生存報告も兼ねて。
夏インフルやったり脱水やったりとふざけ倒してやがった荒波を越え、ようやく落ち着いた体と気持ちで筆を取れるようになって来たので、お試しで軽めに。
難しい子というか、わからない子というか。そんな感じでした。理解を深めたまたいつの日か、軽めでいいから挑戦してみたい。
他シリーズ、書いています。楽しみながら苦しみながら。やりますやります。
迷子の子はだぁれ?
私。
たくさんの子供たち。
白兎さん。
迷子さんたちは何をしているの?
探し物をしている。
何を探しているの?
私とたくさんの子供と白兎さんが見つけたいものを。けれどそれが何かはわからない。
それは何処にあるの?
私は知らない。
たくさんの子供たちも知らない。
白兎さんも知らない。
あっちかな。こっちかな。どっちかな。
進んで止まってまた進んで。
私たちが探していたものを見つけた。
それは、箱の形をしていた。
みんなが群がってその箱に手を伸ばす。どうやらみんなを代表して、年長のお兄さんが箱を開けてくれるみたい。
その箱を開けると。
何かがピカッと輝いて……。
* * *
「これ、どう思う?」
そう言いながら、団長さんこと、耳と尻尾をひょこひょこと揺らす
「これは…………んんー?」
受け取った羊皮紙には、なんだかよくわからないものがたくさん記されていた。無数の矢印とか、教会のような建物とか、その近くに記されている4の字方位記号とか、やたらと存在を強調して描かれている箱とか。
無作為な落書きのようにも見えるそれから距離を離し、全体を俯瞰するようにして情報を集めてみると、ある規則性があることに気が付いた。
どうやら、左の方にある教会らしき絵を起点に矢印が伸びているみたい。それを追って追って追い掛けた果てには、強調されて描かれた箱の絵。どうやらここが終点らしい。
つまり。これって……。
「えっと…………宝の地図?」
「なんだろうね。我ながら何を言っているんだって気持ちだけど」
薬品調合の真っ最中の手元から目を離さないまま、団長さんはあっけらかんと言った。
「ベルたちがよくお世話になっているお店、あるでしょ」
「豊穣の女主人さんですよね?」
「そ。一週間前くらいかな。あそこの近くを通った時に拾ったの。誰かの落とし物なんだろうけど、宝の地図を落としたのは貴方ですかーって聞いて回るのもおかしな話だし、でも捨てるのもなんか忍びないと思ったから取っておいたんだけど」
「今日まで、存在を忘れていた?」
「ぴんぽーん」
「団長さんらしいですね……それで、この場所を確かめたりは」
「してないよ」
「えっと……この地図の場所に、本当に宝があったら……?」
「ないよ。絶対にない」
「言い切りますね……」
「この都市がどういう都市か考えてみてよ」
「ああ……」
鼻も利くし勘も利く、意地の張った冒険者の集う街。
そんな街の片隅に金目の物を置いておこうものなら何処ぞの冒険者にひょいっとお持ち帰りさせられるのは火を見るより明らか。
「ね、その地図が示してる場所。なんとなくだけど見当付かない?」
「え? えっ、とぉ……」
率直に言ってしまうと、絵心が割とザンネンな感じである情報の塊にもう一度視線を落とす。
教会。そして箱。教会から箱へと導く無数の矢印……いや。これは……
「…………ダイダロス通り……?」
「ぴんぽんぴんぽーん。多分だけどね」
団長さんも私と結論を同じくしていたみたい。間の抜けた声で同調を示してくれた。
「あそこはほら、ああいう場所でしょ? 少しでも価値のある物ならひょいっとお持ち帰りされてるんじゃないかなって」
「なるほど……」
「それに、この地図の示す所に宝はないよ。少なくとも、私たちがうわーってなるような物は」
「どうして言い切れるんですか?」
「その箱。やたらと強調して描かれているでしょ。目的の物はこれですよー。見つけてくださいねーと言わんばかりに。多分だけど、小さな子供を楽しませる為に描かれた物なんじゃないかなって」
確かに。こんな、如何にも宝の地図! って感じの地図なんて、よっぽど大切な物を隠しているのなら余計に作成出来ないでしょう。
そもそも、ダイダロス通りがどう言った場所かを理解しているならば、ダイダロス通りに物を隠すなんてリスクの大き過ぎることはまずしない。
考えれば考えるほど団長さんの言葉の説得力が増す。
納得したと言えるし、結論も出たと言って良さそうだ。
「だったら」
「とはいえ、気になるは気にならない?」
「まあ……正直気になりますけど……」
「そんな好奇心旺盛なカサンドラにおつかい。素材の仕入れ、よろしく」
「は、はあ……」
「今日はダフネがいないけど、買い出しも大した量じゃない。今日中に持って来てくれればいいから時間はたっぷりある。だから寄り道しても、全然平気」
なるほど。そういうお話ですか。
命令ではない。お願いでもない。単に興味を煽られただけ。ある意味ではそれが一番タチが悪いとも言えるけれど。
「昨日、いい夢見れたんでしょ?」
「え?」
「なら、少し歩いてくるといい。楽しいことに巡り合うかもしれないよ」
「……どうしてわかるんですか?」
「今朝のカサンドラ、楽しそう」
手元から目を離して私を見た団長さんは、宝の地図らしきものと、おつかい内容の記された羊皮紙を私に向けて差し出した。
「いいこと、あるといいね」
「…………いってきます」
二枚の羊皮紙を手渡してくれた団長さんは、目を細めて微笑んでくれていた。
* * *
あまり散策したことのない場所だからって言うのもあるんだけど。
ダイダロス通りって、意外と教会が多いと知った。
半壊している教会が多数。教会っぽく見える建物もたくさん。
というか、建物が多い。とっても多い。分母が大きいから教会の数に目が向くのかもしれない。
広域住宅街なので家屋が多いのは当たり前とはいえ、面積に対して建っている棟数があまりにも不釣り合い。この入り組んだ地形を最大限以上に利用してやろうという職人さんたちの気概と意地と複雑な事情を感じる。
「あうぅ……」
そんな地上の迷路から、起点になる教会を一つ探せだなんて無理だよぅ……。
団長さんがこの地図の示す先を追わなかったのは、そもそも辿り着ける自信がなかったからなんじゃないかなあ、なんて今更に思う。
「も、もう少し……」
泣き言はそこそこに、もうちょっと歩いてみよう。天気もいいし。
それに。団長さんが言っていたようなこと。
いいことにはまだ、巡り会えていないから。
何度も地図を確かめつつ、昨晩見た夢の光景を可能な限り思い出しながらスタート地点になるだろう教会を探す。まずはここに辿り着けなければ話にならない。
ボロボロの教会を見付けた。路地の行き止まりにあった。地図とは異なる立地みたい。ハズレ。
半壊程度の教会を見付けた。強面のお兄さんたちがたくさんいた。怖くて近付きたくないからハズレ認定。
綺麗な教会を見付けた。中から出て来た方にこの教会の信徒になることを熱心に薦められた。返答に困っているといつの間にか男女合わせて八人に囲まれた。今ならあれもこれも差し上げますと言われた。怖い。逃げた。ハズレでいいですもう。
「難しいよぉ……」
青々とした冷たい寒空の下、浮かんだ冷や汗の冷たさと不快感に肌がざわつく。
ダイダロス通りがどんな場所かは知っていたつもりだけど、改めて一人で歩いてみるとやっぱり異質。オラリオの中に別の国があるみたいな感覚さえ覚える。言葉を選ばずに表現するならば、一人で歩くにはとっても怖い。
それと現状、とっても寂しい。
「ダフネちゃあん……」
ここにはいない親友の顔が脳裏を過る。今日は朝早くから個人的な依頼を受けて動いているみたい。
ダフネちゃんは私と違って交友関係が広いし、その繋がりを腐らせないよう最低限以上の交流も欠かしていない。
あの派閥大戦でフレイヤ・ファミリアの第一級冒険者を長時間に渡って足止めした度胸や腕前を評価されたのか、あの時関わった冒険者さんたちから一緒にダンジョンに潜ってくれ、なんて誘いもなかなかの頻度で来ているくらいだ。ダフネちゃんはすごいのですっ。
「いけないいけない……!」
助けてダフネちゃん。なんて弱音は胸の中にしまっておかないと。いつまでもダフネちゃんに迷惑かけてちゃダメなんだから。
私だってもっともっとダフネちゃんの力になって、ダフネちゃんと一緒にどんな冒険でも越えられるようになりたいんだからっ。
「ひゃいっ……!」
恐怖に竦んで動きの鈍くなっている自分の腰を、ダフネちゃんがしてくれるみたいにぱしんと叩いてみた。ダフネちゃんに叩かれた時ほど痛くはないけど、臆していた足が勝手に前に進んでしまうくらいには効果的だった。このままもう少し歩いてみよう。もう少しだけ。
教会を探すのもいいけれど、他にも探さなければならないもの……人たちがいる。
昨晩見た夢が鍵になるのなら。あの夢に現れた多くの登場人物たちも探さなければならない。
どんな人たちだったっけ?
まずは私。あの夢の真ん中には、私がいた。
それから……ああそうだ。
顔も名前も知らないたくさんの。
「子供の……声……?」
が、聞こえた。元気いっぱいで明るいたくさんの声が。
その声に引き寄せられるみたいに歩いていると、この辺りの光景に見覚えがあるような気がしてきた。
「夢で見た道……」
そう決め付けて、弾む声が重なる方へと進む進む。進んだ先にあったのは。
「教会……」
壊れた噴水が目に付く教会前の広場で無邪気な声を重ねているのは。
「たくさんの子供たち……」
子供たちの真ん中で、ニコニコ笑いながら右に左に駆け回っているのは。
「白兎さん……」
そうなんだけどそうじゃなくて。
「ベル……さん……?」
ベルさん。
「カサンドラさん?」
ベル・クラネルさんだった。
「みんな、ちょっとごめんね!」
「へ? わっ、わわっ……!」
子供たちの真ん中から飛び出し小走りでこちらへやって来るベルさんの姿に鼓動が逸る。ドキドキしちゃってる。顔が熱くなった気がする。大丈夫かな。変な子に見えていないかな。
「こんにちはカサンドラさん!」
「こ、こんにちはベルさん……!」
ただでさえの知名度だったのに、オラリオ中を巻き込んだ派閥大戦を経て誰もが認める時の人になった第一級冒険者さんは、まるで冒険者に見えないような無邪気な笑顔で、私と挨拶を交換してくれた。
「驚きました。こんな場所で会うなんて」
「こんな場所で悪いかよー」
「そういう意味で言ったんじゃないよ!?」
「お兄ちゃん慌て過ぎー」
「説得力ない」
「フィナとルゥまで!? 本当に悪い意味で言ったんじゃないのにー!」
挨拶一つで盛り上がるベルさんと私、ではなくて、ベルさんと子供たち。ベルさんの両足にくっ付いたり足にキックを入れたりニヤニヤ笑ったりとやりたい放題している。とっても仲がいいのだろう。
「あの……これは……えっと……」
「? ああ、なるほど。この教会、今は孤児院として利用されているんです。この子たちはここの子供。僕はご縁がありまして、時々ここに遊びに来ているんです」
私の困惑を汲み取ってくれたベルさんが諸々の説明をしてくれた。
慈善活動。なんて割り切った言い切りをするのはよくない気がした。ベルさんと子供たちは本当に仲良しさんに見える。頼まれたからやっている、なんてことじゃないのだろう。
ベルさんらしいなあ。
都市の誰もが認める冒険者になっても、優しいベルさんは何も変わっていない。
それが、とっても嬉しく思えた。
「そうなの! ベルお兄ちゃん遊びに来てくれるのー!」
「おっと! いきなり飛び付いたら危ないよ」
そう言いながら、ベルさんの左腕にしがみ付いた女の子の頭を撫でてあげるベルさん。
「……いいなぁ……」
「どうかしました?」
「な、なんでもないですっ!」
ベルさんに抱き付いていることも、ベルさんに頭を撫でられたことも、もうぜーんぶが羨ましくて思わず口が滑ってしまっていた。いけないいけない。
「えっと、みんなに紹介するね。この人はカサンドラさん。カサンドラ・イリオンさん。僕と一緒にダンジョンに潜ってくれたこともある冒険者さんなんだよ」
「知ってる! 前にベルお兄ちゃんが聞かせてくれた人だ!」
「フレイヤ・ファミリアとケンカしてる時味方にいた人でしょ?」
「かいふくまほー使ってくれたって言ってた人?」
「そうそう! ああ、ごめんなさい。時々ですけど、ダンジョンに潜った時の話なんかをこの子たちにしているので……」
「いえ! 全然問題ないです……!」
許可なく私のことを紹介していたことをよくないと思ったのか、少し笑顔を曇らせたベルさんに謝られてしまった。そんなの全く気にする必要ないのに。
「それで、カサンドラさんはこの辺で何を? ナァーザさんにおつかいを頼まれたりとかでしょうか?」
「半分正解って感じです。実は……」
間違いない。この場に、昨晩の夢に出て来た登場人物が全員揃っている。
ならば。申し訳ないけれど、この人たちも巻き込んでしまおう。
「その…………実は……宝の地図らしき物を見つけまして……それで探索を……」
「宝の!?」
「地図ー!?」
「へ?」
「見せて見せてっ!」
「見たい見たいー!」
「あ、わ! やっ、はわ……!」
瞳をキラキラに輝かせる子供たちがぐわっ! と飛び掛かってきて、ずらっ! と私を取り囲んだ! 一瞬の出来事! この包囲から逃れられる気がしない! これが
「こらこら、いきなりカサンドラさん囲まないの! すいません……お客さんが来てくれたことが嬉しいみたいで……! ほらほら離れる離れるー!」
さらっと私のお尻を触ったりする子がいる中を突っ切って、私とベルさんの肩と肩とが触れ合う距離にて子供たちの怒涛を食い止めてくれた。
「あ、ありがとうございます……!」
「いいんです。それより、宝の地図って言っていましたよね?」
「はい……信憑性があるものではないんですけど……」
「見せてもらうことって出来ますか?」
「は、はい! えっと…………これです!」
疑うより先に私の話を聞いてくれたことが嬉しかった所為か、肩掛けのポーチから宝の地図を取り出すだけなのに妙に前のめりになってしまった。変な子だと思われちゃったかなあ……。
「失礼します」
一人で見たらいいのに、わざわざ私にも見えるように地図を広げてくれた。必然、ベルさんの顔がとっても近くなる。
「ひゃ……!」
ダンジョン内で見せてくれた堂々とした横顔とはまた違う真摯な横顔。羊皮紙の隅々までもを検める真剣な眼差しがとっても近くて、鼓動が高鳴った。思わず変な声が飛び出てしまうのを抑えられなかった。ねーねー僕たちにも見せてよーと足元が騒がしいお陰で聞かれていないと思う。ありがとう、夢のお告げの子供たち……!
「……これ……」
「ベルさん?」
「ライ。孤児院に地図ってあったよね?」
「あるけど……持って来る?」
「うん。お願い」
「わかった!」
この中では年長さんに当たるだろうライと呼ばれた男の子はこくんと頷いて、大急ぎで教会の中へと入っていった。その間もベルさんはずっと地図から目を離さないままだった。
「はいこれ!」
「ありがとう」
ライくんが持って来た地図と私が持って来た宝の地図を真剣に見比べるベルさんの姿に、宝の地図と言われても訝しげな目を向けていたライくんや他の大きな子たちの目の色が少しずつ変わっていく。持って来た私でさえ、ベルさんは何をそんなに真剣に? と思っているくらいなのに。
「ライ。この地図は、マリアさんが書いてくれたものかな?」
「そう! 迷子になった時とかの為にって母さんが書いてくれた!」
「…………カサンドラさん」
「は、はい!?」
「この地図、どうやって手に入れた物なんでしょうか?」
「えっと、ですね……」
私はベルさんに、この地図が私の手元に来た経緯を全て話した。いつの間にか子供たちもうんうん頷きながら真剣に聞いてくれていた。
「そうですか……豊穣の女主人の近くでナァーザさんが……」
「そ!」
「そ?」
「そっ、れと…………夢を……見たんです……」
「夢?」
首を傾げたベルさんがこっちを見た。下を見れば、何言ってるのこの人みたいな目で、子供たちが私を見上げていた。
この人は否定から入らないで、私の話を聞いてくれる。
けれど怖い。私の話を聞いてくれるとわかっていても怖い。
けど、伝えなければずっと怖いまま。
誰かに信じてもらいたいなら、誰かが手を伸ばしてくれるのを待つんじゃなくて、私からその手を掴みに行かなければならないんだ。
「その……私とベルさんと子供たちが見つけた箱の中から……キラキラした物が……」
「えー?」
「そんな夢見るわけないよー」
「変なのー」
「う、うぅ……!」
邪気などなく、ただただ無邪気で素直な子供たちの言葉と視線がとっても痛くて涙が出てしまいそうになる。
最近になって自覚が出て来たけれど、私は人にものを伝えるのがとっても下手らしい。知って欲しい聞いて欲しいが先行し過ぎて聞き手がどんな反応をするかとか、タイミングとか、そういう所まで思考が届いていない。言葉選びも下手くそなんだろうなあ。
今もきっと、何かを間違えたんだと思う。だから子供たちは変なものを見るような顔で私を見ているんだろう。
そこまでわかっているからとて、正解がわからないままなのは変わらない。
そんな愚図な自分が嫌になる。
「それなら間違いないですね!」
けれど。
そんな自分を許して、認めてくれるような明るい言葉が、直ぐ目の前から飛んで来た。
「……信じてくれるんですか……?」
「信じてますよ。ずっと前から。これからだってもちろん」
何度も僕たちを導いてくれたじゃないですか。
そう付け足して、ベルさんは微笑んでくれた。
「ベルさん……」
「ここは僕に任せてください」
「はい……」
どうやら私の代わりにこの子たちの説得? をしてくれるみたい。正直助かります。今、ちょっと泣きそうになっちゃってるので。
「カサンドラさんが夢で見たって言ってるなら間違いないよ。カサンドラさんの見た夢に僕たちは何度も助けられ、導かれてきたんだもの」
「ほんとかなー」
「ほんとほんと! それに見て! あ、背の大きい子は背の低い子を前に出してあげてね!」
と言いながら、二枚の紙を地面に広げるベルさん。その周りにずらーっと子供たちの輪が出来上がる。
「こっちが孤児院にあった地図。こっちがカサンドラさんが持って来た地図。これの向きを整えて、教会が描いてある所を比べてみると……」
どちらにも記してある4の字方位記号を参照に方角を整え、二枚の地図を上下に並べるベルさん。教会の場所を合わせているからか、なんだかとっても……あれ? というかこれ……。
「あ……!」
「この地図に書いてある教会、俺たちの家じゃない!? 描かれてる道がほとんどおんなじ!」
私が気付くのとほぼ同時に、小さい子たちを前に出して一番後ろから背伸びをして地図を眺めているライくんが叫んだ。
「そう! それによく見ると、孤児院の地図に描かれてる
「ほ、ほんとだー!」
ダイダロス通りの各所には、
教会の位置。記された
見れば見るほど、全てが重なっているようにしか見えない。
「ベルお兄ちゃんベルお兄ちゃん! じゃあこれって本当に!?」
「この場所に行けば、何かが見つかるかもね」
「すごーいっ!」
「ほんとに宝の地図なんだー!」
いやいや、まだ宝の地図と決まったわけでは。なんて野暮は大はしゃぎする子供たちの前では言えず。曖昧に笑うしか出来なかった。
「よっし。じゃあ折角だし……みんなで探しに行ってみる?」
「行くー!」
「行きたーい!」
「いこいこ!」
「じゃあ行こう! マリアさんは僕が説得するからみんなはお出掛けの準備! あったかい格好するんだよー! ライ! フィナ! ルゥ! みんなのお手伝いしてあげてくれる?」
「わかった!」
「はーい!」
「うん」
だだだっと子供たちが教会の中に消えていった。噛み合いが良くない痛んだ扉の隙間からはわーわーと快活な声がこれでもかと漏れて来て、これからのお出掛けを心から楽しみにしているんだと伝わって来る。
「元気だなあみんな」
その様に私が笑っていると、隣のベルさんも笑っていた。
「えっと……ベルさん? どうして……?」
色々尋ねたいことがあったけれど、どれもこれも上手く言葉に起こせなくて、ものすごーくふんわりとした問い掛けになってしまった。それでもベルさんは、嫌な顔一つ見せずに答えてくれる。
「この地図、豊穣の女主人の店員さんが書いたものだと思います」
「わ、わかるんですか!?」
「その人、時々ですけどここの子たちに会いに来てる人でして。それに、ナァーザさんはあの酒場のすぐ近くでこれを拾ったらしいですし、信憑性はあるかと。おっちょこちょいな一面がある人なので、多分失くしちゃったとかじゃないかなあ。それに……見てください」
「へ、ぁ……!」
私の至近距離で、器用なことに両手それぞれで二枚の地図を広げるベルさん。言われるがまま地図を見てはいるが、ベルさんの横顔とほとんど触れ合っている腕やら肩やらが気になって全く情報に集中出来ない。
「カサンドラさんが持って来てくれたこの地図、この子たちの暮らしている教会にあった地図を参照して描かれたものだと思います」
「どっ、どうしてそうだと……!?」
「構図が全く同じなんです。4の字方位記号が教会の左にあって、地図の真ん中に教会が書かれている。縮尺も全く同じに見えませんか?」
「ほ、本当だ……!」
「この地図は市販じゃなく、子供たちの為にマリアさんが手書きした物。それなのに、たまたま偶然、こんなにピンポイントで何もかもが揃っているなんてあり得ると思いますか?」
「だとすると……」
「この地図は宝の地図じゃなくて、あの子たちを楽しませる為に酒場の店員さんが、マリアさん手製の地図を参照して描いたもの、ってことになるかと」
「なるほど……!」
あくまで仮説ですけどねと添えているけれど、こんなにも全ての事柄が噛み合っているんだ。ベルさんの説で間違いないと思う。
「やるからにはとことんやる人ですから、ここに描かれているような箱も本当にあるでしょうし、宝と言えるほどの物は入っていないかもしれませんけれど、何かしらは入っているかと思われます。何せこの地図を書いたであろう人は退屈が大嫌いで、楽しいことと、あの子たちのことが大好きな人なので」
二枚の地図を畳みながら、屈託のない笑顔を私に向けてくれた。
「というかごめんなさい。勝手に話を進めてしまって」
「いえいえ! 全然大丈夫です! 寧ろありがとうございます……何処にあるんだろうって一人で途方に暮れていたくらいだったので……」
「なら利害は一致していますね。じゃあどうします? 今のうちに冒険者らしく、分配の比率でも決めておきます?」
冗談を溢しながら楽しそうに笑いかけてくれる。
その、初めて見せてくれた姿に心を揺らされながら、私は思い出した。
ベルさんは、誰もが認める立派な冒険者。
けれどその前に。
「いやー実は僕も興味津々なんですよ! ダンジョン以外でこういう展開になるの初めてに近いので!」
私よりも四つ歳下の、男の子なんだ。
「キラキラ輝く物が入ってる箱かー! 一体何が入っているんでしょうね! 楽しみだなあ!」
「ぁ……!」
初めて知ったベルさんの無邪気な一面に心を掴まれていた私は何も言えないまま、愉快そうに笑う横顔に目を奪われ続けていた。
* * *
「いってきますマリアさん! 夕方までには戻ります! ほら、みんなも」
ベルさんを先頭にたくさんのいってきますが後に続いて、マリアさんと呼ばれている子供たちのお母さんは、優しい笑顔で即席探検隊を見送ってくださった。
「えっと……次はこっち! みんなこっちでいいんだよね!?」
「うん!」
「こっちがいい!」
「行こー!」
「はーい! じゃあこっちに進みまーす!」
子供たちのお姉さん的立ち位置らしい
地図の通りに進んで、
私とベルさんは子供たちの最後尾を並んで歩いていた。子供の数も多い。しっかり全体に目を配らなければならないと、特に何も示し合わせることなく自然とそうしていた。
「カサンドラちゃん髪長ーい」
「お姉ちゃんきれー!」
「あ、ありがとう……」
少しは私に馴染んでくれた子もいて、手を繋いで歩いたりもした。お姉ちゃんって呼ばれることが妙にくすぐったくってニヤニヤしていたら、お姉ちゃん変な顔してる、と言われてしまった。わかりますわかりますごめんなさいごめんなさい。
やんちゃな男の子に髪や肩掛けのポーチを引っ張られた時は、直ぐ様ベルさんが割って入ってくれた。その際、ベルさんの手が私の髪に触れる瞬間があったんだけど、もう本当、言葉にならないくらいドキドキしてしまった。
「あ……! ご、ごめんなさい……!」
同じ出来事にベルさんも心臓のリズムを乱したとわかってしまったから、余計に。
探索の途は順調。とっても楽しいものになっている。全てを確かめ合いながら元気良く進む子供たちの姿に私の頬も緩みっぱなし。
ベルさんの仮説が的を射ているものなのだろうことも理解出来た。
「ここまで通った道のほとんどが、裏道に入ったりする必要もない、この子たちが歩き慣れている道でした。迷子になったりしないよう太くて通り易い、覚えのある道を選択してくれたんだと思います」
道中、子供たちに聞かれないようにそっと耳打ちをしてくれた。耳に触れる吐息と距離の近さが気になり過ぎてその時はほとんど話が入って来なかったけれど、更に進んでいく過程で理解と納得は自然と追い付いていた。
そんなほんわか探索も終わりが見えて来た。言っても結構なご近所さんに隠されているらしいので当たり前ではある。
「そろそろですね……!」
子供たちに負けじと楽しんでいるベルさんは高揚を隠さず私に伝えてくれる。みんなのお兄ちゃんが胸を高鳴らせていく姿を見て子供たちの興奮も右肩上がり。
「ん?」
そんなベルさんの動きが、ぴたりと止まった瞬間があった。
「どうかしましたか、ベルさん?」
「……誰かに……見られていたような……」
「え、えぇ……?」
子供たちを驚かせてはいけないと思ったのか、声を潜めるベルさんに倣って小さな声で応じる。
「敵意は感じないんですけど……何とも言えない感じが……うーん……」
「今も見られているんでしょうか……?」
「いえ、今は全然です。だから余計にわからなくて……一般の人だったらこうも綺麗に気配を断てないと思うので、間違いなく冒険者。それもかなりの手練だと思われます」
「そ、そんな人がどうして……?」
「理由はわかりません…………カサンドラさん、子供たちの方お願いします。僕は周囲に気を配るよう努めます」
「わっ、わかりました……!」
「何ー? お兄ちゃんとお姉ちゃんナイショのお話してるのー?」
「イチャイチャしてるんだ!」
「ち、違うよ!?」
ベルさんの慌てる姿さえ私には刺激が強い。とはいえ、ベルさんが周辺警戒を努めてくれるならば、私が子供たちの方をしっかり見ていなければとこれでもかとやる気を絞り出す。ちゃんとしないと……!
なんて意気込みも大袈裟だったかなと思うくらいにその後は何もなく、子供たちの冒険は快調に進んだ。
「じゃあここをこっちね!」
今度はライくんが先頭切って、子供たちみんなで決めた通りに進む。地図の通りならば、もう少し真っ直ぐ進んだ行き止まりに、おしゃれな箱があるはず。
「多分もうちょっと…………ねえ! あれ!」
最初に気が付いたのは、
「箱だ……!」
「ほんとうにあった……!」
「どこー!?」
「み、見えないー……わっ!」
「これなら見えるよね?」
「う、うん……ありがとお兄ちゃん……!」
「いこいこー!」
「うん!」
先頭のライくんたちが急ぎ足になり、それを追うように子供たちの足が早まる。みんなが見つけた物が見えずに慌てる
「これ! これだよ! 絶対そう!」
何故かここだけやけに綺麗に保たれている路地の最奥。数段に亘って積まれた石煉瓦の上。見つけてくださいと言わんばかりに、それは鎮座していた。
トランク型、とでも表現するのが丁度良さそうな木箱。金属製の留め具や装飾釘が打ち付けてあるなど、細部にまで拘っているおしゃれな木箱だ。大きさもそこそこあって、同行している特に小さい子たちが一人で持つには全くよろしくなさそうなサイズ感だ。
「本当にあったー!」
笑いながらみんなのお兄ちゃんライくんがその箱を両手で持ち上げて、子供たちみんなに見せてあげて回っている。気配りが出来る、思いやりのある子だなあと感心するばかりだ。
「じゃあ本当に宝の地図だったんだ!」
「カサンドラお姉ちゃんの言う通りだった!」
「お姉ちゃんすごーい!」
「え? あ、の……ありが……そっ! それより! 箱を開けてみましょう! ねっ!?」
キラキラな眼差しに囲まれどうしていいかわからず曖昧に頷くしか出来なかったので、無理矢理に子供たちの興味の矛先を正しい方向へと誘導した。
「ねーねー兄ちゃん。これ、危ないものとかじゃないかなあ?」
「うん、私もそれが心配」
「ビックリするような物とか、よくない」
あらまあ! と、素直に感心してしまった。興味先行になる余り警戒心が薄れてしまいそうなものだけど、ちゃんと自制が出来ていて気が回っている。ライくんもフィナちゃんもルゥくんちゃんも本当にしっかりお兄ちゃんお姉ちゃんをしていて驚かされるばっかりだ。
「うん、大丈夫だと思うよ」
「ほんとに?」
「ほんと。ですよね、カサンドラさん?」
「は、はい……」
「じゃあ……開けるよ?」
「うん!」
「はやくはやくっ!」
ちびっ子たちに急かされたライくんがみんなの真ん中に箱を持って来て、留め具に手を掛ける。子供たちはもちろん私もベルさんも表情に期待が滲み出る。
「いくよ! せーのっ!」
カチカチっと、留め具が外れる音が鳴ったら後は、ご開帳されるだけ。
「…………あ、あれ?」
「これ……」
「からっぽ……?」
三人のお兄ちゃんお姉ちゃんの反応が聞こえると同時。この場にいる全員の表情に影が差した。
空。伽藍堂。何もない。
まさか過ぎる。
私の夢が外れた、という動揺もあるけれどそれ以上に、ベルさんの推測が外れていると思わなかったから。
「待って。何か紙が入ってるみたいだよ?」
「あ、ほんとだ……!」
動揺と落胆が伝播していく中。ベルさんの紅い瞳の先。一枚の紙片が入っていた。
何処かその辺の紙を適当に毟り取った、みたいな雑な切れ目が気になるその紙をルゥくんちゃんが拾い上げて裏返す。
「……宝は……いただいた……?」
宝はいただいた。
やっぱり雑な感じで。正しく、書き殴ったって感じで、その紙片にはそう記されていた。
「ってことは……俺たちより早く、誰かがこの箱の中身を持ってちゃったってこと!?」
「えー!?」
「そんなあー!」
落胆や小忿が加速度的に広がって、子供たちの口から不平不満が溢れ出す。子供たちの気持ちもわかる。納得いかなくて当然だ。
しかしわからない。全然わからない。
こんなことをする人の気持ちも。こんなことをする理由も。
そもそもこの状況がわからない。
ベルさんの言う通り、宝の地図が酒場の店員さん手製の物だとして、それが二枚存在していたなんてありえるのだろうか。そもそもどうして宝を抜き去って行き、それを示唆するような文を残していくのだろう。これでは子供たちがあんまりにも可哀想で……。
「ふっ……」
「へ?」
「あっはははは!」
陰鬱な深みに私も陥りそうな中。
ベルさんが、大声を上げて笑い始めた。
その様を見上げてライくんたちは固まり、ベルさんの腕の中にいる二人はいきなり響いた大声に驚いて身を小さくしていた。
「何もなかったね!」
「え?」
「うん! 何もなかった! どうやら、僕たちより優秀な探偵さんが同じ物を探してたみたい! 悔しいなあ!」
底抜けに明るいベルさんの声がみんなの真ん中を駆け抜けて、行き止まりに跳ね返って反響していく。
「何もなかったけど、楽しかったね!」
そう叫ぶベルさんの目は、子供たちに負けじとキラキラと、眩しいくらい、輝いていた。
「みんなで宝探しが出来た! カサンドラさんにも会えた!」
「ふぇ!?」
「とっても楽しい探検だったなー! ね?」
「……う、うん……」
「楽しかった……!」
ベルさんの腕の中で状況に流されていた少年と少女は確かに頷いて、確かに笑っていた。
「けど何が入ってたんだろうね! 気になるなー! だから今度は、僕たちを負かした探偵さんをギャフンと言わせるくらいの速さでお宝を見つけようね!」
「そんなに都合良く宝の地図なんて見つからないよ!」
「ベルお兄ちゃん変なのー」
「そうかなあ?」
「そーそー!」
「ベル兄ちゃんへーん!」
からからとした笑い声が重なり始めた。
納得いってないを隠さず不機嫌そうにしていた子供たち全員を、ベルさんが笑わせたんだ。
「さてっ! 悔しいけど今日はここまでかな。じゃあ帰ろっか。みんなのお家で、みんなのお母さんが待ってるよ」
その言葉に意を唱える子も、不満そうにしている子も、いつの間にか一人もいなくなっていた。
* * *
「みんなのおもちゃ箱にしよう!」
と言ってお持ち帰りしちゃった、本来ならお宝が入っていたであろう大きな箱を一人で担ぐライくんを先頭にしての帰路。
悔しいけど楽しかったと口々に笑い合う子供が多い中、小さい子たちはお疲れのご様子。フィナちゃんやルゥくんちゃんやオシアンくんたちが小さい子たちの手を引いて、しっかり並んで歩いている。
そんな中。
「寝ちゃいましたね」
「はい……」
何度も小さなあくびを繰り返しながらベルさんと手を繋いで歩いていたアマゾネスの女の子をベルさんが抱き上げると間もなく、ゆっくりゆらゆらと舟を漕ぎ始めた。穏やかな寝顔と寝息は、ベルさんの腕に抱かれる一時が心地良いものなのだと伝えてくれる。
正直、とっても羨ましい。
「今日はお昼寝してなかったから……あ、涎……」
「大丈夫です、私が……」
肩掛けポーチの中からハンカチを取り出し、なるだけ優しく拭ってあげる。知らない感触に驚いてしまったみたいで、女の子の身体が微かに震えるも起こしてしまうことはなかったみたいで一安心。
「可愛いなあ……本当に可愛いですね……」
「ええ。本当に」
私とベルさんの間の無垢な寝顔に癒される。ああなんて可愛いのでしょう……!
そしてそして……!
「お昼からたくさん遊んだもんね。疲れちゃったよね」
眠る少女の頭を撫でてあげるベルさんの姿がまた絵になるんです!
「はわ……!」
素敵! とっても素敵!
普段のベルさんって歳上の女性に囲まれてばかりいるから正直印象がなかったというかイメージが湧かなかったけれど、こんなにも温かな父性を兼ね備えていらっしゃるとは! 将来は素敵なパパさんになること間違いなし!
で! それでそれでっ!
出来たらと言いますか! あわよくばと言いますかっ!
わ、私と……将来を……!
「ひゃあぁぁ……!」
「どうかしましたか?」
「い、いえっ……なんでもありません……!」
「そうですか? って……どうしたの、ルゥ」
現実と妄想に翻弄されてみっともなく慌て倒す私とベルさんの前で、相変わらず男の子か女の子かわからないルゥくんちゃんが私たちを見上げていた。
「……においがした」
「どんな?」
「しんこんさん? わかふーふ? わかげのいたり? とかのにおい」
「な!?」
「ルゥー? さっきから何を言っているのかなー?」
「カサンドラお姉ちゃんとやってたこと、シルお姉ちゃんに教えてへーき?」
「やってたことって言い方よくないよ? 何もやってないんだから」
「じゃあ教えていいよね?」
「何も疾しいことないんだけど、とりあえずそれはやめとこっかー?」
「やだ」
「やめてくださいお願いしますっ」
「シルお姉ちゃん傷付けるの、ダメ」
「あーそれは僕に効くなあ……ってそうじゃなくてっ。本当にやめてね? ねっ?」
「お兄ちゃん必死過ぎー」
他の子たちも話に混ざって来て、夢よりも夢みたいな至福の時間はおしまい。
けれど、優しい子供たちに囲まれて歩くこの一時が本当に楽しく、幸せなことだと思えた。
何かと物騒なオラリオの、取り分け物騒なダイダロス通りの片隅に、こんなにも温かな優しさや思いやりで築かれた世界があるだなんて。
いいこと、ありました。
団長さんに、そんな報告が出来そうだ。
「着いたー!」
一人だけ重い箱を持っていた所為か、小さい子たちに負けじと色濃い疲労の色を放っているライくんを先頭に孤児院におかえりなさい。フィナちゃんルゥくんちゃんや他のみんなもお疲れの様子で、壊れた噴水の周りに座り込んでしまった。
「カサンドラさん。本当にありがとうございました。カサンドラさんのおかげでこの子たちも僕も、とっても楽しい時間を過ごせました」
「い、いえいえ! 私こそ貴重な経験をさせていただきまして……!」
少女を抱いたまま礼を口にするベルさんに慌てて礼を返す。本当に私こそだ。こんなにも心穏やかになれる世界を知れたのだから。
「ねーねーお姉ちゃん!」
「カサンドラお姉ちゃーん!」
「わ、わわ……!」
さっきまで座り込んでいたはずの二人の女の子が、私の腰にしがみ付いてきた。
「また遊びに来てくれる!?」
「えっ、と……いいの?」
「うん! ベルお兄ちゃんのおともだちならだいかんげー!」
「わたし、カサンドラお姉ちゃんと仲良くなりたい!」
うわー嬉しいーっ。とっても嬉しいっ。のだけど……いいのかな。私なんかがこの子たちの世界に足を踏み入れるのは、許されることなのかな。
「あ……!」
返答に窮していると、確かに目が合った。
穏やかに微笑んで、小さく頷いている、ベルさんと。
「……じゃあ……時々……遊びに来てもいい?」
「もちろん!」
「やったー!」
ぎゅーっと、二人の少女に抱き締められた。そのまま二人の頭を撫でてみると、嫌がる素振りもまるで見せないで目を細めてくれた。
う、嬉しい……! そして可愛いっ……!
「カサンドラお姉ちゃんカサンドラお姉ちゃん」
「は、はい?」
いきなりの至福に頬の具合がだらしなくなるのを実感していると、みんなのお姉ちゃんのフィナちゃんが、私の腰をツンツン突いていた。
「あのね……」
何やら大きな声では言えないお話を私にしたいらしい。えー何それ可愛いー! と思いながら膝を曲げ、フィナちゃんの望むがままにすると。
「私たちの家でなら、シルお姉ちゃん以外の女の子に邪魔されないで、ベルお兄ちゃんに会えるよ?」
「はぅわ!?」
なんだかすごいことを言われ、背筋かぴんと伸びてしまった。
「とーぜん私たちはシルお姉ちゃん派だからシルお姉ちゃんを応援するけど、ちゃんすは誰でもビョードーになきゃいけないと思うの。だから、シルお姉ちゃんがいない時はカサンドラお姉ちゃんの応援するから。ね?」
「っあ、え……あ、ありがとござます……!?」
首を傾げてこちらを見ているベルさんに聞かれるのが怖過ぎて挙動不審になる私。そんな私の目の前でフィナちゃんはヨユーの笑みを浮かべている。フィナちゃん……恐ろしい子っ……!
私が戦々恐々としている間に表に出て来たマリアさんが前向きな疲労感を抱えた子供たちを出迎えてくださり、私とベルさんはそのままみんなとお別れをした。さっきの女の子二人だけでなく、みんながみんなまたねとか、また遊ぼうねと言ってくれたことがとっても嬉しくて、必ず来ますと言ってしまった。嘘にしないようにしなきゃ……!
「あの……」
「はい?」
ここまでどうやって来たのか既に頭から抜けているもので、ベルさんに案内してもらいながら帰る二人きりの帰り道。
私は、ずっと思っていて、ずっと聞けずにいたことを聞くことにした。
「もしかしてですけど…………あの箱の中身を持ち去った人物に……ベルさんは心当たりがあるんじゃないでしょうか?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「な、なんとなく……です……」
本当に上手く言えないけれど。
子供たちの楽しみを奪われても尚、ベルさんが愉快そうに笑い続けていたこと。
これくらいしか理由らしい理由は用意出来てない。
「……僕にわかるのは。あの地図を書いた人も、宝を子供たちの手に渡らないようにしたのも、優しい人ってことくらいです」
「子供たちの手に渡らないようにした……? 優しい人……? あの、今のは」
「僕なりの考えはあるんですけど、言わぬが花ってことで……カサンドラさんにもあの子たちにも内緒ですっ」
子供たちに向けていてくれたものと変わらない無邪気な笑顔が、直ぐ隣で弾けた。
「っ……くぅ……!」
「そうだ! 今日のこと、日を改めてお礼をさせてくだ……あの、顔が赤いみたいですけど……」
「あうぅぅぅぅ……!」
「え!? か、カサンドラさんっ!?」
気遣いの言葉にもあまりにも魅力的なご提案にも何も返せない私は、赤いと指摘されたばかりの顔を手で覆ってしゃがみこんでしまうのだった。
* * *
後日。カサンドラの預かり知らぬ場所。
「どういう経緯か知りませんけど、私が落としてしまったあの地図をベルさんたちが見つけて探し当ててくれたらしいじゃないですか! ってことはつまり、私が心を込めて作った酒場の看板娘印のクッキーをみんなで食べてくれたってことですね! ええそうなんです! それはもう気合と愛と思いやりと他にもあんなものもこんなものもたくさん詰めて一から百まで私一人で作ったんですよー! しかも今回は、みんなの記憶にばっちり残るよう、いつもと一味も二味も違う工夫を……え? 箱の中は空だった? 嘘ですよーそれ! 私ちゃんと入れましたもん! え、えぇ? 本当に入ってなかったんですかー? お、おかしいですね……あの箱の存在を知っているのは私と、あの箱が誰にも触れられないよう折を見てチェックしてくださいとお願いしたアレンさんくらいで…………あら? アレンさんはどちらに? アレンさん? アレンさーん!?」
宝探し当日に遡る。
カサンドラの目も、街娘の声も届かぬ何処かの屋根の上。
「兄様、お腹抑えてどうしたのニャ?」
「うるせぇ」
「お腹痛いのニャ?」
「うるせぇ」
「兄様の
「……うるせぇ」
「ちょっと問い詰めてくるニャ!」
「うるせぇおい待て愚図……!」
真実は箱の中……いや。誰かの胃袋の中。
不器用な誰かの思いやりは、その不器用さにお腹の安寧を救われた子供たちには届かない。
それでいい。
誰も彼も見返り欲しさに、優しさという不規則で気まぐれなものに指向性を与えて振り撒いているわけではないのだ。
悲しいかな、誰かの思いやりは、毒っぽいものに成形されてしまった。
それだけのこと。
しかしその異物を誰かが引き受けたことで、子供たちは腹を壊さずに済んだ。
それだけのことなのだ。
毒にも薬にもなる。
思いやりとは、そういうものなのかもしれない。
ただ一つ。廃教会で暮らす少年少女たちにとって幸せなことがあるのだとすれば。
マリア・マーテル。
シル・フローヴァ。
ベル・クラネルと女神ヘスティア。延いてはヘスティア・ファミリア。
そして、カサンドラ・イリオン。
そしてそして。
「やめろ余計なことを言うな愚図こら止まれ愚図……うっ……!」
薬となり得る思いやりを宿している者が、あの子らの周囲には、意外と多いらしい。
それを幸せと呼ばず、何と呼ぶことが出来るのだろうか。
* * *
ずっと考えていた。
箱の中身は空だった。
でも私は夢で見た。
夢の最後。箱を開けた瞬間に見た輝きを。
あの輝きは何だったのだろうと、あの人と別れてからもずっと考えていた。
夢で見たものに意識を沿わせる。
箱を見つけて。
箱を開けて。
そうしたら、とっても眩しいものが……。
はいここでストップ。
違う。
私は、勘違いをしていたのかもしれない。
というか、決め付けてしまっていた。
箱を開けた後に見た輝きが、箱の中に入っていた何かだったと。
思い返してみれば、私が夢で見た輝きは箱の中から放たれたものではなかった……ように思う。
なら、私が見たあの輝きは単に、箱を開けてから一番最初に見た眩しいもの、だったりする?
仮にそうだとして。
あの輝きは、何?
前提と角度を変えてみる。そして思い出す。
ライくんがあの箱を開けてから、一番最初に私の目に飛び込んで来た、一番眩しかったものは何だった?
直ぐに思い至った。
それに思い至った瞬間、鼓動が加速した。頬が熱くなった。両足が勝手に動いて、不恰好なステップを踏んでいた。
私は目にしていた。
きらきら輝く、眩しいものを。
『何もなかったね!』
決して目を背けられなかった、何よりも誰よりも晴れやかで、眩し過ぎた笑顔を、目にしていたじゃないか。
嗚呼、そうか。
ちゃんと、夢の通りになっていたんだ。
だから。
「ギルド本部の前……太陽が一番高くにある時間……」
今日も私は、夢に従う。
ここは、昨晩見た夢の入り口。
ここに来ることで、昨晩の夢が現実に顔を出し始めることだろう。
けれど、意識的に夢に従わないでみた所もあったりする。
「う、うぅ……」
少しだけ、おしゃれをしてみた。
ダフネちゃんを頼らないで。
ダフネちゃんにも内緒で下ろしていた、灰色のワンピース。生成り色のコートも私のお気に入り。
今日までほとんど縁がなかったけれど、そこそこ似合っているかもー? なんて思えたから、気持ちシルエットが大きめな濃紺色のクロッシェなんて頭に被ってみたり。
歴史とかは知らなかったけれど、その名の由来が釣鐘から来ていると後になって知った時は、これって運命!? なんて変な浮かれ方をした。即座に恥ずかしくなった。それでも被りたいから被ってしまっている。変に意識してしまって絶賛恥ずかしい中ですはい。
でも、これでいい。
私はもう知っている。
夢で見た未来を変えたい。
夢で見た以上の未来が欲しい。
それを成し遂げられるのは、下を向かず、前を向いて抗って、進み続けようとする私自身だけなのだと。
だから。
「あ! カサンドラさん! 二日続けて会うなんて驚きました……でも会えてよかった! 昨日のお礼がしたくて……!」
私は昨夜も夢を見た。
お告げという形で、未来を見た。
でも。この夢も、あの人以外の誰にも信じてもらえないんだろうな。
いつものことだ。わかっている。
けれど。
今だけはそれでいいかも。なんて思えた。
私が見た夢も。
「というかその……すごくおしゃれと言いますか……とっても似合っていますよね! その服装!」
「夢のお告げになかったセリフ……!」
「へ?」
その夢から逃げず、その夢を越えてやるくらいの気持ちで立ち向かって得た、夢で見た展開から少しだけ逸脱したこの未来も。
私だけの夢。
私だけの未来なんだから。
「な、なんでもありませんっ!」
宝箱の中にはなかった、私とあの人とあの子たちの宝物。
その宝物を胸に抱えて。
お告げじゃなく、胸の内にあるあの人への想いに従って。
「えいっ……!」
夢よりも夢みたいな日々を私にくれる人の元へもう一歩、私から近付いた。