──お代は結構。ただし、面白い話を聞かせてくれよ。
一杯の珈琲が、世界を揺るがす。
「骨董喫茶」は今日も不定期営業中――ただし、そのマスターは“最強”である。
日常は静かに、非日常は唐突に。
一陣の風が吹いた。
【聖都】 サン・ヘレナが学院街。
人通りの少ない裏路地で、一人の男が道を箒で掃いている。
「ほむ」
男は箒を壁に立てかけ、じっと空を見上げた。
青髪の男性だ。
少し尖った耳に、端正な顔立ち。
空の様に濃い青の瞳には自信と、風のような覇気を肩に纏わせていた。
「今日は晴れ。仕入れも悪くないし、2週間ぶりに営業しようかね」
彼は店の前――。
「骨董喫茶」シェンティアと書かれた小さな看板をじっと見つめ、ドアの付近にある札を裏返した。
「準備中」が「営業中」へ。
うん、と背筋を伸ばして手に魔力を集め、男は指を鳴らす。
ただそれだけで、喫茶店の窓際に設けられた花壇に水が撒かれていく。
「――珍しい。あなたが店をひらいてるなんて」
「アルフェウス」
彼の後ろから声が響く。
青みがかった銀髪の少女だ。
目は碧い。
長い銀髪をストレートに伸ばしている。
頭には透明なベールを被っていた。
服装は白と金を基調とした司祭服に身を包み、神々しい雰囲気を全身から放っている。
「よう。なに、今日は良い天気だし、好い豆と茶葉が手に入ったからな。ちょうどいい。入っていけよ」
アルフェウスと呼ばれた男は肩を竦め、ドアを開いて少女に向けて手招きした。
「――リヴェータ・ロット・アイネイアス枢機卿?」
※※※
「骨董喫茶」シェンティア。
入学式の時には、もう噂になっていた。
【聖都】 サン・ヘレナの学院街の外れにある、小さな喫茶店。
「どんなところなんだろう……」
慣れない角帽を被り、小洒落た石畳の道を僕、エディンは歩く。
この「シェンティア」の話を耳にしたのは特待科の同級生から。
営業は不定期。
看板も店も小さく、メニューは少ない。
なのに、人気の店。
常連の客層は広く、貴族や騎士に聖職者、魔法師と言った特権階級から商人、学生まで網羅。
しかし、常連は皆、異口同音の評価をする。
「他では決して、味わえない味だ」と。
僕は正直なところ、半信半疑だ。
美味しいコーヒーや菓子を出す店なんて、学院外にはいくらでもある。
それこそ、年中無休で営業している店だってある。
だけどこのシェンティアは違うらしい。
営業そのものが不定期。毎日営業する日もあれば、一週間丸々お休みの日もあるとのこと。
「なら、クロのお話を確かめてみるかないっしょ」
僕はフンス、と意気込んで頭に叩き込んだ地図の道を行く。
入学式で意気投合した友人、エレクロス――クロと呼んでいる彼が絶賛したお店なのだ。
是が非でも確かめてみたい。
噂によれば、本日は営業しているらしい。
そう思い、僕は裏路地へと爪先を向けた。
※※※
学院から少し離れた大通りを抜け、小さな石畳の路地に入る。
「ちょっと暗くなった」
流石は、世界の中心たる【聖都】。
建物も高くて、密集しているから左右から日を遮ること。
狭いからか、足音がやけに響く。
だけど、コーヒーのいいにおいが路地の奥から漂ってくる。
「確か、地図によれば……」
さっき覚えた地図の通りに、路地を2回曲がった。
そこに目的地はあった。
古びたレンガと漆喰の壁。
小さな木の扉は少し赤みの強い木の扉。
アカシアの木だろうか?
くすんだ真鍮の取っ手。
扉の覗き窓はなく、代わりに「Scientia」と書かれた小さな木製看板がぶら下がっている。
下には「営業中」の札がかかっている。
「ラテン語と漢字が混ざってる……。古代語好きな店主なのかな?」
若干統一性がないな、と思いながら店を見る。
窓は小さくて、ほとんど様子を覗けない。
代わりに、窓にはハーブや小花を植えたアンティークな植木鉢が並んでいる。
よく見ると窓の中には古い茶器やパピルスの本、水晶骸骨が飾られていた。
「雰囲気あるなぁ……」
僕は思わずたじたじになり、1歩思わず後ろに下がっていた。
「……ええい! 今さら臆してなんの! エディン・イアフ・アヌマティ! ここで逃げてなるもんか!」
僕は自分の頬を叩き、喫茶店の扉に手をかけた。
※※※
扉を開けた瞬間、空気が切り替わった。
ランプの柔らかな光、古書と骨董の匂い、そして深く煎った豆の香ばしさ。
壁際には地図や茶器、棚には色あせた本や金属細工。
席は十もなく、カウンターの奥には青髪を後ろに撫でた男がいた。
「一見さんか。いらっしゃい。好きな席に座れよ」
低く、落ち着いた声だった。
恐らく、彼がこの店のオーナーなのだろう。
オーナーは穏やかな笑顔で僕に応対すると、カウンターに座る女性との談笑を再開した。
窓際の席に腰を下ろすと、木製の小さなメニューが置かれていた。
コーヒー、紅茶、ハーブティー、そして菓子と軽食が少しずつ。
説明文には「旅先で仕入れた豆」「裏庭のハーブ」と、普通の店にはないこだわりが並んでいる。
何にしようかと迷っていると、カウンターから声が飛んできた。
「ほー、一人で来たのか」
僕が顔を上げると、店主はほんの少し目を細めて僕を見ていた。
「君は……深煎りだと苦く感じるな。ミルクは多め、甘みは……砂糖じゃなくて花蜜。んや、果糖のほうがいいか?」
「えっ……」
言われた瞬間、心臓が跳ねた。
確かに僕は、苦味が強いコーヒーは得意じゃない。ミルクと蜂蜜入りのカフェオレは子供の頃からの好物だ。
父様やアルタール姉様がよく作ってくれた。
でも、そんなことは一言も言っていない。
「見りゃわかるさ」
あっさりとした答えが返ってくる。
「全体を俯瞰するような視線。魔力探知も途切れさせていない。つまり、頭の回転が早い。でも甘い香りの方向には少し多く目をやる。……つまり、人より頭を使うタイプ。違うか?」
「ち、違いません……」
す、すごい……。
入店してすぐ、僕の癖から好みを割あてられるなんて……。
「ごめんなさいね。こいつは、初見でも大体好みを当ててくるの。外すことは滅多にない」
カウンターで座っていた少女が肩をすくめた。
「り、リヴェータ学院長……!?」
僕が通う学院の最高権力者が、ラフな格好で頬杖をついていた。
リヴェータ・ロット・アイネイアス学院長。
史上最年少で生徒会長に就任した、魔法と政治の天才。
その才媛ぶりは遥かな時が経っても尚健在で、【聖都】の宗教たるアルメガファ聖教の枢機卿も務めている。
とんでもない殿上人なのだ。
「わたしのことは気にしないで。ここの料理、美味しいから」
※※※
しばらくして運ばれてきたカップからは、蜂蜜のやわらかな甘い香りが漂っていた。
一口飲むと、まろやかなミルクの中に優しい苦味が溶け込み、後から蜂蜜の甘さがふわりと広がる。
隣には小さな皿に焼きたてのスコーン、ハーブ入りのクロテッドクリームが添えられている。
「……美味しい」
思わずこぼすと、店主は短く「ああ」とだけ返し、再び本に視線を落とした。
その表紙は、古びた旅行記だった。
本を読みながらリヴェータ学院長と会話を弾ませている。
カウンター越しの会話は途切れがちだが、不思議と居心地が悪くない。
店内の他の客も、それぞれ静かに談笑や読書を楽しんでいる。
声は聞こえるのに、内容は不思議と耳に入らない。
――うん、満足だ。
「ごちそうさまでした!」
僕はお財布を手に取り、カウンターへ進む。
他のお客さんも退店し始めていた。
これ以上僕が残るのは迷惑になるかもしれない。
何より、課題が残っている。
帰ってさっさと片付けたい。
「コーヒーセット一つ。200テレスだ」
「え、安…………」
もっと値段かかるかと思っていた。
というか、コーヒーとスコーン、クロテッドクリームクッキーまであるのにこの値段なのは驚きだ。
200テレスって……。
市販の冷筒水2本分くらいの安さだ。
ギリギリ学食より安い。
「趣味でやってるもんでな。また空いてるときにでも来てくれや」
店主――。アルフェウスさんはフラフラと手を振り、またリヴェータさんの近くへと戻った。
「すごいお店だったなあ……」
味は最高。
人の会話が気にならず、いろんな面白いものが飾られていた。
空気がとても穏やかでいて知的で、なのに潮騒のようなざわめきは聞こえていた。
——後で先輩から、この店独自の“魔法的仕掛け”だと教えられた。
※※※
「――いい子じゃん。利発で、魔法師としても優秀そうだな。今年の一年生は優秀だ」
アルフェウスはカップを磨きながら、リヴェータへ話しかける。
リヴェータは本を片手に読みながらアルフェウスの言葉を返す。
「そうね。彼は今年の主席入学者だし」
「そら優秀なわけだ」
アルフェウスは苦笑し、額縁に飾っている写真に目を向けた。
そこにはアルフェウスとリヴェータの二人が映っていた。
卒業式だろうか。18歳そこそこのアルフェウスと、小柄なリヴェータが並んで映っている。
二人とも、「主席」と書かれた証書を手にしている。
アルフェウスは笑い、リヴェータは仏頂面で映っていた。
「懐かしいな」
「そうね」
アルフェウスの言葉に、リヴェータは淡々と返す。
「ところで、今日はなんの用で来たんだ?」
アルフェウスはリヴェータに話しかける。
「交友を深めに来ただけだけれど」
「嘘つけい。お前がそんな暇なタマか。トップエリートでしょうが」
「そうよ。でもわたし優秀だから。この時間の捻出くらい、わけない」
「そうかい。暇そうで何よりだよ」
アルフェウスはそう言うと、ポットにお湯を注ぐ。
じんわりと紅茶に絶妙な温度のお湯で煮出す。
並列して鍋に火をかけ、そこにミルクを注いでいく。
「……で、マジで何しに来たんだよ。ここは枢機卿サマが普段飲み食いするような大層な代物なんぞお出ししちゃいないんだ」
アルフェウスはミルクを温め、温度を一定に保ちながらリヴェータに語りかける。
「仕事の依頼」
リヴェータはじっとアルフェウスを見つめ、ため息をつく。
「【聖都】からの依頼よ。灼熱竜の討伐。それを」
リヴェータは静かに息を呑みこみ、告げる。
「――わたしを超える最強の魔法師であるあなたに。アルフェウスに、やってほしい」
それは、静かな厄介事を告げる、日常的な面倒の始まりであった。
お読み下さりありがとうごさいました。
こちらの作品は、自分の書く予定のとある作品のifルートのような、軽い息抜きの感覚で作ったものです。
不定期で投稿していきます。