一部、逃走することなく責務を全うする軍人や政治家はいたが焼け石に水。既に政治家たちのほとんどが逃げてしまったという事実までが知れ渡り、残った政治家達や軍人の事も市民は信用していなかった。
その騒乱が収まらない中……一人の少女が映った。彼女はレイラ・ブライスガウ。ブリタニアの亡命貴族にして政治家活動を行い、『自由に伴う責任と義務』を市民に説いて絶大な人気を得ていたブラドー・フォン・ブライスガウ議員の娘だ。しかし、十年以上前に彼は暗殺され、妻も死亡、娘は行方不明となっていた。
だが、今こうして生きて軍人として戦っている。レイラもまた、自由に伴う責任と義務、イレヴン達への収容がブリタニアへの恐怖心だということを訴えた。
恐慌状態に陥った人々はレイラが唱える言葉に目が覚めた。瞬く間に騒乱が鎮まるだけでなく、市民達はレイラの名を連呼して、熱狂の渦に包まれた。
「あの子、ブライスガウ議員の娘だったのね。」
逃げた父を統合本部に連れ戻した後、事実上の軟禁状態に置いてもらったクラリスは以前出会った少女の素性を知り驚愕していた。そして、父を拘束した後戻ってきた池田はこちらの事情にはあまり通じていないために質問する。
「ブラドー・フォン・ブライスガウ議員とはそれほどのお人なのか。」
「ええ、私も映像記録で見たわ。」
当時、彼は政治界隈では非常に若い方だった。
祖国の貴族制度に限界を感じてE.U.へ亡命したブリタニア貴族は少なくない。皮肉なことに逆も何度かあった。
が、その亡命貴族の中でも彼は別格だった。停滞しつつあった民主主義を立て直すべく奔走していた。その誠実さや高潔さは革命で処刑された貴族達とは真逆。亡命しても、『ノブレス・オブリージュ』をE.U.の政治家として果たす姿が市民には印象的だった。
『我々が用いる自由とは、与えられたわけではない。もちろん、為政者から恵んでもらう物でもない。』
暗殺された時、ブライスガウは選挙に出馬する演説を行っていた。スマイラスは彼の親友であり、その時その場にいたと政府にいる父の知り合いから聞いたことがある。
『自由はそれを得た者達が時代を経て伝える責任と義務があるのです。』
だが、その演説のさなかに彼は爆殺されてしまった。亡命したブリタニア貴族が破竹の勢いで市民の支持を得ているのを疎んじた軍か政府の仕業、ブリタニア本国が裏切り者を粛正しようとした。様々な説が飛び交った。
「そういえば、E.U.の議員が暗殺されたと昔ニュースか新聞で見たが…」
「多分、あの人ね。彼とスマイラス将軍が協力していれば、ここまで酷いことにならなかったし、日本人達も収容所送りになることはなかった。そんな夢想をすることがあるの。」
だが、彼は志半ばで倒れてしまった。偉大な指導者となりえた亡命貴族は陰謀の前に殺された。しかし、その娘が今父の遺志を継いでいる。
「ブリタニアの亡命貴族……そんなのがいたのね。」
「ブリタニア人全てが現体制を良しとしているわけじゃないからな。ブライスガウ議員以外にも亡命したブリタニア人はいる。」
浅海は考えもしなかった、ブリタニアの側面を見た。だが、考えてみればライルはまさにそれだ。彼は彼なりに今のブリタニアを憂いでいた。
「殺されてから、十年たってもこれくらいの影響力があるなんて。」
「ああ、もし今も健在ならばフランスの大統領も夢じゃなかっただろうし、日本人のゲットー収容もなかっただろう。」
そんなあり得たかもしれない可能性を秘めた政治家を、利権目当てで殺すなんて。政治家とは、そこまで卑劣になれるのか?
海棠はモニターに映るレイラ・ブライスガウの美貌に感嘆する。
「すごい美人だね……こりゃ看板としても効果あるぞ。」
これほどの美女で、十年以上たった今でも根強い人気を持つ政治家の娘。これほどの切り札をスマイラスは隠していたのか。
「ブライスガウ議員に娘がいるとは聞いていたが、まさかマルカル家の養女だったとは。」
だが、バルディーニはスマイラスの意図が気がかりだった。このタイミングで彼女を出した意味は一体?
「おのれ、ブリタニアの小娘が!」
拘束された行村はレイラを睨みつけた。海棠に邪魔をされ、脱出もできずに連れ戻された挙げ句にこの騒乱はブリタニア人の小娘、しかも亡命二世などという者に!
「さては、この私に名声を奪われまいと動いたな!?」
だが、そうはいかぬ!真の名声はこの私にこそふさわしい!
こいつを追い落とした後は、この行村の女にしてやろう。ピエルス将軍の娘に、この女ほどの上玉は私にこそふさわしいのだ。それでこの私を出し抜いた非礼を許してやろう。
「同じ亡命貴族でも、俺とは真逆だな。」
だが、別にゼラートは彼女にシンパシーもなければ情欲もない。
「あと四、五年もしたら相当な大物政治家か統合本部の幕僚になっていたかもな。」
ブリタニア本国であれば、あのコーネリアに匹敵する軍師になっていただろう。
「全く、これほどの逸材を隠していたとは。」
スマイラスが『w‐ZERO』を贔屓にしていたのは、彼女の才覚を買っていたからだろう。でなければ、まだ二十歳にもなっていない彼女を司令官に据えたりはしまい。
「けど、中佐。そんな人気者だった議員の娘が訴えて収まるって…どうなってんだよ?」
アサドの問いにアレクシアが応える。
「十年以上前に死んだ人気議員、しかもあの美人だもの。プロパガンダとしては効果的でしょ……それに、『方舟の船団』が『ユーロ・ブリタニア』の仕掛けだっていう真相がわかったんだし。」
「なるほどね。」
そう、少なくとも『方舟の船団』が『ユーロ・ブリタニア』がでっち上げた架空のテロ組織であることは明らかになった。爆撃される、という恐怖自体は払しょくされたのだ。
騒乱が収まり、瞬く間にE.U.はレイラ一色に染まった。レイラの名を書いたプラカードやネット画像を拡大したレイラの写真を掲げ、人々は真の自由とその責任を唱えた救国の乙女を崇めた。
「ブライスガウに会わせてくれ!」
「我々のレイラ!!」
そんな市民の元に、臨時政権を樹立したジィーン・スマイラス将軍が大統領官邸のエリゼ宮殿から緊急発表を開いた。
「ユーロピアの市民に私は悲しい知らせを伝えなければならない。我々に勇気と希望を与えてくれたレイラ・ブライスガウが死んだ。」
その発表は市民を絶望のどん底に叩き落した。
「レイラ・ブライスガウがいたヴァイスボルフ城基地が『ユーロ・ブリタニア』の奇襲に遭い、全滅したことが確認された。ヴァイスボルフ城は『ユーロ・ブリタニア』との国境から1000㎞以上も離れた場所であったが、敵は国境線を超えて襲ってきた。」
国境から1000㎞も離れた基地がブリタニアの奇襲に遭った。その事実は最前線から遠いパリの市民にも衝撃を与えた。
「私はレイラ・ブライスガウの思いを引き継ぐ。レイラを殺した『ユーロ・ブリタニア』を私は許さない。」
〈我々の先祖達は、長きにわたり王侯貴族達に搾取されてきた。そして、革命によってその矛盾を正したのだ。〉
かつてフランスを支配していた王朝。だが、当時その支配体制は腐敗の極みに達して貴族も僧侶も私腹を肥やすばかり。
『パンがなければブリオッシュを食べろ』等と平民達を見下し、嘲笑していたのだ。これ自体は流言という説が濃厚だが、逆に言えば既にそれほどまでに王家は民衆の信頼を失っていた。
「今、その革命の末裔が作った政府が正にそれをやっているのだがな。」
『戦争があるのなら、死ぬのが大好きなイレヴンにやらせよう』、今の政府と軍のありようはまさにその流言そのものだ。
ゼラートはその演説を黙って聞くが、何か違和感を抱いた。
話ができすぎている。ロシアを最大の拠点とする『ユーロ・ブリタニア』がドイツにあるヴァイスボルフ城にどうやって攻め込む?いくら正規軍の練度が低くても、国境を越えた輸送機なんかを見過ごすわけがない。いや、それを見越して『方舟の船団』を作ったのであった。
と、なれば…
〈革命で多くの血が流れ、その流した血はより多くの血を求めた。1000年にわたる恨みを、王や貴族を殺し、殺し尽くすことで晴らそうとした。だが、新大陸へ逃れた王や貴族の末裔達は復讐の時を待っていた。悪しき者達の末裔は革命によって追われた土地を再び取り戻すため、襲い来るのだ!〉
そう、『ユーロ・ブリタニア』の大義名分はまさにそれ。祖先が栄光を築いた土地を取り戻すために戦っている。
だが、それでも革命の発端を考え、それらを教訓に統治する気があるのならば今の革命政府よりはましなのではないか?
クラリスはそんなE.U.軍人としては危険な思想さえ抱いていた。そう思うのは、彼女の中に流れる貴族の血だろうか?祖先が賛同した革命を、末裔の父が食い物にしているのを目の当たりにしたから?
そして、その父を捕らえたクラリスの行動は軍内部では称賛されている。だが、彼女の輝きなどレイラを利用するスマイラスに比べれば蠟燭の灯も同然。
「……スマイラス将軍、まさかあの子を?」
クラリスのストラスブール基地はヴァイスボルフ城があるシュヴァルツヴァルトから100㎞前後だ。確認に行ければいいが、現在軍事政権によって国境は封鎖されている。そもそも、情報が錯綜して全滅どころか敵襲さえつかめていない。
バルディーニはスマイラスの行動の速さに舌を巻いた。ここまで迅速に軍事政権を立ち上げられるとは。
ヴァイスボルフ城の安否をドイツに確認しようとしたが、まだ『方舟の船団』の混乱から回復しきっておらず、先延ばしにされてしまった。
「バルディーニ将軍…あのお嬢様の基地がどうなったかわからないんですよね?」
「ああ…」
海棠がばつの悪そうな顔をする。
「あまり、言いたくないことなんですが…」
「気にするな、言ってみろ。」
「……スマイラス将軍、『ユーロ・ブリタニア』と何か裏取引でもしたんじゃないんでしょうか?方舟を餌にヴァイスボルフ城を潰してこの状況を作る、とか。」
あり得る話だ。しかし、今の腐敗した体制を軍事独裁政権で一掃してしまえば国防体勢が整い、『ユーロ・ブリタニア』の大貴族達にとってはメリットがない。『ハンニバルの亡霊』と恐れられる『w‐ZERO』とレイラの首と釣り合うとは思えなかった。
〈自由のために命を捨てることをためらうな!命尽きても、その志は永遠に残る!命を惜しみ奴隷になるのか!?私は断固戦う!自由のために!〉
ワルシャワの事態収拾に尽力したゼラートの部隊は後方に回された。ドイツ本土の暴動で被害を受けた市民達の救助活動とのことだが……
ゼラートはこの裏を察した。
「利用されたか、彼女は。」
おそらく、スマイラスはかなり以前からクーデターを画策していたのだ。ハメルも頭を悩ませていた、事なかれ主義による軍の消極的な行動。そして、富裕層が幅を利かせてモラルの低下した軍隊。
今や、資本家が金を得るための手段となってしまった軍…スマイラスやゼラート自身も会ったことがあるドイツの一部将校、イタリアのバルディーニ将軍のようなタイプの方がまれなのだ。
それを打倒するためにスマイラスはシンボルを求め、その白羽の矢が立ったのがレイラだ。
〈市民達よ、立ち上がれ!ブライスガウが信じた明日のために戦え!!〉
市民たちはいっせいに歓声を上げた。これまで、市民達に欠けていた国を、自由と平等を守るために戦う意志とその象徴をE.U.は得た。
レイラ・ブライスガウという名の新たなジャンヌ・ダルクを。
「彼女は、ジャンヌ・ダルクにされたんだな。」
デルクの問いに浅海は問う。
「あの、私の学力って半端なところで…ジャンヌ・ダルクって、フランスの聖女くらいしか知らなくて。」
「ああ、百年戦争という戦いがフランスとイングランドの間であった。その時、フランス王国を救うために神の啓示を受けた乙女。『オルレアンの乙女』なんて呼ばれているのがジャンヌ・ダルクだ。いくつもの勝利を導いたが、彼女はイングランドに捉えられ、19歳で魔女として火刑に処された。」
敵から見ればジャンヌ・ダルクはそれだけ恐ろしく、殺せばフランスを追いつめられると思ったのだろうか?
「だが、彼女が処刑されて二十年後も戦争は続いたが、結果としてフランスは勝利した。」
「つまり、スマイラス将軍は彼女を文字通りに。」
正にこれは歴史の再現だ。『ユーロ・ブリタニア』に殺されたレイラは火刑に処されたジャンヌ・ダルク。しかも年齢も近い。となれば、スマイラスはジャンヌ・ダルクの敵討ちを叫ぶ皇帝か。
「ジャンヌ・ダルクを旗印にした軍国主義ですね。」
「言い得て妙だな。」
しかし、この軍事政権は思わぬ形で崩壊する。
東部方面軍の前線部隊を再編したスマイラスは自ら最前線へ出撃、シン・ヒュウガ・シャイングに全権を掌握された『ユーロ・ブリタニア』に攻撃を仕掛けた。そのさなか、敵のKMF部隊の奇襲を受けて旗艦を破壊されて戦死してしまい、それを受けた四十人委員会は独裁政治の終焉と共和制の回復を告げた。
同時期、『ミカエル騎士団』はシンの命令で『三剣豪』を中心とした部隊で『ハンニバルの亡霊』と呼ばれる『w‐ZERO』の基地ヴァイスボルフ城に攻撃を仕掛けて側近のジャン・ロウ共々戦死した。
そして、停戦を申し入れたレイラ・ブライスガウから越境の目的は『アポロンの馬車』と呼ばれる超長距離輸送機でブリタニアの帝都ペンドラゴンを破壊、皇帝を殺してその混乱による世界大戦を目論んでいたことが判明。
これを聞いた本国は『ユーロ・ブリタニア』に介入、戦争の主権を引き継ぎ彼らはロシア周囲の統治を委ねられることとなる。シンの反乱も当然だが、『四大騎士団』が壊滅状態に陥った上に総帥もファルネーゼしか残らなかった。戦力の要を失った以上は復帰したヴェランスも何も言えなかった。
そして、シンによって処刑されたとされていたジュリアス・キングスレイは生きてスザク共々拘束されていたことが判明し、本国の使者と共にブリタニア本国へ帰国した。
スマイラスの軍事独裁政権、正に銀河英雄伝説でいえば救国軍事会議ですね。
まあ、悪辣ではあるが清廉か否かでいえばこっちの方がまだマシに見える。あっちは元々駄目な軍人の比率が高い上にトップが国の将兵の四割を殺した愚行をお膳立てした馬鹿の上に市民の支持を得るカリスマがいなかったし。
そして、行村は何もせず逃げようとした上にレイラを一方的に逆恨みする始末。
ブライスガウ議員の演説、アレは行ってみれば民主主義故のノーブルオブリゲーション。銀河英雄伝説の同盟と同じように今の日本にもあてはまりそう。