悪の組織で幹部をやってる。時給3000円で。【コミカライズ進行中】 作:かませ犬S
小さくボヤくように呟かれたマッドサイエンティストの言葉は、確かに俺の耳に届いていたが、聞こえた上で聞き流すことにした。せっかくのいい気分が台無しだからな。
妹にはいずれケジメをつける。その時まで好きにしていたらいい。
「それで助手君、改造はいつ施すつもりだい?」
テーブルに置いていたコーヒーカップを手に取り、豪快に飲み干したマッドサイエンティストが俺に問いかける。口の端からコーヒーが垂れている事は指摘しないでおこう。
「タイミングはフォリに任せる。俺がしろと言えば、この女は従う。そうだな?」
「はい、ご主人様!」
足元へ視線を向け、当事者である女に確認を取れば間を置かずに返事が返ってくる。この女にとって既に俺の命令は絶対のものとなっている。普通の精神性ではこうはならない。俺が堕とす前から、この女が壊れていた証拠だ。
「個人的には今すぐにでも改造を施したいところだが、肝心の怪人細胞がなくてな⋯⋯」
「ストックはまだあると、言ってなかったか」
「ひひ、そんなものとっくの昔に使ってしまったに決まってるだろ?いつの話をしているんだ助手君」
やれやれと、首を振るマッドサイエンティストの仕草が妙に癪に障る。いつの話? 今日だよ。それこそ、半日も経っていない筈だ。
マッドサイエンティストがボスの細胞を抽出しに向かったのは本日の深夜0時頃。アジトに戻ってきた後に、佐藤さん───ジャックを怪人へと変異させる為に使ったが、ストックも一緒に採ってきたと言っていた。
それが半日も経たずになくなっている。それだけ怪人が増えたと喜ぶべきか、怪人細胞が枯渇していると嘆くべきか。どちらにせよ、今の状況が長く続くのが不味いのは分かる。
部屋に引き篭ったボスは誰の立ち入りも許さず、無理に部屋に押し入ったマッドサイエンティストに攻撃してきたと語っていたな。殺意はなくとも、暴れるボスから怪人細胞を抽出するのも容易ではないとか。
そんなわけで早めにボスの事を頼むと俺にメンタルケアを押し付ける一方で、ボスに不信感を抱かせるようなことをわざわざ俺に話す。
この女はいったい何がしたいんだ?理解不能だ。
「一応、培養したやつならあるが⋯⋯アレはまだ実験に使えるレベルには達していないんだよなぁ」
「怪人細胞を培養しているのか?」
「ひひひ、当然だろ? 実験に必要な怪人細胞が今はユーベルに依存している。万が一を考えれば、備えが必要だと考えるのは科学者として当たり前の思考じゃないか?」
「それはそうだな」
細胞の培養自体は医学研究や新薬の開発、再生医療などに広く使われているのもあって驚くようなことはではない。怪人細胞という特殊な細胞であっても、大天才を自負するマッドサイエンティストなら可能だろう。
今はまだ、実験に使えるレベルではないとこの女は語っているが⋯⋯実用出来る段階の目処は立っているだろう。その確信がある。
「その怪人細胞の培養に、ボスは必要か?」
「いや、既に研究に必要な分は抽出してある。ユーベルがいなくても研究は進むさ」
「そうか」
マッドサイエンティストにとって、ボスはもうどうでもいい存在へと成り下がっているな。
これまでは、ボスからしか怪人細胞を入手することが出来なかったのもあり、唯一無二の存在として
代用品は、俺か。
「ひひ、まぁ、そんなわけだ。助手君にはユーベルのことを頼んだが⋯⋯上手くいかなくてもどうにかなるなら気楽にやってくれ」
「そうさせてもらう」
マッドサイエンティストからすればボスが立ち直ろうが、そのまま引き篭っていようがどちらでも構わない。ただ、後者の場合はボスにとっての未来は無いに等しいだろうな。
俺もまた、マッドサイエンティストの評価から外れればそうなる未来も有り得る。腹立たしい話だ。
「怪人細胞を抽出できたらまた連絡するぜぃ。それまでそこの女は助手君が管理してくれ」
「あ?」
「ひひ、ヒーロースーツのコアは回収するとはいえ、改造を施していない人間をアジトに置いておくのは不用心だからな⋯⋯責任をもって助手君がそこの女の動向を見ていてくれ」
言っている事は正論ではあるが、面倒事を押し付けられた気がして素直に了承できない自分がいる。ため息が出る。
「よろしくお願いします、ご主人様!」
そんな俺の気も知らないで、女は嬉しそうに笑顔を浮かべている。また、ため息が出た。
「帰るぞ、涼香」
「っ───!はい!」
これ以上マッドサイエンティストと話すこともなく、アジトに長居をする気もなかったので女が持つヒーロースーツのコアを渡してからアジトを後にした。
このまま女を帰すと面倒事になるのは自明の理。加えて、マッドサイエンティストがアジトにこの女を滞在させておきたくないと言うので仕方なく家まで連れて帰ってきたわけなんだが⋯⋯。
「なんで、アンタが先輩と一緒にいるんだ」
「それはこちらのセリフなんだけど⋯⋯どうして、死んだ筈の夏目ちゃんが此処にいるの?」
引越し先であるマンションの一室から俺を出迎えた夏目と、女───篠宮 涼香が険悪な雰囲気で言葉を交わしている。
「その質問に答える義理はねぇよ」
「なら、わたしも答える必要はないわよね?」
空気が凍りつくような殺気が辺りを包む。
幸いな事に、新たな引越し先のマンションには俺たち以外に住人はいない。最近建てられたばかりのマンションというのと、マッドサイエンティストが裏で手を回して新規の受け入れを断っているからだ。
マンションの改造が終わったら不自然がないように徐々に住人を増やしていく予定だったらしい。そのお陰もあって、一般人なら即気絶するような殺気が空間を埋め尽くしても反応する者はいない。
「あれ、これってどういう状況ですかー?」
訂正、一人いた。俺たちが住む部屋の隣の部屋から佐藤さんが顔を出した。殺気に反応したからかその手にはナイフが握られている。こいつもこいつで、物騒だな。
「見ての通りだ」
「あぁ、なるほど⋯⋯。黒月さんも罪な男ですねー」
顎で指すと、佐藤さんは笑いながら納得した。俺たちの視線の先にはバチバチと視線で火花が散るんじゃないかと思わせるほど強く睨み合う二人がいる。
二人とも元は同じサンシャインのヒーロー。当然顔馴染みであり、それなりに親しい関係にあるだろうと予想していたが、顔合わせの段階で両者ともに敵意を向け合う形になるとは⋯⋯。まぁ、予想出来ていた修羅場ではある。
夏目からすれば、元同僚だとか共に戦ったヒーローだとかそんな事は関係なく、好意を抱いている
それは涼香も同じであり、ここまでの道中は『ご主人様と一緒に暮らせて幸せです』と喜んでいたが夏目の顔を見るや否や笑顔が凍りついた。なんで、こいつが此処にいるんだと二人とも思っているに違いない。
「今すぐ消えろよ。ここはオレ様と先輩の家だ」
「あら、もしかして夏目ちゃんはご主人様と付き合っているの?」
強い口調で涼香に迫っていたが、カウンターくらったらしく夏目は明らかに言い淀んでいる。
「いや、⋯⋯まだ、⋯⋯付き合ってはないけど」
「なら、夏目ちゃんに関係ないんじゃない?決めるのはご主人様でしょ?⋯⋯それと、わたしはご主人様の道具だから傍にいる資格があるわ。肌身離さず所持してくれるって言ってくださったもの」
そんな事は一言も言った覚えはない。
「っ───!オレ様は!先輩からオレ様が必要だって言われたんだ!傍にいて欲しいって言わたんだ!アンタとは関係性が違う!」
「っっ───!言うわね!」
夏目に言った事は事実ではあるので、否定はしない。ただ、それだけで勝ち誇るのはどうかとは思うがな。⋯⋯まぁ、好きにしたらいい。
「大変ですねー」
「他人事だな」
「はい、他人事ですので」
俺の横に移動した佐藤さんはそんな二人のやり取りを楽しそうに眺めていた。俺も当事者でなければ、このやり取りを傍観者として眺めていることが出来たというのに⋯⋯。
「ん?」
「電話ですか?」
「いや、メッセージだな」
スマホから通知音が鳴った。スーツの胸ポケットからスマホを取り出して確認すると、メッセージが一件届いている。差出人は、向日葵。
『明日、会えへんやろか? 颯斗先輩に色々と相談したいことがあって⋯⋯』
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