レイの騎士叙任後、ライルは基地で部下達の要望に目を通していた。できるだけのことをしたとはいえ、やはり名誉ブリタニア人への疑念が再燃したのだ。処刑しろ、という意見はないが…転属願いが大半だった。
だが、ここでこれだけの人間が離れればライルの軍は立ち行かなくなるし、あんなことがあった後で名誉ブリタニア人を抱える皇族軍など誰が来るのだ?
「一人一人、説得するしかありませんね。」
「ああ……」
説得は難航を極めた。頭では分かっていても、感情が整理できないという意見があまりにも多かった。説得を試みても、もう名誉ブリタニア人と同じ軍にい続ける自信がなく、彼らを背中から撃たない自信もないという者も多かった。
結局、死亡も含めて二割に及ぶ人員が離れることとなった。補充要員もなかなか見つからなかった。名誉ブリタニア人達を除外しても、只でさえエリア11で駐留軍はもちろん、最強格であるコーネリアの正規軍ですらギルフォードと『グラストンナイツ』以外はほとんどが戦死か再起不能になってしまい、コーネリア軍は自然消滅することになってしまった。
更には各エリアの反乱が激化し、もはや軍の人員に余裕がなくなったというのが現状。『フォーリン・ナイツ』の一件を除外しても、人員に余裕がないのである。
ライルは供えられたベッドに横になった。皇族だから、とかなり豪華なつくりだがライル自身はあまり好きではなかった。
「ライル様……」
有紗が入ってきた。彼女がエクトルを殺したと糾弾して排除しようとする動きがあったが、エクトルの父があの後、息子の最期を記録したカメラの映像を見せてもらい、『息子が命を懸けて果たした務めを尊重する』と弁護に回った。
男爵家と言えど、本国貴族が言えば文句を言うこともできず、彼女は落ち着いた。ライルに取り入るためにエクトルが邪魔だったと、食い下がる奴もいたが『それは死んだのが息子ではなく、娘だった場合に言え』と黙らせた。要は、ライルと有紗がどのような関係でも自分は妨害に回る気はないということだ。
「あの……ごめんなさい、私だけじゃなくて長野隊長や秀作のことで。」
「……別に。こうなるのなら、営倉で暫く大人しくしてもらうべきだったと後悔している。」
そして、あれ以来悪夢が増えた。特区で殺された顔も名前も知らない日本人たちの怨念……中島の遺品で見つかった弟との写真はライル自身が保管しているが、それがかえって中島と彼女の弟が現れ、更に今回死んだ名誉出身者、そして彼らに殺された将兵達に呪われる夢だ。
「ライル様…」
有紗が突然、全ての衣類を脱ぎ捨てた。
「ユーフェミア様の事と、今回のエクトル君のこと……無理、してるでしょう?」
有紗はベッドに乗り出して、後ずさるライルを押し倒してあらわになった豊かな果実をライルの目の前に出した。が、震えているのが分かった。
「私、元々こういう商品だったし、ライル様なら…いいです。」
震えながらライルのシャツをはだけさせて胸を密着させる有紗は、そのまま唇を奪おうとするが、ライルが離した。
「…やめてくれ……それ目当てで君を引き取ったわけではない。」
が、有紗は離れなかった
「私…KMFに乗ることも、書類もできなくて……待っているしか、できないから。だから、私の身体を…ライル様に使ってもらうしか…しらないの。」
「有紗…」
彼女は、彼女で自分の立場に引け目を感じていた。有紗の目に心を奪われ、ライルは自分の唇を有紗の唇に重ねた。ライルに応えるように有紗も吸い付き、お互いの唇の感触に酔う。しばらくお互いの唇を堪能して離れると…
「…い、今のでいい。こ、これ以上は…」
夢中になるあまり気付かなかったが、有紗の豊満な胸が自分の体に密着していたのを思い出して…有紗もあわてて毛布で胸を隠した。
「とにかく…今日はもう、寝るから。君も根を詰めすぎないように。」
「は、はい…」
有紗も着替えなおして、部屋を出て行った。それを見届けた後、有紗の唇の感触を思い出した。
東洋人では珍しく色白で、豊かな肢体を直接見たが…あれでは確かにオークションの商品になるし、今でも目を引く美貌だ。
彼女の存在は、エクトルとは違った意味でライルにとって安らぎだった。クリスタルやセヴィーナと違い…そう、帰ってくるのを本当に喜んでくれる人。母やその取り巻きたちのとはまるで違う。あの連中が心配しているのはライルではなく、ライルの継承権だからだ。有紗はそれよりもまず、ライル自身を案じてくれている。エクトルと違う意味で、安心できる相手だ。
………ふと、エクトルのことを思い出して別の後悔がよぎった。エクトルと過ごす時間は心地よかった。行儀見習いなどで来る子供はいたが、軍学校を出て間もなく来た彼はナンバーズや平民への認識はやや合わなかったが、媚びを売ってくるような態度はなかった。あくまで、母とのパイプを作る父親のねらいで、母もエクトルのことは歯牙にかけていなかった。男爵家ごとき不要だとでも、思ったのだろうがライルにとってエクトルは特別だった。そう、フェリクスと同じように砕けて話せる相手だった。そして、有紗が来てからも、彼女を交えて三人で過ごす時間はあった……だが、いつの間にか有紗に比重が傾いていたような気がする。
三人で過ごす時間を、もっと作ればよかった。
エクトルのことを、弟か親友のように思っていた少年の早すぎる死にライルは遅まきながら、涙を流した。
クリスタルはエクトルの墓に花を添えていた。きっと、ライルは泣いているだろう。ジュリアの時のように……
「エクトル…」
何時もライルの側にいて、自分なりにブリタニアを、世界を学ぼうとしていた彼。ライルの側にいた彼が羨ましかった。そう、ジュリアが騎士に選ばれたのと同じように。
しかし……あの時抱いた醜悪な感情は、今はない。そう、この感情に偽りはない。
ライルと出会ったのは軍学校。最初、可愛い後輩が来たと思った。それが皇族だと知るのに時間はかからず、貴族達は我先にと取り入ろうとした。が、生徒としての当時の彼の成績は低く、瞬く間に手の平を返された。
教官や一部の貴族は彼の母や皇帝の威光を恐れてか成績を操作するなどをして媚びを売り続けていたが、それが逆にライルを怒らせ、ライル自身が抗議していたが聞き入れられなかった。クリスタルはそんなライルを見かねてそれとなく気にかけていた。そんな彼に、ジュリアが声をかけて彼の成績の問題をはっきりと告げた。
誰もが身の程知らず、と罵るがライル自身はまるでそう言ってくれるのがうれしかったかのようにジュリアに心を開き、同期生では元々ライルに遠慮がなかったフェリクスにジュリアを経由してクリスタルと同期のヴェルド、卒業生として会いに来たデビーとコローレ、そしてセヴィーナといつしかあの軍学校限定下でのライルの親衛隊ができていた。その側にいるうちに、クリスタルはライルに惹かれた。
デビーは親衛隊への転属希望者を見た。ライルの同期生が多いが、殆どが前線での経験が乏しいどころか卒業以来本国や後方勤務ばかりの生徒だった。
実戦経験の有無以前に…この顔ぶれは。卒業生と在校生の枠を超えてジュリアとも交流があったデビーは彼女の葬儀に出席していたが、葬儀の後にジュリアと同期の貴族出身者が嘲笑した。自分たちは、各エリアどころか前線に出ようとせずつい先週まで後方勤務だったのに。
『自分達ならば、爆弾に気づけていた。』
『所詮は平民よ。』
なら。どうやって気付くのか言ってみろとライルが後で聞いたが、彼らは「注意すればわかる」としか答えなかった。というより、答えになっていない答えで満足してライル自身も「もう、いい」と切って捨てていた。相手はライルが納得したと思っていたようだ。
これは、実力以前に精神面であてにされないしこちらでの協調という意味でもダメだな。ただでさえ、アウトローとも言うべきライル軍。家柄だけは大層だが、これではライルが駄々をこねるのが目に見えるし、それでなくても名誉出身者たちと諍いを起こして彼らを追い出すような茶番を仕組みかねない。というよりも、自分達だって今ここで駄々をこねたい気分だ。
「どう思う、ヴィオレット卿?」
「却下ですね。いろいろな意味で。」
一緒に書類を見ていたフェリクスが即答する。
「だな。」
「はあ、いっそのこと有紗が殿下の相手をしてくれれば、殿下も少しは気がまぎれるんですが。」
「噂のメイドか……顔を見たが、レベルは高いな。今のうちに手を付けておかないと、どんな手合いがやってくるかわからないぞ。」
東洋人の女を間近で見るのは初めてであったが、肌も色白で普段の制服越しでもわかるほどに豊満な身体つき。16とあれば、まだまだ成長するだろう。
「まあ、家庭的で魅力のある女性なのは僕も同意見です。実際、ジュリアのトラウマがぶり返しているから受け止めてくれる人が必要です。」
「彼女以外ならば?」
「クリスタルとスレイター卿。」
「そのような、ことが……」
ゲイリーは公務を終え、長野にレイの前任になるはずだった女性のことを話した。
「ああ……幼いころから、そういう疑念を抱いていたのかもしれぬ。幼い疑問が、実物を見て発展していき、あの事件が決定打になった。」
それが、あの頃のライルの状態だった。戦場に出て間もないころから、ナンバーズへの扱いへの改善を諸侯に相談してゲイリーも一部乗っていたが、あの事件で同国人自体への不信感が根付いてしまった。今のブリタニア人の将兵達が例外にすぎない、事情を知る者の多くがそう認識していた。
純粋すぎる…そう、あの人は純粋すぎるのかもしれない。
何せ、ジュリアの件一つとっても…見計らっていたかのように母親が後任や婚約者を紹介するのだ。ライルでなくても、真っ先に母親を疑う。
根本ともいえる母親との折り合いの悪さは貴族界隈で有名で、あの事件で貴族どころかブリタニア人=母という偏見がライルに根付いてしまったのかもしれない。そのブリタニア人という人種への不信感から『異端児』とまで呼ばれていた。しかし…
「『皇室の異端児』などと呼ぶ者もいるが、その異端児を育てたのは他でもない。我々貴族層の大人なのかもしれない。」
枢木スザクの『ラウンズ』叙任式の後、細やかな騒動があった。叙任したスザクが『自分がラウンズであることが不服なら実力で奪え』と皇帝シャルルの前で宣言した。それを皇帝が良しとして、負ければスザクはせっかくの手柄を不意にして『ナイトオブセブン』の地位を失ってしまう。
多数のブリタニア貴族から見れば身の程知らず、ランスロットのおかげという意見が多かった。そして、これ幸いと多くの騎士たちがスザクに挑戦。多くは貴族出身で武勲もある。
「貴族だから、武勲に恵まれると思い上がる馬鹿共にはいい薬か?」
ライルは試合後にそう言っていた。そう、現場では人種など、爵位など何の役にも立たないのだ。今回はそれをいい形で証明したし、『奪え、争え』をスザクが実践した。
「父は、ブリタニア人だけが成功するとは一言も言っていない。不平等が正義なら、彼はその不平等を実践した。多くのイレヴンやブリタニア貴族より高い地位を得て、それにふさわしい武勲を挙げた。ランスロットを乗りこなせる適正それ自体も不平等じゃないか。」
皇帝の言葉の盲点ともいえる部分をついたライルの論理に、スザクをまだ認めない…スザクを根拠にライルの名誉積極的採用をやめさせようとする貴族たちは黙るしかなかった。後に、一部はレイや長野に挑戦したが彼らもまた惨敗してしまったのは別の話だった。
「仕返しに彼らの家族に危害を加えるのなら、こちらも相応のカードを出させてもらう。リスクの大きいベットは避けた方が良いぞ?」
と、遠回しに脅迫もしておいた。これ以上は旗色が悪いと貴族達も判断して、引き下がるしかなかった。そう、不平等が正義ならナンバーズ出身者が皇族に取り立てられるのもまた不平等だからだ。
「これで、都合のいい時だけ不公平だ不平等だと喚きたてていたらどうなっていたのやら。」
「…それって虫が良すぎでしょう。私の素人意見ですが…」
有紗の素人意見…そう、それでも。
「君主制の国家であれば皇帝の言葉は国の原則でもある。才能や能力なんてものは本当にあの男が言うように個人差…『生まれも育ちも違う人の証』だ。人種や家柄で底上げされるものじゃないんだ。分からない奴は、絶対に成功しないだろうね。」
そして、ライルは
「フェリクスやエクトルにも話したが…私は戦場、地震や津波などの災害だけは究極の平等が一つあると思っている。」
「究極の平等が一つ?」
「……生還率100%なんてありえない、ということだ。特に最前線ならば、流れ弾や艦砲射撃でいきなり指揮官が死ぬことだってあるし、後方で死ぬ兵士だっている。」
そう、戦場では平等と不平等が混在している。貴族が絶対に死なないなどありえないし、平民だけが死ぬということもあり得ない。逆もしかりで、武勲に恵まれる機会も同じ。
その中で、特に最前線でライルが身を置いている戦場では生還率が0%はあっても、100%はまず存在しないのだ。コーネリアに比べれば浅くとも、それがライルが得た教訓で一つの答えだった。
「ライル様自身、そういう経験があったんですね。」
「ああ…フェリクスやジュリアがいないと死んでいた。多分、姉様もダールトン将軍やギルフォード卿のおかげでと言うのだろうね。」
ふと、ライルは自分で嫌な部分に思い至った。
父は…あの男は実は公正なのではないか?
名誉への疑念でライル軍は経験の浅い連中を引っ張ってくるしかなくなるでしょう。
スタッフがどこまで意図してるかは分かりませんが、領土が拡大すれば人が足りなくなりブリタニア人限定だとハードルを下げる=能力やモラルのない手合いが溢れる。
ライル自身はそれを恐れてナンバーズの人権向上などを訴えて、本国や各エリアにも多少なりと理解を示す貴族はいます。特権意識や根拠のない優位論が多いから日陰者でしょうが。
後、ルルーシュ放送後から20年近く経ち、皇帝は不平等を是としているがブリタニア人だけが成功するべきと一言も言ってないと思いました。
ライルの方針も自分のそうした考察を描写したつもりです。だってスザクの成功もまた不平等だから。