私の名前は七草香澄。十師族の七の数字を持つ七草家の当主、七草弘一の娘です。そんな私には、双子の妹の七草泉美がいます。私とは正反対で可愛げがあり、男性から非常にモテます。
でも泉美は、昔から理想の男性像がエベレスト並みに高くて、姉妹の中では絶対に最後に結婚すると言われていました。まぁ私も人のことを言えませんが、妹よりかは低いと思います。富士山くらいかな?いや、私よりもお姉ちゃんが苦労しそうだけど。
まぁ私と姉の真由美のことは置いておいて、そんな泉美になんと好きな人が出来ました。これには私も驚きました。だって昔聞いた男性像とは掛け離れてて、一ミリも合っていないのだから。
イケメンなのは勿論のこと。白馬になった王子様系で、爽やかな男性。いやいや、そんな男いないって。なんて言ったら怒られちゃったけど。
さて、そんな泉美の心を射抜いた男の名前は、折紙イザヤ。イケメンの部類には入るんだけど、王子様系でもなければ爽やか系でもない。
子供っぽいし、上から目線だし、意地悪だし。何でこんな奴を泉美が好きになったのか、私には全くもって理解出来ません。
加えて、彼は師族会議を盗聴するという、殺されても文句の言えない事をしでかしました。でも、彼は今も生きてるんですよね。十師族から危険人物としてリストに登録されているというのに、変わらずに学校に来るなんて意味がわかりません。
その理由はなんと、彼がとてつもなく強いからだそうです。どのくらい強いかって言われたら、この日本の魔法師全員が束になっても勝てないらしい。それって本当に人間なの?
私の知る一番強い人は十文字家当主、十文字克人さんだったんだけど、簡単にやっつけちゃうし、本当に何なんだろうアイツ。
彼の戦っている姿を見たのはごく最近なんだけど、手で魔法を払い除けてました。ウン。人間じゃないねあれは。
そんな彼に脳を焼かれた女の子は、泉美の他にもいます。私の一つ上の先輩で、同じ風紀委員の北山雫先輩。そして十師族の三の数字を持つ三矢家の末っ子、三矢詩奈。
二人とも、泉美に負けず劣らずの可愛い容姿を兼ね備えていて、ライバルとしては強敵なんだけど、三人は敵対視している様子はなく、三人だけのグループチャットがあるらしく、仲は良好のようです。
ほんと不思議。まぁそれも、イザヤ君が普通の人間とは違い、結構特殊な奴だからなんです。彼、愛を知らないみたいなんです。それを聞いた時は「は?なに言ってんの?」と私は思いました。
それって何?昔に流行った変にカッコつけたがる、中◯病とかいう病気なんじゃないのかと思いました。けど実際に蓋を開けてみれば、彼は本当に愛を知らないらしいんです。
まぁこのご時世だからそういう人間も一定数存在するのか、と私は彼に同情しました。がしかし、彼は持って生まれた力でやりたい放題しています。その度に色々と問題を起こしては、泉美に叱られているんですけど。
イザヤ君と泉美のやりとりを私は一歩後ろから見てきましたが、「何でこいつら付き合ってないの?」と思いましたよ。それぐらい距離が近い。あれはもう時間の問題ですね、はい。
「ちょっと香澄ちゃん。聞いているのですか?」
あっ。すいません。妹に呼ばれてしまいました。お話はまた今度で。
「あー聞いてる聞いてる。このお菓子美味しいよねー」
「何言ってるんですか?全然聞いてないじゃないですか?」
ハァーとため息を吐く泉美。
「ごめん、何だっけ?」
「だからイザヤ君がですね。何の連絡の無しでー」
うん。この話は長くなりそうだ。
一条将輝と林少尉の間繰り広げられている口論。それは、劉麗蕾を一条家本家で預かるか、軍に保護してもらうかで意見が対立していた。
将輝の妹、茜は激しい言い争いを少し離れた場所から眺めていた。それは劉麗蕾も同じだった。
「ねぇ劉少尉」
「……何でしょうか茜さん」
不自然なく流暢に話す日本語に内心感嘆する中、茜は劉麗蕾に、
「怖い?」
もっと他に彼女に掛ける言葉があったかも知れないが、茜は今の劉麗蕾の状況を見て、純粋な気持ちで質問した。
「怖いと言われれば、怖いです。でも………」
「でも?」
「ワタシには、妖精さんがいますから」
劉麗蕾は胸に手を当てて答える。
「妖精さん?」
彼女はハッとして口に手を当てる。
「………いえ、何でもありません」
茜は首を傾げる。大亜連合の信仰する神様なのだろうかと思った。劉麗蕾は、将輝と林との間に割って入る。
「林少尉、ワタシは一条家でお世話になっても構いません」
「なっ!?何を言うのですか!?」
林は驚くばかりではなく、焦りも見せた。考え直してくれ、と劉麗蕾に祖国の言語で会話する林。
この話し合いは今日では終わらないだろうと、ギスギスしていた雰囲気に嫌気を差した茜は、兄の将輝に一晩泊まるよう提案した。将輝は渋々と言った感じで茜の提案を受け入れた。
一人個室に戻った劉麗蕾は、ベッドの上に腰をおろして一息ついた。この部屋の外にも自分の見張りの軍人が配置されている。個室を与えられているとはいえ、何処かに監視カメラがある筈だ。
(仕方がありませんね…………)
今の自分の身分を考えれば当然の事。覗かれているというのは、生理的に嫌悪感があるがグッと堪える。
(林少尉が嘘をついているとは思えない……)
自分の為に頑張ってくれている林が騙しているとは、到底考えられなかった。
(あの声は一体誰なんでしょうか………)
物思いに耽っている中、扉をノックする音が聞こえて来た。一時思考をストップし、彼女は扉を開けた。
「こんにちは」
一条茜がいた。
「どうかしましたか?」
「ん〜。別に何かしたい訳じゃないんだけど、少し話をしたいと思って」
茜は「いいかな?」と付け加える。彼女の後ろには女性軍人が立っていた。事前に軍からは了承を得ているようだ。「時間は十分です」と女性軍人が言うと、茜は「はーい」と不満がながらそう答えた。
「茜さん」
中に入室した茜をソファに座らせると、
「?」
「怖くはないのですか?」
自分に聞いた質問を、茜にそっくりそのまま返した。
「どうして?」
「ワタシは大亜連合の戦略級魔法師で、戦争犯罪人です。ワタシと個室で二人きりは怖くないのですか?」
敵国の人間と二人きりだ。警戒心が無いのではないかと劉麗蕾は遠回しに言っている。それに対して茜は「うーん」と天井を向いて考えたのち、
「だって私、貴方を悪い子だとは思えないから」
茜はそう答えた。
「ワタシは人をたくさん殺しています」
「それがどうしたの?」
「えっ?」
それは劉麗蕾には思っても見なかった返答だった。この瞬間、彼女は目の前の少女が、ただ兄について来ただけの可愛らしい少女ではないと理解した。
「兄だっていっぱい人を殺してるよ。私が言った悪い子ってのはね、その人間の本質という意味かな」
「本質……?」
「ほら、薄らと感じた事ない?あっ、コイツ悪そうだな?ってさ。そういうのが劉少尉には感じられないから」
茜の言うことは抽象的ではあるが、劉麗蕾は何となく理解できた。大亜連合にでも信用できる人とそうでない人を見分ける嗅覚を、自分も持ち合わせている。茜はそれを言っているのだろう。
「ねぇ、私達って同い年らしいの。だからさー」
茜は劉麗蕾の手を掴む。
「友達にならない?」
「友達、ですか…………?」
友達、頭の中で反芻する。劉麗蕾には、今まで友人と呼べる人間は一人もいなかった。
「レイちゃんって呼んでも良い?」
「レイちゃん?」
「リーレイちゃんだからレイちゃん。ねぇ、良いと思わない?」
茜からグイグイ来られ、劉麗蕾は少し後ろへのけぞった。
「で、では、ワタシは茜と呼びます」
「本当?やった!」
嬉しそうに笑う茜につられて、劉麗蕾も自然と表情が和らいだ。何故だろうか。目の前の少女ならば自分は信じられる。この日、劉麗蕾は一条茜と友となった。
「ねぇレイちゃん。少し気になることがあるんだけど?」
友達としての初めての会話は、茜から劉麗蕾へと質問から始まった。
「妖精さんって何?」
「それは…………」
劉麗蕾は言い淀んだ。妖精の話は、今まで誰にも言ったことは無い自分と妖精との秘密だったから。
「あっ、ごめん。言いたくなかったら別に良いんだけど……」
バツが悪そうな顔をする茜。
「い、いえっ、そう言うわけではないんです」
劉麗蕾は、早速、友達の気分を害してしまったと慌てて否定する。
「あの、昔の話なんですがー」
コンコンッと扉をノックする音が聞こえて来た。ガチャっと扉を開けたのは先程の女性軍人。
「時間です。戻って下さい」
「え〜。これからだったのに……」
女性軍人は「ダメです」と茜に言って、部屋から退室するように促す。仕方ないなとソファから立ち上がり、
「ごめんねレイちゃん。続きはまた今度ね」
「はい」
茜は手を振って出て行った。バタンッと閉められた扉を劉麗蕾はしばらく見つめていた。さっきまで楽しかったこの部屋は、あっという間に静寂に包まれた。
(妖精さん。ワタシ、友達が出来ましたよ………)
そっと胸に手を当てる。
(もう一度、アナタに会いたいです…………)
茜が劉麗蕾の部屋に行ったのと同時刻、将輝の泊まる部屋にも訪問者が現れた。
「はいっ」
ノックした音に反射的に声が漏れ、ドアノブを回して扉を開けると、そこに立っていたのは軍の人間でもなければ、劉麗蕾の護衛隊の人間でもなかった。
「久しぶり、クリムゾン・プリンス」
「はっ?」
将輝に向かって手を挙げるその人物は、ニヤニヤと笑いながら見つめていた。将輝は一度、扉を閉めた。
(幻覚じゃないよな……?)
そしてもう一度扉を開けるが、さっき見た人物は不満な顔して立っていた。
「ちょっと、何で閉めるんですか?」
「折紙イザヤ!?」
イザヤは、将輝からの入室の許可を得ずに我が物顔で入っていく。
「オイ!勝手に入るな!」
「硬いこと言わずに。ほら、立ってないで座って下さいよ」
「それは俺が言うセリフだ!」
イザヤは備え付けられたソファに腰掛ける。イザヤに促されて、将輝は渋々といった感じで反対側に座って向かい合う形になる。
「最後に会ったのは、茜ちゃんの一件以来ですね」
「あの後大変だった」
今は元気になったが、あの時の茜の容態は、将輝も本当に死んでしまうのではないかと思った。母親の泣いていた姿は今でも鮮烈に覚えている。
「一体、何の用なんだ?」
「ここに大亜連合の戦略級魔法師、劉麗蕾がいるでしょう?彼女を助けてあげて下さい」
「彼女を………?」
将輝は考える。ここに来たのは劉麗蕾の為?折紙イザヤと彼女には何か関係があるのか?と。
「貴方もさっき言ってたことです。劉麗蕾を一条家で預かって欲しいんですよ。彼女はもう大亜連合には戻れないし、ここに居ても彼女の気は休まらないでしょうし」
それはこの基地に来る以前に、父の剛毅と話し合ったことであり、将輝自身もそうするべきだと考えている。
「お前に言われなくとも、俺はそのつもりだ」
「ゆくゆくは彼女を一条家の養子にして、学校にでも通わせてあげて下さい」
「養子だと………?」
「えぇ。彼女の魔法力は言わずもがな、容姿端麗でもあります。問題無いのでは……?」
確かに、将輝から見ても劉麗蕾の容姿は整っている。魔法の才も戦略級魔法師だったから文句の付けようもない。養子として迎え入れても問題無いが、
「い、いや、ちょっと待て! どうしてお前がそんなこと頼むんだ!」
「もしもの時は、手を貸すと約束しましたからね」
まだ十歳にもならない、遠い過去の記憶を懐かしむイザヤ。
「どうして一条家に頼むんだ?」
「消去法ですね。当主の一条剛毅やクリムゾン・プリンスも根はバカ真面目。彼女を悪いようにしないと判断しました」
「それ、褒めてるんだよな………?」
「褒めてる褒めてる」
ウンウンと頷くイザヤに将輝は怪訝な顔をする。
「真面目な話、養子にするのは俺の一存では決めれない。親父と話さないと」
「貴方次期当主でしょ?スパッと決められないんですか?」
「無理だよ。俺に決定権はない」
イザヤは「なんだよもう〜」と将輝の前で不満な気持ちを隠そうとしない。
「ボンボン、親の七光り、御曹司」
将輝は「コイツ子供か」と思う。
「あっ、そうだ」
イザヤは何かを閃く。
「ここで僕に約束してくれたなら、貴方も茜ちゃん見たく強くして差し上げますよ」
「何!?」
何か絡でもないことを思い付いたのかと思ったが、将輝は驚いて身体が跳ねた。
「どうです?茜ちゃんが強くなったように、クリムゾン・プリンスも強くなりたいでしょう?強くなって、司波達也を見返したいでしょう?」
差し伸べられた手を見て、将輝はゴクリと唾を飲む。茜に敗北した日、枕を濡らした日を思い出す。
「………本当なんだな?」
「ん?よく聞こえませんねー?」
イザヤは、わざとらしく耳の後ろに手を当てて将輝に近づく。
「本当に!俺を強くしてくれるんだな!」
イザヤに態度が腹が立ち、将輝はイザヤの耳元に大声で話す。イザヤは「うるさいっ」と慌てて耳を塞ぐ。
「約束しろよ折紙イザヤ。劉麗蕾を養子に入れる代わりに、俺を強くしろ」
負けていられないんだ。茜にも。司波達也にも。だからこの悪魔と契約してやると、将輝はイザヤの手を強引に掴む。
「あれ?剛毅さんに伝えなくて良いんですか?」
「何とかする」
「カッコいいー…………分かりました。男の約束ですよ?破ったら貴方を豚の姿に変えますから」
それは絶対イヤだ。将輝は背筋が凍った。何とかして剛毅に説得しなければ。
「さてと、僕はそろそろ行こうかな」
イザヤはソファから立ち上がって出て行こうとする。
「行くって何処に?」
「一度、彼女に顔を見せてから東京に戻ります。それじゃあまた何処かでクリムゾン・プリンス」
バタンッと閉められる扉。将輝はハァとため息を吐く。
「さて、やることは山積みだ」
林少尉の説得、日本海側へ南下して来る新ソ連の動向、そして剛毅の説得。
「よし、やるか」
将輝は自分自身に喝を入れた。