次はニイガタのゲットーだった。かつての新潟駅周辺の市街にテロリストが潜伏しているとの情報があり、ライル軍はそこの鎮圧に赴いた。住民の半数は協力者の模様で、ゲットーそのものの壊滅を部下達は進言した。
「……それは、あくまで最後の手段にする。」
僅かなテロリストのために協力していない或いは知らない民間人を虐殺するなど、ライルには出来なかった。何十万、何百万も殺しておいて今更何をと非難されるだろう。だが……軍人とは元々そういう職業なのだ。だからこそ、民間人の犠牲だけでも減らしたい。
「甘いんだろうか?」
「ええ、大甘です。」
フェリクスの遠慮のなさにライルはため息をついた。
「…私が言うのもなんですけど、その方が少なくとも反発は抑えられるんじゃないでしょうか?ハラジュクは反ブリタニア感情が根強いですし。その……ブリタニアってそういう印象がまだ私の中にありますから…」
有紗の意見はその場にいた全員に少なからず波紋を呼んだ。ゲットーの民間人である彼女から見たブリタニアの印象がそのまま伝わる。彼女にとって、やはりブリタニアは民間人を容赦なく殺戮する国家なのだ。
「……現地人の意見が貴重、というのも認める。だが、決めるのは殿下だ。」
ゲイリーが軍人らしい考えで有紗を諫める。
「イエス・マイ・ロード……で、良いのでしょうか?」
「その返礼は基本軍人だが………まあ、使えるようにしておけ。」
「………有紗…正直、君を連れてくるんじゃ無かったと思う。シンジュクみたいなことをこれからやるわけだからな。ある意味、戦場より凄惨だ。」
「殿下がこうおっしゃっているから……貴女は部屋で休んだ方が良いですよ。何かしていないと落ち着かないなら、出撃する兵士達のために何か飲み物くらいは用意しておきましょう。」
エクトルが促し、有紗は退場していった。
ゲイリーはエクトルがライルの軍へ召集されたときから見知っており、当時は他の者ほどではなくても一般的な貴族の少年だった。だが、ライルの元で仕える内に心境が変化し、今では有紗を小間使いの先輩として面倒を見ている。
「少し、生き生きしているように見えますね。」
フェリクスの分析にゲイリーは目を細くする。
「やはり、君もそう思うか?」
「多分…年上だけど小間使いの後輩ができたうれしさもあるんじゃ無いんですか?」
なるほど……全体で言えば、小間使いの彼は最年少だった。そこに有紗が加わり、年上とはいえ後輩が出来たから、彼なりにやりがいのあることを見つけたのだろう。
「ですが……和むのはここまでにして、始めましょう。」
ゲットーの責任者達は軍に呼び出され、突然銃を向けられた。
「このゲットーにテロリストが潜伏しているとの情報は既に掴んでいる。住民達が協力しているとの情報もだ!」
「ま、待ってください!老人や子供だっている!それに、私は…」
銃声が一発、直後に住民の悲鳴が響いた。責任者の一人が肩を撃たれたのだ。
「だが、ライル殿下は寛大にもチャンスを与えてくださった!今からでも、知っている情報を提供すれば命だけは助けてくださる!子供を巻き込みたくなくば、従え!」
彼らは逡巡した。日本の誇りを取り戻す戦士達を差し出すのか?だが、子供たちを巻き込むことは…
その逡巡が命取りになってしまい、今肩を撃たれた代表がとどめを刺された。
「これが最後通告だ!」
だが、応えるより先に住民達は逃げてしまった。
「殿下、住民達は逃げてしまいアジトの場所は掴めませんでした。」
〈……分かった。テロリストの拠点とされる建造物…旧新潟駅を初めとした公共施設を最有力候補と仮定、制圧を開始せよ。それと……民間人は可能な限り保護。公園は市民の避難場所としてあるので、ある程度集めたらそちらへ誘導せよ。〉
「イエス・ユア・ハイネス。」
それから、駅や体育館、美術館などには部隊が突入し、幾ばくか銃による抵抗は確認された。しかし、今回はサイタマのように『黒の騎士団』引いてはゼロが介入する様子はなく、つつがなく制圧された。が、それでも民間人の被害は多く出た。拠点の詳しい状況を聞けなかった事が災いし、突入時の銃撃や本当にいたテロリスト、もしくはその協力者の抵抗によって戦闘になり、歩兵の銃撃や手榴弾、或いはKMFの銃撃で巻き込まれた形が主だ。こちらも十数人の死傷者を出した。
「推定で、何人ほどの市民が犠牲になった?」
「は、200人は下らないでしょう。」
200人……少なくできたととるべきなのか、増えてしまったのか分からない。偽善なのは分かっているし、0に出来ないのも分かっている。だが、ライルは何時までもこの感覚になれない。
「生存者は保護せよ。」
「イエス・ユア・ハイネス。」
「貴方達の今後の扱いについて伝える。この地区のテロリストは壊滅したが、このゲットーはもう生活が困難なため、貴方達には別のゲットーへ強制移住と言う措置を執ります。」
住民達はざわめいた。そのとき…
「人殺し!」
三十代前半と思われる女性が叫んだ。
「私の子供を返して!まだ10歳にもなっていないのに!!」
どうやら彼女の子供が今の作戦に巻き込まれて死んでしまったようだ。彼女に触発されるようにイレヴン達はライルに石を投げる。
「出て行け、ブリキ野郎!」
「この偽善者が!」
ライルは腕で頭を守る以外に抵抗せず、部下が割り込もうとするのも制した。
そう…私は偽善者だ。民間人を巻き込みたくないなんてちっぽけな考えの……
そのとき、有紗が前に出てきた。
「やめて!ライル様は本当に助けようとしているのよ!大体、貴方達がテロリストのアジトを話していれば、こうはならなかったじゃない!自分達で助かるチャンスをフイにしたんでしょう!?」
しかし、有紗の言葉が家族を、家を奪われた者達に届くはずもない。
「うるさい!」
「裏切り者が!!」
今度は有紗に石を投げつけ、ライルが有紗を庇おうと前に出た時…銃を構えたイレヴンが見えた。有紗を狙っている。
「有紗!」
銃声が響いた。有紗は最初、何が起こったのか理解できなかった。銃声が響き、ライルが自分を抱きしめて倒れて…
「ライル、様?」
「殿下!」
歩兵達が駆け寄り、ライルを抱き起こそうとする。しかし、ライルがその前に自力で立ち上がった。
「腕を掠った程度だ。それより…発砲者を抑えろ。」
「は!」
近くにいた住民が流石に殺されるのを恐れたのか協力したことですぐさま発砲者が抑えられ、ライルの前に突き出された。
「何故私ではなく彼女を狙った?」
ライルは問う。しかし、男は答えない。
「君達が憎んでいるのは皇族の私だろう?何故、関係のない彼女を撃った?」
「関係ないだ?嘘付け!その女は日本の誇りを捨ててブリタニアの奴隷になったんだ!誇りを持たない奴に生きている資格なんかあるか!!」
「違う!私は助けてくれたライル様に恩返しがしたくて…!」
しかし、ライルが制した。
「命よりも誇りを重んじるのは別にかまわない…だが、他人にも強要するのか?」
「俺達はお前に抗っているから正しいんだよ、このブリキ野郎…」
再び銃声が響いた。今叫んでいた男が射殺されたのだ。撃ったのはフェリクスだ。
「殿下、支援者やゼロ、『奇跡の藤堂』ならともかくその程度は殿下が論ずるに値する者ではありません。それよりも、彼らの移住措置を…」
「…わかった。それと、孤児も多いだろうから…できる限り子供は関係者の大人やグループと一緒にするように。」
「はい。」
……抗うのが正義だから、それを強要する?それでは、世界を統治するから侵略を正当化しているブリタニアと何ら変わらない……
同じだ……ブリタニアも、日本も………耳あたりの良い言葉で、自分達を正当化している。
「僕も……ナンバーズの人権向上を言い訳に…」
「ライル様?」
「何でもない。それより有紗……さっきのは所詮私たちの言い分だ。君は、今のでシンジュクを肯定してしまったんだぞ。」
「あ…」
シンジュクで何があったのかは有紗も聞いている。そうか……あの時、テロリストが毒ガスを軍の研究施設から盗んでゲットーに逃げ込まなければあんなことには。
「でも、クロヴィス総督だってゲットーに避難勧告を出せば良かったのに。」
「ああ…少なくとも私はそうしていた。とにかく、あまり不用意なことを言わないように。結果として、私もシンジュクのようなことをしたんだ。」
泣きそうな顔をしている……そう見えたのは気のせいか?
当初の指示通り、住民達は比較的治安の良いゲットーへ送り届けさせた。その情報をマスコミに伝えた後、ライルは腕の治療を受けていた。軍医は手慣れた手つきで細かい包帯を巻いていく。
「女を庇って撃たれるとは、殿下らしいですね。」
「ほめ言葉として受け取るよ。有紗の方は?」
「そっちは大丈夫ですよ。殿下が庇ったおかげで傷もないし、ちょっと身体を打った程度でした。」
彼女がそう言っているなら安心だ。この中年女性の医師は一般的なブリタニア人と違ってナンバーズを差別したりもせず、相手が誰でも医師として治療を行うのでゲイリーやフェリクスと並びライルが信頼する人物だ。
「それで殿下…あの子のこと、好きなんですか?」
「は?」
唐突な話題を持ちかけられてしまい、ライルはそうとしか反応できなかった。
「反射的に庇うって事は好きって事じゃないんですか?」
「な!」
思わずライルは頬が熱くなってしまう。確かに、彼女と話していると心が安らぐ。ジュリアの時と、似たような気持ちが……これは、フェリクスやエクトルとは違う。だが、知り合って間もないのに。
「あ…仮に私が有紗を好きだとしても……彼女はイレヴンで私は皇族だ。そ、そうなれば……」
医師が傷に触れてしまったという表情になり、それ以上は何も言わなくなった。
「貴方は若いんです……それに、ずるい言い方ですが付き合い方も色々ありますよ?」
休憩室でコーヒーを飲んだ有紗の目には数時間前に見たものが焼き付いていた。家族や家を奪われてライルを罵る言葉と憎悪の視線…
「オークションの人たちも……同じ。でも…」
自分の時だってそうだ。ゼロを見逃すのと引き替えにオークションの主催者と客を受け取り、商品になったイレヴン達は全て丁重に扱われた。少なくとも、まだ少ないが有紗が見てきただけでもライルは自分で言ったことはちゃんと守っている。それだけでなく、このエリア11となった日本を始め、各エリアの名誉ブリタニア人制度を始めとしたナンバーズに関連する法律の見直しを本国にも主張しているそうだ。
「有紗…」
部屋にライルが入ってきた。その左肩は制服で隠されているが、さっき庇った際にできた傷を処置した包帯が巻かれているのは間違いない。それが自分のせいと思い知らされる。
「部屋に戻って少し休んだ方が良い…君だってあんな事があったんだ。」
なんで?何で気を遣うの?私を庇ったせいで怪我をしたのに。
「ライル様…あの人達のこと……」
ニイガタゲットーで起こった事を話そうとする有紗をライルは制し、椅子に座り込んだ。
「さっきの件なら君が気にすることではない。当然なんだ。」
当然?助けてくれる人に恨み言を言うのがどうして当然なの?ブリタニア皇族だから?
「どうして?ライル様は本気で助けようとしているのに、何であんな事を言うのが当然なんですか!?」
まるで恨まれたいように見えるライルを見ている内に有紗の眼から涙が溢れ始めた。それをチラリと見たライルは自嘲するように笑った。
「さっき偽善者と言われただろう?あれは実際にその通りだ…………と言っても、フェリクスに釘を刺されて、初めて実感したんだけどね。」
「そう、なんですか……」
ライルも、初めからああだったわけじゃないんだ。フェリクスが窘めて、今のような見方や考えをするようになったんだ。
「………私は皇帝になってブリタニアのエリア制度を…世界を変えたいと思っている。」
エリア制度の改革…充分立派だしナンバーズにとっても良さそうに聞こえる。
「だが、それは所詮私の独りよがりの善意や自己満足に過ぎないんだ。……根本的な動機も私怨に過ぎない。初めて指揮を執った時に今回の様な命令を下したら補佐官達から冷たい目で見られて、犠牲は出て…生き残りから人殺しと罵られてフェリクスとゲイリーにも釘を刺された。いくら本気で助けたいと思ってもそれは…」
有紗は背後からライルを抱きしめた。
「独善でも…自己満足でも…ライル様が私を助けてくれたのは本当の事だから…!改革の動機が私怨でも良いから!だって……反ブリタニア活動だって、私怨の延長でしょう。」
なのに、それを偽善と言うなんて酷すぎる。それが当たり前だから否定も反論もしないなんてこの人があまりにも悲しすぎる。
会って間もないのに、何故か有紗を意識しすぎるライル。
ほぼ一目惚れだったかもしれません。あのシチュエーションならある意味吊り橋効果?になるんでしょうか?
とはいえ、ゴールは暫く先です。