古の艦娘達 ~ともあれ深海棲艦は滅ぼさなければならぬ~ 作:centurio_P
――西地中海 北アフリカ カルタゴ市
元々海上交易民族フェニキア人の殖民都市として始まったカルタゴは西地中海交易と各地の資源、豊かな北アフリカの食糧生産を独占することによって台頭した屈指の通商大国である。
人々は西地中海世界全域に張り巡らされた交易網、それらを結ぶ母都市カルタゴと植民地の領域を指して海上帝国と呼ぶ。
そのカルタゴはかつて深海棲艦の出現によって最も打撃を受けた国の一つであった。
しかし、海上交易からの利益を重視するが故に同時に最も早くからその対策を進めた国家でもあった。
艦娘を初めて船に乗せたのも、その艦隊によって深海棲艦の大規模討伐に成功したのもこのカルタゴである。
その歴史と伝統を今も継ぐ海軍には対深海棲艦専用の部門と艦隊、通称〝艦娘の船団《ルイプロアティムス》〟があり、母都市カルタゴから深海棲艦や艦娘を伴う海賊の活動が活発な地へ派遣され、西地中海の航路と沿岸の守護者となっている。
提督とミナキリアら艦娘達もそこに所属し、今は受領した新造艦の試験航海兼哨戒活動を終え、帰還したところであった。
カルタゴの港は商業港と軍港があり、それらは連結されている為、軍港に行く為には商業港を通る必要がある。
その商業港は、地中海世界各地からやってきた大小様々な商船でひしめいていた。
誘導船に続いて突如現われた巨大な軍船に、彼らは慌てて回避行動をとっていく。
すれ違う際、こちらに手を振る者達もいれば、見向きもせず、そそくさと脇を通る船もいた。
「流石は我らがカルタゴ。今日も港は船でいっぱいだ。神々よ平和に感謝します」
商業港の船の数はカルタゴの豊かさと平和の量りだ。提督は満足げに頷いた。
商業港の港湾門を通る際、城壁に据付けられた大型カタパルトやバリスタは変わらず海を睨んでいたがそこの兵士達はのんびりとしていた。
かつては、このカルタゴの間近まで深海棲艦が迫ることも珍しくなく、それを迎え撃つ海軍と艦娘を援護する為、城壁からも盛んに支援射撃が行なわれたものだが、これもまた平穏無事の証であろう。
商業港を抜ければカルタゴ自慢の軍港である。
特徴的な円形をしたこの港湾施設は地中海世界全土を眺めてもここだけの代物であり、カルタゴ海軍の象徴でもあった。
施設は艦隊司令部を備えた中央の小円部と外周の外円部に分かれており、その間を水路が走っている。
中央と外周の施設内は軍船用のドッグが並んでおり、軍船一隻一隻がその中に収容される。
そこでメンテナンスや修理が行われ、有事には出撃するのだ。
また、港内の水路は常に一方通行と定められており、港湾門から入り、反時計回りに進むことで港内を一周し、再び港湾門から商業港へ出るのである。
故に軍船の渋滞を防ぎ、効率の良い出撃と収容を可能とした合理的な構造となっていた。
商業港を通過し、提督達の船が軍港に近づくと軍港の港湾門の塔からラッパと太鼓の音が響き、信号旗が振られた。
〝無事ノ帰還、何ヨリデアル。入港ヨシ。事故ニ注意サレタシ〟
それに応えて海兵のラッパ手も手中のラッパを吹いた。
〝神々ト我ラガ艦娘ノ加護ヲ以テ。此レヨリ入港ス〟
「間もなくカルタゴ軍港!間もなくカルタゴ軍港!」
「配置に付けぃ!再度、各部点検!」
「両舷、縁盾、異常なし!」
「中央扉、異常なし!」
「バリスタ、矢玉箱、固定よし!異常なし!」
「砲門閉鎖よし!異常なし!」
軍港の港湾門が迫り、海兵達の間で慌しく命令と報告が飛び交う中、彼らの甲冑より多少目立つものを身に纏った男が提督の横に並んで言った。
「さて、カラステリはうまく抜けられますか」
「マスケル隊長。あの娘は勘が良い。落ち着けば大丈夫」
マスケルと呼ばれた男は、どうかなというように冑を脱いで頭を掻いた。
額に走る傷跡が目立つ。
提督より遥かに長く濃い髭にやや浅黒い肌、典型的なリビア人の兵士といったところであるこの男は提督の古い部下であり、船の海兵達を取り纏める隊長であった。
「では、門のところで船体を擦って櫂を折るのにシェケル銀貨三枚」
「私は賭けはやらないと知ってるだろうに」
提督の釣れなさにマスケルは笑いながら、冑を被り直した。
「つまらないですな。折角の艦娘のカルタゴ軍港初体験です。伝統でしょう?」
カルタゴの独特な円形軍港は入出の際、熟練した船乗りでも時折、戸惑うものである。
多数の水夫、海兵らの眼と注意があるのと比べ、船と一体になれるが故に一人で周囲と船の状態を把握し、操船しなければならない艦娘には、カルタゴ軍港の出入りは人が想像する以上に神経を使うものであるらしい。
経験の浅い艦娘が港湾門や水路で軽い事故――流石に艦娘であるので船を沈めることはない――を起こすのは珍しくないものであった。
それが何時しか艦娘の船に同乗する海兵達の間にカルタゴ軍港に始めて入港する艦娘が無事、それを達成できるか賭ける伝統を生み出していた。
なお、無事通過できた場合、賭けの勝者達から賞賛を込めて上等なワインと果実が艦娘に送られる。
事故を起こした場合では、艦娘が戦友である海兵達の賭けを知って落ち込むこと、海兵達から精進しろという意味でビールと安パンを奢られること、先達の艦娘達に私達もそうだったと笑って慰められることまでが伝統である。
「ふむ……じゃあ、無事な方にシェケル金貨一枚」
「おや」
「艦娘を指揮する人間が事故を起こす方に賭ける訳にはいかないだろう?信頼されてないと知ったらカラステリはたぶん泣く」
そりゃ道理ですな、と言いつつマスケルは提督に皮袋を差し出した。
提督が財布袋からシェケル金貨――タニト女神の横顔とカルタゴの象徴である馬が刻印されている――を一枚取り出し、それに入れるとマスケルは頷いて、袋の口を閉め、背後の海兵達に掲げた。
海兵達は事故に備えて、船の各所に散っていたが大半のものがにやついていた。
船が軍港の港湾門に迫るが、特に危うい揺れや挙動は無い。
どうやらカラステリは落ち着いているらしい。
大丈夫そうだ、と提督が思うや否や港湾門の塔から注意を促すラッパの音が響いた。
〝出港スル船アリ。注意サレタシ〟
どうやらちょうど出港する船がいるようだ。
前方、港湾門の左の影に二隻の三段櫂船が見える。
と、そこで船がぐらりと揺れ、進路が大きく右に逸れた。
突然のラッパと中型とはいえ二隻という船の数に慌てたらしい。
提督も突然の揺れに体勢を崩しかけたが、何とか踏ん張った。
海兵達はおぉっ、と歓声とも悲鳴ともつかない声を上げている。大きな事故にはならないと信じ、楽しんでいるのだ。
提督の視界の端ではマスケルが、こちらも体勢を崩しながら、やはり、と言わんばかりに肩を竦めていた。
進路は戻らない。櫂も不規則に動いていて、カラステリの動揺を表している。このままでは港湾門にぶつかるか、擦ってしまうだろう。もちろん櫂も折れる。
これはカラステリも安酒と安パンを味わうかな、と提督は思ったが、その時、船に声が響いた。
――落ち着いて。印象より門は大きいわ。すれ違う船の人達もベテランだから無視して良い。合わせてくれる。右舷の力を強めて。左舷は力を抜くの。大丈夫、カラステリ。できる――
声が響いてから数瞬後、それまでバラバラだった櫂の動きが揃い始めた。
左舷の櫂は動きを止め、右舷の櫂は勢いよく、海面を掻き始める。
進路が戻り始めた。
――いいわ。そのまま安定したら今度は右舷の力をゆっくり抜いて、左舷の力を込めるの。勢いよくやってはダメよ。こちらも少しずつだから――
声に従って、船の挙動は変化してゆく。
完全に進路が戻ると、よし、という声が海兵達から聞こえ、そのまま門を抜けるとやったやったと歓声が上がった。
出港してきた二隻はこちらの突然の動作にも慌てることなく、冷静に進路を調整していた。
すれ違う際、こちらが艦娘の操る船だと分かったらしい。
〝貴艦ノ操船、見事ナリ。才アル艦娘ニ幸ト武運アレ〟
そう賞賛を込めた信号と笛の音を送って出港していく。
提督がそれに軽く手を上げて応えているとマスケルが朗らかに言った。
「やれやれ、ミナキリアに救われましたな」
「見ておいてくれと言っておいて正解だった」
「提督は予測しておられましたな?だから金貨一枚と強気だった」
「いやいや、最初から信頼してたんだよ。的確に補佐するミナキリアも、それを素直に活かせるカラステリも」
話す二人の前では海兵達が拍手と口笛の中、掛け金の分配を行っている。
悔しげな顔をするものは一人といない。
「私の分はいいよ。それは上乗せして、良いご褒美を選んでくれ」
提督がそう言うとマスケルと海兵達は笑顔で敬礼した。
皆、自分達が乗る船の艦娘を大事に思っているし、その成功と成長は嬉しい。
カラステリは滅多に味わえない最高級のワインと山盛りの果物にきっと喜ぶだろう。
〝我ニ続ケ。ドックハ外周第215番デアル〟
そうしている間にも船は誘導船に従って軍港の水路を何事もなく進み、指定のドックに向かっていた。
このドックへの収容も問題なく終わったのは言うまでもないことである。
おじさんしか出てません。
あれー?
お話の都合上、史実を改変しているところは結構あります。あしからず。