやはり危険が大きいかと。」
ディートハルト・リートに言われるまでもなく、最大の問題はそれだ。結局のところ、『黒の騎士団』はゼロのワンマンチームに過ぎない。
だからこそ、あの『奇跡の藤堂』こと藤堂鏡志朗と直属の配下『四聖剣』が欲しい。ブリタニアを打倒する組織の基礎は出来上がりつつある。
だが、『正義の味方』を名乗ろうと軍事組織である以上は指揮官が必要だ。カレンはKMFのパイロットとしては強力無比なクイーンだ。しかし、戦闘指揮には向かないし扇も人格面では申し分ないが、指揮官というより仲裁や意見調整に能力が向いている。玉城などは論外。ラルフ・フィオーレは人格面では扇に近く、どちらかと言えば補佐向きだ。しかもブリタニア人だから、指揮には無理がある。となれば、必然的にプロもしくはセミプロが欲しい。
かといって、『日本解放戦線』の残党などは役に立たない。だからあの始末もその一環だった。彼らを引き入れたところで派閥分裂が起こるのは必然だし、そもそも藤堂がいれば大丈夫などと思い込んでいる節が強かった。
愚かだな……戦術的勝利を奇跡と宣伝し、それに縋る。その結果招いたものは何だ?死ぬのが大好きなどという偏見だ。
ゼロ…ルルーシュ・ランペルージに言わせればスタンピードに弱い日本人の典型的な愚挙だった。
『正義の味方』も『奇跡の藤堂』も……熱狂するものがあればアッサリと転ぶ。
が、そのスタンピードに弱い部分を利用できるのも事実。これまでの成果に加え、『奇跡の藤堂』がいるとなれば他の組織もこちらの指揮下に入りたいと申し出て、組織の細分化が成されて壊滅するリスクを下げられる。が、流石にその藤堂は相変わらず潜伏中。しかもブリタニアにとっても重要だから、こちらも大きな捜索が出来ないのが痛い。
「ゼロ、良いか?」
扇だ。「入れ。」と応え、ラルフと一緒に入ってくる。
「先日入団した一人がどうしてもゼロに会いたいそうです。何でも、助けたい人が政庁にいるとか。」
「なに?」
政庁に、助けたい人?
「通せ。」
ゼロの許可を得て、吉田が案内をした。
「先日入団した、久保カイトです。」
ライルと浅海の議論……ある意味、大なり小なり政治の世界に足を踏み入れている人間と反ブリタニアに酔っているイレヴンの差でしょう。
実際、カレンや扇もこれを突きつけられたらどんな顔するか。というより、魂と誇り、裏切り者しか言わない連中は言われた瞬間負けだと思います。
『沈黙すれば、そうした言い分を否定する根拠を持たない』、『実力で黙らせればブリタニアと同類』、絶対に勝てない論理だと思います。