古の艦娘達 ~ともあれ深海棲艦は滅ぼさなければならぬ~   作:centurio_P

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挿絵と地図、それとこの作品の代わりの合同本用原稿を書いていたら間が空いてしまいました申し訳ない。


第三話 元老院

――北アフリカ カルタゴ市 バアル・ハモンの神殿

 

 

 意外に思われることも多いが、カルタゴの元老院には議会場というものは存在しない。その時の議題、季節によってカルタゴのそれぞれの神々の神殿にて、議会が開かれ、議論と採決が行われるのである。

国家の行く末を決める重要な議会は、カルタゴの最も高貴なる選ばれし人々が神々の名の下に行い、その議論と決定をその神殿の神々が見届ける神聖にして崇高なものなのだ。

 少なくともカルタゴ人達はそう考え、今日も天なるバアル神の神殿にて、その議会を開いていた。

 

 

 今日も荒れてるな、と提督は聞こえてくる議会の内容に思う。

 提督自身は、軍港から一直線に来たはいいがまだ出番ではないとされ、今は神殿の一角に用意された控えで寛いでいた。

 

「諸君、今回のカルタゴ市民権の拡大動議は真に愛国的で国家の為になる……」

「反対に決まっている!カルタゴの崇高な市民の権利を、リビア人はともかく、他のアフリカ蛮族どもにまで許すなど、どうかしている!」

「そうだ、そも三十年前のリビア人への権利拡大も本来は許されぬことだったのだ!それを一部とはいえ、許しただけでも大変な譲歩であり、神々と市民の怒りを買いかねんことであったではないか!それを更に拡大しては、カルタゴに混乱と変質は避けられん!」

 

 奥に偉大なるバアル・ハモン神の彫像が鎮座し、本来は威圧的で荘厳な空気を漂わせている神殿もこの時ばかりは騒がしく、乱雑であった。議員達が激しく意見を戦わせているのだ。

 神殿内の柱に寄りかかっている者もいれば、用意された椅子に座っている者もいる。

 今は中央の開けた空間の、動議を提出した者を中心にそれぞれが怒声を飛ばしていた。

 

「だが、兵が足らんではないか!」

「今まで通り傭兵の数を増やせばいい。金はいくらでもある」

 

 陸ならそれでいいのだが。提督は出てきた椀の塩を少量混ぜた水を啜りながら思った。

 石造りの神殿は夏の暑さで一気に熱が篭るのに、議員達の熱い議論で更に熱く感じる。

 水は温かった。

 

「足りないのは海軍、特に海兵だ!カルタゴ海軍の海兵や水夫は市民、もしくは同盟市民でなければならぬ!そして、最早、海軍へのそれら志願は限界に陥りつつある!」

「左様、それを補う為に徴募となっては商船の水夫や市内の市民を動員せねばならぬ。それではカルタゴの交易と生産、果ては経済全体に悪影響がでよう」

「深海棲艦の活動が近年、また活発化している。それに合わせて、航路の不安定化、海賊の出没もありえる。また隣国もシチリアへの食指を再び伸ばし始めている。海軍の増員、軍船の新造、これらは急務ではあるが……」

「属領都市や同盟都市に兵力供出を要請したらどうだ」

「戦争でも深海棲艦の大侵攻が確認されているわけでもないのにか?どの都市も渋るだろう」

「西地中海を守っているのはこのカルタゴだ!」

「だからといって暴君の如く振舞ってはいかん!深海棲艦の前に我らが敵となってしまう。ハドゥルメトゥム市の反乱を再現する気か!?」

「では、この冒涜的な動議を承認しろというのか!」

 

 ここで、本日の議会の進行役であるバアル神殿の神官長がその手に持った杖で激しく床を突いた。

 カンカンカンカン、と神殿内に音が響く。静粛に、という合図に議員達は口を噤んだ。

 しばらく沈黙が続いたが、一人の議員が挙手し、発言を求める。それを神官長が許可するとその議員は中央に進み出て、先の動議を提出した者の横に並び、口を開いた。

 

「スフェト・サビス、スフェト・ハンニバル。この度の動議は、意図は理解できるがそのまま承認するには非常に慎重にならざるを得ないものだと思われる。お二方の意見をお伺いしたい」

 

 スフェト、と官職名を付けて呼びかけられた人物は両人とも神殿内で一際立派な椅子に座る者達であった。

 カルタゴの現体制におけるスフェトとは、他国では選王や執政官という意味で理解される官職であり、最高権力者である。元老院の中で公職に付いた事がある者から選出され、各種司法上の職権を持ち、元老院を召集、主催し、諸問題を委ねる。そして、元老院で纏まらない場合は、さらに民会を召集することもできた。

 このように絶大な権力を持つのであるが、独裁を防ぐ為、スフェトは常に二名であり、共同統治者として時にお互いを監視し、時に協力し、時に元老院内の派閥や諸問題の仲介または調停を行うようになっている。

 

 現在のスフェトである二名の一方、サビスはやや細面で口元を完全に覆う立派な髭、穏やかな目元の神官のような男である。名門ではないがカルタゴの高級役人や殖民地総督になることが多いゲルノ一門の出であった。

 もう一方、ハンニバルは鋭く知的な顔つきに短く綺麗に整えられた髭、がっしりとした体つきの武人然とした男であった。実際、ハンニバルはスフェトに選出される前はカルタゴの将軍であり、西のヒスパニア植民地にて蛮族相手に多大な戦功を上げていた。生まれも代々、軍人の名門バルカ一門である。

 

 スフェト達は、一度、顔を見合わせるとどちらともなく頷き、まず、サビスが口を開いた。

 

「スフェトとしての発言の影響を鑑み、質問に対し、スフェトに備わる拒否権限を使用させていただく」

 

 何も応えないという予想外の発言に議員達が騒然としかけたが、サビスがハンニバルに発言を促す仕草をすると一先ずは黙った。

 そのまま場が完全に静まるまで待ち、ハンニバルは口を開いた。

 

「海軍において、兵が不足しているのは事実であるから、私としては何らかの措置は願いたいところである。しかし、この度の動議における他のアフリカ部族への市民権拡大は聊か、国内に混乱を招くものではないかとも考える」

 

 やり過ぎではないかという意味を滲ませた発言に、反対派議員達は頷き、動議を提出した者やその賛同者達はざわめく。それをハンニバルは片手を挙げて鎮めると続けた。

 

「しかし、元将軍として言わせていただくならば、現状のままでは、確実にカルタゴに暗雲を呼び込むものであるからして、ある程度の市民権拡大はやはり、必要なものであるとも考える。つまり、私としては修正案を提案させていただく」

「それは?」

 

 修正案、と方々で囁かれる中、スフェト達に意見を求めた議員が訊ねた。

 

「アフリカ部族への市民権拡大は無しか、友好的な同盟部族に限り、一部を認める。代わりに、今まで一部、認めていたこのカルタゴやその同盟都市、従属都市や集落のリビア人達への更なる市民権の拡大を。少なくともこのカルタゴの影響下にあるリビア人達は長年の同盟者にして、よく仕える臣下にして、親愛なる友人。それらを真の同胞として市民への道を開くことは決して間違いではないし、神々もお許しになることだと私は考える。そして、当座の海軍の補強として、陸軍から海軍に正規兵を回すのはどうか。陸軍の空いた戦力は傭兵で埋められよう」

 

 ハンニバルの言葉に、議員達は再びざわめいた。

 ある者はなるほどと頷けば、またある者は何を言っているのだと隣の者と囁いた。

 

 ははぁ、スフェトの方々の間ではどうやら話が付いてるらしい。提督はそれを眺めながら内心、頷いた。

 スフェト・サビスは原則的に反対なのだろう。だが、元々は海軍の戦力補強の為の動議である。権威あるスフェトが積極的に反対意見を述べれば、更に反対派は勢い付き、それこそ元老院は真っ二つに割れ、急を要するカルタゴ海上帝国の要たる海軍の補強はおざなりにされ、カルタゴの権益、引いては西地中海世界を危険に陥れるかもしれない。それをするのは好ましくない為、スフェト・サビスは拒否権限を用いて沈黙を保った。

 スフェト・ハンニバルは元将軍として、より直近の危機感を持っているが、無制限に市民権拡大を許せば、国家の混乱と変質を招くのは必然であるし、反発と乱を生むのも理解している。

 恐らく、何らかのルートで今回の動議の内容を知った二人は事前に話し合い、修正案の提案というところを落としどころと決めていたのであろう。そして、今代のスフェトは典型的な文官と軍人に分かれている。その為、元将軍のハンニバルに発言させることで説得力を持たせたというところか。

 まさにスフェトとしての調停と修正を行ったわけだ。スフェト達に視線を移しながら提督は思った。

 

 ざわめきが収まらない中、今度は沈黙を保っていたサビスが言った。

 

「どうでしょう。スフェト・ハンニバルの修正案を元に、具体的な年数、拡大する権利の範囲、対象を煮詰めて、後日、元老院にて再度、動議を提出しては。その時でも意見が割れるようならば、我らスフェトは動議を民会に委ねるでしょう」

 

 元老院にて決着が付かない動議や問題があった場合、カルタゴではスフェトによって民会が召集され、市民達の話し合いと採決によって決着がされる。

 サビスの物言いに、動議を提出した者、スフェトに意見を求めた者、両名が頷き、中央から下がると議員達も収まった。

 それを見届けた神官長が、次の議題を、と進めると新たな議員が挙手し、新たな議題に対して意見と動議を提出する。

 それに対する疑問と反論、また神殿内は騒がしくなっていった。

 

「んぬ?これは遅れたかと思ったが、まだ続いていたかの」

 

 引き続き、その光景を眺めながら寛いでいた提督は背後から聞こえてきた声に慌てて立ち上がり、振り向いた。

 

「〝大将軍《ラビム・マフノト》〟ヒミルコ。いらしてたのですか」

 

 そのまま提督は敬礼する。

 ヒミルコと呼ばれたのは金色に光る青銅の鱗鎧を着た老人であった。

 冑は被らず、腰から吊るしている。

 薄い頭髪と髭に白いものが混じっている…というより大部分がそれであった。

 すでに齢六十を超えていたはずだが、重い甲冑姿にも関わらずしゃんと立っている。

 その後ろには女官が続いていた。

 

「おうおう、〝第三艦隊《ギメレ・ディムス》〟の提督か。久しいの。結構結構。生きて戦果を上げておったようだの」

 

敗北すれば、もしくは碌に功績を上げられなければカルタゴの将は百人評議会という監察機関による査問と裁判が待っている。

 聊か笑えないことを言い、堅苦しくしなくてよいと身振りで示しながら、ヒミルコは、提督の隣、女官が引いた椅子に座った。

 

「はい、神々の加護とヒミルコ様の薫陶を持ちまして」

「ほっ、神々の加護は確実にあろうが、我が薫陶とは何十年前の話か。後は全てぬしの才覚によるものよ」

 

 頭を下げる提督に、ヒミルコは片手で冑の鶏冠飾りを撫でながら、からからと笑った。

 ヒミルコはかつて提督の上官であり、従来の人の軍団や艦隊で戦功を上げただけでなく、艦娘の艦隊も指揮したことのある最古参の将軍である。

 提督はその指揮下の若き青年将校として共に海と陸を駆け、戦った間柄であった。

 あまり長い期間ではなかったが、提督はその時のヒミルコからの教えや姿勢を心に秘め、常に規範として戦ってきていたのだ。

 かつて大学《アカデミア》大学にて教わった講師らとは別に師のようなものであった。

 

「聞いたぞ。旗艦級の新造艦をもらったとか。具合はどうかの」

「私にはもったいない良き船です。今日、その試験航海から戻ってまいりました」

「娘っ子達はちゃんとその船を扱えたかの?」

「問題なく。一人はそれで初カルタゴ軍港入港を無事故で済ませました」

 

 それは真に重畳、と言いながら、ヒミルコは神官が持ってきた提督と同じ塩入り水をぐびりと飲んだ。

 そこでヒミルコの後ろで控えていた女官が口を開いた。

 

「お兄さん、その艦娘は星の井戸《カラステリ》?」

「はい、イステ様。カラステリです」

 

 ただの女官ならば叱責されるであろう物言いであったが、提督は丁寧に礼をとりつつ、応えた。

 潤す黒と言う意味の名、イステと呼ばれた女官は、その名とはそぐわない豊かな金色の髪を貴婦人のように複雑かつ美麗に結い上げた齢三十辺りに見える女である。薄く開かれた目と黒曜石の填められたサークレットが印象的であった。

 

「あの子もそろそろ一人前」

「はい。我々は再編成が終わるまではこのカルタゴに留まるでしょうし、よろしければ一度、お褒めの言葉をかけてやってください。〝艦娘の長《ルイプロアテノ》〟から直接、頂ければあの娘も大層喜ぶかと」

 

 艦娘の長《ルイプロアテノ》とは、文字通り艦娘達を取り纏める者であり、イステはその今代である。

 カルタゴにおいて、艦娘達の間で明確な序列は定められてはおらず、何となくの年功序列が意識されているだけであるが、それでも集団として纏める者、対外的に何かしらの代表者は必要であるとされた為、艦娘の船団の初期に誂えられたものだ。

 艦娘の特殊性から政治的な実権などはほぼないと言ってよいが、艦娘の代表者として元老院やスフェトに助言をすることもあり、権威ある者として人々から一定以上の敬意を受ける立場であった。

 同時にイステはかつて提督がヒミルコ指揮下にいた青年将校だった頃、ヒミルコ乗艦の艦娘であり、その時に提督は彼女から艦娘のあり方や接し方を学んだものだった。彼女もまた師のようなものである。

 イステはやや困ったように眉尻を下げた。

 

「私はただのお婆ちゃん。それにあの子は私と会うと兎みたいになる。親しまれてない」

「あぁ…」

 

 イステの言葉に、この艦娘の長の前に出るとピンと背筋を伸ばして顔を強張らせる茶の髪の娘を思い出しながら、しかし、提督は首を横に振った。

 

「違いますイステ様。あの娘は、貴女様を恐れているわけではありません。大先達である貴女様にどう接したらいいかわからなくて緊張しているのですよ。ミナキリアに対しても、はじめそうでしたから」

「千の月《ミナキリア》?」

「はい。ミナキリアと貴女様の雰囲気は少しばかり似ています。だから、よろしければそちらから優しくしていただけると、すぐ解れるかと」

 

 元々、人懐っこい娘ですから。そう提督が続けるとイステは数瞬考えて、こくこくと頷いた。

 

「やってみる。ありがとお兄さん」

「はい、よろしくお願いします。それにしても……」

 

 提督は苦笑した。

 

「そろそろ、その〝お兄さん〟は止めていただけませんかイステ様。私も、もう三十男ですし、一個艦隊の指揮官でもあります」

 

 対して、イステは微笑んだ。

 

「お兄さんはお兄さん。昔のかわいいお兄さんのまま」

「いやぁ、困りますな……」

 

 青年将校の頃に世話になったこともあり、提督は彼女に頭が上がらない。

 髭を捻じりながらぼやくと、傍らのヒミルコが笑って、提督の肩を叩いた。

 

「諦めた方がいいぞ。こやつはわしが若い頃もこうだったからの」

 

 艦娘は不老不死ではないが、基本的に老化が遅いとされる。

 イステは、現在、生き残っている艦娘達の間で最高齢と言われ、恐ろしいことにカルタゴによる史上初の深海棲艦大規模討伐にも参加していたと噂される艦娘であった。

 カルタゴ海軍全ての高官達は彼女に師事されたことがあるか、乗艦したことがあるという冗談があるほどである。

 

 イステは、男達を見つめながら、微笑んで再度言った。

 

「私はお婆ちゃん」

 

 

 

 

「しかし、大将軍であるヒミルコ様が元老院に呼ばれるとは、何処かの大国と戦争でも?」

 

 あながち冗談でもない面持ちで提督は訊ねた。

 ヒミルコの〝大将軍《ラビム・マフノト》〟とは、単なる称号ではなく、軍の長を意味し、カルタゴ陸海軍の頂点に立つ最高司令官を表す。

 その大将軍が元老院に呼ばれるということは、大事の可能性が高いのだ。

 

「んむ……まあ、ぬしにも関係のあることだ」

「私に?ということは次の任務は大事ですか」

「さてさて…ん?おうおう。それがはじまるようだ」

 

 ヒミルコの言葉に提督が議会の方を向くと、いつの間にか次の議題に移っていたらしい。

 そして、神官がやってきて、間もなく呼ばれます、と提督に囁いた。

 

 

 

「諸君。次の議題についてだが、まず、見知った者も多いだろうが一人の英雄を紹介したい。それはこのカルタゴの海の守護者の一員。西地中海の秩序を維持する者。艦娘と共に戦い、艦娘を指揮する者」

 

 スフェト・ハンニバルの口上が響く。

 非常にむず痒くなるそれに耐えながら提督は嫌な予感を覚えていた。

 提督は着実に任務をこなし、それなりの数の深海棲艦を撃破し続けてきた自負はあるが、英雄と呼ばれるほど大層な戦果を上げた覚えはない。

 ミナキリアは自分を、近いうちに〝大提督《ラビム・ディムスト》〟に成れると言ったが、自身をそこまで才があると思ったことはないし、英雄と呼ばれるに相応しい大将軍ヒミルコや今まさに自分を持ち上げているスフェト・ハンニバルには遠く及ばないとも思っていた。

 客観的に見て、それは事実である……はずである。

 しかしながら、例え事実に基づいていても自己評価などは当てにならず、周囲からの評価こそが〝真実〟となりがちであり、好まれることも提督は知っていた。

 

「では、紹介しよう。我らがカルタゴの栄えある〝艦娘の船団・第三艦隊《ルイプロアティムス・ギメレ・ディムス》〟の提督《ディムスト》……」

 

 続けて名前を呼ばれたところで拍手が巻き起こると、提督は覚悟を決めて中央に進み出ていった。

 なお、ヒミルコとイステは今は議員達に混じって席に着いている。

 その顔はまるで孫が、初めて宴に出て紹介に与るのを見守るようなものであった。

 無論、提督は彼らを師と仰いではいるが、彼らの孫ではないし、社交界には既に何度か顔を出してはいたが。

 あれは面白がっているなと思いつつ、提督は拍手が続く中、スフェトと議員達に一礼した。

 

「高貴なる皆様方にこうして紹介され、歓迎されることは身に余る光栄です」

 

 ほんとうに、と心中で付け加える提督である。

 実を言うと提督も高貴な身分なのだが、特殊で特別な艦娘の艦隊を指揮するとはいえ、所詮、一介の軍人であり、提督でしかないのだ。このようなことになるとは予想外であった。

 今まで元老院からの任務は艦隊司令部を通して間接的に受け取るか、呼ばれても軽く通達されるだけであったし、他には報告や意見を求められるぐらいしかなかったのだ。

 それが突然のこの扱いなのだから、事実、過大であり、身に余るものであった。

 つい髭を捻じりたくなる衝動を抑えながら、提督は真面目な顔を作りつつ、議員達の好奇や疑念の混じった視線に耐えていた。

 正直なところ、気分は四方から槍で突かれ、弄ばれる敗残兵である。

 

「どうぞ、楽にしてください。提督」

 

 サビスが穏やかにそういうと提督は見かけ上は楽にしてみせた。表情は真面目なままだが。

 

「私達スフェト、そして、元老院は貴方の実績と能力を高く評価しています。私など、三段櫂船一隻で四段櫂船級の深海棲艦二隻を一挙に沈めた話は心を躍らせて聞いたものです。最近、旗艦級を受領したとか」

「ありがとうございます。しかし、全ては神々の加護によるものかと」

 

 続くサビスの言葉の後に、ほう、中型艦一隻で大型艦二隻食いか、旗艦級とは大したものだ、等と議員達の呟きが聞こえる。

 提督は謙遜しつつ、さっさと任務を教えて欲しいと思っていた。

 賞賛されて舞い上がる歳でも性格でもない。

 

「だが、神々に愛されることはある意味、有能さよりも大切である。貴官の才か神々の加護によるものか、どちらにしても貴官を真実、評価している」

 

 ハンニバルは重々しく言う。ますます、嫌な予感が高まる提督である。

 その中、議員の一人が挙手し、発言を求めた。神官長が許可するとその議員は提督へ向けて問いを投げかけた。

 

「提督。質問だが、通常の艦隊と艦娘の艦隊を組ませた場合、その編成や艦隊運動はどうする」

「概ね、通常艦隊と艦娘の艦隊で分け、それぞれで艦隊運動を行います。勿論任務の内容にもよりますが」

 

 別の議員が挙手し、質問を続けた。

 

「その理由は?」

「艦娘と通常の人では艦隊運動に差がありすぎます。下手に組ませても混乱するだけです」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 唐突に始まった質問攻めに応えつつも提督は訝しげに周囲を見回した。

 こんなことは常識なのだ。少なくとも艦娘に関わる者にとっては。

 元老院の大部分もそれを知らないはずはないのだが…。

 更に別の議員からも質問が飛ぶ。

 

「では、そのような状態で深海棲艦と遭遇した場合、あなたならどうする」

「艦娘の艦隊で対応しつつ、通常艦隊は逃がします。可能であるならば、応援要請を頼みつつ」

「ほう?何故かな。通常艦隊でも支援くらいはできるのでは」

「装備によっては可能かもしれません。深海棲艦の規模によっては、逃げ切れないこともあるので共に戦うこともあるやもしれません。ですが、そのようなことは私は滅多に命令しないでしょう」

 

 そこで一呼吸置くと提督は続けた。

 

「膨大な犠牲が出ます。あの〝深き海に棲まうモノども《ヴァシアム・テラシネ》〟に対抗できるのはご存知の通り、〝艦娘《ルイプロネ》〟だけです」

 

 そこで質問は止み、議員達は隣の者と囁き合い、スフェト達やヒミルコはお互いに頷きあった。

 その意味することはこういうことである。良いだろう、合格だ。

 一方、提督は質問から次の任務の見当がつき始めていた。艦娘と通常の艦隊を組ませる。

 これはもしや……。

 

 ハンニバルが再び、口を開いた。

 

「実に堅実で的確だ。そこでこの任務を貴官に託したい。貴官には、輸送艦隊を護衛しつつ、シチリアへ行ってもらいたいのだ」

「船団護衛と?殖民船団ですか。しかし、今更シチリアに殖民都市を建設するのですか?」

 

 やはりか。確かに難しい任務だ。これならそれなりの数の深海棲艦を討伐する方が楽である。常に気を張り、落伍する船がないかも気をつけなければならない。

 それにしても、艦娘を護衛に回すとは余程のことだ。

 そう思い、提督は対象を大規模な殖民船団と予想した。

 が、事実はそれを上回った。

 

「いや、貴官が護衛するのは兵士だ。二万人のな」

 

 思わず、作っていた真面目な顔が崩れ、ピクリと片眉が跳ね上がる。

 ヒミルコの方を見ると、こちらも真剣な顔で頷いた。

 自分の聞き間違いではないのだ。

 

「シチリアで、何が?」

「シュラクサイにて政変が起こり、王が変わりました。新しい王デュオニシウスはシチリア統一を叫ぶ大変な野心家。それまでの王が取っていた中立政策から方針を対カルタゴ政策へと転換し、シチリア西部のカルタゴ傘下都市を狙っています」

 

 相変わらず、サビスは穏やかな口調であったが、その内容は真逆のものであった。

 そして、と彼はそのままなんでもないかのように続けた。

 

「ローマも介入を計っているという情報が入っているのです」

 

 なるほど、大事だ。提督は猛烈に髭を捻じりたくなったがどうにかそれを抑えつけた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 イタリアの踵の先にあるシチリア島は地中海世界最大の島である。イタリアとアフリカの中間に位置する地勢は重要であり、古来からこの島の覇権を巡り、戦乱が繰り返されていた。

無論、カルタゴも例外ではない。カルタゴは、僅か百四十キロメートルという目と鼻の先にあるこの島の支配権を一部なりとも握ろうと多大な労力を傾けていた。

 現在、そのシチリア島は大きく三つの勢力によって分割支配されている。

 シチリア西部は古くからフェニキア系殖民都市が多数乱立しており、カルタゴがそれらと同盟を結ぶか、もしくは属領にしていた。東南部は、ギリシア系殖民都市であり、シチリア最大の都市国家シュラクサイが支配している。シュラクサイはカルタゴの仇敵であり、度々大規模な戦争を繰り広げていた。

 そして、残る北東部を握るのが、ローマという国である。

 

 ローマはここ百と数十年で急激に膨れ上がり、台頭してきたイタリアの新興国である。

 元々はイタリア中部ラティウム地方のちっぽけな一都市国家であった。

 カルタゴとも幾とどなく、不平等条約を――無論、カルタゴが圧倒的上位である――結んでいる。

 それくらいの、圧倒的な国力差がある国であったのが、いつの間にやらラティウムを平定し、中部イタリア、南部イタリアと拡大し、ついにはイタリアを統一したのである。

 

 当初、カルタゴはあまりこの新興国に注意を払っていなかった。

 シュラクサイを初めとした各地のギリシア系都市国家や先住民との諍い、そして、何より深海棲艦との戦いが激化していたからだ。

 しかし、カルタゴがそうしている内に西地中海の大国の仲間入りを果たしたローマは、旺盛な野心を見せ、徐々に西地中海各地のカルタゴの権益を侵し始めた。

 特にサルディニア、コルシカ、シチリアへの領土欲を見せたのである。

 こと此処に至ってカルタゴもローマを警戒し、敵対姿勢を見せ、一度はシチリアを巡ってシュラクサイを巻き込みつつ、大規模な戦争が勃発した。

 この戦争はシチリアだけでなく、サルディニア、コルシカ、アフリカにも戦火が広がり、陸海を問わず、各地で激戦が広げられたが予想外の出来事により、勝者がいないまま終結した。

 

 それは深海棲艦の大群による襲撃であった。

 これが戦争に注力していた諸国の横腹を深く突き、大打撃を与えたのだ。

 特にローマはこの被害が大きかった。

 

 何故かと問われれば、ローマは戦争に強い国家であり、それによって成り上がって来た国であったがそれは陸に限定した話であり、海に関しては素人同然であった。

 深海棲艦についても、それまで大半が話に聞く――それも実在する神秘ではなく、御伽噺のように――だけか、被害にあっても小規模と断言してよいものであり、まったく意識を傾けていなかったのだ。

 その為、カルタゴやシュラクサイといった深海棲艦の脅威を知り尽くしている国々が戦争どころではなくなり、その対策に奔走し始めるとローマはこれはしめたと思い、大軍をシチリアへ送ったのである。

 

 無知とは罪になるか。

 それについて古来から議論があるが、この場合においては、当時のローマの戦争指導者達と指揮官は大罪となった。

 その大軍を運ぶ艦隊が深海棲艦に襲われ、その船の尽くが沈められ、文字通り全滅したのだ。

 これは長く語り継がれるローマの悪夢となり、イタリア、シチリア間のメッシーナ海峡周辺海域には今も大量の軍船が沈んでいる。

 結果、ローマもまた戦争を継続することができなくなり、諸国の間で和平と対深海棲艦協定が結ばれ、シチリアは現在の構図で収まり、以後、そのままとなっていた。

 

 しかし、ローマは依然として西地中海への野心を捨てておらず、海軍の増強と国力の回復を図りつつ、機会を伺っていたのである。

 今回のシュラクサイの政変と新しい王の方針はその絶好の機会といえた。

 

「かつてのような全面戦争とはならないと我らは考えているが、それでも紛争にはなるやもしれぬ。それに備え、可能であるならばデュオニシウス王が野心を諦め、戦い自体が未然に防がれるように布石を置くつもりだ。その布石である二万の兵はシチリア西部のアクラガス市とリリュバエウム市に駐屯する」

 

 ハンニバルが言うまでもなく提督も理解した。

 つまりは用心と警告なのだ。新たなシュラクサイ王デュオニシウスへの。

 

〝もし、野心の赴くままカルタゴに挑むのならば、カルタゴも相応の態度を以てもてなそう〟

 

 そういう意思表示なのである。

 本来ならば数千の兵で十分なはずだが、二万という数なのは同時にローマへの警戒もあり……どちらかといえば、そちらの方が本命なのだろう。

 今や長年の仇敵シュラクサイよりも新参のローマの方がカルタゴの真の敵であり、脅威であるのだ。

 だが、その為には。

 

「二万の兵がシチリアに無事、辿り着かなければ意味はないと」

「左様。かつての〝ド素人ども《ローマ》〟のような愚行を起こしては海上帝国カルタゴの凋落を触れ回るようなものだの。シュラクサイもローマも嬉々として軍団を進めるだろう」

 

 髭を扱きながら呟いた提督にヒミルコも同意した。議員達も頷いている。

 

 確かに二万の大所帯だと小なりといえども確実に深海棲艦は嗅ぎつけるだろうな。

 提督は納得した。

 

 深海棲艦は依然として謎が多い神秘の塊と群れであるが、それでも長年の戦いによって、習性とでもいうようなものは分かってきており、その中の一つに大船団は高確率で襲われるというものがある。

 それを出来る限り避ける為、深海棲艦が確認された海域近辺に大人数や大量の物資を運ぶ場合、普通は数百人単位、輸送艦数隻で小分けにして輸送をするのだが、今回は急を要するのだ。

 艦娘の艦隊を護衛に付けるのも道理というものであった。

 

 

 しかし、それでも。提督は疑問を覚えた。

 

「何故、私なのです?第三艦隊は未だ再編成中で旗艦級とはいえ、戦力は一隻しかありません」

 

 提督の艦隊は旗艦級を受領した際に一度、解散され、試験航海を済ませてから、それに合わせての編成をするつもりであった。

 本来ならその穴を埋める予備の艦隊があり、その艦隊が担当する任務のはずである。

 

「ぬししかおらんのだよ。それが」

「はっ?」

 

 ヒミルコの言葉に、思わず間抜けた返事をしてしまう提督である。

 

「〝第一艦隊《アレフェ・ディムス》〟はバレアレス諸島に、〝第二艦隊《ベテ・ディムス》〟は西方最果てのカディス市に、それぞれ派遣されておるからの。間に合わん」

「しかし、〝第四艦隊《ダレテ・ディムス》〟が予備として、このカルタゴに待機しているはずでは」

 

 言いながら、提督は嫌な予感が更に高まり続けるのを感じた。

 そういえば軍港に入港したとき、第四艦隊のドックは空だった。

 

「……シチリアへの出兵が決定された時、そのシチリア西部近海で深海棲艦が確認されての。第四艦隊が討伐に向かった。そして、深海棲艦と遭遇、交戦したんだがの」

「……」

 

 ヒミルコの声は静まり返った神殿内に不気味なほどよく響いた。

 

「結果、第四艦隊は敗北、壊滅した。生き残りは、今はアクラガス市におる」

「……第四艦隊の提督は」

「旗艦の艦娘と共に沈み、行方不明。まず、生きてはいない」

 

 ヒミルコの横に座るイステが、少しばかり悲しげに眉を落として答えた。

 提督は天井を仰ぎ、守護と誕生と死のメルカルト神にその魂達の安らかな旅路を祈った。

 第四艦隊の提督や艦娘達とは顔見知りな程度でそこまで親しかったわけではないが、このカルタゴの艦娘の船団《ルイプロアティムス》に、それほどの大敗と死は久しく無かった。

 

 その提督にハンニバルが声をかけた。

 

「提督。我らスフェトと元老院、そして、大将軍ヒミルコは貴官の堅実な用兵と貴艦隊の艦娘の船団における損耗率の低さ、そして、神々の加護に期待している。今、カルタゴの将来は岐路にある」

 

 続けて、サビスも今度は気遣わしげに、そして、深刻に言った。

 

「困難な任務なのは承知しています。しかし、大将軍ヒミルコ殿と艦娘の長イステ殿の推薦もあり、スフェトと元老院は全会一致でこの任務に対し、貴方に全権を任せる緊急動議を承認しました」

 

 議員達は、それぞれに真剣な面持ちで頷き、提督に視線を注いでいる。

 イステは何も言わず、軽く微笑み、最後にヒミルコが膝に乗せた兜の鶏冠飾りを撫でながら、何も言えずにいる提督をしかと見つめた。

 

「わしらは酔狂で推薦はせんよ。ぬしならやれると思っておる。軍団と輸送艦隊、ぬし以外の護衛の通常艦隊は既に南のタプソス市にて準備を終えておる。ぬしは艦隊編成を三日で済ませよ。海兵、船、物資は好きなだけ持ってゆけ。すでに通達も出しておる。気をつけよ、報告によるとの」

 

 提督は表情を変えずにいたが、その気分は最悪である。

 深海棲艦との戦いに敗れれば戦死。

 例えそれから生き残っても、任務に失敗すれば、カルタゴの未来は陰り、提督には監察機関百人評議会の査問と裁判が待っている。ヒミルコらの弁護があっても重罪と不名誉は免れないであろう。

 良くて多額の罰金刑と市井の悪評か。独身の上に父や祖父がとっくに死んでいてよかった。そう、心の底から思う。

 

「第四艦隊が遭遇した深海棲艦にはの。旗艦級の、それも十四段以上の超大型艦がおったそうだ」

 

 なるほど。

 これは最悪の時期の、大事で、厄介ごとだ。

 心中で先ほどの感想に付け加えながら、提督は真顔のまま、耐え切れずに髭を捻じった。

 

 




この世界線は、史実の第一次ポエニ戦争(っぽい戦争)が深海棲艦の大量発生で勝者不在のまま終結した世界線なので、カルタゴはシチリア西部やサルディニア島、コルシカ島を維持したままですし、ローマは西地中海世界の大国の一つではありますが、その拡大は足踏みしている状況です。

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