神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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二十六話

「この程度? 常勝不敗の神と聞いて少しは期待したのだけれど……呆気ないわねえ」

 

そう微笑みながら言ったのは腰まで届く夜闇のような黒髪に、漆黒の瞳、全身を包む黒い衣だ夜そのもののような女神。

 

ぼろ切れのような外套をまとった少年神が、半ばから折れた黄金の剣を手に、傷だらけの身体で膝をついていた。

 

「これほどとはのう……」

 

少年神は、天に大敵を与えるよう求め、天命に導かれるまま東の果てへとやって来た。

 

そこで遭遇したのが、強敵を求めるあまり『最後の王』を復活させようとしていた女神だった。

 

その女神はあまりにも『規格外』だった。

 

第一の化身『強風』 ーー風そのものと化し、世界のあらゆる場所に自在に移動する旅の権能。

 

破邪の力で風と化すのを封じ、自らの旅の権能で相手の移動先に空間転移することで対抗した

 

第二の化身『雄牛』ーー山をも砕く無双の剛力を得る権能。

 

《大地母神》としての大地そのものの剛力をぶつけるだけでなく大地の特権にて大地を自在に操ることで押し返した。

 

第三の化身『白馬』ーー冥府の神々すら焼き滅ぼす太陽の焔を落とす権能

 

かの女神は冥府の神であると同時に、太陽の神性をも宿していた。天敵となるはずの焔は焼き焦がしきれなかった。

 

第四の化身『駱駝』ーーあらゆる苦難へ耐え抜く忍耐の権能。

 

その驚異的な忍耐力を魔女神として放つ強力な呪詛によって蝕まんでいった。

 

第五の化身『猪』ーー神すら砕く圧倒的な破壊力を持つ権能。

 

彼女の代名詞でもある冥府の劫火を叩き込み。その破壊の化身を打ち砕いた。

 

第六の化身『少年』ーー支配の言霊を得る権能。

 

彼女もまた、世を統べる支配の権能を有していた。支配の言霊は支配の権能によって相殺された。

 

第七の化身『鳳』ーー神速閃電で動く権能。

 

闘神としての心眼で見切り。旅の権能で先回りするように動くことで、対処した。

 

第八の化身『山羊』ーー高い魔導力と電撃を操る権能

 

操る稲妻は、天の特権と魔女神としての魔導力で稲妻を奪い取った。

 

第九の化身『雄羊』ーー死から蘇る不死の権能

 

その不死性には冥府の死へ誘う力で蘇生できなくした。

 

そして切り札である第十の化身『戦士』の神力を斬る黄金の剣も、女神に習合された神格があまりに多く、複雑に絡み合っていたため、そのすべてを斬り裂くことはできなかった。

 

千変万化の権能を持つ高位の《鋼》の軍神の多彩な力すら上回る数々の神力によって、女神はすべての力を打ち破ったのだ。

 

だが、それも当然なのかもしれない。

 

なぜなら、この女神は《地母神》という括りにおいて、最強の座につく存在なのだ。

 

ーー《地母神》という枠組みに収まりきらなかった女神。

 

他神話へ取り込まれ、まつろわされた神でありながらも、その権威と威光は衰えることなく、むしろ時代を経るごとに拡大していった。

 

ついには自らの主人すら凌ぎ、神話の主神に比肩しかねない権威を獲得した正真正銘の『規格外』。

 

他神話にまつろわされながらも、まつろわしきれなかった女神なのだから。

 

「でも、軽い運動にはちょうどよかったわ」

 

女神は銀色の剣を軽く振り、刀身についた血を払った。

 

最強の《地母神》ーーヘカテーは、膝をつく軍神を見下ろしながら愉快そうに微笑む。

 

「それに、この戦いの隙にアテナには逃げられてしまったけれど、彼女を捕まえる楽しみができたと考えれば、あなたとの戦いも暇つぶしには悪くはなかったかもしれないわね」

 

「言ってくれるではないか、女神ヘカテーよ」

 

ウルスラグナはふらふらと立ち上がった。

 

「まだじゃ。まだ終わっておらんよ。我はまだ負けておらん!」

 

「諦めが悪いわね、ウルスラグナ。まあ、私は嫌いじゃないけれど……それで、どうする気かしら?」

 

ヘカテーは余裕を湛えた眼差しで、ウルスラグナを見つめた。

 

「風の力で逃げようとしても、私の破邪の力がその前に打ち砕くし、あなたの身体を蝕む死と呪詛の力によって、不死の力も使えないでしょう?」

 

ヘカテーはウルスラグナのもつ半ばで折れた黄金の剣へと視線を落とした。

 

「それに、力を消耗しきった今では、権能も大して使えない。……あなたは一体、どうやってこの難局を乗り越えるというのかしら?」

 

「決まっておろう。正面から打ち砕くのじゃ」

 

ウルスラグナはその美貌を蒼白にしながらも笑った。

 

体中はぼろぼろであちこちから流血し、神力は大きく消耗して、その体は強力な呪詛で侵されていた。

 

満身創痍でありながら、その瞳から闘志は消えていない。

 

「我はあらゆる障碍を打破する常勝不敗の軍神! 我を縛る限界を打ち砕き、この難局を乗り越えてみせよう!」

 

常勝不敗の軍神は、これまで幾度となく難局を乗り越えてきた。

 

ならば、自らの限界が勝利を阻む障碍となるのならば、その限界すら死力を尽くして打ち破るまで。

 

ウルスラグナはそう決意を固めると半ばから折れた『戦士』の剣を再び構えた。

 

ヘカテーはそれを懸命に足掻く子供を見るかのように見つめた。

 

「ふふふ。ここまで追い詰められても闘志を失わないのは、さすがは《鋼》の軍神といったところだけれど……」

 

ヘカテーは愉しげに目を細め、銀色の剣を構える。

 

「その力が私に届くかどうかは、また別の話なのよねえ」

 

その銀色の剣の切っ先をウルスラグナへと向けた。

 

「見せてちょうだい、ウルスラグナ。追い詰められた戦士の意地を。あらゆる障碍を砕く軍神が、死力を尽くして振るう力を」

 

ヘカテーは優雅に微笑んだ。

 

「そして、私を愉しませるといいわ」

 

再び二柱の神が激突した。

 

 

 

「くっ……おのれ、ヘカテーめ……!」

 

アテナは神力を周囲へ撒き散らしながら、必死に逃れていた。

 

ヘカテーは顕現した後、『最後の王』へ捧げる贄を確保するため、眠りについていたアテナを目覚めさせた。

 

そして強力な呪詛をかけ、その姿を一匹のイタチへと変えてしまったのだ。

 

だが、ヘカテーがウルスラグナとの戦闘で神力を乱した隙を突き、アテナはどうにか拘束を破って逃げ出した。

 

だが、その代償は小さくない。

 

無理やり呪詛へ抗い、ヘカテーの支配から逃れたことで、アテナ自身も多くの神力を失っていた。

 

「呪縛が解けきっておらぬか……これでは、自害すらできぬではないか!」

 

アテナは、忌まわしき《鋼》を復活させるための贄にされるくらいなら、自ら命を絶つ覚悟すらしていた。

 

だが、ヘカテーの呪詛は、その選択さえも封じていた。

 

イタチの姿から元に戻ることはできたものの、その身を縛る制約はいまだ健在だった。

 

「今は……少しでも遠くへ逃れねばならぬか」

 

アテナは残された神力をかき集めた。

 

アテナの力は呪縛によって制限されているが、死力を尽くせば何とか術の一つくらいは発動させることはできるだろう。

 

だが、行き先を定める余裕も、正確に制御するだけの力はでないだろうがヘカテーに捕らえられるよりはマシだろう。

 

アテナは転移の術を無理矢理発動させる。

 

次の瞬間、アテナの姿はその場から消えた。

 

転移した先は、術を行使したアテナ自身にさえ分からなかった。

 

 

 

3月の上旬。草薙家のある東京都文京区、根津。

 

近隣では卒業式を終える中学校もちらほらと出始める時期だった。護堂と静花の通う中学校は別々だったが、どちらもすでに卒業式を終えている。

 

祖父は知人から連絡を受け、家を留守にしていた。

 

「静花、夕飯ができたぞ」

 

「はーい」

 

今日の食事当番である護堂は、料理を作り終えると静花に声をかけた。

 

間延びした返事をした静花は、食卓へ向かうどころか、棚から日本酒を取り出していた。

 

「静花、お前、酒を飲むつもりなのか?」

 

「当たり前じゃん。お兄ちゃんの料理ってお酒に合うから、飲みたくなっちゃうんだよねー」

 

たしかに護堂の得意料理は、祖父と母の影響もあって、酒の肴になるものばかりだった。

 

現に今日の献立も、茹でた春キャベツ、アサリの酒蒸し、子持ちワカサギの唐揚げ、鯛の刺身という、いかにも酒が進みそうな品々である。

 

静花は、今の年齢ですでにウイスキーを一瓶空けても平然としていそうな、恐ろしいほど酒に強い妹だった。

 

「ほどほどにしろよ。お前は未成年なんだからな」

 

もっとも、すっかり草薙一族の気風に染まった護堂は、妹から酒を取り上げようとはしなかった。

 

一応注意するだけにとどめ、護堂は料理を食卓へ並べ始めた。

 

「お兄ちゃんはさ、ホントにこのままウチの学校に来るの?」

 

「ああ、家からも近いしな」

 

「でも、うちの学校は野球は弱いよ」

 

「俺は野球をやめたからな、別にいいんだよ」

 

「でもお兄ちゃん、別のポジションで誘ってくれるところがあったんでしょ?」

 

「いいんだよ。体育会系のノリはうんざりしたからな。高校は運動部には入らないことにしたんだよ、だからお前が気にするようなことじゃないんだ」

 

護堂は野球の強豪シニアのチームで4番兼捕手としてレギュラーを張っていたが、合宿中に肩を壊し強肩が失われてしまったのだ。

 

打者としての力をかって誘ってくれた高校もあったが断ったのだ。

 

肩を壊して以来、以前のように野球へ打ち込もうという気持ちは、どうしても湧いてこなかった。

 

おそらく肩を壊したことがきっかけで野球への情熱が失われてしまったのだろう。

 

「それに、もう高校には受かってるんだ。今さら心配するようなことじゃないだろ」

 

護堂はらしくなくしょげていた妹に対してそう笑いながら言った。

 

静花はまだ少しうなだれていたがある程度は気を取り直したようだ。

 

「夕飯を食べようぜ。冷めちまったらもったいないだろ」

 

護堂がそう促すと、静花も小さく頷いた。

 

「……うん」

 

二人が食卓に着き、夕飯を食べようとした、その時だった。

 

突然、何かが頭上から食卓へ落下した。

 

甲高い破砕音が響き、食卓が真っ二つに砕ける。並べられていた料理や食器が、激しい音を立てて床へ散乱した。

 

「な、何だっ!?」

 

「えっ!? 一体何!?」

 

護堂と静花は反射的に立ち上がり、食卓だったものへ目を向ける。

 

砕けた天板と料理の残骸の中に、銀髪の幼い少女が倒れていた。

 

少女は古風な白い布を身にまとい、その小さな身体にはいくつもの傷が刻まれている。

 

二人は、突然現れた少女を前に言葉を失った。

 

これが、草薙兄妹と女神との最初の出会いだった。

 

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