古の艦娘達 ~ともあれ深海棲艦は滅ぼさなければならぬ~ 作:centurio_P
――西地中海 カルタゴ市 軍港
「疲れた疲れたつーかーれーたー」
悲鳴を上げながら歩くのは、肩にかかる程度の茶の髪と象牙色の肉感的な体、何処か稚気さを感じさせる顔つきの娘である。
しゃんと背筋を伸ばして歩けば、その大人びて柔らかそうな肢体と反面、無邪気な笑顔のアンバランスさで誰もが振り向くだろうが、今は猫背でどんよりとした、まるで死霊のような風体である。おかげでその魅力も半分以下であった。
「ラッパが鳴った時はほんとに焦ったよー。えっ二隻!ほんとに二隻!?聞いてないよてーとく!ってなったし」
「なに、それでもちゃんと立て直したじゃないかカラステリ」
髭を扱きながら満足げに頷く提督に娘――カラステリは首を、ではなく体全体を思い切り横に振った。合わせて髪と胸が大きく揺れる。
「あれはミナキリアさんのおかげー私だけじゃむりー。そもそも今まで一段半櫂船と二段櫂船しか動かしたことがなかった私だよ。あんな大きい船、櫂を動かすだけで精一杯だった」
胸元が開け気味な長衣を着ている上に猫背な為、唯でさえ零れ落ちそうな胸を横目で見ていた提督はそのまま眺めつつ、真面目な顔つきで口を開いた。
「でも、ミナキリアの助言をそのまますぐ動作に活かせただろう?それに入港直前までは落ち着いていたじゃないか。あの二隻がいなかったら何も問題なく入港できていたと私は信じてるよ」
「えぇ、カラステリ。提督の言うとおりよ。実際、私はあの時まで助言をする必要がないと思ってたわ。あの時だって、二回、口を出しただけよ。後は全て貴女だけでやり遂げたじゃない」
提督と二人の後ろを歩いていたミナキリアの言葉にカラステリは、ちらと横の提督を見上げる。
「……そうかな?」
こちらを見上げると同時に胸から眼へ視線を合わせる提督である。相変わらず、カラステリは猫背のままこちらを見上げている為、非常に眼福なのだが女性はこういう視線に敏感なのだ。
提督たる者、威厳を損なってはならない。
不安げに揺れる髪色と同じ茶の瞳を見つめながら提督は髭を扱きつつ、うむと頷いた。
「そうだよカラステリ。自信を持つんだ。カルタゴ軍港を初見で抜けられる艦娘は中々いないのだから」
「……うん、そうだね。結果おーらいだね!てーとくありがと!」
カラステリは華が咲くように笑うと、ぴょんと跳ねて提督に向き合い、お礼を言った。胸が上下に揺れる。提督は真顔のまま、胸へと行きそうになる視線を頑なに留めた。
「あぁ。……それでは私は元老院に呼ばれているからここでお別れだ。ミナキリアと一緒に〝聖居〟に帰りなさい。後でマスケル隊長達が君にご褒美を持ってくるから楽しみにしているように」
「わぁ、なんだろ!じゃあ、またねてーとく!」
カラステリはわくわくした様子で軍港内をパタパタと駆けていった。
「では、提督。後ほど」
「あぁ」
ミナキリアも提督に礼をすると、ゆったりと歩きながらカラステリの後を追う。
提督も体を翻して、歩き出そうとした時、その背に声がかかった。
「それと、提督」
「うん?」
提督が振り向くと、ミナキリアは目を細め、些か呆れ顔で続けた。
「カラステリは魅惑的な体を持っていますが、その心はまだ幼いのですから、あまり不純な眼で見ないで上げてくださいね」
そして、再びゆったりと歩き去っていく。
残された提督はしばらく立ち尽くした後、扱いていた髭を捻じった。
――北アフリカ カルタゴ市 市街
軍港から出るとそこはカルタゴの大市場と市街に繋がっている。
「さぁさぁ、この度、皆様にお見せしますは南部のガラマンティアから来た奴隷達!如何ですか、この屈強な肉体!お屋敷や農場での力仕事には最適だ!下の方もどれも〝ご立派〟ですからね、ご婦人方を満足させることもできますよ。あぁ、理解ある旦那様をお持ちの方に限りますがね!」
「お嬢さん!ねぇ、お嬢さん!ちょっと見てくれませんか!どうです、この素晴らしく美しく、かつ奇抜な金細工!遥か東の広大な平原の戦士達が作ったものでしてね。遠く黒海の王国からシリア、エジプトと長旅をしてきた貴重品です。それが今ならこのお値段。宴の際に自慢できますよ!」
「どうだね、この切れ味は。今の真っ二つはこの奴隷の腕だけじゃないよ。ヒスパニア中部産の良い鉄をこのカルタゴ自慢の工房職人達が注力して鍛えた業物だ。如何かね。母国の戦士に渡してみては」
カラステリは今日も乱雑に賑わう大市場に興味津々で、面白そうな店や屋台を覗いては品を眺めたり、手にとっていた。
ミナキリアはその後ろを見失わない程度にのんびり歩いている。
左腰に皮袋を、後ろ腰には目立たないように短剣を下げていた。
彼女自身はあまり物欲がなく、大市場は通り過ぎるだけのことが多かったが、提督の艦隊にカラステリがやってきてからはこうしてよく付き合ってやっていた。
「わっ、わっ!ミナキリアさん見てみて!これ良い色じゃない?」
ふらふらと回遊魚のように店を回っていたカラステリが手にとったのは緋色に金色の帯が走った生地である。
どうやら反物を扱っている店のようで、豪奢な服に身を包み、頭部を布で包み隠したそろそろ初老の域に入りそうなカルタゴ人の男がこちらをニコニコと見ている。背後で奴隷に他の生地を広げさせて見せているのが侮れない。
どれも上物で刺繍も繊細。やり手ね。感心してミナキリアは頷いた。
「そうね」
「これでパルラ《被り布》とか飾り帯作ったら綺麗だろうなぁ」
「あぁあぁ、実に良い。あんたが身に着ければフェニキア風でもギリシア風でも実に映えるよ」
カラステリが生地を頭に掛ける仕草をしたり、体に合わせていると商売っ気がやや抜けた笑顔でカルタゴ人商人は何度も頷いた。
「あんたみたいな美人に使ってもらえたら本望だ。お安くしておくが」
「うーん……ミナキリアさん?」
カルタゴ人商人の告げた値段は確かに相場からは幾分安い。が、元々が良品である。
カラステリは引き続き生地を合わせながら、ミナキリアを覗き見た。
この二人の場合、見かけはともかく、まだ子どもで奔放なカラステリの分も含めて財布持ちはミナキリアなのだ。
「ごめんなさい。そんなに手持ちはないんです」
ミナキリアは頭を下げながら言った。事実、そこまで現金を持っていなかった。
帰還したばかりであるし、艦娘であっても一見は歳若い女性である。
トラブルを防ぐ意味でも多額の現金を持つことは許されていなかった。
「うぅー、だよねぇ」
「そうかい。お屋敷の場所を教えてもらえれば届けに行くこともできるが?……そういえばお供はいないのかい?」
ガクッと頭を落とすカラステリである。
カルタゴ人商人も心底残念そうに言った後、ふと周りを見回した。
カルタゴ、そして、その母体となったフェニキア系都市では女性はよほどの貧者か天涯孤独でない限り、一人で出歩くことを風習的な意味であまり推奨されない。大抵は家族の男か使用人、または奴隷が傍にいるものなのだ。
カルタゴ人商人は、フェニキア系の富裕層の女性にありがちな装飾品過多の派手な格好をしているわけではないが、身なりが良く清潔な二人を良家か裕福な家の子女だと思っていたのだろう。
「あっ……いえ、私達は……それとお金ですが、そうですね。届けてもらえれば私が払います」
「あんたが払う?」
「えっ、ミナキリアさん買ってくれるの!?」
家ではなく齢十六前後にしか見えない娘自身が払うということにカルタゴ人商人は目を丸くし、カラステリはバッと傍らの艦娘を見た。驚きのあまり手にした生地を放り投げ、それを店の奴隷が慌ててキャッチしている。
先達であるこの青みがかった黒髪の艦娘は〝お固い〟ので基本的にカラステリを甘やかさない。
自分の艦娘としての才能を認めているが故にであり、下手に温くないところがカラステリも一人前として扱ってくれるようで嬉しいのだが、この場合はやんわりと断るだろなと正直なところ思っていた。
「何を言ってるの?あなたは今日、軍港を抜けたでしょう?私からのご褒美よ。他にも選んでいいわ」
「……ぅわーい!ミナキリアさんありがと!」
「ふふっ……買った生地で良いものを作って提督に見せてあげなさい。きっと喜ぶわ」
ひゃっほー!とカラステリはミナキリアに抱きつき、ミナキリアもそれを微かに笑って受け止めた。
一方、カルタゴ人商人は言葉の中に聞き流せない単語があることに気づいた。
「デ、提督《ディムスト》?まさか……」
「ご主人。届ける場所ですが、ここを北に出て、聖域の手前ビュルサ城砦の脇を北東側に通った〝艦娘の聖居《ルイプロア・ケセト》〟と言えばわかりますか?」
「やっぱりあんた方、艦娘《ルイプロネ》か!こりゃあ驚いた!」
ミナキリアが腰に下げた袋から、この国の艦娘の証である手の平に収まる程度の楕円形の石板を取り出しながら言うとカルタゴ人商人が大声を上げ、使用人や奴隷、周囲の客もざわついて艦娘達をみた。
「いやいやいやいや、こんな近くで見たのは初めてだ。なんとまあ普通の女の子にしか見えないじゃないか」
「ミナキリアさん…」
カルタゴ人商人が何度も自分の首を撫でながら言う中、カラステリはそっとミナキリアの服を摘んで引いた。
見ると周囲の目を集め始めていた。艦娘達を拝む者もいれば、険しい顔で見る者もいる。
カルタゴ人商人も気づき、罰の悪そうな顔になった。
「こりゃすまない…悪いことをしたかもしれない」
「いいえ、お気になさらないでください。では、私達はこれで。生地の方、お願いします」
ミナキリアは素早く言うとそのままカラステリを伴って歩き始めた。人込みが割れる。
後ろでカルタゴ人商人が何か言っていたが立ち止まらなかった。
――西地中海 カルタゴ市街 ビュルサ城砦の近く
ビュルサ城砦はカルタゴの北西部、古代都市ならば概ね存在する小高い丘にある宗教区画〝聖域〟と市街の間に築かれた強固な砦である。
元々、聖域と城砦を含む一帯は〝ビュルサの丘〟といい、カルタゴの始祖ディドーらが始めて入植した際の領域であった。
後のカルタゴ旧市街ともいうべきものであり、それがカルタゴ市が拡大するにつれ、聖域と城砦、そして、一部の居住区に整備されたのである。
ミナキリアとカラステリはそのビュルサ城砦の南東城壁脇を歩いていた。
今は仕舞っていた楕円形の石板も繋がれた紐で首に掛けている。
よく見れば、船とそれに乗る少女の姿が繊細に彫られていた。
「むぇー他にも良いのあったんだろうなー」
「ごめんなさい。私のミスだわ。ちゃんと前置きしてから伝えるべきだった」
手を後ろ手に組んで不満気なカラステリの横で申し訳なさげに謝るミナキリアである。
「あ、ううん!謝らないで!あんな良い生地、もらえるだけで嬉しい!」
カラステリは慌てて組んでいた手を解き、顔の前で振りつつ応えた。
「でも、他にも上物があったのは確かよ。せっかくのご褒美だったのに……」
提督以外の前では比較的、感情を表に出さないミナキリアも流石に眉根を寄せて後悔しているようであった。
カラステリは仕方ないよ、と空を見上げて言った。
「だって、あのままだとめんどくさいことになったし。市街に出るときは人とトラブルを起こさないようにって、てーとくやもっとえらい人たちがいつも言ってるじゃん」
「……そうね」
二人が歩いている場所は市街とビュルサの丘を結ぶ大通りからは外れており、閑散としているが人がいないわけではない。そして、この道で佇んでいる人々はほぼ全てが〝艦娘〟を目的としていた。
二人が近くを通り過ぎようとすると深くお辞儀をし、手に盆を持つ者はその上に載せた豆やパンのかけら、一枚の硬貨を捧げる。二人が会釈等で応え、盆の上のものを受け取るとますます深く頭を下げ、二人が通り過ぎた後もしばらくその姿勢を維持していた。
道の半ばまできたところで、道の片隅でそわそわと落ちつかなげにしていた中年の婦人が二人の前に飛び出し、跪いた。
「あぁ、あぁ、よかった!艦娘《ルイプロネ》様方ですね!どうか、どうか、わたしの願いをお聞き届けたく!」
突然のこれに、流石にカラステリはギョッとして後ずさったが、ミナキリアは動揺することなく、地面に頭を擦り付ける勢いで跪き続け、手を組んで懇願する婦人の傍に膝を着いた。
「落ち着いてください。艦娘は貴女の言葉をしかと聞き届けます。どうしましたか」
「あぁ…神々よ感謝します……。わたしの息子は船乗りなのですが、先日、長年の夢だった自分の船を手に入れ、明日、初めての航海に出るのです。その目的地の途中に、あの恐ろしき〝深き海に棲まうモノども《ヴァシアム・テラシネ》〟が出没する海域があると聞いて!三人兄弟で兄達は全て海であのモノらに襲われて死にました。最後の息子なのです。すでに神々に捧げ物をし、無事を祈ったのですが、どうか、どうか、神と繋がりしあなた様方からも祈り、神に私の声を届けてくださいませんでしょうか!お願い致します。お願い致します…」
顔を上げず婦人が述べた内容にミナキリアは頷いた。
「私達は巫女ではありません。共に祈ることはできますが、確実に神々に声を届けられるかはわかりません」
「いいえ、いいえ!神々からあれほどの力を頂き、人を救い、あの忌まわしきモノを滅ぼすべく戦う使命を授けられたあなた様方の祈りが、どうして神々に通じないでしょうか!」
跪いたままの姿勢なので婦人にはわからなかったが、この時、膝を着くミナキリアの後ろで立ったままのカラステリは僅かにため息を吐いた。
ミナキリアが婦人の手をとる。
「わかりました。祈りましょう。顔を上げてください。あなたの家、血族が信仰する神はなんでしょうか」
「あぁ、感謝します…感謝します。メルポセイディムです」
ギリシアの海神が変質した辺境の神だったかしら。そう頭の中で該当する神を思い出しながら、ミナキリアは感情が高ぶって涙を流していた婦人に膝を着かせた。
「では、共に」
「はい…」
婦人が持参していた豆を一粒ずつ、共に口に含む。
そして、手を胸の辺りの高さで、手の平を上にして構えると目を瞑り、呟いた。
「この者、そして、この者の血族が崇めし海と風のメルポセイディムと連なる神々よ。海と繋がり、海を守りし艦娘の言葉をお聞きください」
「どうか、メルポセイディムよ。わたしの息子をお守りください。わたしの息子…」
「ミナキリアさんはやっぱりすごいね。よく付き合うよね」
祈りが終わり、歩き始めた二人の後ろで婦人はこちらに向かって再び跪いている。
それをちらと見つつ、カラステリは言った。
「これも与えられた使命のひとつなのでしょう」
「でも、私達って戦うことしかできないんだけどなぁ。初めに〝なんかすごいの〟から話しかけられて、艦娘になったのは事実だけどさー。それっきりだし」
「人にはわからないし、信じられないわ。あの人達にとって、私達はその〝偉大なもの達〟に近き者。そういうものなのだから、縋りたくなるのよ」
人は未知を恐れ、神秘を畏怖し、崇める。
その対象は人と共に戦う艦娘も時に例外ではない。
むしろ人に近しいからこそ、より複雑な立場に置かれ易いという話でもあった。
その好例として、今、二人が向かっている艦娘達の暮らす〝聖居〟の位置があった。
〝艦娘〟とは、超常的な存在から力や加護を与えられた存在である。
その住居は何処にすべきか、かつてカルタゴは元老院から市民まで激論になった。
あるものは〝聖域〟内にすべきだと主張した。彼女達は神々と対話した、云わば神官や巫女に近い、もしくはそれ以上の者達だ。ならば、神々にもっとも近き聖域が相応しいと。
これに同調する者は多かった。
人を守り、助けてくれる艦娘に感謝や親しみを感じる者は言うまでもなく多数であったし、更に艦娘を神格化し、崇める者もいたからだ。
だが、反対意見も目立った。
〝艦娘〟達は確かに力を与えられたが、何にそれを与えられたかはそれぞれに違う。
偉大なる神々から頂いたと主張する者もいたが、所謂、人に害なす魔物や悪神とされるもの、神々と比較すれば取るに足らぬ精霊や妖精からもらったという者もいた。
その為、聖域に置くには相応しくない。偉大なる神々と悪神の類や格下のものを同列にするわけにはいかない。それらから力をもらった者が聖域を大手を振って歩き、場を穢すなどとんでもないことだというのであった。
また、艦娘になる前の女達の身分や職業も問題となった。貴族の子女や神殿の巫女ならば何も問題はない。市民であれば、職に問題があってもあまり目立つものではない。
だが、艦娘の中には奴隷や娼婦、流浪の民も含まれていた。
これは彼女達に好意的な人々であっても、それを聞けば眉を顰める者が少なくなかったし、いわんや都市でもっとも高貴で聖なる場所である〝聖域〟で暮らすことなど認め辛いものであった。
では、市街はどうかというと問題外である。
混乱が間違いなく予想されたからだ。
二人が出遭った婦人のような人々がまず、詰め掛けるのは想像できたし、逆に艦娘を恐れる人々……艦娘が深海棲艦と同じ方法で船を動かし、絶大な力を持つことによる不信や恐怖を持つ人々もおり、それらからの懸念や反発もあった。
これは人を守るのではなく、海賊等に伴われて人を襲う艦娘の存在も事実、確認されていた為、無視することもできないものであったのである。
都市の城壁外という意見もあったが、これもまともに扱われなかった。
都市の外に敢て住居を用意するというのはこの時代、余所者であり、市民でも同胞でもないと一般的に扱うということである。
艦娘をそんな扱いにすることはできないし、艦娘からの心象が悪化したらどうするという意見に封殺されたのだ。
結局、激論の末、混乱を避けるということで、そして、艦娘達自身もそういった問題や特別すぎる扱いを懸念した為、聖域と市街の間、ただしビュルサの丘を守りしビュルサ城砦の城壁外であり、人気はないが、市街を見下ろせる場所ということでビュルサの丘南東側に〝聖なる居〟は作られたのであった。
この住居を何と呼ぶかについても一悶着あったのだが、それも議論と妥協と調整の結果、単純にフェニキアの民の言葉で〝艦娘の聖居《ルイプロア・ケセト》〟と呼ばれるようになっていた。
「それよりも本当にどうしようかしら。もっと色々貴女に買って上げたかったのだけれど」
ミナキリアはまた眉根を寄せていた。
どうやら、才能豊かな後輩の艦娘にご褒美を上げる機会にケチが付いてしまったことをまだ引き摺っているらしい。
彼女は冷静で、感情をそう表に出さないが、出さないだけで情が〝強い〟。
がんばった後輩を褒めて報いてあげたいのだ。
その様子を見て、カラステリは指を口元に当て、んーと考え始める。
そして、ポンと手を打った。
「じゃあねぇ、ミナキリアさん。別の物で埋め合わせしてくれれば、私、いいよ。でも、良いの選びまくるからね私」
そういってニッと笑う彼女にミナキリアも険しい顔を綻ばせて、ありがとうと言った。
「貴女は善い子ね。カラステリ」
「えっ、そーかなーえへへ」
ほんの少しだけ背が低い為、手を伸ばして頭を撫でるミナキリアと照れるカラステリの後ろからおーい、と呼びかける声が聞こえる。
二人が振り返るとそこには先ほどのカルタゴ人商人がビュルサの丘への坂道を登ってくるところであった。
後ろには二人ほど奴隷が続き、頭の上や肩に荷物の入った籠を載せている。
全員息が切れていた。どうやら急いで後を追ってきたらしい。
「い、いやいや……いや、よかった。追いついた。この道であっていたようだ」
「ご主人?どうしたのですか?」
カルタゴ人商人が息を整えながら言うとミナキリアはカラステリを背後に回し、怪訝そうに彼を見る。
彼は首を撫でながら、謝罪しようと思ってな、と零した。
「謝罪なんて…」
「まあまあ。わしはシアナという。若い頃、駆け出しだったわしは、例の深海棲艦に襲われてな。そこをあんた方に救われたことがある。後ろのケスハルもそうだ」
言いかけたミナキリアを片手を挙げて遮り、カルタゴ人商人――シアナは言った。
後ろの奴隷の内、年嵩の方も頷く。
「その時は、船上からあんた達が駆る船を見ただけだったんだ。だから、どんな娘さん達なのか気になってたんだよ。船の中で彫像のようになってるとか、化け物どもを倒すことしか考えてなくて人なんて歯牙にもかけないとか、人の姿はまやかしで宝石とか船が本体だとか色々噂は聞いていたがな」
シアナの言葉に、分からない程度に苦笑する艦娘達である。
彼の言葉にあったのはよくある艦娘への偏見であったからだ。
「それがこんな美人で人間臭い女の子だとは思ってみなくてな。つい、声を上げてしまった」
そこでシアナは頭を下げた。同時に彼の後ろの奴隷達も同様に頭を下げる。
「すまんかった。休暇だか知らんが邪魔をしてしまった。あんた方も特殊な立場だ。市井の煩わしさもあるだろうに」
「……あの時、言ったようにお気になさらないでください。ご主人の驚きはよくあることですし、私のミスでもありましたから」
シアナ達に対し、ミナキリアは首を横に振った。
そして、彼らが現れてからずっと後ろ手に握っていた短剣の柄をさりげなく離し、うっすらと微笑んで、一礼した。
「態々、ありがとうございます。貴方の謝罪と私達を人間臭いと言ってくれたこと、嬉しく思います」
「うん!おじさん、ありがと!」
微笑むミナキリアとその後ろからぴょこっと頭を出して言うカラステリに、シアナ達も救われたように笑った。
「それで、謝罪だけではないのですよね?」
ミナキリアが小首を傾げて言うと、若干、商人の顔で苦笑したシアナは後ろの奴隷達の持つ荷物を指した。
「実はわしはビュルサの丘まで来たことはないんだ。だから聞いた道があってるか確認するついでに品物も届けようと思ってね」
「あの生地だけにしてはなんか大荷物じゃない?」
カラステリがミナキリアの横に並ぶと同様に首を傾げて訊ねた。
確かに奴隷が持つ荷物は生地一枚だけではない多さである。
「あんた方、ああならなければ、他にも選んでくれるつもりだったじゃないか。だから、向こうで更にお買い上げしてもらおうとね、持ってきたんだよ。どれもうちの店で最上の物だ」
「えっほんと!?」
「……聖居の中までは入れませんよ?」
ピンと体を伸ばすカラステリと微笑みつつも片眉を上げるミナキリアである。
「あぁ、知っとるよ。男は許可された者しか入れないんだろう?なぁに、初心を思い出して、入り口前の道端に露店を開くさ」
笑うシアナは、そこでミナキリアの傍に寄り、神妙にそっと呟いた。
「それに、だ。艦娘の住む場所だ。あんた方みたいな美人が沢山いるんだろう?その娘さんらにも選んで買ってもらえたらなおさら良い。もちろん、あんたにも似合いそうな色と柄の奴を用意してる。深い藍染めの奴なんだがな、どうだね」
「ふふっ……歓迎します」
商魂逞しいカルタゴ人の鑑に、ミナキリアも今度は素直に笑った。
やっと女の子達メインの回がでました。
次はちょっぴり間が空くと思います。
挿絵や図解などは必要だと思いましたらやっつけながら順次入れていくので、疑問点や分かりにくいところなどありましたら感想に混ぜていただけると助かります。
あ、でも、人物の挿絵などは画力的な意味で難しいです。