追放した元メンバーが、次々と覚醒するのだけど   作:納豆巻

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本編:主人公視点

 

「アルト……お前、このチームを抜けてくれ」

 

 俺の口からこぼれた言葉は、自分でも驚くほど冷たく、他人事のように響いた。

 

 

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 外の喧騒が嘘のように静まり返った酒場「彷徨う梟亭」の個室。窓の外は血のような茜色に染まり、テーブルの向かいに座るアルトの顔を赤く照らしている。彼の瞳から、光が急速に消えていくのが分かった。何か言いたげに唇を震わせるが、言葉にはならない。俺は、その顔をまともに見ることができなかった。

 

「すまない……俺の力不足だ」

 

 それだけ言うのが精一杯だった。アルトは静かに立ち上がると、深々と頭を下げ、トボトボと酒場から去って行った。その痩せた背中を、俺は苦い酒で流し込むように見送ることしかできなかった。アルトが去った後、一人残された個室に、彼の分の酒が手付かずで置かれていた。俺はそれを一気に呷る。何の味もしなかった。ただ、胸を焼くような苦さだけが残った。

 

 

 どうして、こうなってしまったのか。

彼の背中を見送りながら、俺は半年前のことを思い出していた。

 

 俺、カイルが率いる冒険者チーム「ブレイジング・スター」は、王都ではそこそこ名の知れた中堅どころだ。結成して5年。命懸けの依頼をいくつもこなし、仲間たちと死線を乗り越えてきた。だが、20代も半ばに差し掛かると、幼い頃に夢見たキラキラとした冒険への情熱は、日々の稼ぎや現実的な危険という名の煤に覆われ、すっかり色褪せてしまっていた。

 

 転機が訪れたのは、一年前。かつて、俺たちのチームは盤石だった。大盾と戦斧を巧みに操る盾役のゴードン、弓が巧みなエレナ、火力担当に魔術師のリオ、そして斥候と遊撃役の俺と、もう一人。回復魔法と、時に遊撃をこなす器用な男、マードックがいた。パーティーはどんな状況にも柔軟に対応できた。だがマードックは、訳あってチームを抜けた。彼の抜けた穴は、想像以上に大きかった。

 最初は、マードックから少しばかり手ほどきを受けていた俺とリオで、回復役を補おうとした。だがそうすると、攻撃が疎かなどっちつかずになってしまう。

 良さそうな、代わりのメンバーはなかなか見つからない。そこで俺は、若手を育てることを提案した。何か一つでも光るものがあれば、俺たちは別のことに専念できる。

 

 そうして出会ったのが、アルトだった。まだ十代半ばの、どこか頼りなげな少年だったが、冒険者になりたいという熱意だけは人一倍だった。その瞳の輝きに、俺はかつての自分を重ねたのだ。

 

 チームに引き入れ、面倒を見て分かったが、アルトには一つの大きな壁があった。彼の剣を振るう姿勢は、才能に驕らず訓練を怠らなかった者の動きで、無駄がなく堂に入っている。身のこなしもかなりのものだ。だが、いかんせん筋力が伸び悩んでいた。

 

 そこらのゴブリン程度であれば、一振りで急所を的確に貫いてみせる。だが、オークのような守りの堅い魔物が相手では、その技が通らないのだ。飯をしっかり食わせても、体質なのか、なかなか力がつかない。

 

「もう少しだけ、あと少しだけ力がつけば、あいつは化ける……」

 

 俺はそんな歯がゆい思いで見守っていたが、他の仲間たちがとうとう痺れを切らした。

 

「あいつはこれ以上の成長が望めない、いつまでもあいつの歩調に合わせていられない」

 

 チームの不和は日増しに大きくなっていった。

 

 そして今日、俺はチームの分裂を避けるため、自らスカウトした少年に、追放を告げたのだ。

 

 

 アルトを追放してから、一ヶ月が過ぎた。気まずかったチームの雰囲気も少しずつ元に戻り、俺たちはいつも通り依頼をこなしていた。アルトのことは、心の片隅で罪悪感として燻っていたが、見ないふりをしていた。

 

 そんな折、衝撃的な噂が舞い込んできた。

 

「おい、聞いたか?駆け出しのソロ冒険者が、古代遺跡で伝説級の魔剣を見つけ出したらしいぜ!」

 

 酒場で聞こえてきた噂話に、俺は耳を疑った。その駆け出しのソロ冒険者の名が、「アルト」だと言うのだ。

 

 話によれば、アルトはソロで挑んだ遺跡で偶然隠し通路を発見し、その奥で自律行動し持ち主の力を引き出す魔剣『シルフィード』を手に入れたらしい。筋力が伸び悩む体質だったアルトにとって、羽のように軽く、あらゆるものを切り裂く魔剣は、まさに最高の相棒だった。彼はその魔剣を手に、破竹の勢いで依頼をこなし、今や王都で最も期待される若手として名を馳せているという。

 

「……逃がした魚は、大きかったな」

 

 俺の呟きに、ゴードンたちがバツの悪そうな顔をする。嫉妬が半分、そしてどこかで彼の成功を喜ぶ気持ちが半分。俺の心は、ぐちゃぐちゃにかき乱された。

 

 だが、本当の悪夢はここからだった。

 

 アルトの代わりに、俺は新たに人当たりの良さそうなヒーラーの少女、リナをチームに加えた。

 これで、俺やリオは回復役の負担から解放される。

 俺は彼女の図抜けた魔力量に期待していたのだが、ここぞという場面で、極度のあがり症から詠唱をつっかえてしまうのだ。その結果、せっかくの強力な回復魔法や補助魔法の効果が半減するという欠点が浮き彫りとなった。結局、またしても仲間からの突き上げを食らい、俺はリナに解雇を告げた。

 

 その二週間後だ。リナが、詠唱を必要としない古代の精霊と契約し、「沈黙の聖女」として高難易度ダンジョンの攻略パーティーから引く手数多になっていると聞いた。

 

 次に加入させたのは、斥候の少年、フィンだ。その鷹のような目の良さを買ってチームに引き入れたのだが、いざダンジョンに潜ってみると、鼻が思ったほど効かないという欠点が発覚した。匂いによる危険の察知ってのも、案外バカに出来ないのだ。

 何度か危険な目に遭った。彼もまたチームを去ることになったが、その後、森で出くわした魔獣『千里狼(せんりろう)』と心を通わせ契約を交わすことに成功。その鋭敏な嗅覚を共有する術を身につけ、どんな些細な兆候も見逃さない「神眼の斥候」として名を上げたという。

 

 そして四人目。防御魔法が強固な少女、マヤ。彼女を盾役として、ゴードンを攻撃よりに用いようという苦肉の策だった。

 だが、彼女の防御魔法の範囲は狭く、自分の身の回りしか守れない。彼女が小柄だったこともあり、大柄な俺やゴードンを守るには不安が勝った。その後も、防御魔法の効果範囲はなかなか広がらないまま、追い出すことを余儀なくされた。

 追放された彼女は、あらゆる攻撃を強制的に自身に引きつけるが、頑丈な呪いの盾『ヘイトシールド』を入手した。生まれ持った強力な魔力と精神力で呪いを逆に利用して、鉄壁の防御要塞として名を上げた。

 

 

 四人目の覚醒の報が届いた時、俺の評判は地に落ちていた。「逆神のカイル」「疫病神リーダー」とまで揶揄されるようになっていた。チームの雰囲気は、もはや最悪だった。ゴードン、エレナ、リオの三人は、俺と目を合わせようともせず、会話もない。彼らが俺抜きで何かを画策しているのは明らかだった。

 

 決定的な話を聞かされたのは、ある日の夕暮れ、いつもの酒場でのことだった。

 

「カイル、俺たちは『ブレイジング・スター』を解散して、大手クランの『龍の牙』に移籍することにした」

 

 ゴードンが、事務的な口調でそう切り出した。かつて、何度も背中を預けてきた男の声は、不自然なほど平坦で、感情が押し殺されているようだった。俺の目を真っ直ぐに見ようとせず、その視線はどこか宙を彷徨っている。

 

 ああ、こいつは無理をしているんだな、と直感的に察した。見た目に反して、お人好しで流されやすい男だ。きっと、エレナとリオに強く言われ、悪役を一身に引き受ける覚悟でここに来たのだろう。

 

 だが、その不器用な芝居の裏には、もう後戻りはしないという、硬い決意が滲んでいた。隣で俯くエレナとリオの様子を見ても、彼らの総意であることは明らかだった。

 

「龍の牙……? あの、王都最大の……」

 

 驚く俺に、ゴードンは続けた。

 

「ああ。俺たちの実力は高く評価してくれた。三人一緒なら、幹部候補として迎え入れてくれるそうだ」

 

「そうか……良かったな……」

 

 仲間たちの栄転だ。祝福すべきなのだろう。だが、ゴードンの次の言葉が、俺の心を氷のように冷たくさせた。

 

「……言うまでもないが、お前は除く」

 

 ゴードンは続けた。

 

「『龍の牙』のクランマスターは、悪評の付いたお前を手元に置きたくないそうだ」

 

 ――てめーらが使えないやつを追い出せって言ったんだろうが!

 

 ああ、大手クランの言い分も、少しはわかる。この稼業の人間は、やたらと験(げん)を担ぐからな。『逆神』だの『疫病神』だの、すっかりケチのついた俺を、わざわざ迎え入れたくないという気持ちは……理屈の上では、理解できる。納得なんて到底できないし、腸(はらわた)が煮え繰り返るような怒りは消えないが。

 

 それでも、彼らの決意は固かった。もはや、俺が何を言っても無駄だった。俺たちは、もう仲間ではなかった。

 

「……わかった」

 

 絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。

 

「達者でな」

 

 俺はそう言い残し、席を立った。ふと、周囲の視線を感じる。他のテーブルの冒険者たちが、何事かとこちらを窺い、ひそひそと囁き合っていた。「あれ、ブレイジング・スターのカイルだろ?」「また揉めてるのか」。その憐れむような、あるいは嘲るような視線が、無数の針のように背中に突き刺さる。

 

 振り返ることはしなかった。五年間、苦楽を共にしたチームの、これが結末だった。

 

 

 仲間たちに切り捨てられ、俺は文字通り一人になった。「ブレイジング・スター」の共有財産は大半、同情なのか俺へ残して奴らは去っていった。俺は換金できるものは全て売り払った。

 拠点としていた借家も引き払う。

 宿の狭い一人部屋で暮らせば、しばらく遊んで暮らせるだけの金が残った。だが、これが何年も戦い抜いた日々の代償と考えると、やり切れない思いが残った。

 当面の生活費だけを握りしめて、後は冒険者ギルドの運営する銀行へ預けた。そしてブラブラと街を彷徨う。これからどうするか、全くあてはなかった。

 

 途方に暮れ、広場の噴水の縁に腰を下ろした、その時だった。噴水の水音がやけに大きく聞こえる。周囲では子供たちが笑い、恋人たちが語らっている。そんなありふれた平和な光景が、今の俺にはひどく遠い世界のことのように思えた。

 

「あれ……カイルさん?」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにいたのは、見違えるように精悍な顔つきになったアルトだった。彼が腰に差した剣は、鞘に収まっていてもなお、尋常ならざる魔力を放っていた。隣に立つリナの纏うローブには、高位の神官であることを示す銀糸の刺繍が。フィンとマヤの装備も、俺たちが使っていた物とは比べ物にならないほど上質で、使い込まれていた。彼らはもう、俺が知っているひよっこではなかった。

 

「お前たち……」

 

 気まずさで、言葉が続かない。何という皮肉だ。こんな形で再会するなんて。

 

「僕たち、チームを組んだんです」

 

 アルトが誇らしげに言った。聞けば、同じ境遇で意気投合し、お互いの弱点を知っているからこそ、補い合える最高のチームができたのだという。きっと彼らは、これから数々の偉業を成し遂げるだろう。そんな伝説の始まりに、間接的とはいえ自分が関わっている。そう自嘲した、まさにその時だった。

 

「それで、カイルさんにお願いがあるんです。チームを解散したと聞いて……」

 

 アルトが、真剣な眼差しで俺を見つめる。

 

「僕たちのチームに、リーダーとして加わってくれませんか?」

 

「……は?」

 

 予想外の言葉に、俺は間抜けな声を上げた。他の三人も、アルトの言葉に力強く頷いている。

 

「どうして……俺は、お前たちを追い出したんだぞ?」

 

「ソロで活動してみて、よくわかったんです」とアルトは言った。

「正直に言います。追い出された直後は、あなたのことも、チームのことも少し恨みました。なんで俺だけが、って。でも、一人で何もかもやってみて…本当に大変で…その時、カイルさんがどれだけ僕に親身になってくれていたか、そのありがたみが身に沁みたんです」

 

 彼は続けた。「剣の稽古も、くだらない愚痴も、全部付き合ってくれた。あの時の経験があったから、今の僕があります」

 

リナも言った。「冒険者って、結局は人と人とのやりとりなんです。私たちはまだ経験が浅くて、ギルドとの交渉や、依頼の選定、戦術の組み立てなんかは全然ダメで……。ベテランのあなたの力が必要なんです」

 

 フィンとマヤも、こくこくと頷く。

 

「どうか、僕たちを助けて欲しいんです」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。絶望の底で差し伸べられた、あまりにも温かい手。俺は、その場に崩れるように膝をつき、目の前の四人へ、感謝と心からの謝罪を伝えた。

 

「俺にできることなら、何だってやってやる……! 俺の見る目がなくて、お前たちに辛い思いをさせて、本当に、本当にすまなかった……!」

 

 俺の嗚咽は、しばらく広場に響き渡っていた。

 

 

 新たに結成されたチーム「リユニオン」で、俺の役割は後方支援の一切だった。

 

 ギルドとの報酬交渉、効率的な依頼の選定、ダンジョンの情報収集と分析、野営地の設営、食事の準備、装備のメンテナンス。時には、才能豊か故にぶつかり合うメンバーたちの仲裁役も買った。アルトの剣技にさらに磨きをかけるための訓練メニューを考え、リナが落ち着いて回復に専念できるような立ち位置を指示し、フィンの得た情報を最大限に活かす戦術を練り、マヤの鉄壁の防御をチーム全体の生命線として組み込んだ。

 

 俺は、かつてのように最前線で剣を振るうことはずいぶん減った。しかし、不思議と心は満たされていた。自分の知識と経験が、この素晴らしい才能を持つ若者たちの役に立っている。彼らがダンジョンの奥深くで輝かしい戦果を上げるたび、俺は自分のことのように誇らしかった。

 

 焚き火の向こうで、アルトとフィンが次の攻略ルートを巡って子供のように言い争っている。それをマヤが呆れたように見守り、リナが微笑ましそうに仲裁する。そんな光景が、俺の日常になった。

 

「カイルさんがいなかったら、僕たちはとっくにバラバラになってましたよ」

 

 依頼を終えた夜の焚き火を囲みながら、アルトが笑う。他のメンバーも、当たり前のように頷く。俺は照れ臭くて、火の番をするふりをして顔を背けた。

 

 やがて、「リユニオン」は数々の難関ダンジョンを攻略し、その名は大陸中に轟く伝説となった。最強の魔剣士アルト、沈黙の聖女リナ、神眼の斥候フィン、鉄壁の守護者マヤ。彼らの名は吟遊詩人によって語り継がれた。

 

 その伝説の中で、俺の名前が謳われることは殆ど無かった。

 それでもいいと、素直に思えている。

 

 かつて夢見た英雄譚の主役にはなれなかった。だが、その物語をすぐ隣で、誰よりも誇らしい気持ちで見守る特等席を手に入れた。それも、悪くない。いや、これ以上ないほど、満ち足りている。

 

 仲間たちと共に、幼い頃に憧れた大冒険を繰り広げる日々。色褪せていたはずの世界は、今、確かな手応えと輝きに満ちている。

 

「良い人生だ」

 

 仲間たちの笑い声を聞きながら、俺はしばしば、誰に言うでもなく微笑むのだった。

 

 

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後日、ゴードン視点を投稿します。
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