妖怪・カイザー好き好き黄金裔 作:カイザーの椅子
エラポスと出会ってからの少女は腐った食べ物を口にすることはなくなり、ゴミ箱を漁ることもない。
相変わらず貧民街暮らしとはいえ、座っていれば食うことに困らない生活も既に二週間近くが経過しようとしていた。
(うまくできない……)
少女は自身の毛を編み込んで暇を潰していた。
それは既に彼女の頭皮から抜け落ちたモノ、あるいは先端の尖った硝子片で切り落としたモノである。
彼女の髪は手入れさえされていれば、誰かの心を焦がすような輝きを放っていただろうが、手入れの行き届いていない髪で編まれたそれはすぐに裂けて解れてしまう。
「暇だ……」
暇潰しにも飽きたのか、空を見上げた少女が独り言を漏らす。
エラポスの耳に届いていたのであれば、自分の退屈を解消してくれるのではないかという勝手な期待が籠めてしまっていることに気付きはしなかった。
「ふー、いや、まさか職にありつけるとは思いもしなかった」
「──」
いつもの時間より大幅に遅れてエラポスがバスケットを持ってやってくる。
タイミングの良さに驚きは隠せなかったが、手の中にあったミサンガと呼ぶには烏滸がましい髪くずを適当なところに放り投げて隠すことはできた。
「職?」
「そう。今まで廃棄品をガメてたパン屋が憐れに思ってくれたらしく、そんなことするくらいならウチで働けってことでな」
毎日殴られてもめけずに漁りに来たエラポスに根負けした形なのだが、何はともあれこれで食に困ることはなくなった。
本当なら、少女にも住み込みで働いて欲しくもあったが、そうなると彼女が人目に触れる機会が増えることはリスクがある。
それに、普段の無愛想さを見ていると接客も難しければ、もちろん料理スキルも無さそうなためパン作りを手伝えそうにもなく、連れていくだけ無駄だと思っていることも大きい。
「……いただきます」
目の前に置かれたバスケットの中には肉や野菜が挟まれたサンドイッチが敷き詰められていて、その中の一つに少女は手を伸ばす。
無愛想ではあるものの、これでも恩を感じている少女はありがとうと面と向かって言うのは何となく恥ずかしくありつつも、一応いただきますだけは言っておこうと変なところで妥協をしていた。
(いつもより美味しい……!)
パンはもちっと柔らかく、挟まれた野菜はシャキシャキとしていて瑞々しさを感じさせる。
「そら残飯じゃないからな。俺も没落してから久しいまともな食事だ」
エラポスとしても、久しぶりのタンパク質と脂質にありつけてがっつきたくなる気持ちを抑えながらサンドイッチに手をつける。
(これで腹は膨れた。次は屋根が欲しいけど、このままじゃ幼女を餌付けしてるだけのロリコンになっちまう……けど、このままじゃ貴族達のドンパチに巻き込まれるだけ、か)
生活の質は向上しても、悩みの種は尽きない。
明確なゴールなど定めておらず、ただあの時生かされたから。という理由だけでエラポスは少女の面倒を見ているにすぎない。
「なぁ……君は何かやりたいこととかないのか?」
「……わからない」
エラポスは自分にゴールがないのなら、少女のしたいことを手伝おうと思ったがあては外れてしまう。
生きていくだけでも精一杯だった。
たまたま見過ごせない命を拾っただけなのに、こうなるとは夢にも思っていなかった少女に将来の展望などあるわけがない。
「でも、空の向こうは気になる」
ふと、少女が空を見上げて呟く。
難しい話だった。
オンパロスで天蓋の外に出たことのある人類はまだいない。
それでも誰も知らない世界を見せてくれるという期待を無意識にエラポスに向けていた。
「なるほどなぁ」
彼女にそれを見せるにはこんなところで留まっている暇は無い。
オンパロスという星を一つに纏めあげなければならない。
それこそ、彼女を皇帝にするくらいのことは必要である。
そして、この少女なら密かに胸にしまった望みを叶えてくれそうな気がした。
■■
「これが未知の未来に……か」
いつかの記憶を回想したエラポスの手の中には薄く光る糸が集まってきた。
あの少女に付き従った結果がこれがそうと言うのなら間違ってはいないのだろう。
ただ、それはエラポスが望んでいたことで、こんなことに繋がるとは微塵も思ってもいなかった。
「また何かあるのか」
ある程度光の糸が集まると『永劫回帰#900002』という文字になり、エラポスの周囲が暗転してオンパロスのある記録を引き出す。
「あぁ。もう……」
ケリュドラは荒野で横たわっていた。
腹に大きな穴が空いて、内臓まで貫かれたそこから流れる夥しい量の黄金の血が、彼女の命がどうしようもなく終わることを示す。
それを見せられたエラポスは干渉できないとわかっていても、ケリュドラの元まで駆け寄って彼女の頬についた血を拭おうとしても手がすり抜けてしまう。
(……ついぞ、最後まで……貴様の正体は分からないままだったな……)
いくら調査を重ねても世界から消失した存在を探して見つけ出すことは叶わなかった。
何も見えていないはずなのに、知らないはずの誰かに見られている気がして、最期の力を振り絞ってケリュドラは空に手を伸ばす。
(貴様が居たとしても、この覇道の終着点は変わらなかっただろうが──)
「カイザー……」
ケリュドラの手にエラポスが手を重ねると、彼女はいつも通りの不敵な笑みを浮かべた気がした。
またエラポス以外の全てが暗転し、黄金色の麦畑に戻された。
「随分とまぁ、趣味が悪いな」
『ごめんなさい。これも可能性の一つなの。だから、全てを受け入れて……この先どんな未来だとしても、ね』
悲痛そうなキュレネの声を聞いて、エラポスの眉間に皺が寄る。
理由は説明できないが、気に食わないことは気に食わない。
「だとしても、空の向こうをあの子が見るまで俺が止まる理由にはならない」
終わりを迎えるには九万の繰り返しだけではまだ早すぎる。
そんなものは、数にすら入らない。
エラポスは黄金の麦を踏み潰すように、一歩を踏み出した。