ブリタニア初の試みである行政特区日本は波紋を呼んだ。既に二十万人にも及ぶ参加希望者が出ており、破格の成功を収めたスザクの存在もそれを手伝っていた。
ライルもそれを聞いており、同時に……
「これでエリア11の武装勢力は自滅しますね。」
「…ああ。」
フェリクスの言う通り、これはブリタニアが譲歩したと捉える者もいるだろう。
「クロヴィス兄様の頃からの事務次官がNACからの利益供与で逮捕されたそうだな。」
「ええ、どこから漏れるか分かりませんからね。」
しかも、ユーフェミアはゼロに参加を呼び掛けたのだ。日本人としての自治を認める政策を拒否すれば、特区の名目である自由と平等の敵になる。だが、参加を表明すれば組織はつぶれる。
ゼロにとっては、まさに最悪の展開だ。
山本は頭を抱えていた。日本人としての自治と主権を認める特区構想自体は山本自身も求めていた結末ではある。だが、ここまで性急にされては逆効果になりかねない。
ゼロを抱き込めるメリットがあるとはいえ、下手をすれば特区を認めないブリタニア内部の軍と完全な独立を求める武装勢力が当面の問題である特区を潰す、などということになって波紋が広がれば。
考えたくもない展開だった。
「NACを処断しないように働きかけるしかあるまい。」
中華連邦経由で一応のE.U.合流が適うようになった海棠達も特区の宣言を見ていた。
「こりゃ、まずいことになった。」
土田もうなずいた。これでもし特区が成功したら、どうなるか。
「俺達はE.U.がブリタニアと和睦する材料になっちまう。」
「そんな…!」
だが、これはそういう政策なのだ。弾圧政策が続くならばともかく、ブリタニアが融和路線を部分的でも取る以上は反ブリタニア勢力を支援する意味などない。
しかも、E.U.は日本人を隔離収容している。もし隔離収容を続けていれば、どうなるか。
「あ…隔離収容されている日本人を助けて、特区で暮らせるようにE.U.に圧力がかかる?」
橋本がその可能性の一つを浮かべた。恭順派はそう叫ぶようになる。そうなれば、E.U.は内と外から袋叩きにあってしまう。
「ユーフェミア本人がそんなこと考えていたか、は分からないがな。」
むしろ、こういうことを考えるのはつい先日までエリア11にいたあの宰相だろう。
「いずれにせよ、暫くは様子見をした方が良いな。向こうにも待ってもらう。」
「は!」
池田はE.U.を目指す船の中で、この特区構想を考えていた。
「どう思いますか、稲垣中佐?」
「結論から言えば、ユーフェミアはとんでもない女狐だな。これでは、我々は民衆の支持を失いかねない。」
が、西野は…
「確かに、それは同意見ですが。コーネリアがこんな政策を認めるのでしょうか?真意は分かりませぬが、ユーフェミアの暴走…というより独断専行に近いのでは?」
そう、コーネリアとユーフェミアは飴と鞭と呼べる姉妹だ。それを考えると、この飴は大きすぎるし甘すぎる。
「…沢崎の新日本政府樹立直前にシュナイゼルが来ているという情報があったな。」
それに西野が答える。
「ええ、その件で中華連邦と交渉するためにすでに日本を離れていると。」
となると、ユーフェミアならばコーネリアより御しやすい。彼女にわかりやすい功績を立てさせるために、シュナイゼルが焚きつけた?
「可能性としてはもう一つ、シュナイゼルがユーフェミアを焚きつけた。日本人のためになる、などと吹き込んでな。」
本人が自分で考えたのだとしても、宰相のシュナイゼルが認めたとあれば彼女もその気になるだろう。
しかも、実際の政策としては有効だから余計に質が悪い。
浅海は悩んでいた。特区が成立すれば、独立はなくなり日本は一部のみだが自治を認められる形で永遠にエリア11のまま。だが…
以前、ライルが言っていた。
『いつできるかわからない独立より、今すぐ何とかしないと育てられない子供。』
今すぐ、何とかしないといけない人たちにとってはゼロよりユーフェミアの方が良い。これはライルの名誉騎士団をより大規模にしたものだというのは浅海でもわかる。しかも、軍人という小規模ではなく一般人向けの政策。
団員からも参加者が出ているうえに、正体不明の仮面の英雄と皇女の政策。普通は後者を選ぶ。流石のゼロも判断に困っており、扇や藤堂もこの状況には危機を感じていた。そこへ浅海は……
「ねえ、特区に参加してその上で組織の方向修正ってできないんですか?例えば……キョウトかナラに特区を作ってもらって、黒の騎士団をそこの警備軍として認めてもらうとか。」
ゼロも判断に困っており、連絡は取れない。そこで扇に聞いてみた。
「ああ、キョウトも向こうに協力するっていうし。」
「でもそれじゃあ、処刑されるようなものよ!」
カレンが斬って捨てるが…
「向こうはただ、参加してほしいと言っただけです。参加するに従って、こっちに有利な条件を付けてもらうとか、今浅海さんが言ったような各ブロックの部分的な自治を認めてもらうという路線を交渉、という手もあるでしょう?」
ラルフの意見には藤堂もうなる。
「君の言うことも分かるが、独立を求める我々にとっては敗北も同じ。半永久的にブリタニアの属国だ。」
「だけど、特区やそれにつく形でゲットーの人たちの教育とか医療が解決するなら、そのほうが良いでしょ?私達の巻き添えを食う人たちが出ないならなおのことじゃない。」
それを言われ、流石に軍人だったメンバーは黙る。
もしかしたら、ライルと会える。浅海の心にはそんな期待があった。
え……なんで、ライルに会いたがっているの?
すると、久保カイトが……
「どうせ嘘に決まってる!本当でも特区に参加した人は認めて、参加しなかった人を弾圧する気なんだ!それこそ、あの『洗脳皇子』が参加した人たちを操るんだ!」
「参加しなかったらっていうのは、あり得るけど…どうして第八皇子?彼はもうエリア11を離れるのよ?」
更にラルフが…
「君、彼に何か個人的な恨みがあるの?」
「あるよ!知り合いがあいつに捕まっているんだ!!雇ってもらってるとか言ってるが、嘘に決まってる!!」
浅海はカイトを見て、昔の自分やかつての仲間を見ているような気がした。これだ。ブリタニアが悪だから、やることが全部悪だと……
だが、浅海はライルがブリタニアの今の政策をよく思わないのが嘘だとは思えない。確かめるためにも会って、特区について話したかった……だが、彼はもうエリア11を発つ。
ライルは山本に会っていた。
「そうですか、やはりNACが。」
「ええ、事務次官がダールトン将軍とバトレー将軍に逮捕されて全て自供しました。NACからの利益供与を受けていたことを。特区が成立して、反ブリタニア勢力が市民の支持を失えば瓦解、どこから利益供与の話が漏れるか分かったものではありません。」
山本はコーヒーを一口飲んで、ため息をつく。
「それで、NACは?」
「はい、中核の桐原産業に対して特区の式典参加を要請しております。…ただ、『ゼロを始めとしたテロの支援を打ち切れば、特区設立後の地位を保証する』とでも言うでしょう。私もそうします。」
そう、誰でも考えるが確実な手なのだ。スポンサーがいなくなれば、いくらゼロでも組織が空中分解してしまう。ユーフェミアがそこまで考えていたというのはまず、ない。むしろこの特区の政治的なメリットを見抜いたシュナイゼルやダールトンだろう。
だからこそ、コーネリアも個人的な反対意見を押し殺して承認したのだ。
既に参加者が二十万を超えたこの状況下で『総督権限で特区の設立を中止する』などといえば、コーネリアとユーフェミアの二人を支持する民衆の分裂さえ招いてしまう。
それにしても、まさかゼロの参加を認めさせるために……
「政務官は式典には参加されるのですか?」
「いえ、招待はされたのですが辞退しました。NACが正式に軍門に下ってくれるのであればインフラ整備に余裕が生まれるので、その下準備を行いたいのです。」
なるほど、確かにそうだ。テロ支援の力をインフラ整備に回せばゲットーの経済と治安は安定し、特区経由で内政自治の拡大やライルが考える人権保障の案件もこのエリア11をテストとして、持ち込みやすくなる。遠回しにリフレインの蔓延防止にもつながる。
「私は式典前にここを発ちます…特区が成功して落ち着いたらまた伺います。その時には、食事でもいかがですか?」
「…悪くありませぬな。協力企業の日本料理を御紹介しましょう。」
有紗はエクトルと特区について話していた。
「私のいたゲットーの人達も、特区は参加する人はいるみたい。お世話になった人は様子を見るみたいだけど。」
「そうですか。貴女は?」
「私は……その、ライル様と一緒に本国に行ってから考える。」
レイはあいつらが特区に参加するかどうかは気になっていたが、どうなろうと知ったことではなかった。大体、あいつらはくだをまいているだけ。名誉ブリタニア人の試験を受けようという気すらない。
「お父さんが生きていたら、なんて言ったのかしら?」
母に聞きたかったが、その母は既に本国。今は電話をするのもままならない。
「本国に行ってから、話しましょう。」
「じゃあ、山本さんに頼んでおいたよ。」
「ええ、気を付けてね。」
「もし、帰ってこられるなら本国のお土産よろしく。」
妻と娘に見送られ、長野は官舎を出た。
「さて、当分はこの官舎ともお別れか。」
とはいえ、特区が成功すれば山本も少しは立ち回りやすくなるだろう。それが妻子の生活の向上につながり、将来的にアッシュフォード学園に入学できればなおのこと良い。
山本と会った後、ライルは本国へ戻ったシュナイゼルと話していた。
「兄様、特区は貴方がユフィに入れ知恵をしたのですか?」
〈いきなり人聞きが悪いね。私はユフィが考えたアイデアを認めただけだよ。〉
もしかしたら、とは思ったがやはりそうか。特区の政治的なメリットはライルもいくつも思い浮かぶ。だが、ユーフェミア自身はそんなことをほとんど考えていない。まだそういうことを考えるには経験が圧倒的に不足している。
「…それと、ユフィのあの件は本当なのですか?」
〈ああ、ゼロが参加を表明したらそうなるね。〉
なぜ…何もそこまでしなくても『特区に参加し、今後の特区事業の拡大に協力すれば恩赦を出す』なり『特区の治安維持において大きな権限を与える』などすれば、少なくとも『黒の騎士団』の分裂を引き起こせる。ユーフェミア自身はそう考えなくても、ライルはそう考える。ゼロと藤堂のどちらかあるいは両方を引き込めるし、犠牲を減らすこともできる。
神根島でゼロに接触していたことと関係があるのか?
翌日…本国へ出立するライルの出迎えにはユーフェミアとスザクが来ていた。コーネリアは特区設立についてユーフェミアとかなり揉めたのか、顔を合わせるのを控えていた。
「それじゃあ、本国へ帰るけど母君に何か伝言は?」
「いえ、大丈夫です。お兄様の方もお気をつけて。」
心なしか、ユーフェミアは生き生きしている。シュナイゼルが自分の考えを認めてくれた。それが彼女に少しばかり自信をつけたのかもしれない。特区の現実と理想のギャップをライルも部分的に気づいてはいたものの、この先は彼女がゼロやNACとの交渉を通して学ばないと駄目なのだろう。
実際、名誉の採用に当たって直接彼らから理由を聞いて『ブリタニアへのくすぶる恨み』や『皇族という理由で信用できない』、『ライルは信用できても側近たちが信用できない』などという理由で転属申請の許可を断られたこともあった。
だが、フェリクスやゲイリーも助言をしてくれたからこそ、今の自分があるという自負はライルにも会った。だから……
「ユフィ、君なりにブリタニアを変えようというのなら私は応援する。でも、君はまだスタートラインに立ったばかりだ。ここからが大事だよ?」
ユーフェミアが頷く。
「……私は、お兄様の名誉騎士団の方達にも参加していただきたかったのですが。お兄様なら、そのスタートラインを一緒に走れると思うのです……」
少し顔が曇ってしまった。だが、ライルは少しだけ声のトーンをあげて
「大丈夫だよ、特区日本が成立すれば他のエリアでも導入を検討せざるを得なくなる。私個人としても、以前に提案した案件が通りやすくなると思うから…二、三年後には連携しやすくなって、エリア制度にも変化が出るかもしれないし、中華連邦やE.U.との国交にも何かの兆しが見えてくるはずさ。」
「お兄様……」
そう、特にE.U.のガス抜きが破綻するという意味ではライル個人も望むところだった。又聞きした通りならば、革命政府は『革命の尊厳を守る』などと言っておいてイレヴンたちを前線に投入しており、酷ければ彼らを捨て石にして局地的な勝利を得るということさえしようとしないとか。ただ政治家たちの権力維持のためにしかできない。それに対して、この特区構想は外交的にも痛烈な手だ。
いくらE.U.でもこうなれば、ゲットーの日本人たちを解放或いは財産凍結を解除し、こちらからの帰国要請を受理せざるを得ない。その上で彼らを特例として特区での居住を許せば、隔離収容された日本人たちは自分たちを収容所から出してくれて、特区で日本人として生きる場所を与えてくれたユーフェミアを支持する。
『ガス抜きする方便の喪失』 、『少なくない市民からの支持率低下』、『練度の低い正規軍の戦力をさらに削る』……ライルの考える限りでも、これはかなり痛いスリーカード。いや、特区それ自体が既にE.U.にはジョーカーか?
だが……それで今度はアフリカ大陸やポルトガル、ロシア方面の正式なE.U.加盟国の市民達を隔離収容、などとやりかねないという一抹の不安がライルに会った。
いや、今はそれを考えても仕方がない。仮にそうなっても、ブリタニアが特区を考案したのが悪いなんて子供のような理屈は通じない。はずだが、イレヴン収容の甘い夢にどっぷりと浸かった市民や政治家が果たしてそれを理解しているのだろうか?
「とにかく、さっきも言ったが君はここからがスタートだ。君が考えているほど楽ではないだろうが、枢木少佐やダールトン将軍と意見を交わしながら、調整していくこと。他にもNACや植民地政策に協力する日本政府官僚、ゲットーの代表者などね。」
「はい!」
元気よく答え、少し安心したライルはスザクに歩み寄る。
「君とは、結局まともに話すことができなかったね。」
「光栄の至りです、殿下。」
話に聞いていた通り、随分とまじめだ。
「もう少し早く来ていれば、君を引き抜いていたのにユフィやシュナイゼル兄さまに先を越された。」
「は?」
「今のは真面目な意見だよ?特区が成功すれば君とも連携する日も遠くない。それまで、妹を頼むよ?」
手を差し出し、スザクは数秒当惑するが…
「イエス・ユア・ハイネス!」
そして、ユーフェミアの補佐に着くダールトンとコーネリアの代理で来ていたギルフォードが敬礼をして見送られ、ライルを乗せた船が出港した。
浅海はライルが出立したというニュースを聞いて、内心で残念だった。特区で何か機会があればと思った。いや…ただ、単に会いたかっただけ?
私、なんでライルにこんなに?
「おい、どうした?」
久保カイトが声をかけてきた。
「なんでもない。それで、ゼロから方針が発表されるんでしょう?」
そうだ。特区に参加するにせよ、その前段階の交渉にせよ今の自分はゼロの部下なんだ。そちらに集中しよう。
ライルは特区を好意的に見ていました。自分の方針にも近いし、当然でしょうね。
浅海はライルと特区で会える?という期待をして外れてしまいました。
そして、次は……