──西暦1425年、フランス『ドンレミ村にて呂布覚醒』
15世紀の前半、フランスはまさに百年戦争の真っ最中であった。
戦争の火種は数百年前から続くもので、簡単に説明をすればフランス王になるのはもともとフランスを治めてきた系譜であるヴァロワ朝か、或いはイングランド王族に連なりフランス国内に大領地を持つイギリス系フランス貴族のどちらかという問題である。
なぜそうもこじれたかを説明すると非常に長いので省略する。国王が発狂したり、王妃が不義密通しまくりであったり、公爵が暗殺されまくったり、そんなことをしていたら国内が荒れに荒れた。
時はまさに乱世である。
そんな最中、フランスのシャンパーニュ地方とロレーヌ地方の境目にドンレミ・グリュ村という小さな村が存在していた。
ムーズ河という穏やかな流れをした川のほとりにあるその村は小さな農村だったが、村の近くにはワインの生産地であったり、銘水の採水地であったり、チーズや養鶏で有名なブレス州があったりと豊かで生産力に恵まれた土地である。
その村の中央、サン・レミ教会のすぐ隣にレンガ造りで2階建ての農家があった。当時の村というものは教会を中心に広がるもので、言ってみればその近くは一等地でもある。農家自体はそれほど大きなものでも、豪華な作りでもないのだが、貧しいわけではないことが見て取れる。
農家の裏庭からは教会の塔がすぐ近くに見え、そこに一人の少女が立っていた。
背はそう高くなく、顔立ちもあどけない。年の頃は十三か四ぐらいだろう。明るい茶色の髪の毛を背中でまとめて、簡素な衣服を身につけている。教会へ向けて手を組んで祈るように目を閉じているようだった。
その日、たまたまそこにいるのではなく、毎日同じ時間になると彼女はそこで、教会の鐘が鳴らされるのを待っている。敬虔な子だと家族も村の誰もが言っていた。ある日、鐘を鳴らすのを教会の鐘つき男が忘れると彼女はこっぴどく彼を叱り、木製の鞭で叩くほどだった。それぐらい教会の鐘を大事にしているのが──村の娘、ジャンヌであった。
鐘の音が響く。彼女の側には三頭の馬がいた。
農家の娘として生まれ、農作業の手伝いをしなければならなかったジャンヌは村で扱う馬の世話をしていた。まだ年の若い少女で、馬に蹴られたり踏まれたり噛まれたりして怪我をするのではないか、と心配されていたが不思議と彼女が近づくと馬は頭を下げて大人しくなり、手綱を牽かせれば力もいれずに馬は指示に従った。
ジャンヌは思い悩んでいた。
物心がついてから、自分の胸に何か蠢くような、燻った残し火のような、なんとも言えないもどかしさを感じ続けている。
なにかしなくてはならない。
農家の娘なんてつまらない。
叫び出したい。走り出したい。
そんな思いは馬に乗っていれば僅かに紛れることもあった。
教会の司祭に相談したこともあるが、
「神を敬虔に信じていれば心は救われますよ」
と、宥めるように諭された。
果たしてそうなのだろうか。ジャンヌは疑問に思ったが、その違和感を解消する術もなく、毎日鐘の時間になると教会に向かって祈りを捧げていた。
「──どうか主よ、わたしの迷いを晴らしてください。もし主が道を示していただけるのなら、わたしは命に掛けてでもそれをまっとうします」
そう心の中で唱え、熱心に祈る。ジャンヌの神への信仰心は村でも一番に強いと評判であった。
その日も鐘つき男が鐘を鳴らしていた。
一度鳴らし忘れたときにジャンヌが激高して鞭で折檻してきたので彼は今では少女を恐れるように、必死な形相で鐘を鳴らすのである。
村中に響き渡る鐘の音が広がる。
ジャンヌは目を閉じ、近くにいる馬の気配を感じながらも鐘の音を聞く。胸の奥まで染み渡るようだった。
彼女は無心に祈り────
*****
その時、脳裏に遥か広がる平原が浮かんだ。
見たことのない光景だった──だが、何故か彼女は自分の原風景に思えた。
砂塵の混じった風が地平線の彼方から吹き付ける。平原にはくたびれたような見すぼらしい草しか生えず、砂まみれの荒野だ。
ジャンヌの知らない記憶だ。そこを、自分は馬に乗って移動していた。左右を見渡す。鎧姿に槍や剣を持った騎馬武者が大勢、自分の左右に並んで進んでいる。
霞んだ視界の先にある大地は薄黒く──いや、同じく武装した軍団がこちらへと向かっているのを遠景に見て、地面が黒く見えるのだ。
大声が自分の耳に直接響いた。
「全軍続け!! 蹴散らしてくれる!!」
応──ッと声が自分の周囲から広がるが早いか、馬が早駆けになった。
逸る気持ちが、熱い魂が胸で燃え、その力が膂力となり手に持つ大槍を握りしめ、前に進もうという意志が強く馬の鐙を踏みしめる。
「おおおおおおおおお!!」
声が、叫んだ。
野太い男の声だ。まるで巨人の雄叫びだ。心の弱い者ならば、近くで聞いただけで腰を抜かさんばかりの怒号だった。
馬の首のように太い腕が、槍を振るう。すると馬とすれ違った敵兵の首を容赦なく、勢いを止めないまま数人分一気にちぎり飛ばした。その槍の斧のように長大な穂先だけではなく、槍の柄に当たった敵兵ですら首を折って即死だ。どうやら柄まで鉄棒で出来ているようだった。
「うおおおおお!!」
槍を構え、馬を突き崩さんとしている敵兵に怯むことなく『自分』は馬を巧みに操り、敵の前線部隊を散々に引っ掻き回しながら次々に討ち取っていく。
次第に恐怖に駆られた敵が後ろへ引き始めた。味方の騎兵の数よりも、敵の歩兵の数が多い。囲みこめば勝てない相手ではない。だが、止まらず暴れる『自分』と、その勢いに乗って同じく攻め立てる仲間を恐れた。
「討ち取れ! 逃げるな! 弓兵構えェー!」
戦場で号令が掛かった。この時代の武将は殆どが大声を張り上げることが得意だ。そうしなければ指示も出せないからだが。
前線で暴れる騎兵に対して、残された味方も巻き込んで矢が降り注ぐ。騎兵はその機動力を生かして左右に離脱し逃げようとするが、『自分』は逃げなかった。
天から降る矢は狙いが付けられているわけではない。たまたま自分の近くに落ちてきた矢を一本。二本。三本目まで当然のように素手で掴み取った。
そして背負った弓を取り出して、乗馬したまま矢を番えて──放つ。
『自分』の放った矢は敵軍の弓を指示した司令官の頭を貫通し、その後ろの者にまで突き刺さる威力だった。
続けざまに、敵軍の偉そうな相手へと二の矢三の矢を打ち込んでそれぞれ命中させ、動揺が広がったところで再び騎馬部隊を纏めて突撃を始める。
「どけどけ雑魚どもおおおお!!」
「ひいいい!!」
もはや軍の統率を失い、雑兵は武器を捨てて逃げ惑う。
怯えた表情の彼らは、自分の姿を見ながら悲鳴を叫んだ。
「りょ、りょ、呂布だああああ! 逃げろおおおお!!」
*******
「──ふん!」
気合の声と共にジャンヌは正気に戻った。手足には力が満ちている。目を開けた彼女の青い瞳は鋭く、口はへの字に曲がり、眉は心なしか太くなり、眉間に厳しく皺を寄せていた。劇画タッチである。
彼女は自分の手足をまじまじと見てから、自らの両頬を手のひらで思いっきり叩いた。
「ぬう!」
野太い声を上げてからヒリヒリする痛みを感じつつも周囲を再び確認する。
手の大きさ、背の高さから自分は子供だと再認識。
だが記憶にある己が子供の頃に住んでいた五原の寂れた村ではなく──少女として生きてきたドンレミ村でしかなかった。
自分には二つの記憶があることを自覚した。忘れていたことがずっと胸につっかえていて、もどかしかったのである。
ジャンヌは自分の頭を掴むようにしながら、静かに呟く。
「俺はッ……ジャンヌ。俺はッッ……俺は呂布。呂奉先だ……!」
姓は呂、名は布。字を奉先と言う。
中国の後漢末に存在していた武将で、抜群の武勇を誇った。様々な者の配下として流浪したがいずれも気に入らず、後の蜀王である劉備から領地を奪い取り、それを討ちに来た魏王である曹操の軍勢に破れ──そして斬首された男。義父を二度も裏切ったので不忠の者として知られている。
その彼が、いかなる因果か千年以上の時を越えて──フランス、ドンレミ村のジャンヌへと生まれ変わったのであった。
なぜ?
自分が女に?
ここはどこで、漢はどっちだ?
あの劉備は、曹操はどうなった? 妻や子は?
ジャンヌ・呂布は記憶が蘇ったことにより次々に疑問が溢れ、困惑は苛立ちへと変わり──ひとまず何も解決しないが、考えたところで同じなので大声で叫ぶことにした。
「うおおおおおお!!」
ビリビリとレンガの家屋すら揺らさんばかりの雄叫びを上げた。村の誰もがその方向へと顔を向け唖然と口を開くような大声だった。
近くにいる馬は驚いて嘶き、暴れかけたが、
「静まれッッ!!」
ジャンヌの一声で心臓を鷲掴みにされたように大人しくなった。
ひとまず肺の空気全てを叫びに変え、落ち着いたジャンヌであった。
彼女の思うことは単純だ。
「俺が考えてもわからんものはわからん」
昔から先のことや細かいことを考えるのは苦手であった。直感的に生きてきたのだ。
そして、
「俺は呂布で、ジャンヌだ。だからどうした。俺が誰でも俺は思うがままに生きてやる。良い馬が欲しい。美女が欲しい。武人としての名声が欲しい。国が欲しい。欲しい物はなんでも手に入れてやる。チビの曹操と筵売りの劉備にも復讐してやる! 誰も俺を止められん!」
そう決意をしてジャンヌは腕を組み──
「……むう。それにしてもさすがに……武名を上げるには貧弱すぎる気がする……」
自らの細腕を改めて触りながら、戸惑うように呟いた。
「確かジャンヌな俺の年齢は13だったか……前世だと13の頃には身の丈は8尺は越えていたと思うが……」
なおこの8尺は後漢末期の1尺を約23センチメートルとして計算したもので、184センチメートルにあたる。
呂布は背も高く、成人する頃には9尺にまで達していたとも言われていた。だが、ジャンヌは140センチメートル程度しか無いようだった。
「部下もいなければ、体もまだ子供か……チッ、暫くは準備が必要か。だが見ていろ天よ、俺は今度こそ、俺が望むままに生き抜いてやる!!」
天に向かって咆哮をするジャンヌ・ダ・呂布。農家の娘の体に、猛将の魂。数奇なめぐり合わせで、『
「……気合を入れたら催したな。その辺で済ますか」
唐突にジャンヌは排泄欲を覚えたので適当な物陰へ移動する。13の乙女が!
ちなみに中世ヨーロッパにおいて、野外での排泄は農民だろうが忌避されることであった。当然ながらやむにやまれず行うこともあるが、見られたらとんでもない恥になる。罰金刑が科せられる都市もある。特に女性がするものではない。
ジャンヌも今日までは当然のように、実家の階段の裏手にあるトイレでしていたのだが……急に蛮族のような呂布が心の中で目覚めたので、適当にそこらですればいいか、という気分になっていたのだ。
彼女は適当な方向を向きながらシャツを捲し上げておもむろに──
「……? なにっ!?」
──違和感に叫んだ。
ぎょっとした顔でジャンヌは己の股間を見る。
「馬鹿な! 俺の逸物が……無いだと!!」
これはさすがに裏切りの猛将でもショックを受けたようだ。
「赤黒くて兎のように旺盛で馬並な、俺の赤兎馬が……」
※チンコのこと。
よくよく彼女も思い返せば、コレまでの人生で何の疑問も持たずに女性の泌尿器から排泄を行っていたのだが。
13年のジャンヌ人生に、壮年期まで生きて嫁も子供もいた呂布の人生の記憶が混入して、記憶量的に呂布のほうが多かったので混乱を招いたのだ。
「俺の……俺の赤兎馬……」
意識としては普通に男盛りなものだから、相棒が消えたことが信じられなかった。高順や張遼が居なくなるよりもショックは大きいだろう。
「ハッ!? こ、これでは……美女をアレできないではないか!! おのれ──!! あっ」
怒りのあまりに叫んだジャンヌが漏らしたことは、彼女だけの秘密である。
排泄後に隠蔽しようとしているジャンヌの近くをたまたま教会の鐘つき男が通りかかって、投げ技で地面に叩きつけられ記憶を飛ばされたりもしたのだが。
******
ジャンヌは我慢をしていた。
ドンレミ村で一緒に暮らす家族とやらに彼女は大して思い入れがなく、そういった者たち相手に目下の者として扱われるのは非常な忍耐を必要とした。
そもそも前世で呂布として生きていた頃も、育ててくれた母親ぐらいは敬っていたが父が誰かも知らず、兄弟もいなかったので家族愛に乏しかったのだ。
甘やかされて育てられたので子供の頃から我儘であり、体も大きく喧嘩も強かったため十代で既に大人にも恐れられていた。
父がいないので同じ村の連中は「狼の子」と恐れて呂布のことを呼んだが、自分の中に孤高で力強い狼の血が入っていると思えば嫌いな悪口ではなかった。ただ、母が獣とまぐわったなどと思われるのは我慢ができなかったので噂をした相手は半殺しにした。
呂布を養子にした上で武将としての教育もしてくれた丁原には多少の恩を感じている。暴れるのには不足はなかった。悪党とはいえ、漢の丞相である董卓へ喧嘩を売ったのは馬鹿だったと思うが。
その後仕えた董卓は利益目的が透けて見えたので義理の父として情も沸かなかったが、蛮族めいた涼州兵を率いるには納得の貫禄はあった。まあ、王允から命令されたのでサクッと殺してしまったけれども。
そんな呂布だからこそ、ジャンヌとなった今でも家族に対しては「つまらん連中だ」としか思わなかったのだ。
父のジャックは、小さな村だがそこそこの地位にいる人物である。村長、司祭の次ぐらいには村の中で顔が利くようだった。ジャンヌもよくよく観察してみれば、自分の狭苦しい貧相な家だってレンガで作られているだけ他の農家より余程マシな作りである。殆どの農家は粘土と木材で作られていた。
母のイザベルは信心深い女であった。いつも教会で熱心に祈っていて、同じく信心深かったジャンヌをよく褒めていた。だが呂布が目覚めたジャンヌからすれば、キリスト教など首をかしげる思いが芽生えてしまった。あの十字架に掛けられているのは、怪しげな術を使って人民を掌握しているとなると黄巾党の張角じゃないのか?とか思っている。
しかしながら少なくともジャンヌが一応対面的に両親として立てておこうと譲歩して思うのは家族でこの二人ぐらいだ。
兄が三人。ジャックマン、ピエール、ジャン。どうでもいい連中だと認識した。特に長男のジャックマンなど年が20も離れている中年男性なのでさっぱり兄という気がしない。こいつが兄なら俺の弟が劉備でも世間的にセーフだろうとさえ思った。
妹のキャサリン。自分に輪をかけて小さい子供だ。こうなると扱いに困る。呂布は小さい子供の面倒を見たことなどない。前世では娘がいたが、転戦に次ぐ転戦で子供の面倒など見ている暇はなかった。
だが昨日までは、多少違和感を抱えながらも、ジャンヌという少女は家族にとって当然のように接して、農家の娘として至って平凡な生活を送っていたのだ。
それが突然呂布の精神をインストールしたものでどうなったかと言うと。
「ええい、面倒くさい! メシも不味い! 寝床も汚い! 山賊にでもなったほうがマシだ!」
キレ気味だった。
その日は家の裏庭に丸太を杭のように刺して作った即席の的を相手に、材木をナイフで切って作った模造の槍を打ち込む鍛錬で気を紛らわしながらそう叫んでいた。
13の少女がである。
一応、仕事である馬の世話は済ませてある。呂布に覚醒してから馬が更に従順に、どころか畏れるように従うので非常に楽だった。
凄まじい勢いで穂先を丸太に突き、耕すように真上から叩きつけ、片手で払って胴を叩く。
槍代わりの棒は2メートルほどの長さで、ジャンヌの手首より太かった。少女が振り回すには重たく長い。だが前世で培った経験と、呂布が生まれ育った五原に住む部族らが習得している技術によって軽々と持っている。
技術──というか呼吸法と底力の出し方のようなものだ。騎馬民族の間では『
それはさておき。
前世では壮年の猛将であり、我儘でもあったジャンヌダ呂布が田舎村の小娘という身分を数日とはいえ我慢しているのには幾つか理由があった。
一つはここ数日は、まだ意識が目覚めたばかりなので戸惑いもあり、様子見で慎重になっていたということ。
もう一つは、
「くそっ……ここがどこで、どこに向かえばいいかわかっていれば飛び出すというのに……」
そう、呂布はフランスなんて国は全然知らなかった。
なんとなく人種の違いから西域(中国からみて大陸西側の諸国)のどこかにある国、と想像しているが、それ以上はまるでわからない。
言葉はジャンヌとしての人生のおかげでわかるが、文字も通貨もわからない。ジャンヌ自身も村娘として育ってきたので地理も歴史も殆ど知らなかった。
方向さえわかればとりあえず地元の并州あたりへ行って生活するのにと思っていたぐらいだ。
「ついでに体が小娘すぎて貧弱だ! ええい、もどかしい……」
ジャンヌはズタボロになった丸太と槍を忌々しそうに見ながら言う。そこにいるのがフルプレートの騎士でも殴り殺されそうな勢いで打ち込んでおり、チラッと練習風景を目撃をした鐘つき男がマッハで逃げ出したのだが、幾ら槍を振るう最低限の力を持っているとはいえ呂布であった頃に比べれば非力もいいところだった。
まだ肉体年齢は13の少女なのである。体も成長期に差し掛かるところで、未発達すぎた。
「このままでは匈奴相手だと二十人ほどに囲まれれば討ち取られる……この俺が! ええい、まだ鍛える必要があるか……面倒すぎる!」
呂布は臥薪嘗胆という言葉が嫌いだった。薪を枕にするぐらいならそれを持って殴り掛かり、叩きのめした相手に苦い肝を食わせてやるぐらいのことは考えている。
だがそれでも、あまりに一人立ちするには条件が悪すぎた。
「とにかく体をデカくしなければ話にならん。だがメシが貧しい……」
この数日で出された食事は麦の粥、豆と野菜のスープ、固くなったパン、ワインなどだった。
かつては将軍であり、城の主でもあったジャンヌ・呂布は思わず怒鳴ろうとしたが、家族全員が同じメニューを食べているので文句をつけても別のメニューが出てくるわけではないとどうにか我慢をした。
だがそのような粗食では体を鍛えるには不足だった。呂布として前世に生まれた中国の并州では、貧しい家庭だったが食うものには困らなかった。だからこそ大きな体に育ったのだと思っている。
并州は匈奴からの襲撃が度々起こる危険があるものの、河の恵みで土地は肥えていたのだ。金も畑も持っていなくても、河に向かって網でも投げれば魚や海老が幾らでも捕れた。
「むう……こうなれば、馬乳を絞って飲むしかあるまい」
ジャンヌはそう結論づけた。幸いなことに、今ちょうど出産を迎えた馬が一頭いる。
呂布がもともと住んでいた五原では綺麗な水よりも馬乳のほうが安く、漢人以外は毎日馬乳か馬乳酒を飲んでいた。
だがどうやらこのフランスでは飲まれていなかったようで、記憶が戻る前のジャンヌがなんとなしに馬乳を絞ってみたのだが、家族から気持ちが悪いと言われたことを覚えている。
「まあ俺が飲む分には構わんだろう。馬乳酒も久しぶりだ」
五原では子供でも馬乳酒の作り方を知っているし、呂布だって何度も作ったことがあった。
ただ義父の丁原に連れられて中原に出てからは漢人の文化圏だったので馬乳自体を取り扱っているところが少ないため飲む機会もなかったのだが。
ジャンヌは適当な木の器を家から拝借して、乳の出る馬の側に座る。
「いいか……静まっていろ」
ドスの利いた声で指示をすると馬は身じろぎもせずにされるがままになった。
「ふん!」
慣れた手付きで馬の乳を絞って馬乳を器に入れる。ある程度の量が貯まって止める。
乳牛に比べて馬の乳量はかなり少ない。コップ一杯分程度絞ったらまた数時間休ませてから絞り直さねばいけない。一日あたり採取できて1リットル弱程度だろう。
指についた乳を舐めて確かめてみる。問題無さそうだった。西域のような世界の果てでも、馬は馬だ。
「量が足りんから来年からは積極的に馬を増やさねばならんか」
1頭では1日あたりに採取できる量が飲む量で終わってしまう。馬が乳を出すのは3ヶ月程度の期間で、それ以降は馬乳酒にして保存することを考えると、4頭は牝馬がいる。
村で飼われている馬の数を思い出して、それらを効率的に繁殖させて馬乳用にしなければならない。馬を増やすのは騎馬隊を作っていた呂布の得意分野だった。
その後、村を回って馬の世話と繁殖について村人に言って回った。
小作農でない農家は大抵牛か馬を飼っており、畑を耕すのに使われている。言うまでもなく家畜は高価であるし、その糞も肥料や燃料資源として活用できるので、増やせるのならばありがたい話である。
だが普段の畑仕事で面倒が見れない分この時代では疫病などに掛かって家畜を死なすことが多く、牧草地が限られていて飼料が不足してなかなか増やせない。
そこでジャンヌは馬数頭を引き連れて村の外にある森に連れ出し、餌を与えて帰ってくる仕事を引き受けると主張した。
しかしながら突然そんなことをいい出した少女に、村人は懐疑的だった。
「まだ13の小娘が、そんなことできるわけ……」
「ふん!」
「う、うちの馬が大人しく従ってる……!?」
「容易いことだ」
手綱を引いて見せたら従順に頭を下げて指示に従う馬を見せられては、村人も半信半疑ながら任せてみようか、ということになった。
十や二十ぐらい馬を連れて放牧させることなど、ジャンヌ・呂布からすれば子供の仕事だ。
1日掛けて1リットルほど絞った馬乳を使って馬乳酒を作る。作り方は簡単だった。
馬乳を貯めた入れ物に発酵菌を入れる。これは馬乳酒が既にあるならそれでも構わないのだが、初めて作るので必要だった。
何かあったろうか、と考えていたら農作業から帰ってきた父ジャックが様子を見に来た。
「ジャンヌ。今、村の皆から話を聞いたのだが、お前が村中の馬の世話をするとか言って回ったみたいじゃないか……父に相談もなく、そんな話を」
「いいところに来たな親父ィ……そんなことより葡萄美酒を寄越せ」
ワインは呂布が居た頃の中国にも入ってきており、葡萄美酒という名で知られていた。
「ど、どうしたんだいジャンヌ」
「いいから寄越せ。馬の乳に混ぜるんだ。馬を世話する俺に支払われる対価で、俺のメシだ」
ここ2日ほど言葉少なく、不機嫌そうに「ああ……」「そうか」「知らん」「失せろ」とかしか受け答えしなかった娘なのだが、口を開くと乱暴な口調でそのような要求をし始めた。
感じたことのない圧力を小さな娘から感じる。全身から立ち上る怒気というか、隙のない佇まいでまるでピレネー山脈のヒグマのように感じられた。
匈奴や北狄と呼ばれる遊牧民に伝わる『巨人』の力を引き出した威圧感は凄まじく、例えばモンゴル軍に滅ぼされたペルシャでは書記官が『恐ろしく巨大な馬に乗った、大きな男たちが襲ってきた』という記録を残している。モンゴル人の背丈はそれほど高くないのに、迫力で大きく見えるのだ。
諭すようにジャックは怯えながら言う。
「ジャ、ジャンヌ。馬の乳なんて不気味な……」
「ならまともなメシを出せ。俺は腹が減っているんだ!」
「ひっ」
慌ててジャックは母屋に戻り、十字を切って祈りの言葉を呟く。
決して裕福ではないが、貧しいともいえない生活を送ってきた。息子が三人に娘が二人、早逝もしないでしっかり育ってくれている。彼の家は村の名士で、耕作機だって持っているのはこの村でジャックぐらいだ。
だというのに、父親に怒鳴りつけるほど娘が飢えているとは……!
いや、不作法にも一家の主たる父親へと噛み付いたジャンヌを叱るべきなのかもしれない。はしたない行為だ。父に背くことなど。
だが恐ろしくて出来なかった。ジャンヌの手には何かを殴りまくったような傷跡が付いている長い棒が握られていた。
ジャックは困惑と何があったのか不思議に思いながら──とりあえずワインの壺を取ってジャンヌへ渡すことにした。
お腹が満たされれば、また優しいジャンヌに戻るさ──そう願いながら。
父親に強請ることでワインを手に入れたジャンヌは、僅かな量を馬の乳を入れた桶に混ぜる。
それから夕食を終えて寝るまでの間、木の棒でひたすら乳を撹拌する。手に残像ができるほどの速度でかき回し続けるジャンヌを、妹のキャサリンが唖然と見ていた。
撹拌する際に下手な者がやると脂肪が分離して味にむらができる。或いは混ざりきらずに発酵が遅れる。誰でも作れる馬乳酒だが、案外に作り手によって味が違う。呂布は得意な方であった。丁原の元で働くまでは馬乳酒を売って暮らしの糧を得ていたこともある。
混ぜきったら冷暗所に放置して一晩で出来上がりだ。
冷暗所というと、隙間風が吹きすさぶジャンヌとキャサリンの寝室が程よかった。小さな窓が一つしかなく日光も入ってこない、納屋と隣り合っている狭い部屋である。冬はかなり寒く、ジャンヌもキャサリンも震えていたことを覚えていた。
「……うむ?」
ジャンヌは冷静に自分と妹の粗末すぎる部屋について疑問に思った。馬乳酒を置くには丁度いいが、冬に泊まるには多少厄介だった。
それまでは家の中でも立場が低い娘だったので仕方ない、と諦めていたのだが。
ジャンヌの部屋を出てすぐ奥には扉があり、そこは男三人兄弟が寝泊まりしている。
男部屋は広く、部屋には暖炉があって冬は暖かく、すぐ外に出られる勝手口もついている。
幼い少女二人を奴隷でも閉じこめるような部屋に寝かせて、実家住まいの成人男性三人が嫁も取らずにそこで悠々と暮らしているのである。
いや、当時の常識からすれば働き手として役に立たない上に、他所の家に嫁入りする娘を優遇するようなことはしないのだったが。
(……今はいいとして冬になったら部屋を取り替えさせるか)
可愛い妹の
******
「親父! 森に馬を連れて行くから弓を寄越せ! 獣を狩ってきてやる!」
13歳の乙女は朝から親をそう怒鳴りつけた。
ここ数日の娘の変貌に父ジャックは思わずワインを一杯朝から煽った。現実逃避であった。
ジャンヌは馬乳(と、いざというときに村を出て行くための馬)を確保するためにドンレミ村の飼馬の世話を買って出て、馬を草の生えた森へと連れ出すことにしたのだ。
ついでに普段の食事へ肉を増やすため、ジャンヌは弓矢を要求した。呂布として生きていた頃から弓は百発百中の得意技であり、狩りもしょっちゅう行っていた。
酒を煽っても現実は変わらないということに気づいたジャックは恐る恐る聞いた。
「ジャンヌや、お前は弓なんて使ったこと無いだろう。そもそも獣がいる方の森は危ないよ」
「危ないだと? 黄巾の山賊でも出てくるのか?」
「なにそれ……と、ともかく、盗賊や冒険者が出てくるかもしれない。ここらではあまり見られないようだが……」
「冒険者? なんだそれは」
「冒険者というのは放浪している傭兵でね。どこか手柄を立てられる戦場に出くわさないか、あちこちを周りながら盗賊まがいのことをして生活している者だよ。戦争が長くなってから増えたようだ」
「ふむ……俺も冒険者になるべきか」
「なんで!? 止めなさいよ!」
普通の村娘であるジャンヌがそんなことを言うのでジャックは必死に止めた。
ジャンヌからすれば、冒険者というのはまあわかりやすい生き方ではある。小競り合いをしている戦場を見つけてどちらかに加勢し、武勲を立てて相手に売り込む。
(懐かしいな……俺も昔、匈奴に襲われていた兵士の高順を、通りすがりに助けたことから丁原に召し抱えられたものだが……)
今更誰かの配下になるのも気乗りしないが、いずれ独立勢力となり国を得るには軍の伝手が必要だった。どこかの軍に取り入り、そこで将にでもなってから部下を引き連れて独立する。大雑把だが、成功体験のあるプランではあった。
ただ問題は今のジャンヌは毛も生えていないような小娘で、幾ら戦場に出ようがそんな少女を雇い入れる者はそう居ないだろうということだ。
「弓だって、一応はあるけれどジャンヌには使えないだろう……」
狩猟用の小弓をジャックは見せながら言う。森は危険であるが、恵みも多い。果物や小動物を得るために農民の多くも森を利用していた。
ジャンヌは弓を受け取る。ジャックはまともに引くこともできないだろう、と思ってみていると、ゴム紐で出来ているのかと言わんばかりに引き伸ばし、不満げに舌打ちをする。
「チッ。これなら俺が作ったほうがマシだが、材料として貰っていくぞ」
「どうなっているんだ……」
「安心しろ。獲物で対価は払う。鹿でも取ってきてやろう」
「ジャ、ジャンヌ! 鹿は駄目だ! 私らはウサギとか水鳥とかリスとか、そういった小動物しか取ってはいけない!」
慌てた様子でジャックが言うのをジャンヌは眉を寄せて睨む。
「なんだと。そんなこと、誰が決めた」
「法で決まっているんだ! 鹿や猪は貴族様が捕るものだから、下手に農民が狩ったら死罪にもなるんだぞ!」
くだらん、とジャンヌは一笑に付そうかと思った。皇帝の狩場ならまだしも、そこらの貴族が土地の野生動物まで管理しているなど彼女のいた中国ではあまり無いことだ。
だが住処も決めずに放浪している身分ならまだしも、農家という住所がある身ではある程度は法に従わねばならない、ということも理解はできた。
考えを変えて、呂布であった頃に生まれ育った街の近くにある森では放し飼いにされていた馬や豚が野生動物のように暮らしていた。それを勝手に狩猟することは許されないことだ。ここでは鹿や猪がそれにあたるのだろう、とひとまず納得することにした。
「仕方ない。ここは従ってやる」
「娘からの凄い譲歩のされかただ……あとジャンヌ。一応、危ないかもしれないから教会の鐘つき男も森に連れていきなさい。何かあったら彼に守って貰って逃げるように」
「鐘つき男だと?」
ジャンヌの記憶に幾度も出てくる、村の中でも割と顔を合わせることが多い男がそれだった。教会に住み込む下男で、鐘を鳴らす役目を負っている。年の頃は10ほど年上だろうか、ひょろりとした青白い顔つきをした、どことなく狐のような印象のなんともしょぼくれた男である。名前は知らない。
呂布の記憶が戻る前からジャンヌは教会の鐘を聞くことを重要視していたので、鳴らす彼はそれに関わっていた。鐘つき男が鳴らすのを忘れたとき、ジャンヌは硬い木の鞭でしばき倒したこともある。呂布がインストールされていなくても割とアグレッシブなのがジャンヌである。
「あんな男が役に立つものか。戦場に出たら転んで死にそうだ」
「彼は樵の五男として生まれた、あまり出自の良くない男だが物覚えがいいので教会に雇われたのだよ。文字や歴史などを司祭様から学ぶのが好きだそうだが……樵の子だから森の中を案内できるし、下手に樵がちょっかいを出してくることもない」
「樵が? 何かしてくるのか」
「……あまり悪く言うのも何だが、樵という職業の者はそれだけでは稼ぎが少ないから、盗みを行うこともある。大きな被害ではない程度だし、樵の切った木も必要だから罪には問わないぐらいで我慢しているのだが……」
樵のみならず、森の中で暮らす炭焼きや狩人なども含めて村や街の人間からすれば「どこか恐ろしい」という印象を持っていることが多かった。
しかしながら彼らのもたらす恵みも村の運営には必要なものなので、完全にコミュニティが途絶しているわけではない。差別意識を持ちながらも彼らの存在は許容されていた。
「ふん。俺の馬に手を出そうという輩がいたら盗賊だろうが樵だろうが射殺してくれる」
「うちの娘が物騒すぎる……」
ジャックはもうどうにでもなれ、と言わんばかりに項垂れてジャンヌを見送り、教会へ鐘つき男を呼びに行った。
*****
ドンレミ村の近くにある森は伐採林と密林に分けられた。
伐採林はその名の通り、村人が定期的に灌木を伐採して建材や杭などの道具の材料、薪として使うための雑木林だ。
密林は鬱蒼とした森が広がり、果実や小動物を捕るための小道がある程度で、盗賊などの危険性もあるため村人は奥に入っていかない。
ジャンヌは当然のように密林の方へ馬を六頭あまり連れていった。村全ての馬ではない。農作業や荷運びで使う分もあり、ジャンヌが見て元気そうな馬を必要な家で働かせ、そうでない馬を世話してケアすることにした。
ジャンヌは紐で作った即席の鐙を馬に付けて背中に乗り、悠々と森へ向かう。その側を鐘つき男がついていっていた。
「いやぁーそれにしても随分とジャンヌ殿も乗馬がお上手でございますなあ」
「くだらんおべっかは止せ。殺すぞ」
「異様に手厳しい!?」
鐘つき男の褒め言葉に厳しく返すと相手は泣きそうな顔になった。ジャンヌからすれば乗馬を褒められるなど、「いい歩き方をしてますね! さすが!」と褒められるようなもので、出来て当然な技量なので馬鹿にされている気がしたのだ。
ただでさえジャンヌと同行するというので、鐘つき男はこれまで彼女に受けた折檻を思い出してビクビクと怯えた態度が出ていたのでひたすら居心地が悪そうである。
「お、おほん。ともかく……森の案内はわたくしめにお任せを! ええ、貧しい生まれだったので狩猟と採集は日常でしたからな」
「ふん。お任せということは、貴様の案内で結果が伴わなかったときは殺していいんだな」
「なんでそうバイオレンス方向なんですか!?」
特に理由は無いが、ジャンヌはなんとなく鐘つき男の怯えているのにどこか尊大でこちらを見下している態度が気に食わなかった。あと若干裏声気味なのも。
「ところで貴様。名はなんと言う」
「サンクと言います。樵の五男だから『
「何をブツブツ言っている。サンク、水場に案内をしろ」
冷たい対応をされながらもため息交じりにサンクは道中、森に関しての話をジャンヌに聞かせた。
「ジャンヌ殿はご存じないでしょうが、森の利用に関しては非常に、ええ非常に繊細で面倒な制約が幾つかあります。まず馬の放牧ですが、やりすぎると森の新芽が食い尽くされてしまうので程々にお願いします」
「これだけの森が数頭でどうにかなるものか」
「実際過度の放牧で茨だらけになった森もあるので、規制されているのですよ。馬や牛は春夏の間のみ、秋冬は豚を放牧します。冬の間の餌として豆や燕麦を与えることになりますな」
「他所の森にでも放てばいいだろう」
「駄目です! どこの森も誰かの管理下にあるのですから森番にすぐ見つかり捕まりますよ。森というのはですね、家畜の放牧、木の実の利用、木材、樹脂、落ち葉それぞれに利用価値があるのですから、その権利を他所の者が侵したらどうなるか……」
「ふむ」
ジャンヌは一応頷いた。確かに他者の土地を荒らす略奪に近い行為をするのは危険であった。呂布も并州を匈奴から守っていた頃は、匈奴が一度領地を荒らしたらこちらから打って出て匈奴の村をとりあえず皆殺しにした。どこの匈奴がやったとも確認しない百倍返しだ。それを何度か行ったところ、匈奴も滅多に襲ってこなくなったし、『呂』と記された旗を見た瞬間逃げ出すようになっていった。
「俺が他所の土地を荒らした場合、ドンレミ村が滅ぼされるわけだな」
「想定がエグっ!」
「先手必勝……か」
「な、なにを考えているのですかな!? とりあえず穏便に!」
そうしていると二人の声に反応したのか、近くの茂みががさりと音が鳴った。二人が視線をやると、ウサギが遠くに離れていき十分な距離からこちらを窺うように止まっている。
サンクがそれを見て背負っていた弓を取り出す。
「おや? ウサギですかな? ふふふ、ここはこのサンクにお任せあれ! 森育ちの弓の腕前を見せて差し上げましょう! ……本当は弩のほうがまだ得意なのですがここらじゃ誰も作っていないのですがな……ハイヤァー!」
「ふん!」
サンクが微妙に外した方向へ矢を撃つと同時に、ジャンヌが騎乗したまま自分の弓矢を放ち、ウサギの頭部を貫通して近くの木に縫い付けた。
「……」
「おい貴様。獲物を取ってこい」
「はい……」
「あと貴様が持っていても無駄だから矢を渡せ」
「ううう……わたくし、別に下手なわけではないのですぞ……」
がっくりしながらウサギを拾いに行くサンクであった。この少女に何か勝てるものはあるだろうか。
(否、腕力で勝負をしていたのが大いに間違い! 知識ならば負けませぬぞ)
そう決意しながらも、獲物を探しながら水場へ向かうジャンヌへは話しかけられず、水場に到着した途端水鳥を二羽も射落とし、馬に水をやって放牧させ始めたジャンヌに改めてサンクは話しかけた。
「ところでジャンヌ殿。今現在、このフランスは麻のごとく乱れているのですがご存知ですかな?」
「詳しくは知らん。多少耳にした程度だ」
「ならばこのサンクが少しばかりお教えいたしましょう」
「……」
「な、なんですかなジャンヌ殿」
「お前の偉そうで恩に着せようとしている態度がムカつく」
「別にそんなつもりはありませんが……嫌ならいいです」
「いや、教えろ」
ジャンヌはそう促した。呂布であった頃から無学ではあったが、歴史や時勢を知ることは嫌いではなかった。まったくそれらを知らず、覚えようともしない者が一軍の将になることなど不可能である。
サンクは咳払いをして独特の裏返り気味な声で解説を始める。
「まず現在フランスは二人の王が覇権を争っております。一人は王太子シャルル、もう一人はイングランド王ヘンリー6世ですな」
「イングランド?」
「フランスの北西にある島国です」
サンクが大雑把に、地面に木の棒でヨーロッパ大陸とブリテン島を描いて見せた。
初めて見る、自分たちが住んでいる国。見覚えはまるでない地形であった。それでもジャンヌは興味深そうにしげしげと見るので、サンクは満足をする。
「なぜ小島の連中がこの国の王になる?」
「このイングランド王が、フランスの先代王妃の娘と結婚して生まれた子供がヘンリー6世なのですな。つまりフランス王妃の孫にあたるのでフランス王の後継には十分あたると。今はまだ幼児なのだということですが」
「国が乱れる原因の典型か」
ジャンヌも詳しくはないが、漢王朝も腐敗が進み、皇帝を実権のない縁戚の霊帝につかせ、それを十常侍が支援したことで私腹を肥やし天下を乱す原因になっていたことは知識としてあった。
「もう一人の王太子シャルルは、問題の先代王妃イザボーの息子で、まあ言ってみれば順当なフランス王なのですが……」
「なぜそれで国が割れるほど問題になるんだ」
「このイザボーがあっちにフラフラ、こっちにフラフラとする情多き女な上に国家よりも保身を第一と考える、まあ傾国の女とでも言うのでしょうか。浮気もしまくり、息子の王太子シャルルは夫の種ではないとまで言い出し、外国であるイングランドに通じて我が身の保証と引き換えにフランス王位を明け渡したのです」
「……?」
ジャンヌの頭の中が疑問符で埋め尽くされてきた。
そもそも考えることが苦手な彼女であり、更にはフランスだのイングランドだのシャルルだのヘンリーだの、横文字を並べられると途端に理解力が下がってくる。
そんな彼女の様子を見てサンクは「あ~」となんとなく彼女の知能レベルを把握したように、
「まあ単純に、このフランスの北部と南部がそれぞれ王を擁立して争ってる、という感じですな。もう戦乱が起きて百年以上になりますが」
非常に現在の状況を簡単に言ったもので、経緯を説明すれば支配地域は流動的に常に入れ替わり、権力者も暗殺から追放などで次々に複雑に状況が進行するので、とてもジャンヌの理解が及ぶところではない。
サンクが詳しいのは教会で働き、そこの神父へと延々と質問して手に入れた知識があるからだ。神父も人格者であり、キリスト教会で共有している国際情勢などを樵の息子によく教えた。
ジャンヌは簡単な説明を受けて、にたりと笑みを浮かべた。サンクが「こわ」と思うような悪い笑みだった。
「つまり乱世か……これはツイてる。一旗揚げるにはちょうどお誂え向きだ」
「ひ、一旗って?」
ジャンヌはあまり得意ではないが、考える。呂布だった頃は養父の丁原に付いていけばよかったが、ジャンヌの身分では伝手もなにもない。ここから一旗揚げて勢力を築くのは大変そうだ。
自分で考えるのが苦手ならば他人の真似をすればよい。ちょうど呂布の居た頃にも、ただの筵売りから戦の能力で立身出世した男がいたではないか。
「義勇軍……あるいは傭兵団を作って戦に出て恩を売る。名を上げて部下を増やし、将として雇われる。後はまあ、出たところ勝負か」
「ら、楽観的……そんな方法で成功する者など、天に恵まれた英傑ぐらいですぞ」
「ふん。天には生憎と嫌われているらしいが……知ったことか!」
サンクが大きくため息をついて「頑張ってくださいね。私は関係ありませんので」と呟いた。
青瓢箪の鐘つき男などどうでもいいとばかりに、ジャンヌはとりあえず体を鍛え、武具の準備をどうにかしようと心に決めるのであった。
「……つい反射で鹿を射ってしまったな」
「おおおお! どうするんですかジャンヌ殿オオオオ!!」
「知らん。解体して肉にしてしまえばわからんだろう。死骸は焼いて埋めておけ」
禁じられた鹿を狩ったりもしたのだが、さっさと捌いてモリモリとほぼ一頭分食い尽くす腹ペコジャンヌであった。
******
──ドンレミ村近くの森にて、兵士らが野営をしていた。
百年戦争。長い戦乱が続けば兵士の需要と供給は膨れ上がり、まともに雇われればともかくフランス中には自称どこそこの勢力を名乗る野盗紛いの冒険騎士らが跋扈していた。
彼らは英国領の土地を荒らすときは王太子派を名乗り、その逆も行う。旅人や小さな村落を狙う小規模な集団が多く、フランス全土の治安は急速に悪化していた。傭兵らは隣国のドイツ、スペイン、スイスやイタリアなどからもやってくるため土地に愛着が無く、略奪にも躊躇いがない。
その森にいる集団は14人ほどの兵士であった。主な装備は鎖帷子や革鎧だが、荷物持ち以外の全員が鉄兜を所有している。百年戦争では英国もフランスも弓が大活躍していたので矢を弾くように歩兵でも兜は必須であった。焚き火をしながら、森で狩った兎を焼いたり、持っていたパンや燻製肉を齧ったりしてくつろいでいる。どこかを襲って手に入れたのだろう。
どれも目つきが据わっていて談笑しながらも油断はしきっていない屈強そうな男たちで、荷物持ちをしている少年だけが居心地の悪そうに木陰で休んでいた。
このドンレミ村の近くにどこからやってきたのか。どちらの勢力に所属する──あるいはしない──にせよ、村の資源である森を荒らして、あるいは村に略奪にくるかもしれない危険な一団であった。
*****
彼らが風切り音に気づいたときに一人目の傭兵が脳天を矢で貫かれていた。
それを確認して声を出す間もなく二射目が次の犠牲者を出す。正確無比な射撃は喉を貫いて背後にあった木に縫い止めるほどの威力だった。
「敵襲ッッ!!」
「うわあ!?」
大声で傭兵の誰かが警告。荷物持ちの少年は転げるように木陰に逃げ込んだ。
戦いに慣れている傭兵らはすぐに矢で狙われていることを把握して身を低くしながら兜を被る。中には盾を持つ者も居た。防御姿勢を取ってから剣を抜く。
その間に続けざまに牽制のように矢が撃ち込まれている。傭兵らは兜で視界が狭まれたので、矢がどこの誰に当たったか確認する間も無く、遮蔽物へ寄りながら矢の飛んでくる方を睨む。
ヒュンヒュンと音が聞こえるのだが、戦場慣れしている男たちは恐慌を起こすでもなく、警戒しつつも落ち着いて対処する。
戦場にて弓矢で倒れるものは多いが、当たりどころが悪くなければ普通に使われる弓矢ならば何発か当たっても死にはしない。何本も体から矢を生やしたまま継戦する兵士も珍しくはない。
パッと見てわからないぐらい遠くから射っているのだから、殆ど狙いもつけられないはずだ。矢も一方向からしか来ていないので相手の人数も少ない。
──そう判断していたから傭兵たちは気づくのが遅れた。
牽制だと思って何発も飛んできていた矢が、それぞれ一射一殺で次々に仲間を射殺していっていることを。
兜の隙間、目元を正確に狙った鏃が眼球から突き刺さり脳を破壊したり、首を射抜かれた者が慌てて引き抜いた瞬間に血が噴水のように溢れて死んだり、腕を上げた脇から侵入した矢が肋を突き抜けて心臓を破壊したりした。
仲間の動きが無く、さすがに異常に感じた兵士らは木陰に身を潜めたり、盾を構えて備える。
逃げるべきか。その判断に迷ったときに矢が打たれた方向から動きがあった。
「ひええぇ~! たっ助けてくだされぇ~!!」
情けない声を出した青年がよろめきながら走ってきたのだ。
村の男だろう。身を守る防具も、手に持つ武器も無く、恐怖によって泣き叫びながら近づいてくる。その足元にも容赦なく矢が撃ち込まれていた。
突然現れたよくわからない相手に傭兵らは行動を躊躇う。何者だ? 切り捨てるべきか? 襲撃から変わり続ける事態に行動が鈍重になった。
「お助けくだされぇ~! 騎士様ぁ~!!」
「なっ!? 貴様! 盾を掴むな! おい!」
近づいてきた男は縋り付くように盾を構えた兵士に取り付き、ぐいぐいと盾を掴んで動かした。
兵士は殺そうとして剣を振りかぶるが、盾を動かされて生じた隙間に矢が撃ち込まれて即死した。
「そちらの騎士様ぁ~! どうかあの恐ろしい少女から助けてくださぁーい!」
情けない声を出しながらも男は手早く、兵士の死体が持っていた剣を拾い上げて振り上げながら茂みに隠れている最後の兵士に襲いかかる。
咄嗟にその男の振った剣を受け止める兵士だが、組み付かれてゴロゴロと遮蔽物の無いところへ掴み合いながら転がされてしまい──組み付いている男ごと貫いて、矢が止めを差した。
「ぐふっ……」
兵士のついでに貫かれた村人──サンクは死んだ。
*******
「──という作戦でどうだ」
「いやいやいやいや! 私が死んでおりますからな!? それ!」
ジャンヌ・呂布の提案にサンクは小声で否定をした。
場所は森の中。ジャンヌが偵察をしてこの先にたむろしている傭兵達を見つけて、どうやって討ち取るかを説明したのだ。
方法は単純。百発百中であるジャンヌが遠距離から射殺し、逃げようとしたり隠れようとする相手を無理やりサンクが引っ張り出す。
その際にサンクが敵に斬られたり流れ矢に当たったりするかもしれないが、まあ尊い犠牲ではある。
敵兵の数は14人。ジャンヌからすれば問題なく相手できる人数なのだが、逃げられると面倒だった。なので狙撃して数を減らしつつ、サンクを囮にする作戦だったのだが。
「そもそも! 相手の傭兵らしき連中がどこの所属だとか、本体や別働隊がいるのかとか、そういうことすら不明な状況で全滅させようとしないでくだされ!」
「知らん。全員殺して捨てれば誰にやられたかなどわからんだろう」
まさか近くの村の少女が一人で殺したとは思われないはずだ。なので、一人も逃さずに全滅させるのが必要ではある。
「なんでそんなに殺したいので? 殺人狂ですかな?」
戦乱の世でうろついている兵士の一団……これだけで村にとっては厄介ごとの種ではあるものの、事を荒立てずに放置していればどこかに去るかもしれない。
下手に村人などが落ち武者狩りのように兵士を倒すと、その兵士が所属していた部隊が村に攻め込んでこないとも限らない。なので余程のことが無い限りは見て見ぬ振りをするのだったが。
このジャンヌという乙女は、兵士らを見つけた途端に皆殺しの算段を立てることに躊躇が無かった。
彼女は「ふん」と力強く鼻を鳴らして、ぶっきらぼうに言う。
「単純に考えてみろ。あいつらは村では手に入らん鎧や武器を持っているだろう」
「それはまあ」
「だったら殺して手に入れるのが当然だ」
「思考レベルが蛮族ですぞ!?」
あいつの物は俺の物。さすがにジャンヌも常識として、他の村人を襲ったりはしないのだが、野盗まがいの傭兵どもから奪うことに関しては問題ないと考えた。
しかしながら確かにサンクが指摘する通り、別働隊や本隊のことは考えていなかったのである。
諦めるというわけにはいかない。彼女は今すぐにでも武具が欲しい。馬と槍と鎧さえあれば戦場に出られる。まあ、多少はまだ体を鍛えなくてはならないかもしれないが。
武具を買うとなると、そこらの農民の娘ではとても手が出さない金額である。それが目の前に落ちているとなればこの期を逃すのは得策ではない。
「……よし、わかった」
「なにがですかな。いや碌でもないことだと思うのですが」
「こうしよう。正面から俺があいつらへ、所属だの目的だのを問いただしに行く。恐らく舐めきって手篭めにでもしようとしてくるだろう」
「色仕掛け作戦?」
「そこをぶち殺していく」
「蛮族!」
「サンク。貴様の役目は回り込んで逃げようとする輩を切ることだ。青瓢箪の貴様でも腰抜けの敗残兵ぐらいなら背中から切れるだろう。そうでなくとも貴様が斬り殺されているうちに俺が追いついて敵を殺す」
「そして私の評価がゴミですぞ!?」
しかしながらそれ以上の反論は許さんとばかりに覇気を全身から漂わせているジャンヌに掛ける言葉が無く、サンクは頭痛をこらえる仕草をしながら大きくため息をついた。
弓矢で安全圏から射殺の作戦が、正面から堂々と近づいて虐殺の作戦に変わっただけではないか。危険度が増した代わりに、相手の所属が知れるかもしれないことと、正当防衛を主張できるシチュエーションになる程度であった。
村娘が襲われそうになったから返り討ちにした、という証言に正当性を認める法があるかは疑問だが、少なくとも村娘一人に全滅させられた兵士たちに名誉もクソも無いだろう。
そして常識的に考え、十数人の武装した兵士相手に正面からぶちのめすという無謀な戦法に、この少女は一切の恐怖や負けるつもりが無いようだった。
「まあ……作戦を練るにしてもたった二人ではやりようも無いですからなあ」
かぶりを振ってそう呟く。相手と同じ数が要るのならば、罠を仕掛けるとか囲んで火に掛けるとか安全に殲滅する方法も考えられるのだが。サンクはそう思う。
サンクという樵の息子で教会の下人をしている男、卑しい身分だというのに妙な自信を持っている。自分に忠実な兵隊1000人でもいればこの戦乱でも勝ち戦を重ねられる、とまで自負している。どうしてかは不明なのだが。
単純な挟み撃ち作戦だと考えよう。正面からぶつかる少女がやたら強いことを前提とした。
と、サンクは自分の認識に改めて気づいて驚いた。
今までこの少女が、自分を鞭でしばいたり獣を一矢で射殺したりするところは目撃しているのだが、十数人の兵士相手に殴り勝つという常識はずれな戦闘力を目にしているわけではない。
だというのに不思議と「当然それぐらいの強さはある」とサンクは思っていたのである。
何故だろうか。首を傾げるが、理由はわからない。ただなんとなくそう感じた。
「おい貴様。さっさと回り込め。敵を皆殺しにするぞ」
「は、はいィ!」
先にお前から始末してやろうか?みたいな目で見られてサンクは慌てて、兵士らに気づかれないように遠回りをしながらジャンヌが追い立てる方向へと向かっていった。
*****
傭兵らが歓談をしていると、森の奥から下草や枝を踏み砕くような大きな足音を立ててやってくる者に気づいた。
警戒の色を滲ませながらそちらを向くと、いかにも村娘といった粗末な服を着ている少女がしかめっ面をしながらずんずんと歩いて近づいてくる。その手には手首よりも太く少女の身長よりも長い、真っ直ぐな棍棒が握られている。
武器らしき棒と厳しい目つきをしているのだが、見た目は14歳前後で、村娘にしては美しい顔立ちをした少女である。傭兵団は口笛を吹いた。
「どうした? お嬢ちゃん。迷子か?」
「腹が減ったのか? 踊りでも踊ってくれればわけてやるぜ」
「黙れゴミ共」
低い声で少女は告げる。
「ここはドンレミ村の管理する森であり、俺はドンレミ村も代訴人ジャックの娘、ジャンヌ! 貴様らはどこの誰で、なんの許可を得て獣を取り薪を燃やしているか言え! ただの野盗ならばこの場で叩き殺してくれる!」
朗々とジャンヌは叫ぶ。ビリビリと響くような声は戦場での合図に慣れていた傭兵たちからしても、まるで号令を出す騎士のように大きくてよく通るもので気圧される。
この質問にまともに答えられないのならば相手はただの野盗か、せいぜいはぐれ部隊だ。殺害しても大事にはなるまい。
一瞬怯んだ傭兵だったが、声を発したのは少女である。気を取り直して、傭兵の男がジャンヌに近づいた。
「おいおい、そうイキるなよ。まずその棒きれを捨てて、おじさんたちの棒でも──」
ジャンヌの口が笑みの形に広がった。どうやら殺しても問題は無いようだ。となると話は簡単である。
ぐしゃり。右から左に薙ぎ払った棍棒の一撃が、男の頭に直撃したかと思ったら──頭蓋骨がスイカ割りのように弾け飛んだ。
「な!?」
傭兵らがざわめく中、血塗られた棍棒を手にしたジャンヌが近寄る。地面には殺した男の落とした刃渡り40cmほどの剣が落ちていて、ジャンヌはそれを蹴り上げて片手に掴み剣先を向けながら告げる。
「かかってこい、雑魚共。遊んでやる」
「こいつッ!」
明確に少女を敵だと認識した傭兵らが思い思いの武器を手に襲いかかる。
いくら殺し合いの達人であろうとも、殺意十分な兵士数人に囲まれれば普通は為す術もない。複数人に一気に近寄られ、誰かを斬っているうちに他の者が背中から刺してくる。
だがそれは、お互いが一撃必殺の間合いに入っていること前提である。
ジャンヌは片手で振るう長棒で相手の剣が届くよりも遠くから、ほんの一撃を的確に当てて仕留めた。顔の中心や喉を突かれれば相手は即死する。
そうやって一人を始末しているジャンヌに別方向から襲いかかろうとしてきた者はもう片方の手に持った剣で首を刎ねられた。打ち合うとか、鍔迫り合いをして動きを止めるだとかできれば連携も取れるのだが、近づく端から一撃で殺害されていけば数の有利が活かせない。虎に向かって猫が何匹と挑んだところで、威力が桁外れな牙と爪によって次々に殺されるかのように。
ジャンヌ・呂布からすればこの程度の雑兵、一人で百人相手にしても潰走させられる自負があった。ぬるい。匈奴と比べるのは酷だが、董卓が指揮していた兵士よりも弱い。狂奔してくる黄巾賊よりも弱い。
「口ほどにもないゴミ共が! この俺の前に立ちはだかろうなど!」
「くそっ! 撃て撃て!」
ピッと弦が鳴る音にジャンヌは耳聡く気づいた。音さえ聞けば、振り向きもせずに剣を振るって飛来した矢を打ち払う。その程度の技量がなければ後漢末の戦場では生きられない。
ジャンヌの一当てで三人が死に、次の一当てでまた三人。傭兵の残り人数が半数を割るまで30秒と掛からなかった。
あまりに早い殲滅速度だが、戦場で負けたときは命を大事に逃げることがセオリーな傭兵らは残り4人になった時点で逃走を測った。
「遠慮するな! 死んでいけ!」
剣を投げつけて逃げる一人を始末。棒を投げつけてもう一人殺害。弓矢で撃とうとしたが、突然逃げていた二人の兵士が盛大に転んだ。
「足元注意ですぞー! トリャー!」
そう言うのは逃走経路に潜んでいたサンクだ。手には縄を持っていて、地面に張って二人の足を絡めて転ばせたようだった。
手早く持っている縄で二人を縛り上げた。
「ふん。青瓢箪なりに小賢しいことをする」
ジャンヌは感心半分に鼻を鳴らした。残った傭兵たちは全滅。いずれも死んでいるか、すぐに死ぬかの状態である。
いや──
ジャンヌは落ちていた手頃な槍を手に取り、一度大きく振って具合を確かめた後に──森の木に近づいた。
そこでは震えている荷物持ちの少年が涙目で、槍を突きつけているジャンヌを見上げている。
嗚咽を漏らしながら少年は言う。自分を野獣のような目で見下ろす、血を浴びた少女は人間とは思えなかった。
「あ、あ、あ……悪魔だ……」
そして何故か──恐怖から気が違えたのか少年は「ふへへ」と震えながら笑い出した。
「悪魔は本当に居たんだ……きひっふひひひっアヒャヒャヒャヒャ!!」
ジャンヌはどこか嫌そうな顔をしながら槍を引く。狂笑にサンクも何事かと近づいてきた。
「なんだこいつ気色悪い。おいサンク。お前が始末しろ」
「嫌ですよなんか呪われそうで」
悪魔に魅入られるのではなく、悪魔を魅入ったようになってしまった少年。
元々修道士だったのだが追放され、傭兵の荷物持ちになっていた異端の悪魔崇拝者、フランソワ・プレラーティという名の男は、その日彼が望むように悪魔に出会った。
お盆なので序盤を書いたけどこれ続けるの難しいな…ってなった作品を供養。続きはないです。
これはGeminiに作ってもらったジャンヌ呂布の絵。つよそう
【挿絵表示】
雑な設定など
ジャンヌ呂布
とりあえず自分が好き勝手に美女を抱いたり戦争したりできるよう領主になることを目指す
性自認はほぼ男で、性欲の対象は女性
ただし一度でも女としてエロいことすると頭がパーになって呂布はおしまい!になる
サンク
どう見ても陳宮です本当にありがとうございました。ジャンヌ軍の兵站・参謀を担当する。
徐々にジャンヌのことを「これ呂将軍では!?」と理解するようになるけど怖いので自分から明かさない
でも時々切れたジャンヌから「おい陳宮!!!」と呼ばれるとビビって「はい将軍!」って返事する
ジャンヌ側は気づいていない。その場のノリである
プレラーティ
貴重な文官。宗教、錬金術方面のアドバイザー。ジャンヌに心酔する。
錬金術師なら方天戟ぐらい作れるだろと無茶振りされて脱水症状になりながらも鍛冶仕事をさせられる
ひっそりとジャンヌ悪魔日誌をつけていてシコってる
ジルドレ
後々登場する予定だった。実は現代日本人が転生した人。
当初は「ジルドレ!? ジャンヌ・ダルクの仲間じゃん! やった! ジャンヌたんと結婚する! ジルドレの名誉も守って後世で英雄扱いされてfateとかに出てやる!」と意気込んでいたのだが
毒親と毒祖父に囲まれてろくな生活を送れず、内政チートも発揮できなかった
更にジャンヌどころか毒祖父によって毒嫁と政略結婚させられ鬱気味に。
しかしジャンヌたんと出会えることを励みに軍人として頑張っている。
その憧れのジャンヌは呂布なわけで、後々彼の全財産と領地を捧げる羽目になるだろう。しかし彼は幸せだったかも。ゴリウー好きで。