副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
延長後半、日本ボールでキックオフ。
大方の予想通り、日本はボールを後方へと下げた。
岬から三杉へ。
三杉から松山へ。
松山から次藤へ。
丁寧に、確実に、時間を刻むようなパス回し。
観客席からも、フランスベンチからも、それは「時間稼ぎ」にしか見えなかった。
「くそ!卑怯だぞ!」
「やっぱり時間稼ぎか!?」
焦燥に駆られたフランス選手たちの声が飛ぶ。
しかし――
ピエールは叫んだ。
「最後まで諦めるな!」
ナポレオンも拳を握る。
「絶対に同点にするぞ!」
その声に呼応するように、フランスは前線から猛烈なプレッシャーをかけ始めた。
雨に濡れた芝を蹴り上げ、次々と日本陣地の奥深くまで侵入する。
辰馬が声を張る。
「みんな!スピードじゃなく丁寧さを心がけるんだ!」
「おう!」
だがその“丁寧さ”は、同時に罠でもあった。
ボールは次藤から石崎へ渡る。
その瞬間、ピエールが猛然と突っ込んできた。
ぬかるんだグラウンド。
足を取られた石崎がよろめく。
「あっ、ああ!」
一瞬の隙。
ピエールが身体を滑り込ませ、ボールとの間に割って入る。
辰馬の心臓が跳ねた。
(石崎!)
「すまない!みんな!」
悲痛な叫び。
ピエールは迷わなかった。
ゴール前へ走り込むナポレオンへ、鋭いセンタリング。
「ナイスパスだ!ピエール!」
空中で身体を捻り、放たれるキャノンシュート。
豪雨を裂く轟音。
だが――
「きええぇぇーー!」
横っ飛びする若島津。
負傷している右手。
それでも、手刀の形で叩きつける。
激痛。
鮮血。
だがボールは弾かれ、ゴールを逸れる。
弾いた先――辰馬の足元へ。
辰馬は一瞬、若島津の右手を見た。
血が、雨に混じって流れている。
(出血!?ボールを外に出すべきか……?)
迷いは、刹那。
「行ってください!辰馬さん!借りを返してください!」
若島津の叫び。
覚悟が、背中を押した。
辰馬は前を向いた。
背後からフランス選手が迫る。
そのままボールを足先で浮かせ、頭上を越えさせる。
振り向きざまに抜き去る。
落ちてくるボールを正確に収める。
そして――地面に落とさない。
ぬかるみでは勢いが死ぬ。
ならば空で運ぶ。
トップスピード。
水飛沫を上げながら疾走する辰馬。
「すげぇ……一度も地面につけていない!?」
日本ベンチがどよめく。
「なんだこいつは!」
フランスも驚愕。
辰馬は前方の翼へパス。
翼もまた、地面に触れさせない。
胸、膝、足。
リズムよく浮かせながら突破する。
フランス陣地深く。
DFライン目前。
前に日向。
後ろに辰馬。
三人が一点に収束する。
フランス守備陣が叫ぶ。
「9番に出せばオフサイドトラップ!」
「10番と7番はファウルしてでも止めろ!」
威信をかけた最終防衛線。
その瞬間――
日向が、ゴールとは逆方向へ走り出す。
「!?」
翼は咆哮した。
「うぉーー!」
シュート。
だがゴールではない。
日向へ向けた弾丸。
「はぁーー!」
日向が迎え撃つ。
ネオタイガーショット。
放たれたボールは、翼の威力をさらに上乗せし、辰馬へ。
辰馬が踏み込む。
「いけぇーー!」
三人の力が一点に重なる。
轟音。
空気が裂ける。
ボールはフランスゴールへ向かいながら、幻想を描いた。
――白馬。
雄大で、美しい。
水飛沫をまとい、駆ける。
ゴールネットを突き破る。
そのまま空へ舞い上がる。
白馬は翼を生やし、天馬となる。
そして、雲間へ消えた。
同時に、雨が止む。
雲が割れ、太陽が差し込む。
スタジアムが光に包まれる。
両チーム、呆然。
やがて――
笛。
ゴール。
日本ベンチが爆発した。
辰馬、翼、日向が抱き合う。
次々と駆け寄る仲間たち。
歓喜の塊。
フランス側は立ち尽くす。
ピエールが新しいボールを抱え、急ぐ。
だが主審が手を上げる。
「……もう良いだろう。試合終了だ。」
その言葉に、ピエールの肩が落ちた。
蒼白な顔。
そして――
試合終了の笛。
⸻
日本 6 ー 4 フランス
一人少ない日本。
延長までもつれ込んだ死闘。
友坂辰馬、勝ち越し弾に続くダメ押し。
そして――
ハットトリック達成。
借りは、倍どころではなかった。
それは、天へ駆け上がる一撃。
日本は、奇跡を越えた勝利を掴んだのだった。
スタジアムは総立ちだった。
日本の勝利に、そして死力を尽くしたフランスの健闘に、惜しみない拍手が降り注ぐ。
歓声はいつまでも鳴り止まない。
日本チームはスタンド最前列まで歩み寄り、深々と頭を下げた。
傷だらけのユニフォーム。
泥まみれのスパイク。
それでも胸を張る姿。
サポーターたちの「ありがとう!」の声が、何度も響いた。
やがて選手たちはロッカールームへと引き上げる。
その頃――
早田は一人、落ち着かない様子で部屋を行ったり来たりしていた。
(試合結果はまだか……もう終わっていい頃だ……)
腕時計を見る。
何度目か分からない。
胸の奥がざわつく。
(延長戦が始まってから何も連絡がない……まさか……)
嫌な想像を振り払おうとするが、止まらない。
(俺が退場になったせいだ……俺が……)
世界一を約束した仲間たち。
その輪の中に、自分はいない。
拳を握る。
その時――
ガチャ。
ロッカールームのドアが開いた。
見上監督を先頭に、選手たちが次々と入ってくる。
だが。
全員、うつむき加減。
沈んだ表情。
早田の心臓が凍りつく。
(あぁ……負けたのか……)
唇が震える。
(俺のせいだ……)
その空気を破ったのは、低い声だった。
「勝ったぞ。」
辰馬。
早田は顔を上げる。
「え!?」
石崎が叫ぶ。
「6-4で勝ったぞー!」
滝が興奮気味に続く。
「すごかったんだぜ!」
来生も負けじと。
「辰馬が延長前半に勝ち越したんだ!」
井沢が腕を組みながら言う。
「しかも後半も点取りにいくって言い出して、本当に決めたんだからな!」
反町がニヤリと笑う。
「お前の借りは倍にして返すって、聞かなくてよ。」
タケシが身振り手振りで。
「でもそこで本当に取ったんです!」
高杉が目を輝かせる。
「最後のシュートはな、もう――」
立花政夫が割って入る。
「翼と日向と辰馬の三人でのカウンター!」
立花和夫が大きく両手を広げる。
「しかも最後は白馬だぞ!?いや天馬だ!」
情報量が多すぎる。
早田はぽかんとするしかない。
「……すごかったんだな。見てみたかったぜ。」
石崎が辰馬を小突く。
「今度見せてやれよ。」
辰馬は顔をしかめた。
「いや、あれは足への負担デカすぎる。アドレナリン出てたから平気だったけど、今は普通に痛いわ。」
住吉コーチが慌てる。
「だ、大丈夫なのか!?すぐ診てもらうぞ!」
「大丈夫だとは思いますけど……念のためお願いします。」
そんなやり取りを横目に、早田は辰馬へ歩み寄る。
「……大丈夫か?それと……ありがとう。」
涙が滲む。
辰馬はサムズアップ。
「言ったろ?借りは倍にして返すって。」
その言葉に、早田は涙を拭いながら笑う。
「ああ。なら俺は辰馬の頬にキスでもしないとな。」
一瞬の沈黙。
そして――
「何言ってんだよ!」
爆笑。
ロッカールームに明るい空気が広がる。
だが。
その笑いの中で、辰馬だけが止まった。
(倍返しのお礼……頬にキス……?)
(延長戦前……タケシが遅れてきた……)
(あいつ、何を話した?)
点と点が、線になる。
辰馬の目がすっと細まる。
殺気。
その瞬間、沢田タケシの背筋に悪寒が走った。
(やばい!)
逃げようと振り向いた瞬間――
ガシッ。
後頭部を鷲掴み。
「タ〜ケ〜シ〜く〜ん〜」
低く、冷たい声。
タケシの顔から血の気が引く。
「ア、アワワワワ……」
周囲もざわつく。
「なんだ?」
「辰馬、すげぇ怒ってるぞ?」
辰馬の指がじわりと力を込める。
「てめぇ……また有る事無い事言ったな?」
「ウソは……ついては……あ!痛い!」
ミシミシ。
タケシの悲鳴。
早田が困惑。
「え?ウソだったのか?」
辰馬が怒鳴る。
「お前のことだ!20人相手に喧嘩したとか、全員全裸にしたとか言ってんだろ!」
早田が慌てる。
「いや……そこまでは……」
言い切れない。
辰馬が続ける。
「俺が相手したのは10人くらいで、奪ったのはズボンだけだ!余計なこと言うな!」
周囲が固まる。
(えっ?)
(それも十分ヤバくないか?)
誰も声に出せない。
その時――
早田がぽつり。
「……いや、そう言ってたぞ。」
空気が凍る。
辰馬「え?」
全員「え?」
タケシはプルプル震えながら掴まれている。
数秒の沈黙。
辰馬の目がゆっくりタケシへ戻る。
タケシは引きつった笑顔。
「……盛っては、ない……です……?」
ロッカールームに、再び爆笑が巻き起こった。
勝利の余韻。
友情の喧騒。
そして、少しだけ誇張された英雄譚。
日本は勝った。
だが――
沢田タケシの受難は、これからも続くのだった。
⸻
スタジアムの熱狂は、まだ冷めきってはいなかった。
だがその喧騒から少し離れた場所――
西ドイツ選手団の一角だけは、どこか静かな空気に包まれていた。
カルツが腕を組み、フィールドを見下ろす。
「日本が勝ったか……」
低く、感情を抑えた声。
マーガスが顎に手をやる。
「最後はすごかったな……7番、友坂辰馬か。」
シェスターが視線を細める。
「ああ。ウチ――ブレーメンとの試合には出てなかったな……」
その言葉に、ひとりが鼻で笑う。
シュナイダーだ。
「あいつはハンブルグとの試合で若林と乱闘して、出場停止処分だったらしいぞ。」
若林から直接聞いた、という付け足し付きで。
カルツが思い出したように吹き出す。
「ハハ!ゲンさん、頬をでっかく腫らしてたな!」
その場に小さな笑いが広がる。
「そんなことがあったのか」
「日本もなかなか荒っぽいな」
だが――
すぐに空気は引き締まる。
シュナイダーがゆっくりと立ち上がった。
その動作ひとつで、周囲の視線が自然と集まる。
「そろそろ行こう。」
淡々とした声。
しかし、その奥に揺るがぬ自信が宿っている。
「……結果は変わらない。勝つのは俺たち、西ドイツだ。」
傲慢ではない。
確信。
それはシュナイダーだけではなかった。
カルツも、マーガスも、シェスターも――
誰一人として、日本の劇的勝利に飲まれてはいない。
むしろ、燃料を注がれたように闘志が静かに燃えていた。
「面白くなってきたな。」
「だが、優勝は譲らない。」
彼らは歩き出す。
その背中は大きく、重く、そして揺るがない。
次にぶつかるのが日本であろうと――
西ドイツの王座は、簡単には渡さない。
⸻
一方、別の観客席。
上下赤のジャージを着た東洋人の青年が、まだ動かずに立っていた。
視線は、つい先ほどまで天へ舞い上がっていた軌跡を追っている。
(最後のシュートは凄かったな……)
脳裏に蘇る。
轟音。
水飛沫。
そして――
白く、美しく、荘厳な白馬。
それは翼を生やし、天馬となり、空へ駆け上がった。
(俺も……この脚で、空に映し出したい。)
その瞳に宿るのは、羨望ではない。
挑戦。
「おい、肖!そろそろ帰るぞ!」
近くの赤ジャージの青年が声をかける。
仲間たちが出口へ向かい始めている。
「はい!」
振り返る。
その表情には、確かな決意があった。
「今回、我が中国は出場しなかったが……ユースなら戦う機会があるかもしれないな。」
静かな言葉。
だが、その胸中ではすでに未来が描かれている。
彼の名は――肖俊光。
まだ世界は知らない。
だが、彼はこの瞬間、ひとつの種を植えた。
辰馬の天馬に触発され、彼は新たなビジョンを思い描く。
白馬ではない。
天馬でもない。
天空を裂く、巨大な龍。
荒々しく、威厳に満ちた存在。
その龍を空に描くための一撃――
反動蹴速人砲。
やがてワールドユース本大会出場をかけ、
中国ユースの主力として日本ユースの前に立ちはだかる時。
肖俊光は、自らの脚で龍を天へ昇らせる。
そしてその時、日本は知ることになる。
あの天馬の一撃が、
新たな怪物を目覚めさせたのだということを。
はい。
最後の一点は反動蹴速人砲です…一応、全中決勝戦の頃にカウンターシュートを使った時から考えてはいました。もっとも15才でこの技はリスク強すぎるので封印します、多分。
ごめんよ、肖…
あとすいませんが西ドイツ戦が難航してます。
西ドイツ戦から卒業まで書いたら投稿したいと思います。