古の艦娘達 ~ともあれ深海棲艦は滅ぼさなければならぬ~ 作:centurio_P
SSはまったくの素人で生涯数度目の代物なので色々と見苦しい点がありますが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
いちおーある程度書き溜めてはいます。
――西地中海 北アフリカ近海
……空、つまり天なるバアル神とタニト女神の領域を太陽のシャマシュ神がゆっくりと横切ってゆく。
もう夏も半ばか。偉大で、そして、無慈悲なシャマシュの威光が照りつける甲板で、忙しく動き回る海兵達を眺めながら男はぼんやりと思った。
男の歳は三十を越えたばかりだろうか、無地の貫頭衣《チュニカ》の上に皮製のギリシア式甲冑を纏い、その更に上から二つの円と女神の顔が象られた青銅の胸甲を身につけている。
足に青銅の脚甲《クネミデス》、腕に革の篭手を嵌め、頭には鶏冠型の毛飾りがたっぷりと植えられたトラキア式兜を被っていた。
高級な紫染料による文様が走る貫頭衣、ギリシア式甲冑の肩部や腰元の帯《プトゥリュゲス》と胸甲等の繊細な飾り、それらに上品に描かれたバアルとタニトの印は、男が高貴で裕福なフェニキア人でありカルタゴ人であることを如実に表していた。
「もう昼ですか。今日もヘリオスは輝いてますね」
「なんだもう交代の時間かな?」
後ろから聞こえてきた涼やかな声に、男はカルタゴ人にしては短めでざっくばらんに整えられた髭を扱きながら振り返った。
ギリシアの太陽神の名を口にしながら甲板へと上がってきたのはまだ齢十五、六に見える幾分ほっそりとした娘である。
娘は海風に煽られる青みがかかった腰までの黒髪と長衣を抑えながら微笑む……というより苦笑した。
「えぇ。今はカラステリが。といっても実は交代の時間にはまだ早いのですけれど」
「うん?」
首を傾げ、ますます髭を扱く男に娘は苦笑を深くした。
「あの子。この間、勝手に備蓄の干し葡萄を食べてしまったじゃないですか」
「あー…つまり、罰だ」
はい、と頷く娘に男は納得すると同時にカラステリ――星の井戸という名を持つ、些か快楽主義的で自制心がきかない娘の泣き顔を脳裏に思い浮かべた。
さっき船が不自然に揺れたのはそのせいか。今頃はひーこら言いながら踏ん張ってるだろうなと思っている男の傍らに来た娘は今までの苦笑から目を細めて呆れ顔になった。
「あの子には良い機会です。新しい船になってからまだ一度も〝核〟になってませんでしたから」
「はは……そうだ、船の調子はどうかな。今までの三段櫂船よりかなり大きくなったから重いだろう?」
娘はふむ、と口元に手を置いて、暫し考え込むとそのまま口を開いた。
「そうですね……やっぱり動き出しと旋回性はかなり悪くなりました。一つ一つの動作が鈍くて、慣れるまでは戸惑います。回避運動も取り辛くなってますから、護衛の随伴艦は必須でしょうね」
「やはりそうかな。だいぶ今までの戦い方とは変わってしまうと思う。苦労をかけると思うが……」
男の言葉に、娘は首を横に振った。
「そんな。動き出してしまえば多少の波なんて無視して突き進める力強さがありますし、これだけ大きければどんな船も衝角の一撃で沈められると思います。それにバリスタに加えて塔まで積めるなんて、流石、旗艦級の大型艦だと」
男達の乗る船は、建造に当たって使用された資材と銀貨の量が一目で分かるものであった。
今や貴重になりつつある最高のレバノン杉をふんだんに使った巨大な船体とそれに印された色彩鮮やかな装飾、船首には黄金色に輝く女神像が鎮座している。
船の中央には太い帆柱が伸び、甲板前部には大きな塔が立てられている。
その上には弓や腰引弩《ガストラフェテス》を携えた屈強な海兵らが目を光らせ、塔の矢狭間からは小型バリスタ《ポリュボロス》と装填された矢がその先端を覗かせていた。
甲板両端には大きな円盾《ホプロン》が並べられ、その影には中型バリスタ《リトボロス》が数機、据え付けられており、脇には射出用の槍や石弾が詰まった箱が置かれていた。
誰が見ても明らかに軍船であると分かる。
中でも一般的な三段櫂船や五段櫂船ではない、七段櫂船以上の艦隊旗艦として運用される重武装で大型の船であった。
その巨体からは無数の櫂が突き出し、それらがうねる様に動いて船を前へ前へと進めている。
しかし、不思議なことに内部からは櫂の動きを合わせる号令や太鼓、漕ぎ手達の怒号は聞こえてこなかった。
「皆、言ってます。最高の船だって。こんな船がもらえたのは名誉だって」
「そうかね」
男は照れくさげにそっぽを向いてまたも髭を扱き始めると、男の顔を覗き込むようにして娘は言った。
「私も誇りに思います。〝大提督《ラビム・ディムスト》〟」
「〝艦娘《ルイプロネ》〟の君に言われたなら、偉大なるバアル・ハモンから直接、神託を頂くのと同じくらい光栄だよ。ミナキリア」
男――最上位の称号で呼ばれた提督は、そっぽを向いたままミナキリア――千の月という名を持つ艦娘に零した。
「あとだねミナキリア。私はラビム・ディムストじゃない。ただの提督《ディムスト》だよ」
「でも、こんな船ももらえたんですし、提督の実績と能力を考えればそう遠くない内になると思いますけれど」
「……」
訂正するも間髪入れずに返ってきた内容に今度は髭を軽く捻じる提督である。
からかわれてるのかと艦娘に目を向けていれば、特に茶化している雰囲気はない。
純粋にそう思い、讃えているらしい。
齢三十を越え、色々と揉まれてきた提督にとって真っ直ぐな賞賛は些か気恥ずかしく、苦手だ。
視線を移せば海兵の幾人かがこちらを見ており、にやついていたり、手で口元を抑えている。
後々白兵訓練で鍛えてやろう、と彼らの顔を覚えつつ、提督は髭を更に捻じった。
「再編成中の艦隊。旗艦級とはいえ、船は一隻のみ。君達〝艦娘《ルイプロネ》〟以外に主力艦どころか一段半櫂船以下の支援艦さえ旗下にない〝大提督《ラビム・ディムスト》〟なんて笑い話じゃないかな」
「提督の相手は人じゃありませんし、私達の戦いに普通の船は付いてこれません」
「しかしだなぁ。偉大なる海洋の民フェニキア人の末裔が船一隻で提督を名乗るというのも中々……できれば沢山の船を常に従えて航海してみたいものだよ」
「……私達だけでは不服?」
ぼやいていた提督は聞こえる声に負の感情が込められたことに気づいた。
再度、傍らの艦娘を見ると、そこには悲しそうに眉尻を下げた顔がある。
しまった、と表情は変えずに思う提督である。別に彼女達に何の不満も無いどころか大満足なのだが、こういうのは男のロマンなのだ。ただ、古今東西こういうものはイマイチ伝わらないものであるらしい。
見つめている内に艦娘の顔はますます悲しそうになっていく。若干、目も潤み始めたかもしれない。
艦娘の向こう側では海兵達が堪え切れずに噴き出したのが見えた。
よし、必ず盾で殴ろう。訓練なら何も問題は無い…はずだ。そう改めて決心しつつ、提督は、捻じり過ぎて一部が三つ編みのようになってきた髭を更に捻じりながら、些か子犬のように真面目で素直過ぎるところがあるこの艦娘に何と言ったものか考えた。
「あーミナキリア?私は……」
「報告!オロの誘導塔を確認!間もなくカルタゴです」
「……よろしい。入港準備。装填中の矢玉は抜き取り、しまっておくように。索具やロープ、バリスタなどの確認を」
口を開きかけた提督だったが、それは響き渡る鐘の音とそれに負けない大きさの海兵の声に遮られた。
心中で首をがっくしと折る提督であったが、気を取り直して指示を出すと、ますますしょんぼりとしている艦娘に目を戻した。
「ミナキリア。カラステリは初めてのカルタゴ市入港だ。どうか先達として軽く見ておいてくれないか」
「…はい」
肩を落として船内に戻ろうとする艦娘の背中に、よしっと決心すると提督は再度、声をかけた。
「私の戦友、愛らしい艦娘のミナキリア。私が君達を不服に思っているかなんて、私達の今までを思い返してみればわかると思うよ。特に初めから共にあのモノどもを打ち払ってきた君なら」
「……はい!」
艦娘は少なくとも傍目には真顔の提督を暫し見つめたかと思うと見た目の歳相応の笑顔を見せ、ゆっくりと……しかし嬉しさを隠し切れない様子で船内に戻っていった。
滅多に口にしない気障な台詞を吐いた提督は、冷やかすような海兵達の視線と背中を這う気恥ずかしさを振り払うように前を向いた。髭と冑の頬当てであまり顔色がわからないのが助かる。
捩れきった髭をほぐしながら誤魔化すように呟いた。
「元老院は、次は何を言ってくるかな」
――時は現代から言えば二千年以上の昔。俗に言う〝古代〟の時代真っ只中である。
人の理性が成熟しつつも獣の如き蛮性もまた色濃く残るこの時代。
科学的理解というものが芽生えつつも神秘への畏怖が上回っていたこの時代。
人は幾度か繰り返してきたように、新たな神秘と遭遇していた。
〝それら〟が初めて姿を現したのは何時で何処であったかは定かではない。
しかし、確かなこともあった。それらは常に海の底から、突然に現れる。
そして、軍船であろうと商船であろうと、どの民族国家であろうと襲い、沈める。
遭遇し、生き残った者達は口々に似たようなことを言った。
「それらは海の中から浮かび上がってきた。美女、少女、幼子。なんと形容すればいいかわからぬモノもいた。次々と船の姿へと変化し、魔物を率いて我々に襲い掛かってきた」
「槍も矢も剣も効き目は薄い。人の抵抗を意にも介さず、それらは恐るべき強さで、平等に海を行く者達を襲う」
古代地中海の海上交易網は〝それら〟によって脅かされ、海と接するもしくは海に関係する国家、民族、都市その全てがそれらに脅威を覚えた。
それらによる直接的な襲撃だけではない。
交易によって富を得ていた者は航路を脅かされること、また積み荷や船を沈められることによる損害と費用に。海を挟んだ遠隔地に食料生産地《ペライオス》を所有していたり、他国からの食料輸入の比重が重かった国家や都市は飢えに。それぞれ蝕まれ始めた。
文字通り死活問題だったのである。
人々はそれら――深き海に棲み来たりて、船に変化するモノども〝深海棲艦〟に対策し始めた。
砂漠で巨大な蠍に、深き森で巨人に、沼地で大蛇に出遭ったように。
伝え聞く神話と歴史の再現を人々は試みた。
ある者は討伐の為に多数の軍船を派遣した。
ある者は足の速い船と優れた航海技術で振り切ろうとした。
ある者は出没する海域と航路を巧みに避けようとした。
しかし、それは極少の効果しか齎すことはなかった。
人と深海棲艦では根本的に違い過ぎたのである。
戦えば翻弄された。
振り切ろうとすれば追いつかれた。
避けようとすれば察知された。
何故か。
戦いに例を求めれば、この時代の主な海戦術は多数の漕ぎ手が息を合わせて櫂を漕ぐことで速度を稼ぎ、衝角による体当たりによって敵船に打撃を与え、沈めるものである。
漕ぎ手らの息を合わせ、風と波を読み、有利な位置から敵船へと突撃する……これを行うには膨大な数の水夫と海兵による連携、それらを円滑に統率し、指揮する指揮官が必要であった。
……しかし、深海棲艦にはそのようなものは関係なかった。驚くべきことに水夫などは一切存在しないのである。
深海棲艦はそれ自体が一隻の船へと変化し、櫂と帆を手足のように動かし、自在に海上を走る。
人と違い、一隻の船を動かすのに必要な手間と時に縛られない深海棲艦に、人が操る船が勝てる道理は無かったのである。
だが、抵抗する術が限られているのならばそれに縋るしかない。
膨大な犠牲と一握りの英雄を生み出しながら人は深海棲艦に抵抗し、緩やかに衰退していった。
海を行く船は激減し、深海棲艦の中には船だけでなく沿岸部の集落や都市を襲撃するものも現れ始め、大国は傾き、小国は滅びに瀕してゆく。
人々が諦観の面持ちで海を眺める中、しかし、状況に変化が訪れた。
それはある時期から各地で一斉に確認されはじめた。
ある時は浜辺に打ち上げられ死にかけていた少女であった。
ある時は海神の神殿に奉仕する巫女であった。
ある時は寂れた漁村の卑しき娼婦であった。
海に近しき地で、身分や出自に関わらず。海の神に、女神に、妖精に、魔物に、加護や力を与えられたと女達は口々に言い、必ず最後はこう締めくくった。
「あの深き海に棲まうモノどもに対抗できる」
初めは誰もが半信半疑であった。
一笑に伏した者もいた。夢物語を語るなと怒りを見せた者もいた。
しかし、海に近き人々は追い詰められていた。疑う余裕もなかったのだ。
そして、ある大国は藁に縋る思いで女の一人を船に乗せた。
すると女は船をただの一人も水夫を必要とせず、動かしてみたのだ。
そう、〝深海棲艦〟と同じように。
深海棲艦と同じ、というところに一抹の不安を覚えた者もいたが、それ以上にその事実は歓喜を以て迎えられた。
これで人は海を取り戻す術を得たのだから。
それから幾度かの試みと実戦を経て、人は女達に船を与え、共に艦列を並べて艦隊を編成し、再び大海原へと進出していった。
時に討伐を、時に救助を、時に先導を。
女達は深海棲艦を打ち滅ぼし、人々を守っていった。
やがて、人々は感謝と畏怖を込めて女達を讃え始めた。
言語の違いはあれど人々は概ねこう呼んだ。
船を知り尽くす者、船となる者、船の魂――〝艦娘〟と。
それから数十年か数百年か。
人が艦娘と共に戦い、海が安定してくるにつれて、深海棲艦は他の怪物らと同じような存在になった。
酒場で酒の肴に、または大人が子どもに聞かせる話で上るような存在だ。
出遭えば恐ろしく、命はない。しかし、それを討伐し、守ってくれる者達もいる。
それが艦娘だ。
その攻防に揺れる海は今……かろうじて人の行き来を許している。
古代地中海世界の櫂船の大きさをすごい簡潔に言いますと
一段、一段半~二段櫂船=小型
二段~三段櫂船=中型
三段~四段~五段櫂船=大型
五段櫂船以上(七段、十一段などゾロゾロ続く)=旗艦級の超大型船
になります。
固有名詞の言語はギリシア語とフェニキア語ですが、一部、それらを元にした造語もありますのであしからず。
感想や評価は励みになりますのでお待ちしております。
ただ、あんまり厳しいのは泣いちゃう。