とあるビル前の道路にて、路肩に停まるフォードのエコノラインE200。助手席ドアを開けて、福来あざみは重い体を動かして降りた。
「はぁ……疲れた」
「あざみー初仕事おつかれー。今日は帰ってゆっくり休めよー」
「あ、はい……」
左ハンドルの運転席から、これまたダルそうに片手を挙げて挨拶をするジャスミンも眠そうにしつつ、車を走らせて去っていった。
某所、あざみは家へ帰るために静かな夜道をとぼとぼと歩く。
「はぁ……なんだか凄く疲れちゃったなぁ」
「何やらお悩み中のようですね、あざみさん」
「あれ、センター長さん?」
都市伝説解体センターのセンター長、廻屋渉が語りかけてきた。但し本人があざみの横にいるというわけではなく、なんとあざみの脳内に現れて語りかけているのである。
「おや、どうかしましたか?」
「いえ、ただ……センターの依頼中とかじゃなくて、私個人の悩みでも脳内に出てきてくれるんですね」
「ええ。私はあざみさんがお困りであれば、いつ何時でも駆けつけますよ」
「四六時中こうやって来られちゃうのは、ちょっと困るなぁ……」
脳内だというのに飄々と語る廻屋。一方、あざみは若干の冷や汗を滲ませている。
「あの、それなら私の借金もなんとかしてほしいんですけど……」
「それは無理です」
「即答された!? 私の脳内なのに!?」
あざみの一番の困りごとについては、全然とりつく島もなかった。全て脳内で行われているやり取りなのに、思わずツッコミが口に出てしまった。他に通行人がいなくて良かったとあざみは内心ホッとした。
「どうやらあざみさんは、私の性格まで正確に理解していただけているようで何よりです」
「うぅ……、あんまりうれしくないです……」
泣きべそをかくあざみだが、びた一文まけられることは無いらしい。
閑話休題、と廻屋はあざみの悩みに話題を切り替える。
「それで、一体何を悩んでいたのですか?」
廻屋のマイペースさにも少しずつ慣れてきたあざみは、ふうとため息をついてから、ぽつぽつと語りだす。
「今日、美桜の依頼を完了? したじゃないですか」
「ええ。初めての調査員にしては上出来、と言える内容だったかと思いますが」
「……あれで上出来。なんですよね」
「ふむ、納得がいっていないといったご様子ですね」
あざみの同期であり友人でもある、佐藤美桜。彼女の周辺に起こる様々な怪奇現象を、都市伝説解体センターは真相を突き止め、依頼人である彼女を守り抜いたのである。しかし功労者であるはずのあざみの表情は険しい。
「都市伝説は無事に解決、人の手による犯行も未然に防いだ。これ以上の良い結末があるのでしょうか?」
「うーん……。都市伝説を解体できたら、もっとスッキリと終わるんじゃないかって思ってたんです」
「ふむ、しかし実際は違ったと?」
「そうなんです! 真相が明らかになったのに、なんか辛いというか……」
あざみは刑事ドラマ的な展開を予想していただけに、現実で事件が起きたという重圧と後味の悪さが彼女に重くのしかかっていた。
「そうですか。私は都市伝説という物の奥深さを、より実感する事が出来て大満足だったのですが」
「あ、センター長にそこは期待していないので大丈夫です」
「おや、つれないですね」
どこかツヤツヤしている廻屋を、あざみはにべもなく切り捨てた。しかし彼は傷つくような素振りもなく続きに耳を傾ける。
「解体できても皆が幸せになれないなんて、この仕事を続ける意味があるのかな、って思っちゃったんです」
「成程。調査員という仕事にはやりがいとなる要素が欠けている、と言ったところでしょうか」
「やりがいか……。そうですね、どうせ借金のせいで辞められないんだし、せっかくやるのならやりがいが欲しいです!」
人が行動をする時、何かしら意義を感じられないと大抵の事は続けられない傾向にある。取り分け仕事が最たる例だろう。自分が役に立っているという実感があるからこそ、意欲が高まり熱意も自然に付いてくるものだ。
今回あざみは、知り合いが巻き込まれていたから必死に動いた。しかし今後他人に対しても同じように動けるとは限らない。ならば、意欲につながる動機を作る必要があるだろう。
「それではあざみさん。貴女の考えを一度整理してみましょうか」
「え? それってもしかして、調査の時と同じような感じでやるんですか?」
「ええ、その通りです。情報を整理する力は、いかなる時にも役に立つものですよ」
「……あのー、調査と同じって事は、残業代とかが付いたり……」
「つくはずがないでしょう」
「ですよねー……」
一縷の望みにかけて聞いてみたが、やはり駄目だったかとあざみは肩を落とした。
さて、と廻屋が手を合わせると、例の思考空間が脳内に展開された。
「先に言っておきますが、私はあくまであざみさんの脳内にいる存在です。なので、貴女の中に無い物を引き出すことは不可能です」
「……つまり自分で答えを出すしかないと。私の脳内なのに、厳しい事を言いますね」
「何事もそんなものです。悩みというのは、結局は自分で答えを出す以外に解決する他ありません」
例えば自分の欲しい答えを他人が知っていたとして、ただ他人の口から告げられただけでは、自身の答えとして落とし込むのは難しい。自身で導き出す事で初めて腑に落ちるものだ。
「さて、やりがいが無いとおっしゃっていましたね。……なら今回のあざみさんは、一体何を目的に調査をしていたのでしょうか?」
「それは……美桜が困っているから、助けたいと思って」
「友人を助けるため。この考え自体はまさしく善良と言えるでしょうね」
「え。なんか、含みのある言い方ですね」
「ええ、含みましたから」
正義や良心を原動力に行動するのは良いことだが、それで動ける量や範囲には限りがある。例え底なしの善人だとしても、全ての人を友人と同じ熱量で助ける事は現実的ではない。
廻屋の頭にそこまで言葉が浮かんだが、あえて口には出さなかった。何故ならこの話を掘り下げだすと、本題とズレてしまうからだ。
「えっと……つまり、どうしたらいいんでしょう?」
「自分の頑張りによって他人に喜ばれる事を目標とするのは良くない、という事です。たとえうまくやれたとしても、相手の反応など、都合や気分でコロコロと変わりやすいものですからね」
「コロコロと変わる……なんだか、天気みたいですね」
「良い例えです。大事なのは、自分にできることは何か、自分が何をできたら達成とするべきか。あくまで自分を軸にして目標を決めるのが良いでしょう」
「なるほどー……わかるような、わからないような……」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。時間はいくらでもあります」
(私は明日も朝から講義あるんだけど……)
今日のところは帰ってほしい、と言ったところで脳内の話なのだから無駄だな、とあざみは思い直した。さっさと終わらせるため、思ったことをひとまず言葉にしてみる。
「つまり……人の反応に期待するんじゃなくて、自分が成果を出せたかどうかを重視する。で、合ってますか?」
「流石は私の見込んだ助手ですね。理解が早くて助かります」
(助手になったのは成り行きだったと思うけど……)
あまり見込まれたという気がしないあざみに対して、廻屋は何故か得意げである。
「うーん、私がやりがいを得るためには……一度冷静になって、整理してみよう」
「それが良いでしょう。答えを導くための材料は、既に揃っているはずですよ」
あざみは両頬に手を当てて、目を閉じて集中する。
「必要なのは、やりがいを感じられるための目標づくり。となると……」
私のやるべき事は
ます 調査で情報を集める 。
そこから 事実のみを切り出して整理 する。
そして 正確に真実を導き出す ことに専念する!
good!
「うん、そうだ! 私のやるべき事は正しく調査を進めること!」
「その通りです。そして当人達の問題やあざみさんに対する評価については?」
「私がどうこうできる事では無いので、あまり気にしすぎないよう気を付けます!」
Fabulous!
「上出来ですよ、あざみさん。もしかすると調査員としての心得について、私の教えから卒業する日も近いかもしれませんね」
「いえいえ、そんなこと無いですよ。センター長さんがいないと私、まだまだ半人前ですから!」
謙遜をしながらもあざみはとても嬉しくなった。人の褒め言葉を素直に受け入れられるのは、彼女の強みと言えるだろう。
「考えたら何だかスッキリしました! 明日も調査頑張りますね!」
「引き続き期待していますよ、あざみさん」
こうして彼女の悩みについては解決の糸口を見出すことができた。そして彼女はきっと、引き続き調査員として活動を続けていくのだろう。
――人々がどう足掻こうと、真実は必ず解き明かされる。何人たりとも、逃れる事は出来ない。
GRへのカウントダウンは、滞りなく。