「休暇を?」
「ええ、二週間ほど。」
二週間という期間を聞いて、ライルは立ち上がった。
「却下だ。そんなに長い間休んで、その間に奴らが何か仕掛けてきたらどうする?」
「殿下……これは宰相閣下のご指示です。」
ゲイリーからシュナイゼルの指示と聞いて、ライルはうなだれる。皇族と言えども宰相と軍の指揮官ではシュナイゼルの方が上だ。
「しかし……私だけというわけには。」
「ご心配なく、他の者達も交代で一週間ずつ休暇を取ります。流石に『フォーリン・ナイツ』を国元へ帰すわけには参りませんが、各エリアの政庁に家族と連絡を取れるように計らってもらいました。」
「……相変わらず、根回しが良いね。フェリクス。」
「伊達に貴方と軍学校時代から付き合っていませんからね。それに……将軍方もこのままいけば貴方に斬られるのではないかとヒヤヒヤしているそうです。」
その言葉にゲイリーがばつの悪い表情になる。どうやら、図星のようだ。
「はぁ、分かった。休暇の行き先は私が決めていいんだな?」
「ええ……それに、有紗も気分転換が必要です。」
有紗の名前が出て、ライルは少し考える。確かに今エリア11に帰ることはできないし、友人の件で少し落ち着かないだろう。
「ご一緒に行ってきていいですよ。」
何か妙な作為を感じるが、今はいい。
ライルと同日に休暇に入った者の中に秀作も入っていた。秀作は休暇をクレヴィング家で過ごしていた。が、そこに卿は客人が来ていた。
「そっちから来るのか?」
「こういうのも、一つの交友関係の一つだから。」
悪戯っぽく笑うのは、セラフィナ・ギ・ブリタニアだ。その皇女とこうして対等な関係で話している。
「こ、皇女殿下。こちらの…旦那様のお客人とはどういう御関係で?」
「別にあなた方が考えているような間柄じゃありませんよ。」
この連中が考える関係、一体どういう関係だ?
「兄がお世話になっている方、その一人の経歴に少し興味があったので。」
「ちょっと、いきなり無理しすぎても知らないわよ?」
川村雛はウェルナーの離宮を訪れていた。本人から会いに来てほしいという希望があったのだ。
「せっかく来たから、歩行訓練に付き合うとは言ったけど…ひっくり返ったら本末転倒よ?」
「す、すみません。」
息切れしているウェルナーにスポーツドリンクのパックを手渡し、雛自身も飲む。
「で、自分で歩いている感想は?」
「そうですね……昔、おてんばな妹がいました。その子はいつもお兄さんを困らせて、僕も巻き込まれてました。」
それから、ウェルナーはその皇女が暗殺事件の巻き添えで足を撃たれ、精神的なショックで眼も見えなくなってしまったことを教えてくれた。その皇女が、初恋であることも。
軍の方はゲイリー達に任せた。下手な貴族共に任せるよりは、ずっと安心できる。そんなライルは母がライルに譲った、というよりも投げ出した農場に行くことにした。
元々、観光も兼ねているので屋敷も農場の敷地内にあるし、そこを管理している執事たちはライルが信頼できる人だった。
専用機では目立つので、空港に事前に話を通してライルは有紗と共に民間の国内便でオレゴンの空港に着いた。
「日本にもそういうところはあるだろう?」
「はい……レジャーも兼ねているのが、今も。」
「お待ちしておりました、殿下。」
出迎えのリムジンが来た。
「ありがとう。」
「そちらのお嬢さんは、最近耳にした名誉ブリタニア人の?」
「飯田有紗です。」
「彼女は私のメイドだが、今回は客人としての対応をお願いします。」
「かしこまりました……隅に置けませぬな。」
「違うよ。」
リムジンで着いたのは、広々とした農場だ。
「すごい…」
有紗は圧倒された。広い大地に、牛や羊、鶏を飼っている。果物や野菜も栽培している。小高い丘の上に離宮や有紗が世話になっているスレイター家の屋敷より小さな屋敷があった。
「さあ、どうぞ。」
ライルに促されて、有紗は降りる。
「あ、はい…お邪魔します。」
振り返ると、農場がよく見える。天気が良く、青空の日差しと風が心地よい。
「この辺りから農場を見下ろす景色がお気に入りなんだ。最後に来たのは、六年位前だったかな?」
「殿下、お久しぶりですね。大きくなられましたわね。」
後ろの声に振り替えると、四十代後半のメイド長が来た。執事長の妻でもある人だ。
「こちらこそ、お久しぶりです。」
「あの事件は聞きましたけど、大丈夫でしたか?」
「ええ、命の方は。でも…」
メイド長と執事はその言葉の意味を察したようだ。
「やはり、お辛いでしょうね。さあ、久しぶりに来られたんです。まず、お茶でも飲んでおくつろぎください。」
「さあ、有紗様も。」
荷物を置いて、客間でメイド長が運んだ紅茶と果物のセットを食べる。
取れたブドウを一口食べた有紗は…
「おいしいですね。」
「昨日、取れたばかりですからね。明日の朝食は、ここのオレンジを使った私の自家製マーマレードもありますよ?」
「貴女のマーマレードも久しぶりですね。そういえば、ご子息は?」
「息子はここの別荘地の観光に訪れる貴族の対応に出ております。」
そういえば、ライルがいっていた。この農場は貸し別荘の運営も兼ねており、貴族向けから一般庶民向けのものもあるとか。
「明日には帰られますから。その時、お食事を共にとりましょう。」
「ええ、楽しみにしております。」
ライルの声が弾んでいるような気がした。ここに来るのが、そんなに楽しみだったんだろうか?
「有紗、せっかくだから一緒に農場の方に行かないか?知り合いもいるんだ。」
「え?」
メイド長がくすくすと笑いだした。
「あら、あの小さかった殿下が女性をデートに誘うなんて。メイド冥利に尽きますね。でも殿下、ウチの主人みたいに遊び過ぎて放り投げないようにしてくださいよ?」
「お、おい!」
「あなたが女遊びのし過ぎで、私やお父上たちがどれだけ苦労したと思ってるんです?」
「い、いや殿下のお立場なら何人かは。」
「それは私も分かります。これでも貴族ですから…ですが、大事なのは相手方への誠意です。貴族ならなおのこと、相手が平民でもナンバーズでも忘れてはいけないこと。お父上のお言葉でしょう?」
「わ、分かっている。」
どうやら、執事長は完全にメイド長の尻に敷かれているようだ。お互いに貴族でもあるが、流石に歳を重ねて、立場もあるのかかなりフランクだ。
そんな風に考えながら、有紗はライルと一緒に外に出た。
「あの人達の事、慕っているんですね。」
「ああ、そうだね……昔は、よくこの農場に遊びに来て色々と教えてくれたり、ジャムとかご馳走してくれたんだ。」
「ライル様にとっては親戚のおじさんとおばさんですか?」
「かもね。」
だが、ライルにとっては……
もし本当にあの人たちの子供だったら、どうなっていたのかな?
どこかの貴族の執事になっていたのだろうか?コーネリアのようなタイプなら良いが、第五皇子ルーカスだったらと思うとぞっとする。
なにより、ジュリアと、フェリクスやヴェルド、コローレと会うことはなかった。そして、有紗やレイとも……
「ライル様?」
「いや、何でもない。」
歩いて農場に行くと、ちょうど野菜の収穫をしている頃だ。
「どうも、覚えてますか?」
作業をしている年配の男性に声をかけると…
「もしかして、ライル殿下?」
「はい。」
すると、男性が急に大声で笑い…
「大きくなりましたね。しかもいい男になって!」
「煽てても税は減りませんよ?」
「ケチですね。で、そっちの…もしかしてイレヴン?」
ややけげんな表情になる。
「ええ。」
「ああ……殿下は怒りますが、私はイレヴンにカミカゼのイメージしかなくて。大丈夫なんですか?」
「……ここの人じゃなかったら、顔面にパンチが一発入っていましたね。」
「あなたなら五、六発でしょうが……その反応なら、違うみたいですね。」
「当たり前だ…全てのイレヴンが切腹やカミカゼをするわけないでしょう?」
ここにすら、ナンバーズにも少なからずそんな偏見がある。だが、ここはまだ柔らかい方だ。
「確かに、一理ありますね。お嬢さん、お詫びと言っちゃなんですがさっき取れたリンゴをどうぞ。」
「ありがとうございます。」
それから、牛に世話をしている夫婦の元でライルは出荷予定のミルクを運ぶのを手伝い、ちょうど収穫する時期に入った野菜の収穫を手伝っていた。
有紗も一緒にやるが、見ているとライルがとても楽しそうだ。と、そこに農場の子供達が来た。
「ねえ、お兄ちゃん誰?」
「そっちのお姉ちゃん、ナンバーズ?」
ライルは膝を下ろして、子供達の頭をなでる。
「ああ、丘の上の屋敷があるだろ?」
「うん。」
「そこに来てるんだ、私は。」
「じゃあ、領主様?ナンバーズのお姉ちゃんはメイドさん?」
子供達が無邪気に質問を投げかけてくる。
「正解。でも、ブリタニアに味方するナンバーズだから。このお姉さんは大丈夫だよ。」
「じゃあ、恋人?」
「んな!?」
有紗より先にライルが顔を真っ赤にした。
「お兄ちゃん、顔赤い。」
「だめよ、子供がこういうこと言っちゃ。」
一緒にいる女の子が叱って、男の子たちは
「はーい。」
「ねえ、早く行こう!?」
「うん、じゃあねお兄さん。」
「あ……ああ、転ばないようにね。」
有紗は子供達の姿を見送って…
「げ……元気ですね。」
「そ、そうだな…」
恋人、と呼ばれて有紗は悪い気分はしなかった。カイトとはそういう仲と聞かれたことはあったが、そうした感情は抱かなかった。
だが、ライルはと聞かれれば……顔は申し分ない。なにより、さっきの動物と触れ合ったり、作物の収穫を手伝う時の楽しそうな顔………戦場に出ている時とは違うものがあった。
時折見せていた、悩んでいるような顔。あの顔の側にいたい、と願ったことがあった。
中島さんの後も……
あの後のライルは酷かった。机の書類に当たり散らしたりした跡があり、部下達にも怒鳴ることが多かった。部屋の整理をしている時に偶然見つけた書類には『ナンバーズの正当防衛保証案件』、『名誉ブリタニア人制度の拡大』、『植民エリア政策の改善及び政策変更案件』、『内政自治区の設立法案』と言った計画書があった。
どれもナンバーズの処遇改善や、今後のエリア制度について見据えたものばかり、特に最後のはあの行政特区日本に通じるものだった。聞いてみれば、現状からの派生でブリタニアを宗主国にした連合国家構想への移行及びそれに伴う各エリアの名前と主権の返還も考えたことがあったという。それがどれも慎重論か、酷ければ笑いものにされたという。
有紗でもわかった。エリア制度が永続するという保証がないからこそ、方向転換を視野に入れて自分にはそれをなしうる権限を行使できる立場にあるとライルは考えている。ノーブル・オブリゲーションを果たそうとしても、まるで理解されずに苦しんでいた。そんな姿に……
そう思った時、有紗はここにきて自覚した。
私、ライル様のそういうところが、好きになったんだ。
夕食は初日というだけあり、屋敷のコックが用意していた。ライルが農場から受け取った野菜もいくらか使っている。久しぶりに食べる味で、有紗のとは違うホッとするいい味がした。
「ふぅ、離宮の気取った料理よりこちらの方が良いですよ。私は……なんというか、帰ってきたという実感がある。」
「そこまで言っていただけるのなら、料理人冥利に尽きますね。昔の殿下も、離宮よりここのが良いと仰っていましたから。」
「そういえば、そうでしたね。」
12歳の誕生日を最後に母から訪問を禁じられた。あとから聞いてみれば、母はこの農場を売り払おうとしていたらしい。が、祖父母がそれを認めずにライルが将来的に後を継ぐという名目で存続した。ここでとれる野菜や果物、牛乳で作ったチーズがお気に入りだったライルにとってはうれしいことだ。
「おじい様達には足を向けて、眠れないですね。」
「全くで………」
「はあ、お孫様の殿下はこれほど良い子なのに、何故ご息女は…」
「あなた、殿下の御前ですよ?」
メイド長が執事を窘めるが…
「いえ、お気になさらず。」
本当に不思議だ。自分はどうだか知らないが、何故祖父から何故あんなのが生まれたのか。
レイはゲイリーから聞いた共同墓地を訪れていた。ジュリア・ボネット…ライルとフェリクスと同じ士官学校の先輩でクリスタルの同期、セヴィーナの幼馴染み。そして、ライルが騎士に選んだ女性。
「貴女の後任のレイ・コウガ・スレイターです。」
花束を添え、敬礼をする。彼女の人となりは、平民出身で皇族出身のライルに対してはっきりと課題の問題点を指摘したという。それから付き合いが始まり、卒業後は好成績を評価されて騎士候の位こそなかったが、KMFパイロットとしてのスタートを認められて短期間で大尉にまで昇進。実績を認めると共に、当時から好意を寄せていたライルが騎士に選んだ。
が、叙任式の一週間前に帰省した実家が爆発して、彼女は両親共々倒壊した家に押しつぶされるか爆発で死亡した。状況から爆弾を仕掛けられた可能性が高いが、軍や警察に圧力がかかり有耶無耶になってしまったという。
皮肉な話だ……それがライルの現在の方針の基盤となっており、直後の貴族達の媚び売りがトラウマになってライルの貴族引いてはブリタニア人不信になるとは。
「貴女が亡くなったことが原因で私は皇族の騎士となり、お母さんを認めさせる第一歩になった。そして、有紗が結果として助かった。」
因果というのだろうか?その事件が間接的に貴族に弄ばれ、捨てられるはずだった有紗を救って両親以外に味方がいなかったレイにとって、初めて自分自身を受け入れてくれる人とめぐり合って長野のような恭順派の軍人や政治家を通した改革志向がライルに根付く。
「……貴女がどんな人かは私は知りません。でも、騎士の後輩としてライル様にお仕えします。」
保守寄りのゲイリーも何度かジュリアに会っており、人格面ではさほど悪い評価はされていなかったし、ライルが心惹かれるのならばそれだけの人だった。
私…嫉妬してるの?有紗に?この人に?
クリスタルは士官学校時代の写真を見ていた。ジュリアの墓参りはレイに先に譲り、自分は後から行くといった。
違う……行きたくないんだ。
クリスタルの中にはあった。醜い感情が……そして、あの事件でそれが大きくなってしまったことを自覚していた。
だが、それでも女としての感情が勝ってしまった。欲しい…ライルが……皇子ではなく、男としてのライルが。初めて、本気で恋をした彼が。それがあんな形で道筋が見えてしまった…それに抱いた感情。
酷い人間だ。普段、ライルに甘えたりするのは彼への気持ち。それは本気だ。だが、もし彼女の墓前にレイがいたら。
そんなことを考えてしまいそうで怖かった。有紗にだって嫉妬しているのに……ナンバーズごとき、というのではなく自分よりずっと付き合いが浅い有紗に、ライルの心が惹かれる嫉妬もあった。彼女は良い子だし、魅力的な女性だ。クリスタルから見ても、そう取れる。
いや…負けたくないし、嫌われたくない。
両手で身体を抱きしめ、クリスタルは震えていた。
サラはライルとの婚約をいったん保留にしてもらったことを後悔していた。別に他の女がいることは我慢が効く。ライルは皇族だ。たとえ継承権から脱落しても母方の子爵家を継ぐ道がある。逆に言えば、継承権としての子供と子爵家の跡取りとしての子供もライルは設ける必要がある。他の皇族達にしてもそれは同様。
サラとて、貴族としての教育は受けてきた。いずれしかるべき相手と結婚し、クラウザー家を継ぐ跡取りを産む責任と義務がある。それは良い。だが、父が気に入る相手は家柄は申し分ないが、只家督を継いだだけ。その継いだ家督を維持する努力をしているのだろうが、維持できて当たり前という態度や皇族との接点を自慢する貴族ばかり。
そんな人との結婚だけは嫌だ。そこだけは譲れなかった。アッシュフォード学園の副会長、その彼と友達だという枢木スザク……イレヴンだから論外だと言っていたが、いかに民主制で選ばれたとはいえ一国の首相でしかもキョウト六家と呼ばれる、ブリタニアで言えば大貴族に当たる名門。それが今は『ナイトオブラウンズ』でブリタニアでは第二皇子シュナイゼルと提携する生徒会長の婚約者が後見人を務めている。
サラは彼がいる生徒会に顔を出し、スザクともそこそこの付き合いがあったから彼の人柄はある程度知っている。とてもまじめで優しい、優等生と言った雰囲気。ライルはサラから見て、副会長とスザクのちょうど中間のような雰囲気だ。
いずれにせよ、スザクは軍人のキャリア、日本の名門、父が首相しかも国民の犠牲を留めるべく自決したという立派な人で、ブリタニアの軍や政府にさえ彼を好意的に見る人もいる。
スザク君だってステータスは申し分ないじゃない……なのにイレヴン、日本人だからという理由で全てを認めないなんて。あまりにも短絡的な発想よ。
どれをとってもスザクは申し分ないのに、父は未だにスザクを認めない。そのくせ、ナンバーズ採用を推し進めるライルとは結婚させたがる、かと思えばライルが起用するナンバーズ出身者や平民達は認めない。しかも、ライルの侍女の有紗とサラの個人的に交流も認めないし、スザクとも関わるなと言う。保守的なブリタニア貴族の理屈だ。だが、ライル相手には相性が悪い。まだ付き合いの短いサラでさえ分かることが父には分かっていない。
大体、部下達を処刑して疲弊しているところを狙って婚約という発想自体がサラにはあまりにも下品に映っていた。加えて…
「ライル様と結婚するなら、お仕えしている名誉ブリタニア人の人達とも接する機会が増えるのに。それに、ナンバーズでも有紗は良い子よ。」
料理上手で、家庭的……ブリタニア人なら何も問題なく、侍従として成功を収めていただろう。
サラは頭脳明晰で女子生徒の大半の人気の的だった副会長のことを思い浮かべた。彼はとても頭がよく、学校以外にも頭が回っていた。彼に助言を受け取れないだろうか?
「ルルーシュ君なら、お父様を納得させる知恵を貸してくれたのかしら?」
ライルは自分の気持ちを持て余していた。ここ数日、彼女と共に過ごしてライルは自分の気持ちを再認識した。有紗に心を奪われていた。
彼女の清楚で、家庭的な雰囲気と美貌に……今まで言い寄ってきた女達と全く違う。ティーナやサラのような淑女とは少し違う。質素だが、それ故に惹かれた。
外面は煌びやかでも、内面が金と権力に肥え太った令嬢とは真逆。
気取った例えをするならば、荒れ地にひっそりと綺麗に咲く花が有紗。見た目は美しくても、中には毒がある食虫植物がライルがこれまでであった令嬢だ。
レイとクリスタルは……どっちなんだろう?
何故、ここであの二人まで出てくる?
確かに二人とも美人だ。レイは日本とブリタニアの良い部分が合わさっているし、彼女の境遇に思うところがある。クリスタルは生粋のブリタニア貴族だが、権力と財力に肥え太ってはいない。だが、何かを隠しているような気がする。そう、ジュリアが死んだ頃から。
なんで、ここで二人まで!これじゃあ、まるでルーカスじゃないか!
あの義兄のやり口は何度か見た。気に入った女を暴力で攫い、恋人を殺して無理やり自分のものにしたと思えば、次に会った時には捨てられるか殺されていた。気に入っていたはずの玩具にすぐ飽きて、すぐに新しいのを欲しがる子供みたいだ。
僕もいつか、あんなふうになる?
有紗を?クリスタルを?レイをあんなふうに!!?
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!!なりたくない!あんなのになりたくない!!ブリタニア人だから何をしても良いなんて言うやつらに!?
違う!僕はブリタニアの皇子!あいつらの王様!!
潜在的に抱いていた恐怖が、一番惹かれていた有紗に。そして、同じように惹かれていたレイとクリスタルへの想いが逆にライルを深みに陥らせていた。
頭を抱え、子供みたいにうずくまった。呼吸が荒くなり、おかしくなってしまうと思われた時……
「ライル様?」
今一番聞きたい、聞くのが怖い声がした。
「あり、さ…」
「どうしたんです?」
「あ……なんでも、ない。少し頭が混乱していただけだよ。」
有紗は何も答えなかった。代わりに、ライルを押し倒してそのまま頭を抱きしめた。
「暫く、このままでいいですから……」
「ぁ…」
みっともない……年下に、子供みたいに…だが
「有紗…私は、君が……」
気が付いたら、ライルは有紗を組み伏せる形になっていた。
「ライル、様…?」
有紗が困惑と恐怖が入り混じった表情になった。さっきの慈愛にあふれていた表情と真逆だ。だが…ライルはもう、自分を抑えられなかった。もし、彼女が久保カイトという男の恋人でないのなら、自分のものにしたい。渡したくない。ルーカスはもちろん、あのオークションに来るような客のものにもしたくない。
もし、エクトルまで彼女のことを、だとしたら。いやだ!いやだ!
「君のことが好きだ……!」
「…え?」
「あの久保カイトにも、身体を狙う貴族にも、エクトルにだって渡したくない!僕だけのものにしたい!!」
自分で言っていてもう訳が分からない。だが、もうごまかしきれない。偽りのない本音だ。
「え、あ…だ、だめ!」
有紗が押しのけようとするが、ライルはそれをねじ伏せる。
「わ、私イレヴンで…ただのメイドなのに!」
「そんなの分かってる!けど……自分が僕の地位に相応しいとか、ジュリアやレイを貶めないで!何も言わないで側にいてくれたのは、今まで君だけなんだ!」
クリスタルはあの事件で身体を差し出そうとしたが、ライルの方から拒んだ。以来、数週間後には熱烈なアタックをしてきたが、それが本音なのはもう分かる。
「みんな、私の地位が目当てで今回の事件でもレイや中島どころか、クリスタルさえ引き合いに出して自己アピールするようなのばかりなんだ!!」
「遠縁の、ティーナさんは?」
「彼女は……兄弟以外で信頼できる親戚だよ。でも、親戚以上の感情はない。」
「……私が、地位目当てだと思わないんですか?」
またしても、考えたこともない質問だ。いや、むしろ無意識に除外していた可能性か?
「………君が言ったよな?イレヴンだって。」
「はい…」
「……枢木卿とユフィは、多分ちゃんとした信頼関係で主従があった。羨ましいし、そんな関係でいたいよ。」
有紗は黙って聞いている。
「でも、ナンバーズならブリタニア人より信用できるんだよ!だって、僕の心象が良ければ生活が良くなる!その分、必死になる!ブリタニア人だから、貴族だから取り立ててもらって当たり前なんて考えないし、そんな余裕ないじゃないか!?」
秀作はもちろんだが、雛や中島だって、他の名誉ブリタニア人も同じ。ブリタニア人の中にだって違うのはいるが、ただ人種や家柄で取り立ててもらえると考えるタイプと、職務を全うして腕を磨き、それで心証をよくしようとするのならばライルは後者を取る。
「貴族より……信用できるって、事?」
「酷い良い方なのはわかってる!それでも、今までメイドとして売り込んできた連中より君の方が良いんだ!!」
もう、普段の落ち着きはらった態度など微塵もない。今までため込んでいたものを、有紗への気持ち諸共に吐き出した。
数秒後、有紗の両手がライルの頬に添えられた。
「……わ、私で良いのなら…あ、愛人でも…」
愛人、というのは引っかかるが彼女の立場ならば当然だ。ブリタニア人で貴族ならばともかく、イレヴンでは無理がある。愛人どころかメイドであるだけでも出世しているのだ。
「有紗……」
前と同じく、唇を重ねようとするが
「ま、まって……その、ちゃんと、シャワーを浴びてから……だめ?」
「あ…い、いいよ。待っているから。」
有紗はシャワールームであまりの展開が信じられなかった。夢でも見ているのではないか?
だが、違う…現実だ。ライルが吐き出した、有紗への気持ち。ブリタニア貴族への不信感……
ライルにとって、露骨に売り込んでくる貴族より有紗の方が信頼できるという本音。ブリタニア人、それも貴族達の欲望にさらされてきて、ライルの心は疲弊していた。その中で、有紗に安らぎを求めるようになった。有紗自身も…
あの時…ライル様がいなかったら、今頃私はどうなっていたんだろう?
分かり切っている。どこかの貴族に買われて、夜の相手をさせられて飽きれば捨てるか殺されていた。そして、野垂れ死にしていた。
あのオークションはゼロも壊滅に関わったという。だが、有紗にとってはゼロよりもライルが恩人だ。身の振り方の相談で、メイドとして雇ってくれた。そして、今回もエクトルが貴族の責務を命と引き換えに果たして、有紗の命を救った。
そして、有紗自身もライルに惹かれていたのが、今回の件で決定打になった。
あの人に全てを捧げたい。あの人のものになりたい。あの人の孤独を癒したい。
オークションの商品になったころは、疎んじていた豊かな肢体にタオルを巻いて有紗はライルの前に来た。が、ベッド目前で立ち止まってしまった。やはり……怖かった。
ライルが何も言わずに、唇を重ねた。前と違い、有紗はその感触に身を委ねてライルの舌に自分の舌を絡めた。お互いに求めあい、唇を離すと…
「私も…初めて、だから。」
「は…はい。」
有紗はタオルを剥ぎ取られて、ライルが押し倒して有紗の豊満な胸を顔で堪能し、何度も唇を奪って、また胸を揉んで、赤ん坊のように吸い付いて、何度もライルに注ぎ込まれた。攻め続けられた有紗は理性を失い、ライルに全てを捧げた。
ライルと有紗、ここでゴールです。でも、貴族に知られれば有紗が不義を誘発したとでっち上げそう。
他にもあることないこと言い立てるとか。そういうのが通じない相手だということも分からずにね。